2006-11-19 (Sun)
□ 定義ということ/存在とは何か [math]
『高校数学+α』第6章 「指数関数・対数関数」を読み終えた。
最も考えたのは、§§6.1.1.2「有理数の指数」。指数を自然数から有理数 に拡張する手続き。
はじめ、自然数指数は掛ける回数として定義される。そこから ごく当たり前のように、指数法則が導ける。
そして、指数法則をもとに有理指数を定義する。より正確にいうと、 指数法則に合うように、有理指数を定義する。さらにそこから、 極限値(まだきちんと勉強していないが)としての無理指数が定義できる。
高いところから見ると、指数法則を満たす2変数関数 y = ax を指数関数と定義する、 ことも可能かも。
定義する、というのがポイントかもしれない。
am/nはこういう「値をとる」、というその 「値」は、単に実数、私たちが大小を想像できる値、にすぎない。思考範囲 を複素数に広げれば大小関係はない。私たちが抱く「実際の値」の イメージは、(たとえば、実数直線に表せる、といった)意外と狭いものなの かもしれない。
かつて、負数は嘘の数、複素数は思弁的な数、であった。「実際に存在する」 とか「こういう意味を持つ」という直感的・直観的イメージは、それは それで大切なのかもしれないけれども、広い思考を妨げ、私たちを狭い範囲 に規定することもあるのだろう。
それよりも、これはこうだ、と定義することが大切なのではない か。任意の正数aに対しa + b = 0となるbが存在する、 として負数bを定義する。i2 = -1により虚数単位 iを定義する。そしてそれらは、(私たちが満たしてほしいと願っ ている)計算規則を満たす。私たちはその定義に基づいて、再び歩き出す。
『高校数学+α』第6章を読む前後に "Mathematics (Very Short Introductions)" を読んでいた。去年の今頃読んだときには Chapter 1 の途中で挫折して しまったのだが、今は辞書なしでも(分からない単語はあるけれど) 読める。
全部は読んでいないが、Chapter 2 Numbers and Abstraction はかなり 面白いし、本質的。Abstract Method という attitude を紹介 している。いくつかの公理を用意した上で、数の範囲を自然数から負数、 分数、複素数と広げていく。それらの「本来の意味(具体的イメージ)が何で あるか」とか「本当に存在するのか」ということも、それらの定義の仕方、 公理を満たすかどうか、を考える(先ほど述べたように)。
指数を自然数から有理数へ拡張する節では、23/2を 「2を3/2回かける」と意味づけるのは不可能であることを確認し、
What is the abstract method for dealing with a problem like this? Once again, it is not to look for intrinsic meaning - in this case of expressions like an - but to think about rules.NOTE: intrinsic - (of value, quality) belonging naturally.
(強調・註はRenzai)
と述べる。
a mathematical object is what it does.(強調は本の著者)
ともいう。数学のものが「存在する」とは 「(定義された通りに)ふるまう」ということ、といった意味か。
「存在する」という感覚、その曖昧さ。何をもって「存在する」と言う ことができるのか。
いくつかの公理、つまり理屈なしで成立するとされる事柄を設定する。 それに基づき当たり前のように導けるいくつかの定理が存在する。 しかしそれだけでは扱える範囲は狭い。だから新たにこれこれこういうものを 定義する。その際、私たちが慣れ親しんでいる公理を満たすように要請する。 こうして、扱う世界が広がる。
数学において「存在する」ということは、私たちが定義するということ なのだろう、たぶん。そう考えると、数学は私たちが作り上げていくのだ、 といえるかもしれない。
数学以外では? それが「存在する」とは、私たちが 「存在する」とは、どういうことなのだろうか?
2006-11-08 (Wed)
□ 『高校数学+α』第5章を読み終えた [math]
『高校数学+α』第5章「平面図形 と方程式」を読み終えました。
図形の変換では(大雑把にいうと)変換前の図形が大切ということを 身をもって体感。倍変換・回転変換・y = x に関する折り返 しなどを通じて。
楕円の焦点の一方を無限遠に飛ばすと放物線になる、というのも楽しかった。 グラフが円や楕円のように閉じているか、放物線のように開いているか、 という違いはどこに現れるのだろう。双曲線の漸近線の話でも無限を扱った けれど、無限というものの扱いについてはもっと考えなければならない。
パラメータ表示の存在を知った。その意味や位置づけについて、 どこかパッとしていない。

