馬喰町駅

10月8日(日曜日)

移動日
− デカケルトキハ・ワスレズニ −


10月8日(日曜日)、午前の部

 旅行当日の朝は4時50分に起きた。 外を見ると、今にも泣き出しそうな空模様である。 あれ? 雨が降っていたんだったっけか? さっさと書かないから忘れてしまったわい。 ともあれ私は昨日準備してあった荷物を確認し、集合場所へと向かった。

 バスは来ていた。 しかしトラックはまだ来ていない。 聞くと、運転するのは団員のM下君ということである。 ありゃりゃ、朝弱い人に任せたのねと、少し不安になった。 が、程なくしてトラックがやってきた。 運転席から降りた彼を見て、私は彼の旅にかける意気込みを感じたね。 ねじり鉢巻きにサングラス、ジャージにサンダルという出で立ちは、まさしく長距離ドライブを駆ける人の定番スタイル。 願わくば、腹巻きをしてほしかったけど・・・

 荷物と楽器をトラックに積み込み、我々はバスに乗り込んだ。 そしてまずパスポートのチェック。 総務係に預けていた人は、ここで本人に戻される。 やれやれ、無事全員持ってきていたわい。
さあ、韓国に向けて出発だ!

 バスは順調に千歳に向けて走っている。 そしてトラックも、しっかりと後をつけている。 ところでこのKSBトラック、M下君以外は乗っていない。 さすがに可哀想に思ったのか、途中のドライブインで休憩したときに二人が乗り込んだ。 偉いねぇ、さすがだねぇ。 いよっ!、西町!!

 バスとトラックは無事空港に着いた。 そして程なく、客員指揮者の菅原先生と、札幌に転勤したwatyu君が合流した。 さあ、これで韓国行きのメンバー全員がそろったぞ。 我々はチケットや出入国カード等を受け取り、荷物を預けてから出国審査へと向かう。

 しかし長い行列だ。 数十分待たされて、やっと審査官の顔が見え始めたた頃、審査官が二人増えた。 「おいおい、はじめからこの人数でやってくれよ。」と内心思いながら、新たに来た審査官のところに並んだ。 私の3人前にはO宅君がいる。 彼は審査官と言葉を交わし、そして彼の番が終わって前へ・・・・ あれ、我々に手を振りながら後ろに戻っていったぞ?

おーい、O宅君っ、どこへ行くんだぁーーー!!!

 かくしてKSB史上最大の悲劇が彼を、そして私たちを襲うのであった・・・


10月8日(日曜日)、午後の部

 出国審査を受けて待合室に入ると、私は一人、イスに座ってタバコを吸っていた。 しかし視線は四方をさまよい、あれこれと先のことを考えていた。 ソロはどうするのか、誰が吹くのか、そしてO宅君はどうしているのか・・・
 タバコを吸い終えた私は幹部たちのいる方へ近づいていった。 彼らの話によると、O宅君が総務部に預けたパスポートは期限が切れていたらしい。 新しいパスポートは家に置いてあるらしい。 そして預かっていた総務部の娘は「スタンプが押してありますよと、声をかけておけば良かったのに」と悔やんでいた。 いやいや、しょうがないよ。 有効期限内に何度も海外へ行く人だっているんだから、そこまで気が付かないよ。 そしてツアー・コンダクターは自分の会社に電話を入れていた。 きっとトラブル発生の一報を入れているんだね。
 「まぁ、しょうがない。 なるようになるさ。」 ということで気を持ち直した私たちは、ソウル行きの飛行機に乗り込むことにした。
 おっととっとぉー、危ない、危ない。 この先何時間もタバコを吸えないんだった。 さ、もう一服つけよう。 (ため息混じりの)フー

 14時発の大韓航空766便で、我々はソウルに向けて出発した。 飛行機内は ほぼ満席。 朝早くに朝食を取ってから食事らしいものは口に入れてなかったので、離陸早々に出された機内食を「待ってました」とばかりに頂きました。 うん、これ結構いけまっせ。
 私がハフ・ハフ喰っているところで団長が「それ、熱くないの?」と聞いてきた。
「へ? ふー、ふーしてるから特に熱くはないけど」
「いや、その左手さ。熱くなーい?」
そういわれて私は辺りを見回した。 テーブルに載せたまま食している者が大部分で、持って食べている人でも下の皿ごとだった。 熱い容器を直接持っているのは私だけ。 そう、私の左手は皮が厚いのだ。 弦バスの弦とこすれあって何度も水ぶくれができるうちに、指の皮が固く、厚く変化してしまったのだよ(これって進化?なわけないか)。

 さぁ、機内でビールは飲み放題だよ。 合歓の里 道中記の人たちは当然2本以上飲みますわね。 あらら、それほど飲まないのねぇ。

え? 薄い? 軽い? タバコが吸いたくなる?

タバコが吸いたくなるのは、お茶(だよな?麦茶を熱くしたような)を飲んでいる私も同じこと。 ささ、つらい禁煙を忘れるために寝ましょ、寝ましょ。 今朝は早起きしたんだから・・・


10月8日(日曜日)、夜の部

 我々一行は無事、ソウル郊外の金浦空港に着いた。 うへっ、入国審査も長い行列だよ、たまんないな、こりゃ。 ということで大分待たされたけど、とりあえず入国審査は全員パスしましたよ。 で、荷物を受け取って現地のガイドさんに会う。 このガイドさん、青江美奈みたいなハスキー・ボイスで日本語がうまかったよ。 (若い人は知らないよね。いつも古い例えばかりですいません)
釜山(プサン)まで運んでもらう荷物を預けたら夕食だって。
「何?もう夕食を取るの? さっき機内で昼食を取ったばかりなのに。」
我々は上階にある空港の日本食レストランで牛丼を食う。 でもみそ汁が合わないんだなぁ。 ま、同じ日本でも赤みそを出されたらダメなんだけど。
さ、メシを食い終わったら国内線で釜山へ移動だ。 ところで、国際線と国内線のビルが離れているのでバスで移動するとのこと。 我々は薄暗くなった外へ出た。 そしてバス停まで来ると灰皿があった。 やったぁ! やっとタバコが吸える!! ところで この灰皿、カメに砂を入れたものだったよ。
さあ、バスが来た。 現地のガイドさんが「今来たバスに全員乗って! 離れると分からなくなるから」 一同、「えー、そんな無茶な」の声。 来たバスを見ると、すでに結構乗っているよ。 私は「乗れなかったらどうしよう」という恐怖感に襲われたが、ドアが開くと、乗っていた人は全員降りてしまったのだ。 一同ホッとしたね。 後で聞いたら国際線と国内線のターミナルを結ぶ環状線なんだってさ。 あー、いきなり心臓に悪い。 でも、この後もっと心臓に悪いことが起きたけど・・・

 国内線に乗り換えて「釜山」に向かって飛んでいた。 地元で言えば女満別(めまんべつ)空港行きの飛行機みたいなもんだ。 すでに夜だし、機内は薄暗いし、飛行機は小さいし、小雨が降ってきているし、ということで、少し圧迫感があったんだけど、さあ、空港に着くぞというときに、その圧迫感を越える大きな衝撃が我々を襲った。 ドーン!という大きな音を立てて飛行機は着陸した。 いや、こりゃ着陸というようなもんじゃないね。 ほとんど落下だね。 よくタイヤがパンクしなかったもんだ。 ま、ともかく(特に女性の)「キャー」という悲鳴とともに我々は釜山へ着きましたよ。

 空港ターミナルではもう一人の現地ガイドさんが待っていた。 我々はバス二台に分乗し、ホテルに向かった。 私の乗ったバスには、釜山で合流したガイドさんが付いた。 名前は「ホゥ」さんという。 「ホゥではありませんよ、ホゥですよ」と言われても、私らにはその区別がつきません。 何となく、何となーく、ハの発音に近いホと言っているような気もするけど・・・  ちなみに、このガイドさん、関西の人に日本語を習ったらしく、京都弁のような なまり のある日本語を喋ってました。

 夜の9時半に、我々の最初の宿となる「アリラン観光ホテル」に着いた。 私は例によって疲れているので部屋から出なかったけれど、いつもの人たちは例によって飲みに出かけましたよ。 後で話を聞くと「安い!、思いっきり安い!、こんなに安いのって信じられない!」と口をそろえて言っておりました。 なにせ 合歓の里 道中記 に登場する人物たちが飲んでも一人500円程度で済んだということだから、その安さのほどが分かるでしょ。

 さて、部屋に入った私のことをお話ししましょう。 部屋は暗い。 かなり古い建物ということもあるけど、日本のビジネスホテルの暗さの上を行く(下を行く?)暗さだ。 しかもカーペットは酸化した血の色に似た、どす黒い赤を基本に黒い模様が入っている。 テレビをつけてみた。 衛星放送も受信しているようで、チャンネル数はかなりある。 しかも釜山だからか、NHKの衛星放送も見えた。 ただしボリュウムのツマミがへたっていたのか、隣に聞こえるくらいの大きな音か、耳をスピーカーに近づけないと聞こえないほどの小さな音かにしかならなかったけど。 私が風呂へ行こうとしたとき、足下をゴキブリに似た虫が這っていった。 「どひゃー、こりゃたまらん」と、虫を捕まえにいったが、部屋は暗い。 カーペットも暗い。 結局見つけられず、あきらめて寝ることにした。 「神様、寝ている私の顔の上を虫が這いませんように」
「皆さん、お休みなさい」
「ああ、明日は晋州(ちんじゅ)へ移動するから6時半、起床か。 いつも起きる時間より早いなぁ・・・」


実は韓国旅行中、一番ゆったりと起きることができる日だったなんて、夢にも思わなかったぞ。