summon night 2 Linker Route


 
存在意義〜The reason for being here〜








「……もういい加減諦めたら?」
「……う、煩いなあ! もう!」

負けず嫌いが災いしてか、のめりこみ過ぎたトリスにはもう後がない。
むむむ、とカードを前に唸るトリスを見て、ミニスは溜め息をつく。
「もう賭けるモノもないし〜やめにすればぁ?」
「ま、まだあるわよ!」
何よ? と飽きれながら彼女の話を聞いてやるミニスだが、賭けの対象を訊き、その耳を疑った。
それは。


「……と、いうワケなの、ネスティ。責任、とってくれるよね?」
「………」
「ご、ごめんなさい……ネス……」

ご立腹だなんて生易しいものじゃあ無い。
ネスティは何も言わず、ただ、その静かで深い藍い瞳を真っ直ぐトリスに向けていた。
そうしてかれこれ5分が経過している。
こんなことならいっそ、怒鳴られた方がましだ。
ネスティの不機嫌なオーラに、トリスは視線を合わせることも出来ずただ俯くばかりで。
固まったまま、何も喋らないトリスに諦めたのか、ネスティはミニスの方に向き直る。
勿論、嫌味とも思えるほどの盛大な溜め息を吐いてから。

「……で。時間は?」
「明日の日の出から日没までよ」
「……了解した」
「ネス?!」

じゃあ明日ね、と楽しげに部屋へと戻るミニスを目で追いながら、トリスはネスティに尋ねる。
本当にいいのか、と。
「いいもなにも……君が約束した事だろう? 僕に無断で、だが」
この貸しは大きいからな? と言うネスティの顔をまともに見れないトリス。
自分の浅はかさを呪う彼女だが、今更、後の祭というものだ。
トリスが賭けの対象としたのは、

"ネスティの護衛獣一日利用権"

という考えようによってはとんでもないモノであった。
酔っていたのもあるが、それに加え、負けがかさんでいたトリスがつい口走ってしまったものだが、面白がったミニスがそれを受諾し、賭けは成立してしまう。
「考えようによっては、良いことかもよ? ネスティのお小言から開放されるじゃない」
「う……それは」
確かに。
自分の護衛獣だと主張する兄弟子は、その立場をいいことに「再教育だ」と、勉強攻めの毎日。
君は馬鹿か、の決まり文句も、いい加減うんざりしてくる。
ここは一つ乗ってみてもいいかもしれない。
そう思ったトリスは怒鳴られ覚悟とちょっとした好奇心で、ネスティに話を持っていった。
99%無理だと思っていたトリスに対し、ネスティは意外にもあっさりとその話を承諾する。

「相手はミニスだ。特に問題もないだろう」
確かにそうであるが、こうもあっさり言われては、どうにも落ち着かない。
しかし彼はそんなトリスの気持ちを知ってか知らずか、おやすみ、と一言いい、彼女を残してさっさと部屋へ帰ってしまう。
拍子抜け、というより、それは。

「……なによ…ネスの……バカ…」

心にぽっかり穴があいたような、空虚感であった。







「……リス……」
「…うう〜ん……」
「……トリス?」
「…あと……少し…待って、ネス…」

「……残念ですが、あたしはネスティさんじゃありませんよ?」

え! と飛び起きれば、そこにはクスクスと笑う天使のような(天使そのものだが)笑顔があった。
「あ、アメル…」
耳までも赤く染め、ばつが悪そうに微笑むトリス。
「聞きましたよ? 今日一日、ネスティさん、ミニスちゃんの護衛獣をするそうですね」
『でも、人を賭けの対象にするのはイケナイですよ?』 と、優しく、諭すように言うと、アメルはトリスの鼻に指をあてる。
「さ、もうそろそろ起きないと昼食も終っちゃいますよ?」
「え?! な、何で? もうそんな時間!?」
支度が出来たら来て下さいね、と言い残し、アメルは部屋を後にする。
トリスはその言葉にあたふたと着替え始めた。

トリスは一度寝入ったら、なかなか起きない。
それはどこにいても同じで、派閥にいた頃からその寝起きの悪さは筋金入りだった。
だが、そうだからといって、食事を抜いたことは数えるほどしかない。
いつもは。
ボタンに手をかけたまま、トリスの動きが止まる。
「……ネスが起こしてくれてたんだよね…」
もう習慣になっているその日常を急に変える事など出来ない。
トリスは良く判らないイライラをそう判断すると、深く考えないよう頭を振った。



「で、ここを応用すると……」
「あ! そっかぁ! うん、解った!! だからなんだ〜」
「……君は飲み込みが早いな、ミニス」
「ネスティの教え方がいいんだよ!」

昼食後。
満腹に眠気が襲おうというそんな時間に、居間はいつもとは明らかに違う空気に包まれていた。
ネスティとミニスのこんなやり取りが展開する中、仲間達は三者三様の反応を見せる。
ほのぼのとそれを見守る者もいれば、怪しい、と訝しがる者、腑に落ちない者……と様々だ。

二人を見るトリスの心境は複雑だった。
きっと、自分とネスティの関係も、他人が見れば今のミニスとネスティのように見えるのだろう。
(かなりの歳の差はあるが。)
今まで必要以上に他人の目を気にしていたが、案外、他人からはただの仲の良い恋人同士にしか見えていなかったのかもしれない。自分が気にしていただけで。
まぁ確かに『ご主人様』などと辺り構わず言われては、流石に周囲を気にせずにはいられないが。
今日のネスティはミニスとの契約?を律儀に守っており、いつもはトリスに注いでいる関心をミニスに向け、護衛獣としての勤めを果たしていた。
会話も挨拶のみの簡易なもので。
いつもは自分を見つめる瞳が、今は別の人のもとにある。
(…勉強なんて、なにが楽しいんだろう……)
二人をぼーっと見ながらトリスは思う。
召還術の講義だけに、他の人間も話題に入っていけず、まるで二人だけの世界をつくっているように見えた。

自分を見ないネスティ。
声もかけない。

その現実を認識した時、彼女の胸がギュっと強く締め付けられた。

コレハナニ?

ドウシテイタイノ?

ドウシテアタシヲミテクレナイノ?


「…ここまでにして休憩にしよう」
「うん! …あ、そうだ。あのね…」
「? どうした?」
「あたしね、前から行ってみたかったお店があるの……そこ行ってもいい?」
「ああ、構わないよ」
ネスティは苦笑する。
ミニスを見つめる瞳は優しかった。
それは幼い頃のトリスを見ているような錯覚を彼に抱かせていたから。

「御所望通りに――――マスター」
「!!」

ミニスへと向けられたネスティの一言が、トリスの胸に鋭い痛みを与える。
その衝撃は先程の比では無い。


(い、や……)

(そんな目で見ないで)

(そんな風に呼ばないで)

(あたし……あたしは……)


今、彼の瞳に映っているのは、自分以外の人間。
護衛獣だなんて冗談だと思った。からかってるのだと思っていた。
でなければ、モナティを安心させるための方便かと。
しかし。
兄弟子は、王都に戻ってからも自分を『ご主人様』だなどと言って止まない。
事あるごとに、自分の護衛獣だなどと自己紹介したり。
再教育だの、なんだかんだと、いつも以上に口喧しくなった彼にうんざりもした。
この関係から解放され、もとの兄妹弟子の関係に戻りたかった。
だが。


(離れていかないで)

(そばにいて)

(あたしだけを……見て)


「! どうしたんだ?!」
「どうしたの?! トリスってば!」
ネスティとミニスがトリスを見て驚きの声をあげる。
「……っく……」
声にならなかった。
語るべき言葉は、代わりに、涙となって彼女の頬を濡らす。
「一体何があったんだ?」
「…う……ひっく……」
言いたいのに、いえない。
心配して傍に寄るネスティの服の裾を、トリスはがっちりと握り締めた。
「……ばに…」
「……?」
「…ふ…ふえぇぇ〜〜〜……」
溢れる涙は、続かない言葉の代わりで。
目は口ほどにものを言う。
そんな言葉通りに、トリスの瞳は次から次へと涙を零した。
ネスティは掴んで離さないトリスに苦笑すると、ミニスに向かって片手を挙げる。
『これが限界』だ、という合図のように。
ミニスはそんな二人に『ゴチソウサマ』と言い残すと、軽い足取りで居間を後にした。

いつの間にか誰もいなくなった部屋は二人きりで。
ネスティはそんな仲間の気遣いに心の中で礼をする。
「…これは、僕を必要としてくれている、ととっていいんだよな?」
泣き続けるトリスの頭をポン、と撫でるネスティ。
「…っ…かな、いで……そば、に…いて……」
しゃくりあげながら何とかそう言うトリスに、彼は苦笑した。
「どこにも行かないだろう? 君のような手のかかる妹弟子を残して」
「……の…?」
「…え?」
小さな問いがネスティの耳に入る。
消え入りそうな声だが、彼の耳にははっきり聞こえた。だがしかし。
本当にそう言われたのか自信が無く、聞き返す。

「もう……呼んでくれないの…? あたし、ネスの召還主失格になったの?」

聞き間違いではない。
トリスははっきりと、自分はネスティの主にはなれないのか、と言っている。
「冗談でも嫌……ネスが他の人を"マスター"って呼ぶなんてヤダよ…」
こんなにも遠回りして、やっと自分の本心に気付いたトリス。
他愛の無い冗談でも、たった半日の事でも。
こんなにも自制出来ない自分がいた。
こんなにも彼を必要としている自分が存在した。
その関係は彼が一方的に決めたものだと納得いかなかったが、そうでは無い。
自分にとっても譲れない場所であったのだと、己の立場を他人が演じることで初めて認識する。

「……心配しなくても僕の主は君だけだよ、ご主人様。今までも、そしてこれからもずっと」
「………んで……」
「何だ?」
「…名前、で、呼んで……っ」

「―――好きだよ、トリス」

耳元で囁かれる甘い響き。
いつだって、どんな言葉でも。
彼のひとことは心臓に悪かった。



(なんてことはなかった)
(最初から決まっていたんだよね)
(あたしも、ネスも一緒に居る理由がちゃんとあったんだ)

(好き、だから)

(お互いがお互いを必要だから、だから)




「……あたしも大好きだよ、ネス」





――――今、あたしとあなたは此処に居る。


02.11.20 HAL■■■



言い逃れ。

何を書きたかったのでしょうか、自分……。(リリカル第二段か?)
とてつもなくネストリが偽者です……ええ、自分でもわかってます。
思った以上に長くなってしまいましたが、単に『子供泣きするトリス』が書きたかっただけなんです、本当は。最初はその設定で書いてたつもりだったんですけどねぇ。
何やら、いつの間にか長くなってしまい、収集つかなくなってしまいました(汗)
いつか改稿しよう……うん。

冬コミ原稿明け第一弾の割にはしょぼいですが(それはいつものこと)読んで下さった皆様、有難う御座いました!