頬に吹き付ける風は、その冷たさに痛みを伴う。
まるで永久凍土であるかのような、そんな雪深い場所に二人はいた。
「う゛〜っ、さ、寒いぃ〜〜」
大きなクシャミの後、恨みの念を込めながら先を歩く青年の背を睨みつける。
「もうすぐですから…ちょっとだけ我慢して下さい?」
振り返りこそしないが、青年は穏やかな口調で彼女のぼやきに返答した。
その歩みを止めぬまま。
荒れ狂う吹雪の外とは対照的に、洞窟内部は吐息すら反響する気がするほど静かだ。
深層が近いためだろうか、光を灯すカンテラの明かりもやけに頼りない。
「頼みがあるって言うからついてきたけどぉ、こんな洞窟に何があるっていうワケ〜?」
沈黙に耐え切れず洩らした質問に、黙々と進んでいた足が不意に止まる。
「………見つけたんです」
「はぁ?」
「…あの人を………彼女を、見つけたんです」
「! ちょ、それって、まさか…!?」


「先生を助けるために貴方を呼んだんです、メイメイさん」





■ 笑顔の代価 ■



「先生って…アティの事? だって、彼女は剣に呑まれたんでしょう?」
手袋をしていてもかじかむその手に、吐息を吹きかけながら答えるメイメイ。
「……いいんですよ、メイメイさん。誤魔化さなくても。僕は知ってるんです」
瞬間、顔色が変わる。
「この島があの日と変わらない美しいままだって事は、先生があの怨念を封じ込め続けているからなんだ」
「………」
「先生は意識を閉ざしたまま、自分の殻に閉じこもっている。何者の干渉も受けないように」
お蔭で探すのに随分と手間取りましたよ、と語る彼の瞳はどこか遠くを見ているようだった。
「ウィル。貴方そこまで知ってて、あたしに彼女を目覚めさせろっていうワケ?」
いつものとぼけた彼女からは想像もつかない、鋭い視線がウィルに突き刺さる。
暴走した島の意識に自身を完全に乗っ取られる前に、アティは皆の前から姿を消した。
彼女が去った後も、島は変わらなかった。穏やかな自然の広がる、楽園のままであり続けた。 それを意味するものの悲しみを知ってか知らずか。
「この"沈黙"を破ることの意味を知らない君じゃないでしょう?」
アティを目覚めさせることは、即ち、島の意識をも解放する、ということ。
怒りや悲しみ、憎しみの怨念を解き放つ事だ。
「彼女を助けたい君の気持ちが分からないワケじゃないけど、こればっかりは協力できないわ」
それにそんなことはアティも望まない。
彼女が何のために自らを犠牲にしてあんな真似をしたのか。全て無意味なものにしてしまう。
強い口調のメイメイに驚いたのか、彼は一瞬目を大きく見開くが、すぐにいつものような微笑を浮かべた。
「違いますよ。そんな事をしても先生を悲しませるだけってこと、僕だって解ります」
その様子に拍子抜けしたメイメイは、一気に脱力する。
「なぁにぃ〜? じゃ、このメイメイさんに一体何をやらせるつもりぃ?」
ウィルの意図が掴めず、降参とばかりに両手を挙げるメイメイ。
「…島の意識は先生に封じ込められて、それでも人間にまだ復讐しようと機会を窺がっていました。 僕はそれを利用して先生の居場所を突き止めたんです」
「ウィル、貴方、まさか……!」
ウィルの身体から紅い光が滲み出たかと思うと、光はすぐに闘気となって激しく吹き上がり、彼を包み込む。 光の消えた後には、禍々しいオーラに包まれた彼の姿があった。
「紅の暴君(キルスレス)……!!」
そうまでして、と、呟くメイメイに、ウィルは寂しげな微笑みを向ける。
「先生は…皆の笑顔を守りたいから、って…笑って、って僕らに言い残して消えてしまった。 でも、違うんだ。先生のいない世界で、僕らは本当に笑えない。先生のやったことは間違いだって、先生を 叱ってあげないと」
「……あの時行かせたこと…恨んでる?」
「いいえ。あの時、あの手を離さなくても結果は一緒ですから。僕がしなくてはいけなかった事は、 先生が先生らしくいられるようにしてあげることだった……力で意志を押し通すことの結果がどんなものか。 失ってみて初めて気付きました…取り返しがつかなくなってから」
「………」
「だから、今度は守ってあげたいんです。先生が自分を貫けるように。自分を曲げずにいられるように」
「今度って……」
ウィルは自身の前に剣を掲げ、叫ぶ。
「――対なす双刀、碧の賢帝(シャルトス)。その姿を示せ……適格者が望む!」
「?!」
ウィルの魔力とキルスレスに反応したのか、氷の壁に亀裂が入り、すざまじい勢いで崩れる。 洞窟全体が崩れるのではないかと危惧したが、意外にもあっさりと奥へ続く道が現れた。
「こうまで簡単とはね…よほど僕を招き入れたいらしい」
道の更に奥には氷の部屋があり、そしてそこには。
巨大な氷の柱と、その中に一人の女性の姿。
「先生……!」
あの時と全く変わらぬ姿で、まるで眠っているかのように、アティはそこにいた。
ウィルはそっと氷の柱に手を伸ばす。触れても彼女の温もりを感じることは出来ないが、剣の力を通じ、 命の鼓動を感じることは出来た。
「…剣に囚われて、生きることも死ぬことも出来ない…苦しみだけが永遠と続いて……」
氷の柱に縋りつくように膝を折る。
伝う涙の熱が、地表の氷を溶かすのもほんのわずか。
まるで自分の苦しみと彼女の苦しみを比較するのと同じようだ、と、彼は思う。
立ち上がり、視線を上げずにメイメイの方へと身体を向ける。
「……メイメイさん、人は間違いをやり直すことが出来ますよね…?」
「…そんなことをしたら、キミは…」
メイメイは彼が何をしようとしているのか察し、顔色を変える。
しかし「出来ない」とは言わない彼女に安心したウィルは顔を上げた。
その顔には誰も止められない笑顔が浮かんでいて。
それはまるであの日の彼女を思わせた。
「……後悔、しない? 戻れないのよ? あたしの力とその剣の力を使っても…」
「ここに来たのは弱い自分を奮い立たせるため、って自分に言い訳をしていました。 でも本当は……先生に会いたかった……最後に、一目だけ……それだけだったんだ」
「…貴方が干渉することで、未来は変わる。その瞬間に、君という存在は跡形もなく消える。それでも?」
念を押すメイメイの言葉にも決心は揺らぐことなく、ウィルは真っ直ぐ彼女を見据え、頷いた。
「先生の笑顔を取り戻せるなら安すぎるくらいですよ」
「ウィル…」
「メイメイさん、今度は先生に道を示してあげて下さい……間違った方向へ進まないように」
光の柱が天に昇る。
強大な力が消え去ると、後にはメイメイと氷に包まれたアティだけが残された。
「……頑固なとこは貴方譲りよね。ねぇ、先生?」
徐々に薄れゆく景色に、メイメイは苦笑する。
「次に会う時はお互い笑っていられる世界だといいわね、アティ」





『諦めないで』

『貴方が貴方であり続けられるように、僕はずっとそばにいるから』

『だから決して自分を曲げず、貴方の信念を貫き通して下さい』

『ずっと、貴方らしくいて下さい。きっと、それこそが――――』






……い……

……せい…

「先生!!」
「きゃあ!?」
勢いよく飛び起きたそこには、呆れたような怒ったような、そんな表情。
「なんだ、ウィルくんか…びっくりさせないで下さい…」
ほっと胸を撫で下ろすアティ。
だが、そんな彼女の態度に、握りしめていた拳と肩を震わせ、ウィルは凄い剣幕でまくし立てた。
「びっくりさせるな、だって? 冗談じゃない、驚いたのはこっちの方です!  こんな時間まで戻らないから探しに来てみれば、こんな所で呑気に居眠りして… それがどんなに危険な事か判っているはずでしょう!!  そもそも、貴方は女性としての自覚が――― っ、?!」
瞬間、彼のトレードマークともいえる大きな帽子が風に飛ぶ。
正確には、ウィルに抱きついたアティによって弾き飛ばされたのだが、 いつものような愛情表現という雰囲気はなく、ウィルの驚きは一瞬で終わる。
アティが、どこか震えているような、そんな気がして。
少年は彼より多少大きな背に手をまわした。
「先生……泣いてるの…?」
肩がほんのわずかに揺れる。
「夢を、見たの……」
「夢?」
「…でもね、覚えていないんです。とても悲しい夢だった気がするのに」
「………」
「大切な何かを言われた気がするのに…どうしても思い出せなくて……」
微かだが、今度ははっきりと感じた。彼女の肩が震えるのを。
「…何を見たのか分かりませんが、悲しい夢って、起きた時 "夢でよかった" って思えるから… だから、夢でよかったんですよ。先生が見たのは」
慰めていいものかはっきりと分からず、ウィルはとりあえずそう答えた。
背にまわされた腕に力が籠められ、アティの言い知れぬ不安が徐々に解かれていく。 抱きしめられる温もりは心地よく、ひどく彼女を安心させた。
「さ、そろそろ戻りましょう? 皆貴方を待ってるんですから」
誰かさんなんて親の敵みたいにエビを睨みつけてましたよ、というウィルに、 その様子を安易に想像してアティは苦笑する。
「そうですね。私もお腹ペコペコです…さぁ、行きましょう!」
「わっ、ちょ…先生!」
ウィルの手を握り走り出すアティ。
何故かその時、この手を決して、どんな時がきても離してはいけないような気がした。
(守らなくちゃ…この子を…この温もりを…)






『ずっと、貴方らしくいて下さい。きっと、それこそが未来への希望――――』





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アティを探し、島内をまわるウィルがメイメイの元を訪れた時、彼女はさして驚きもせず、言った。
アティが無理をして笑っていると。
どうしてそうしようとしたのか、彼女の中にあるその理由を見つけなければいけない、とも。
そしてそれは。
「ウィル、貴方だけが見つけられると思うの」
コクリ、と頷き、駆け出す少年を見送るメイメイ。
その後姿に、誇らしげに消えた青年の姿を重ねながら。
「…今度はちゃんと護ってあげるのよ?」
そして未来へ繋げてちょうだい。
眩しそうに目を細める彼女の表情は、どこか嬉しげで。
消え行く悲しみを飲み干すように、メイメイは手の中のお猪口をクイっと一気に呷った。



後書きという名の言い訳。


カルマED後の話、です。一応…
プレイした方はお分かりでしょうけど、アティさんが自分を貫けなかったらどんなことが起きるか。 本当に悲しい結末になります。
本編の彼女は確かに綺麗事ばかりで、アズリアになって叱りたい気持ちになりますが(笑)、 それを貫いた結末が本当に良かったね、といえるハッピーエンドなわけで。
確かに泣いてばかりで、甘いことばかり言っていますが、それを貫こうとした彼女に運命も味方してくれたの だろうと、そう思ってもいいんじゃないかな、と思います。

ウィルが何をしようとしたのかわからない〜って方への補足ですが、大人ウィルは剣の力とメイメイさんの力で 過去に行き、アティさんに夢で暗示するんです。自分を曲げたりすると未来はこうなってしまうよ、って。
でもそうすると未来が変わってしまうワケですから、そこに来た大人ウィルの存在は消えちゃいます。 それを分かってて、ウィルは過去に干渉した、とそういうコトです。
それでも多少の矛盾は生じると思いますが、カルマED自体、「ありえない未来」の一つですから、まぁいいかなと。 (サモ1プレイ済の方は言わなくてもおわかりですね?)
最後の数文は、13話に繋げたものです。 メイメイさんが何故ウィルだけが見つけられると言ったのか、その理由ってことで。
なんでもこじつけるのが好きな私…(笑)
でわでわ長くなりましたが、全国のウィルア諸君に捧げます!

(03.09.04 HAL)