「……トリス。もう、僕は何処へも行かない。君を一人にはしない……だから」
「ネス……」



「トイレくらいは一人で行かせてくれ」




幸せの時間。 〜It is only near you.〜



二年の歳月を経て帰ってきた(本人にその自覚は無いが)ネスティ。
そんな彼を待っていたのは、愛しい愛しい妹弟子の溢れんばかりの愛情攻撃だった。
戻ってきた当日はかつての仲間が集まっていた事もあり、朝まで飲めや歌えのどんちゃん騒ぎ。
勿論その間、トリスはネスティのそばにぴたりとくっついて離れない。
雑魚寝状態に気付けば、自分の腕にしがみ付いて眠る彼女の姿。
目の端に光る涙を指で拭い、思うのは罪悪感と謝罪の念。
こんな風に待たせるつもりでは無かったと、いい訳にもならない言葉しか浮かばない。
こうして自分が戻ってこれたのも、彼女が待ち続けていてくれたから。

だから。
多少のことは笑って済ませることにした。

して、いたのだが。


「……これでは僕の身が持たない………」
ネスティはトイレの中、やっと一人になった自由を満喫(トイレでか?)していた。
元来、他人との接触を最小限度に抑えてきた彼に、いくらトリスとはいえ、四六時中一緒に過ごす気力も体力も無い。
始終ぺったりとひっつき虫のようなトリスは派閥に来てしばらく経った頃の彼女に似ている、と一種の懐かしさもあったが、それも一日半。限界にきたネスティは、ついに彼女から離れることに成功したのだった。

一方、その頃。

「……どうしよう…あたし、ネスに嫌われちゃったかなぁ……」
一気に落胆するトリスの姿が居間にあった。
笑いを堪えてお茶の入ったカップを差し出すのは、彼女の親友、アメル。他のメンバーは朝まで飲んでいたこともあり、おそらく昼まで起きてはこないだろう。今頃はまだ夢の中、だ。
愚痴なのかノロケなのか判らないトリスの独り言を聴きながら、アメルはそうですねぇ、と少し考える。
「ネスティは決して迷惑してはいないと思いますよ。ただ……」

「あいつも男だから色々大変なんだろうよ」
「! フォルテ!」
「フォルテさん」
「よ。二人して悩み事か?」

今起きたんですか、と言うアメルに『オレは他の奴と違ってそんなヤワじゃねぇのよ』と笑う青年こそ、実は某国の王子様。王族には恐ろしく不似合いな無精ヒゲにTシャツとよれよれのズボン姿で(おそらくこれから洗面なのであろう)、彼はどっかりと椅子に腰掛ける。
「で、フォルテ。色々って何のコト?」
フォルテはトリスに出されたはずのカップを取り、中のお茶を口にする。
「ネスティも男だってことだな……」
うんうん、と一人納得する彼に二人は訳が判らず首を傾げた。
「フォルテにはネスの考えが判るの?」
「当たり前だろう。オレもあいつも男だしな。男は男同士にしか判らない気持ちってのがあるんだ」


『でも旅路の時は全然かみ合ってなかった気が……』


と、喉まで出掛かるが、心の中にそれは留め、さっさと洗面に外へ出て行く通りすがりのロッカの姿がそこにあったことを付け加えておこう。
「ま、ここはオレが男同士、いっちょ風呂でも入って、裸の付き合いで色々と本音を……」
「ずるいっ!! 駄目よ、そんなの!」
フォルテの提案を最後まで聞かず、制止したトリス。
唖然とするフォルテとアメルに、更に爆弾発言をぶつける。
「フォルテばっかりズルイ! あたしだってネスと色々話したい!!」
「いや、そういう意味じゃな………」
「あたしだってお風呂くらい、一緒に入れるんだから!」
いや、ほんとにそういう意味じゃないんだ、トリス……と突っ込もうにも、肝心の兄弟子はここにはいない。彼女の暴走は勢いを削がれることなく、彼の元へと足を運ばせた。
「……おい、いっちまたぞ、トリス……」
「そうですね」
「そう、って、どうするんだ?」
そうこう話しているうちにも、

『な、一体何を言ってるんだ?!』
『いいじゃない、入ろうよ〜』
『き、君は馬鹿か?!』

という、言い争う(?)声が遠くに聞こえだす。
「あ、アメル! 君も何か言ってやってくれないか。全く、この馬鹿は……」
腰に腕を回し、後ろから抱きつくトリスを引きずって、何とか居間へとやってきたネスティ。
説得を頼もうと縋る思いのネスティに、アメルはそっと耳打ちする。
「20分」
「は?」
「20分で準備します。それから二時間は帰ってきませんから、その間はどんな話をしようと大丈夫ですよ」
にっこりとアメルは満面の笑みを浮かべた。
「ア、アメル……」
ネスティの問いに答えず、アメルは誰もいない窓の向こうに話しかける。
「バルレル君」
「うわっ! は、はひぃ!!」
「……皆さんを起こしてきて下さい。ピクニックへ行きますから」
隠れて行く末を見守っていた(盗み聞きともいう)バルレルは、アメルにそう言い渡されると慌てて走り出す。
腕まくりし、よし、とガッツポーズで気合を入れるアメルに、もうかける言葉の無いネスティ。
判ったことは、意外にもアメルの尻に敷かれている狂嵐の魔公子、という事実だけで。
フォルテにいたっては、もう自分が何を言ったところで無意味だろう、と、早々にフォローを諦めていた。

「さぁて! 急いで準備しなくっちゃ! …あ、トリス」
「なに? アメル」
「……お風呂、沸いてますからね」
「うん! ありがと!!」

放心状態のネスティをずるずる引きずる力技召喚師、トリス・クレスメント。
そのATがパーティ中最強を誇るのは周知の事実である。
「お、おい……いいのか?」
二人を見送りながら、恐る恐るアメルに声をかけるフォルテ。
しかしアメルは裏のない、心底二人を祝福するような笑顔を彼に向けた。
「勿論ですよ」
そうしてこう付け加える。天使の微笑みをもって。



「あたし、一度赤ちゃんを産湯につけてみたかったんです」



どういう意味か、とはとても訊けない。
ウキウキしながらピクニックの準備に取り掛かる聖女の後姿に、フォルテは言い知れない何かを感じ、そっと居間を後にする。
「……まぁ、なんだ。仲がいいっちゅうのは幸せなことだもんなぁ……」
ぞくぞくと起こされてくる眠そうなメンバーの背中を叩き、気合を入れつつ、アメルの計画に苦笑するフォルテであった。



余談ではあるが。
しっかりとお風呂に入らされたネスティは、その後も結局トリスに懐かれ、眠れない悶々とした日々を過ごす。

天国と地獄が一緒にやってきた。
後に彼はその日のことをそう表現したそうな。


02.11.27 HAL□□□□






いいわけ。

オチ無しで申し訳ないです…微妙にトリネスになってるというかなんというか。
私のアメル像は、ブラックはブラックでも、ネストリ応援隊長みたいな感じです。
勿論トリス一番なんですが(笑)
なのでトリスに色目を使う奴には食事に何か入れたり…? とか。(聖女?)
ある意味ミモザより怖いかも。