ひとりの夜。 〜ツメタイハダ〜




機械遺跡が消え去り、青年は一本の大樹へとその姿を変える。
源罪の嵐の中、天から降り注ぐ浄化の光。
それは希望か、はたまた免罪の光か。
いつ止むとも知れないその光の洪水の中、かつて「彼」だったモノの周りで 仲間達はただ、呆然とその奇跡の光景を瞳に映した。
「…ネス……ネス、ティ…っ!!」
残された深紅のマントに顔をうずめ、大樹の下で泣き崩れる少女。
それが形見分けの意味か、約束を果たす意味で残したものなのか判断はつかない。 願わくば後者であって欲しいと、仲間達は皆、そう祈るしか無かった。



決戦前夜。
かねてからの想いを伝え合ったトリスとネスティは、愛し合う恋人達が自然にそうなるように、 肌を重ね、互いを、その温もりを感じあった。
皆に心配かけないよう、夜のうちに部屋へ戻る予定であったが、互いに離れ難く、 結局二人で朝を迎える事となる。 そうして密やかな夜が明け、瞼にかかる朝日でトリスが目覚めた時、 ぼやけた視界に入ったのはいつもの仏調顔でない、穏やかな優しい微笑み。
「おはよう」
「…おはよ」
もしかして夢だったのかもしれない、と、再び瞳を閉じ、そしてもう一度ゆっくりと開く。
だが目の前の優しい微笑みに変わりは無く、トリスは安堵の息を吐くと、すぐさま彼の首へ しっかりと抱き付いた。
「こら、トリス……」
困ったような、それでいて全く困っていないような声。
彼は彼女の行動に苦笑すると、大きな手であやす様にその頭を撫でる。
「…ずっとこうしていれたらいいのに…」
「出来るさ。この戦いが終われば、ずっと、な」
「ネスは仕事熱心だからあたしの事なんか後回しでほっときそう」
「う…まぁ確かに完全に否定出来ないところだな…」
冗談めかした発言に笑っていたトリスだが、急にその笑顔を曇らせたかと思うと、 彼の胸に額をピタリと押し当てた。
「…ひとりにしないでね…」
消え入りそうな声。
ネスティは答えの代わりに彼女をきつく、きつく抱きしめる。
そしてそれが皮肉にも二人の最後の抱擁となった。


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「一人にしないでって言ったのに…」
素肌を晒し、彼が己の身に残した痕を確かめるトリス。
白い肌に散らされた紅い痕。日が経つ毎に薄れるそれが、まるで自身の記憶であるかの ように感じ、身震いする。

(お願い…帰って来て……帰って来て、もう一度抱いて"夢じゃなかった"って、 ちゃんと確かめさせてよ…っ)

主の戻らない部屋で、トリスはネスティの温もりを求め深紅のマントで身を包む。
いつも温かなぬくもりをくれたそれは、冷たく、ひんやりとした感触で応えるだけだった。


2003.7.12