水浸し。 〜彼の事情。〜




バッシャーン。
勢いよく、というべきか。
気付けばトリスは辺りに水しぶきをとばしつつ、派手にひっくり返っていた。
止める暇はあった。
が、躊躇してしまったその一瞬で、伸ばした助けの手は間に合わず、 結果、彼女は見事に川へとぼちゃり。髪も上着も何もかもずぶ濡れのその姿は、 とても年頃の女性とは思えない様相だった。
「あはは〜、やっちゃった」
自分を見下ろす兄弟子に、取りあえず笑って誤魔化そうとするトリス。 彼女の言動に、微笑んだり大笑いしたり、と、仲間達はそんな反応を見せていたのだが、 兄弟子であるネスティは一人、動けずにただ彼女を見つめていた。 いや、正確には彼女の方を向いていたというだけで、意識は別のところにあったのだが。

「ネス?」
てっきり、馬鹿、だの、粗忽者、だのいつもの如く小言を100も言われると思っていたトリスは、 余りの反応の無さにどうしたものかと彼の表情を伺う。
(僕は………)
本来なら自分が一番彼女の近くにいて、彼女を助ける事が出来たのにそう出来なかった理由。
一度めは掴む事が出来た。
足元の不安定さに、靴を滑らせた彼女の腕をとっさに掴み、支える。 勿論、彼女の注意力の足りなさに説教するのは忘れなかったが。
しかし、二度目は躊躇い、反応が遅れた。
あまりにも単純で恥ずかしい理由を思い出し、ネスティは赤く染まる頬を隠そうと、無骨な手でその表情を隠した。
「ネスってば」
名を呼ぶ声に視線を向けたネスティに、トリスの不安げな瞳が映る。
「大丈夫? ネス」
「あ、あぁ…」
手のひらを眼の前で振り、彼の様子が変わりないか確かめるトリス。
ネスティはそんな彼女を安心させようと、いつものように冷静な自分であろうとしたのだが…
「ト……………… っ、!!」
「え? なぁに??」
「ば、馬鹿、君、はっ……!」
先程とは比較にならないほど、その顔を茹でたタコのように一気に赤く染める。
慌ててマントの留め金を外し、深紅の布をその身から剥がし、彼女の肩にかけようとするネスティ。
しかし。
視線を合わせないよう、ある一点を見ないよう、気を使った事が災いしたというべきか。
「なんなの急に、ネスってば。そんな慌てなくても寒くない……あわ、きゃあ!!」
「うわぁっ!」

ぼっちゃん。

本日二度目の水しぶきが高らかにあがる。
元より足場も悪く、しかも水で濡れて滑りやすいのだ。注意していなければ簡単にバランスを崩す。
先程より一人分大きな音と雫を飛ばし、二人は仲良く池の中へとダイブした。
「…キレイ……」
光に反射したそれが、微妙な屈曲によって空に虹を描く。
ミニスが思わず洩らした声に、他の仲間も空を見上げ感嘆の息を吐いた。
「知ってるか? 虹の色は七色全部ある時と無い時があるんだぜ?」
「そうなんですか? フォルテさん」
「おう。俺は子供ン時から虹が好きでなぁ…よく虹の色を数えたり、虹の端を探しに行こうと したんだよな〜」
「あんたも意外にロマンチックなとこ、あるのね」
「うふふ、ケイナさんったら…」
笑い声が響く、微笑ましい風景。
彼らは、遠くで怒鳴られている可哀想なトリスを助けることもなく (というよりもヘタに関わってとばっちりを喰らうのはゴメンだと言わんばかりに)、 無邪気な空間を擬似的に創り出りだすことに専念した。
「(あっちゃあ〜)大丈夫、ネス?」
「…………キミは……っ、 馬 鹿 か 〜〜〜っっ!!!」
「きゃあっ!!」
その後。
せっかく釣り上げた魚を口にすることもなく、トリスは徹夜で反省文を 書かされる羽目となる。

「でも…なんで "女らしくなります" なの??」

ネスティが彼女を助けられなかった訳。
それは、掴んだ腕があまりにも柔らかで、壊れそうだったから。
そして、頬を染めた理由が、
"水で濡れた服に素肌が透けて見えていたから"
という、至極単純明快な理由であった事を、彼女は知らない。


2003.7.7