いちばん。



(あの人に気持ちを伝えてから二年)

(待つつもりでいた)
(自分に自信が持てるまで)
(あの人がそのままでいてくれるなら、と)
(なのに)



乱暴に腕を引き、ベッドの上に倒す。
彼女の身体が恐怖に萎縮しているだろう事も予測しながら、あえて無視して。
「ウィル、どうし……あっ…」
ウィルはアティの首筋に口付けを落とし、彼女の言葉はそのまま吐息と共に飲み込まれる。 ぞく、と泡立つような未知の感覚が走る。得体の知れないその刺激に、身体を固くするアティ。
突然だった。
軍学校に通うウィルが、久し振りに休暇で訪れたと思ったら突然押し倒され。
会えなかった間の話をたっぷりしようと考えていたアティの予定は、こんな風に崩れてしまった。
ゆうに追い抜かれた背と。
青年へと変化していくその身体に。
意識していないはずもなく、緊張が態度に表れていたのだろうかと思った彼女は、誤解を解くべく、 正直にその気持ちを伝えようとした。
が。
「……っ、あ!」
セーターの中に進入してきた手が、心臓に近いその部分に触れる。
誰にも触れられた事の無い、柔らかな膨らみを、彼はその態度とは裏腹に優しく撫でた。
「ウィ、ル……ど、してこんな……んむ…!!」
言葉を遮るように、ウィルはアティの唇を塞ぐ。
何もかも初めてで、アティはただ彼にされるがままで。
しばらくすると、猫が水を飲む時の音のような、深い口付けの音が静まり返った部屋に響いた。
無論、その間もウィルの手は休むことなく彼女の胸の上を這っていて、時折強く握られる感覚も、 痛みとは違う、別の感情を与えている。 戸惑いながらも彼の行為を受け入れているアティだが、自分の口から漏れる、自分のものとは思えないほど の甘い声に、恥ずかしさで身を捩った。
「………っ」
その時、不意に行為が止む。
覆いかぶさっていた重みから解放されたアティは、項垂れるように肩を落とす少年に視線だけを向けた。
「……これじゃ、強姦と一緒だね……」
ごめん、と小さく呟くウィルの背中に、アティは迷わずしがみ付く。
「先……」
「……どうしてこんな事をしたのか、教えてくれますよね?」
背中越しで、互いの表情は見えない。鼓動だけがやけに大きく感じる。
まるでその音で互いに気持ちを確認しているかのように。
「……先生が……あいつに…カイルさんに告白されているのを見て、焦ったんです。 あの人は僕より大人で、僕はどう頑張っても貴方より年上にはなれないから…… 待つつもりでいたんです。先生の気持ちが僕に追いついてくれるまで。でも……」
背中から回された腕に力が込められる。
「年齢じゃないと私は思いますよ。大人かどうか、なんて」
「けど……」
「考えすぎるのはウィルの悪い癖です。それに! 私が好きでもない人に抱かれると でも?」
「! そ、それは!」
慌てて振り返ったウィルに、緩やかに微笑む。
「……私の"一番"になってくれますか……?」
そう伝えた相手は、今まで見た中で一番の微笑みをくれた。
その顔に、ただでさえ早鐘を打っていたアティの心臓が更に跳ね上がる。
「〜〜〜、ズルイです……そんな風に笑うなんて……」
ヘナヘナと崩れるアティの両肩を支えるウィルだが、彼女の言葉の意味が分からず首をかしげた。
「大丈夫ですか? 先生」
心配そうに見下ろすウィルに、アティはぽつりと呟く。
「あの……ですね。その……一つだけお願いがあるんです」
「何ですか?」
「……二人っきりの時には、名前で、呼んで下さい……」
言った方も言われた方も。
顔を直視出来ず、同じように、頬といわず顔中真っ赤に染めて。
「鋭意努力します」と、そう搾り出すように言葉を洩らすウィルに、アティは堪らず飛び込んだ。
「! せ、先……」
「……ちょっとだけ怖いから……名前、呼んでて下さい」
「…………ア、ティ…」
どちらからともなく近付く唇。
そのあとに続くのは、意味を成さない言葉と、そして互いを呼び合う名だけ。
言葉だけじゃ伝えきれないから。
重ねる肌と温もりで、心を、想いを伝え合う。その名に籠めて。




翌日。(オマケ)


「ま、まだ望みはあると思ってたのに……!」
「生きてりゃこんなこともあるわよ、元気お出しなさいな」
漢泣きするカイルに、その肩を、ぽん、と叩くスカーレル。
「アニキー、大丈夫?」
「当分は凹んでそうですね。あ、おめでとうございます、お二人とも」
心配してるのか半ば呆れているのか、ソノラはカイルにほら、と自棄酒を渡して慰めていて、 ヤードといえば、そんなカイルを冷静に分析している始末だ。

(何故こんなことになっているんでしょう……)

流石に疲れたのか、アティが昼近くに目を覚ますと、どういう訳か二人の経緯は皆に満遍なく知れ渡っていた。
先に起きてしまったがために、執拗にターゲットになったらしいウィルがぐったりしているところを見ると、 彼が言いふらしたとも思えない。 第一、彼に限ってそんな事はしないだろうし、うっかり口を滑らすようなミスを犯す事も考え難い。
となると考えられるのはただ、一つ。
「……アルディラ……まさか……」
椅子でくつろぐこの城の主に疑いの眼差しを向け、アティは詰め寄った。
「大丈夫よ、ビデオは破棄しておいたから」
「!!?」
「ここ、監視カメラがあるって知ってるでしょう、貴方達」
「あ……!」
二人が泊まっていたのはリペアセンターの一室。アティが元々アルディラに部屋を借りて住んでいたため、 今回休暇でやってきたウィルも空室を一つ借りたのだ。
「今度は気をつけてちょうだいね?」
フフフ、と笑う友人に、全て見たのかとはとても(怖くて)訊けなかった。
その後アティは執拗にクノンに身体の変調を調べられ、恥ずかしさに2、3日授業をボイコットする。
その穴埋めに、代わって授業を行ったウィルが、やがて『小先生』と呼ばれるようになるのは、まだ先の話である。

end.


HAL (03.10.5)