トリスはむしゃくしゃしていた。 何だかとっても悔しくて。 そんな気分の時だ――――――術が暴発したって不思議じゃあない。 そう。 おかしくは無い………例え時間を越えた人物を呼び出したとしても、だ。 『 memory 』 「…お姉さん。ここは何処ですか?」 眼鏡をクイっと軽く持ち上げ、丁寧な物腰で少年はトリスに詰め寄った。 そんな彼の態度に、トリスは冷や汗を流す。 彼女はこの深い藍の瞳に見つめられると、いつも動けなくなるのだ――――例えそれが "現在(いま)" の 彼の瞳でなかったとしても。 その威圧感に答えを詰まらせるトリスに対し、ふぅ、と諦めたような溜息をつく少年。 見かけは13、4の幼い顔立ちであったが、少年の正体は紛れも無い兄弟子、ネスティ ・バスク、その人だった。 憂さ晴らしか、はたまたヤケクソだったのか。 ともかく、恨み言等の罵詈雑言を吐きながら召喚術を使ったトリス。 しかし、そんな彼女の前に現れたのは召喚獣でも魔法でもない。 『過去』のネスティだった。 喚ぼうと思って喚んだ訳では無い。 幼いネスティの突然の登場に言葉を失うトリス。 代わってネスティはといえば、恐ろしいほど冷静に反応し、トリスを質問攻めにした。 そう。 彼女が "未来のトリス" であるという仮定のもと……いや、確信を持って。 何しろ自分への反応がちっとも変わってないのだ。 大きくなってもこの妹弟子は自分に頭が上がらないのかと思うと、ネスティから自然に笑みがこぼれ、終には堪えきれず声に出した。 「…ぷっ……くく………あはははは…!」 一方涙目になっていたトリスは彼のその姿に、益々涙を溜め込む。 「ひ、ひどぉ…」 ネスティはそんなトリスに気付き、ぴたりと笑いを止める。 そして、床に座り込む彼女にゆっくりと近づき、微笑を向け、優しくその頭を撫でた。 「ごめん」 その暖かい眼差しにドキっとする。 いくら幼いとはいえ、昔から好きだったネスティにそんな事をされては…… 「…うっ……ネスぅ〜〜〜!!」 トリスはネスティが子供である事を忘れ、いつもの様に――――抱きついた。 しかし、抱きつかれた(というかむしろ飛びつかれた)方はというと、当然ながら彼女の勢いを支えきれず、後方へとその身を倒す。 そんな無茶苦茶な状態であるにも係わらず、それでもネスティはトリスを庇うよう倒れていた。 流石、と言うべきか、男の意地というべきか。 見上げた根性である。 「……えへへ…ネスってばやさし〜〜」 自分の胸で幸せそうに微笑むトリスの姿に、怒る気も失せたネスティは、再び彼女の頭を撫でた。 「…全く…君はいくつになっても無茶をするんだな…」 声変わりする前の、少し高い、澄んだネスティの声。 怖くて、厳しくて…でも本当は優しい "兄" の様な存在だったネスティに、トリスは幼い頃から救われてきた。 何もなかった自分に存在価値(いばしょ)をくれた人――――― 今より若い彼の声を聞いていてそんな事を思い出し、トリスは胸の奥が暖かくなるのを感じた。 「…ネス……」 「……何だ」 今も昔も変わらない、その偉そうな態度。 そんなネスティの姿に、トリスはくすり、と笑うと、今度はしっかりその瞳を見つめ、言う。 「御免なさい…って先に謝っておくね―――未来のために」 ペロリ、と舌を出すトリス。 ネスティは一瞬目を円くするが、トリスの言わんとする事を何となく理解したのか、困ったように苦笑する。 「…君は馬鹿か?まだ起ってもいない事に謝るなんて……もっとも、君らしいと言えば君らしいが」 愛おしい。 何気ない仕草や表情が、どうしてこんなに切ないんだろう。 どうしてあたしだけ、こんなに貴方に参ってしまうんだろう… 「…ずるいよ、ネスってば……」 そう言って俯いてしまったトリスに、泣いているのかと心配し、顔を覗き込むネスティ。 「トリ―――」 しかし。 やはり "この" ネスティは若いだけあって、まだツメが甘かった。 "女の武器" にはまだ対抗出来ない、という事か。 「△□○×?!」 突然塞がれた言葉。 トリスの柔らかい唇の感触に、ネスティの頭の中は真っ白になった。 当然初めてであろうその行為に、流石の冷静沈着な彼の思考もパニック状態であったが、相手はトリスだ。 そんな純真な彼の動揺もそっちのけで、 "いつものように" 深くて長い口付けを交わす。 「…ん……」 トリスがやっとの事でネスティを開放した時には、彼の思考回路はショート寸前、というやつだった。 「はれ?どうしたの、ネス?」 顔を紅く染め、微動だにしないネスティの頬に手を伸ばそうとした瞬間、トリスの頭に衝撃が走る。 ごつん! 「い!……ったぁ…!!」 「〜〜〜当然だ、この…大馬鹿モノ!!!」 「きゃあ!」 聞きなれた怒鳴り声に振り返ると、後ろには前方の幼いネスティと同じ位、顔を紅く染めたネスティ(大)の姿があった。 しかしこの場合、照れより怒りの度合いの方が大きいかもしれない、が。 「…悪いユメだと思ってくれるといいんだケド…ねぇ、ネス?」 「……」 パニックになっているのを良い事に、ネスティ(小)を何とか元の時代へと送り還す事に成功した二人。 後は彼が "夢オチ" 、と思ってくれる事を願うばかりだ。 だが、一向に口をきかない兄弟子に、トリスはどうやって許しを請うか必死に考えを巡らせる。 きっと嘘をついたり誤魔化したりした所で、結局この鋭い兄弟子にバレてしまうだろう。 それならいっそ初めから本当の事を言って怒られよう、と、トリスは考える事をやめ、素直に向き合うことにした。 自分がむしゃくしゃしていたワケに。 「…ごめんね、ネス。あたし…ネスの "はじめて" があたしじゃないって、フォルテ達が喋ってるのを聞いて……」 「―――嫉妬した、と?」 「うぅ…うん……」 「―――そして腹を立てた君は、手当たり次第召喚術を使い、憂さ晴らしをしていた?」 「……ハイ…」 「―――で、運悪く暴走した術によって、昔の "僕" が召喚され…何も知らない純情な少年に手をかけた、と?」 そんな風に回りくどく、ちくちくと責めるネスティのやり口に、トリスは恥ずかしさの余り「穴があったら入りたい」という心境にかられた。 「全く君は馬鹿だな…救いようが無い」 「むぅ……そ、そこまで言わなくたって……元はって言えばネスが―――」 トリスの潤んだ瞳に、ネスティは参ったと溜息をつき、彼女を抱き寄せた。 「ああ……もう泣くな」 「な、泣いてなんか……ない!…もん…」 ネスティの胸に顔を埋め、涙を隠すトリス。 しかし、その後の耳元で囁かれるネスティの甘い台詞に、その涙は止まる―――― 「…僕は "ファーストキスは年上の女性だ" と言っただけで、君(トリス)ではないと一言も言っていないが?…それでもまだ泣くのか?」 "確信犯…" という言葉を飲み込み、トリスは彼の腕の中で「ネスってやっぱりズルイ」と漏らし、幸せそうに微笑むのだった。 END. 01.12.1 |