僕の先生はちょっと変わっている。
 いや、かなり、と言った方がいいかもしれない。
 剣を抜くと耳が生えてウサギみたいになるとか、大人のくせによく泣いたりとか。
 でも、そんなことは些細な事だ。それも魅力の一つと言いきる人もいるみたいだし。

 問題なのは、たった一つ。






 先生と僕。 - 第2話 -





「……何をしてるんですか、貴方は……」
 彼は顔を×だの○だので黒くしたアティに向かい、半ば呆れ声でそう言った。
 アティを探して風雷の郷に出向いたウィル。
 今日の郷は何故か異様な熱気で溢れており、大体二人一組で向かい合い、小さな板で何かを打ちあっている。 そんな賑わう人々の中でも、特に楽しそうな声が響く場所。
 彼の探す人物は、いつも一際楽しそうな輪の中心にいて、彼はそれを見るたびなんとなく面白くなかった。 子供っぽい嫉妬だと自分でも判っているからこそ、態度も言葉もそっけなくなる。それが彼女を傷つけているだろうと分かっていても。
 一方アティといえば、ウィルのそんな態度も既に慣れているのか、彼の姿を見つけ嬉しそうに駆け寄った。
「これ、"羽子板"って言うんですって。ミスミ様の故郷でお正月っていう時期にですね……」
「僕が言いたいのはそんな事じゃありません。何で"そんな格好"をしてるのか、ってことです!」
 アティは自分の衣装に目をやり、そして首を傾げる。ウィルに『そんな格好』と言わしめたそれは、俗に言う『晴れ着』というやつで、ミスミが若い頃に着ていたものだという。
「何か変ですか?」
 彼の怒る理由が見つからず、アティは本人に直接問う。
 が、ウィルにしてみれば痛い質問である。
 何しろ答えを本人に伝えられるくらいなら、こんなに悩む事はないのだ。
「あのですね、そういう事じゃなく……」
「そうそう。ウィルは単に嫉妬してるだけなのよ〜」
 言葉を選んで慎重に伝えようとしたウィルの台詞をさえぎったのは、楽しそうなオカマの声。
「センセの可愛いとこは誰にも見せたくないってトコ。可愛いわぁ〜」
「独占欲、ってやつ?」
「なっ……!」
「スカーレル、ソノラ。来てたんですか?」
 まぁね、と微笑むスカーレルをウィルは睨みつけるが、彼はその眼光も何処吹く風とばかりに視線を外すと、 アティの正面に立ち、人差し指を立て、左右に三度振った。
「センセも罪作りなオ・ン・ナ! よねぇ」
 本心をあっさりばらされ、茹でたてのタコのように顔を赤くするウィル。
「え……そ、そうなんですか? ウィル」
 つられて頬を染めるアティだが、そこで素直に『はい』といえないのがウィルの性格。
 ニヤニヤと意味深に笑うスカーレルと、いつの間にか集まった郷の者達。ちょっとしたギャラリーに囲まれ、ウィルはいっそ逃げ出したい気持ちで一杯になった。
「僕が言いたいのは、こんな格好で遊び呆けてる貴方に、教師としての自覚をちゃんと持って欲しいと……」
 ウィルが得意の正論(?)で言い逃れようとしたその時。
「それは心外じゃ。これとて立派な"戦闘訓練"の一つなのじゃぞ?」
「ミスミ様」
 この風雷の郷をまとめる長、ミスミ。ウィルは早くに母を亡くしているせいか、なんとなく彼女が苦手だった。
「僕はスバルとは違いますよ。そんな理由で騙されたりしません」
「ほお? 言うてくれるな。ではお主、これはお遊びだと、そう言いきるのじゃな?」
「ええ」
 間髪入れずに答えるウィルに、ミスミは高らかに笑う。
 その様子に、馬鹿にされていると感じたウィルは、多少ムッとしたが、 ここで挑発に乗って子供っぽさを見せては負けとばかりに、自制心を働かせ、冷静さを崩さない。
 そんな子供らしくない少年の態度にミスミも感心するが、負けず嫌いの彼女だ。
 このままでは大人の威厳に関わる、と思っても不思議ではない。
「……そこまで言いきるとは面白い……これ、キュウマはおるか?」
「お傍に。何用ですか、ミスミ様」
「羽子板で決闘じゃ。試合の準備をせい」
「心得ました。では、早速」
「うむ」
 ミスミの言葉に、ギャラリーから歓声があがる。
「ま、待って下さい、何でそうなるんですか!」
 自分の意志とは無関係に事が進んでしまった展開の早さに、慌てて抗議の声を上げる。
 しかし。
「お主も男じゃろう? 自分の発言に責任を持たぬか」
「だからそうじゃなくて、何で決闘なんて……」
「ああもう煩い奴じゃ。決まった事はもう変えられぬ。愚痴愚痴言うでないっ!!  これ、お前達。何をしておるか、早うウィルの着替えを手伝ってやれ」
「っ、わ、ちょ、ちょっとミスミ様ー!」
 むさ苦しい男達(ミスミの護衛達であろう)に運ばれ、ウィルは屋敷の中へと消えていく。 その様子をあっけにとられて見送っていたアティは、彼の姿が完全に消え去ってからようやく自分を取り戻した。
「大変、ウィルを連れ戻さなきゃ……」
「ムリだよ。母上が言い出したら誰も止められないって。大人しく待ってれば〜?」
 まるで他人事のように自らの母の怖さを語るスバルに、ミスミの怖さを垣間見たような気がする。
 そんな中、とにかく待ちましょう、と、楽しげなスカーレルの傍ですっかりその存在を忘れられたソノラは思った。 ウィルを連れ去ったのが男の人でよかった、と。
(もし女の人だったら……血を見てたかも……)
 心配そうに屋敷を見つめるアティの方を見て、自身の想像にふるっと身悶えするソノラであった。

「準備は出来たか。キュウマ」
「はっ。既に整っております」
 縁側にミスミが現れ、キュウマを呼び寄せる。どうやら準備も終わったようだ。
「よし……では、ほれ、ウィル。いつまでも照れておらんで出てこんか」
「………」
 ミスミに呼ばれ、奥からしぶしぶ出てきたウィルの姿は。
「羽織袴じゃ。我らの世界の正装のようなものでな。折角の勝負、正式にと思うての」
 コロコロと笑う彼女だが、同様に笑えるものはこの場にいない。ウィルの周りを包む不穏な空気に、誰も 何もいえなかったのである。
「……それで? 肝心の僕の対戦相手はどなたなんですか?」
 一刻も早く、このふざけた状況から解放されたいウィルは、とっとと試合を終わらせる事にした。しかし、ミスミが彼の 対戦相手に選んだ人物に目を丸くする。
「……え? 私ですか??」
 意外というか当然というべきか。
 選ばれたのは彼の師である、アティ、その人だった。
「さよう。お主なら実力に然程違いはあるまい?」
 鬼人をも黙らせそうな有無を言わさぬその笑顔で言い切られ、逆らえる者がいようか。
 二人は小さく諦めの溜め息をつくと、決戦場として準備された場所にすごすごと向かう。

「……なるほど。で、こっちは……」
「……そう……ふむ、流石ウィル殿。筋がいい」
 ルールを簡単に説明してもらい、板と羽根の使い方をキュウマに教わるウィルの、その微笑ましい様子を 楽しげに見守るアティに、一つの影が近付いた。
「……ほう。誰かと思えば、アティ、貴様だったのか」
「アズリア! どうしたんです?」
「面白い物が見られると誘われてな……ふむ。確かにいいものが見れたな」
 アズリアの視線の先には、着物姿のウィル。
「戦いに賞品はつきものだが……相変わらずソツがないな」
 だがイスラだって……とぶつぶつ言い始めるアズリアから、何となく酒の匂いを感じる。 そういえば振舞い酒だといって、アティも先程執拗に勧められた覚えがあった。
(アズリアがこんなになるなんて……一体どれだけ飲んだんだろう……)
 アティの視界には入らなかったが、近くの酒樽の傍で倒れているギャレオの姿を目にしていたら、きっと、 もっと冷静に対処出来たかもしれない。しかし。
「あのね、アズリア。彼は景品なんかじゃなくて……」
「なんだ。貴様がいらないのなら、代わりに私が(部下として)貰ってやるぞ?」
「!! っ、駄目です!! ウィルは私の(生徒)なんだから!!」
 売り言葉に買い言葉。上手い具合に、世間にはそういう言葉がある。
 アティとて酒を全く口にしなかった訳ではない。
 少量ではあったが、人間、アルコールを体内に入れて身体を温めたらどうなるか。
 それは運動しても同様の効果を得られる訳で。
 したがって、羽子板で、しかも慣れない着物で動き回っていた彼女の身体は、 普段より急速にアルコールを吸収している。
 そう、すなわち。有り体に言えば、彼女もまた酔っ払っているのだ。
 ちなみにカッコ内の言葉はそうであってほしいと願う、儚い期待を込めたソノラの幻聴である。
「……面白い。きっちり勝負で決めようではないか」
 かくして、ウィルの男の意地を見せるはずの試合は、いつの間にか『アティVSアズリア、ウィル争奪戦』となっていた。
「あ、あの……ミスミ様、これは一体どういう……」
「男一人を奪い合って、女と女の真剣勝負じゃ。口を出すでない!」
 口を挿もうにも、召喚術を使えないようにと口を塞がれ、大きな布で巾着状態にされたあげく、リボンまで結ばれたウィルに 何が出来ようというのか。おまけに彼の胸には『賞品』という札が下げられ、額には墨で書かれた『売約済』の三文字。 不幸中の幸い、というべきか、彼はシルターンの漢字を理解できていないが。
「さて、両名とも宜しいですかな? ……では、いざ、尋常に勝負!!」
 無言のまま頷いた二人は、キュウマの試合開始の掛け声と共に動き出す。
 息を呑む、白熱した試合。
 流石に好敵手というだけあって、いい勝負だ。
「…むうぐっ(先生っ)……!」
 2対2の同点。
 3点先取の勝負だ、互いに後は無い。長いラリーが続く。
「クッ……懐かしいな……こうしていると昔を思い出す……ハァッ!!」
「ええ……でも……私は負ける訳にはいかないっ…! ヤァッ!!」
 ポトリ。
 羽根はアズリアの板から零れ、地面に落ちた。
「勝負有り! 勝者、アティ殿!!」
 瞬間、わあっ、と周囲から大歓声が上がる。
「見事じゃ! 双方ともよくやった。いい勝負であったぞ……!!」
 拍手で称えるミスミに嬉しそうに駆け寄ると、アティは言った。
「じゃ、景品、貰っていきますね♪」
「〜〜〜〜?! むー! んんー!!」
 肩に担ぐように巾着包みされたウィルは、本人はおろか、誰も意義を唱えることがなかった(というか出来なかった)ので、 そのままアティによって『お持ち帰り』されていく。
「……スカーレル、何傍観してんのよ」
「……あんただって人の事言えた義理?」
 ソノラとスカーレルの二人を責められる者はいない。
 例えこの場にカイルがいたとしても、今の彼女を止められはしないだろう。そう、誰も。
「どこ、行ったんだろうね……先生」
 その後、二人の姿を見た者はいなかった。




 翌日。

「あれ、先生。帰ってたんだ!」
 朝食の準備をしに起きたソノラは、台所に立つアティの姿を見つけて叫ぶ。
「なんだ〜心配して損しちゃったよ〜。あたしはてっきりさぁ……」
「? 何です?」
「ううん、こっちの話! ……ところで、先生。このピンクの食べ物、何?」
 皿の上には白い湯気の立つ、薄桃色の物体。所々に紫色の小さな粒が見える。
「これは『お赤飯』っていうんです。シルターンの食べ物の」
「何でシルターンなの?」
 人は好奇心の固まりだ。ゆえにここでソノラが質問したのは自然の摂理といえよう。
 だから、誰も彼女を責められない。
「シルターンでは、おめでたい時とか
大人になったお祝い に食べられるそうなんです」
「へ、へぇ〜、そうなんだ……」
「はい♪」
 そう言って嬉しそうに皿を運んでいく彼女の後姿を見つめるソノラ。
 誰が大人になったのか。
 それは自身の胸にひっそりしまっておく。
「……聞こえなかったことにしよう……それが皆の幸せだよ……うん」



 こうして今日も平和な一日が始まる。

 ……たった一人を除いて。

end





あとがき

難産でした……とっても。
ただ単に「お持ち帰りウィル」が書きたかっただけだったんです。
アズリアと勝負するつもりなんて無かったんです……!
気がついたらこんな長丁場に。
時期としていえば、第1話の前に当ります。
赤飯の意味は皆さん各自でご自由に想像して下さいませ(笑)

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