(どうしてこんな事になったんだろう)

(あの時、へたに情け心なんか出すんじゃなかった……)







先生と僕。




戦いも終わり、島での生活も残すところあとわずか、という時のこと。
「……ん……なに? テコ……」
寝返りを打ったウィルは、顔を包み込む柔らかさと温かさに己の護衛獣の名を口にした。
元来、動物の体温は人より少し高めで、その特有の柔らかさと熱に、人は心地よさを覚える。 が、その感触がテコのものと全く違う事に気付いたのは、散々頬擦りしたり抱きしめたりした後のことだった。
「?!!」
全神経が覚醒する。
飛び起きて、ふとんの中のそれを確認したウィルは、予想通りの結果に肩を落として項垂れた。
「……先生……」
続く言葉はなく、溜め息しか出てこない。
寝息を立て幸せそうに眠る女性こそ、彼の家庭教師であり、この島を救った抜剣者、アティだった。
寝呆けていたとはいえ、ウィルは先程テコだと勘違いして触りまくった場所が、彼女の身体の何処であるか考えないように 理性を総動員させ、深呼吸する。幸いな事に相手は気付いていない。
「……落ち着け……落ち着くんだ、ウィル……」
まるで呪文のように、冷静になろうとブツブツ唱え続ける。
だが、掛け物を剥がれた寒さか、アティは小さなクシャミと共に目を覚ましてしまった。
「ん……あれ、ウィル……どうしました?」
他人のベッドに勝手に潜り込んで、どうしましたはないだろう、というツッコミはしない。
もはや日常茶飯事になっているのだ。今更問うたところでどうしようもない。
むしろ、ツッコミどころはそこではなく。
「……先生……パジャマくらい着て下さい……」
「え? 楽なんですけど……やっぱり駄目ですか?」
彼女は下着の上にサラサラとした薄い布地を纏っているが、その面積は下着とそう変わらないうえ、微妙に透けていた。
「駄目とかそういう問題じゃないでしょう!? 大体貴方は女性としての慎みが……!」
いつものように繰り返されるウィルのお説教が数十分続く。
まだまだ続くであろう攻撃の手が止んだのは、アティが二度目のくしゃみをした時だった。
「は……な、何でもないの、ごめんなさい、お話の途中で!」
「……全く、貴方って人は……」
ウィルは溜め息を一つ吐くと、衣装箱の中から少し大きめの上着を取り出し、アティに手渡す。
「貴方も教師なんですから、自分の体調管理くらいしっかりして下さい」
「ウィル……」
照れくさいのか、ウィルはそう言うと、フイ、と顔を背けた。
しかし。
その後聞こえる衣擦れの音に、やれやれ、と顔を上げた彼の視界に映ったものは。
「?!! っ、……な、なにをしてるンですかっ!!」
天然というべきなのだろうか、それとも狙っていると考えるべきなのだろうか。
アティはそれまで着ていた薄い布地を外し、さらに下着のホックに手をかけていた。
「あ、駄目ですよ、まだこっち向いちゃ!」
言われてから、はた、と気付き、慌てて背中を向けるウィル。
不可抗力だとしても、視線が外せなかったのは男としての悲しい性といえよう。
「ご……ごめん!!」
外に聞こえているのではないかと思うほど、心臓は大きく脈打つ。
冷静になろうとしたウィルは、『リインバウム世界史』の冒頭の文章を暗唱し、更にレーセーの滴を頭にかけ、 ただ時間が過ぎるのを待った。
だが、必要なのは暗唱でも、レーセーの滴でもない。
あえて言うならミーナシの滴だったのかもしれない。
「ん……まぁ……でも、お互い知らない仲でもないですしね♪」
「! っ、いつ僕達がそんな仲になったって言うんですか、人聞きの悪い!!」
嬉しそうに話すアティに、鬼の首を獲るかの勢いでまくしたてるウィル。
「もういいから、貴方は自分の部屋で寝てくださ……」
「………」
上目遣いに、今にも涙が零れそうな潤んだ瞳。
(先生……それは反則です……)
訴えるようなアティの眼差しにあっさり折れたウィルは、降参です、というジェスチャーの後、彼女の額にそっと口付けた。
「……今日だけ、ですからね?」
「〜〜〜っ、はい!」
途端、アティの表情がパアッと明るくなる。まるで花が開くかのように。
照れくさそうに頭をかいて、背を向けるウィルだが、やはりそこは少年というべきか。
詰めが甘かった。
「ッ?! うわぁ! ちょ、先生……なに、を!! ……………○△□×?!」
今日だけ、の意味を無理やり履き違えたアティの手に、ウィルが堕ちるのは時間の問題だったという訳で。
そうして、また二人は朝を迎える。


「よう、ウィル。おつかれさん」
「あ、カイルさん。お疲れ、って……?」
大あくびで食堂に向かうウィルの背中を、ぽんと叩いたのは、海賊船の船長にして力自慢の筋肉男、カイルだった。
だが彼はその質問に答えず、黙って親指をテーブルの方へと指す。
朝だというのに、並べられた豪華な食事と、そして―――赤飯。
「先生、今日はなんのお祝い?」
サラダのエビをつまみながら、ニヤニヤと尋ねるソノラに、アティは頬を染め、顔を覆う。
「お、お祝いだなんて……そんな……!」
が、アティは呆然と立ち尽くすウィルの姿を視界に捉え、さらにその頬を赤く染めた。
ウィルからパッと視線を外し、「な、なんでもありません」と俯く姿に、誰が間違うというだろうか。
(……疑ってくれと言ってるようなもんじゃないか……)
「あら〜、ウィル。……オメデト」
「おめでとうございます、ウィル」
口々に言い、通り過ぎていく仲間達。
「……赤飯、何度目だったっけな?」
カイルは遠い日、アティに惚れていた頃の自分を思い出し、懐かしさに微笑む。思えば報われない恋だった。

「……もう、たくさんだ………こんなとこ、出てってやる……っ!!」

そう言って飛び出すのも、もはや日常茶飯事。
こうして島の平和な一日が、また今日も始まる。

end





暴走し始めました、アティさん……。
どうも短くまとめられなかったので、シリーズ化してしまうかと……。
とりあえず赤飯の謎(第一回)と、ウィルとのお父さんネタは書きたいかな(汗)

こんなんでほんとに申し訳ありません、Sさん!(血涙)

HAL (03.10.5)