for SUMMON NIGHT 2 番外編護衛獣ED




 護衛獣のそんな一日。
  噂「裏」編<其の二と1/2>






トリスがいつものようにネスティを見送った後、事件は起った。

「れ・・・?こんな時間に誰だろ・・・」
呼び鈴が鳴り、トリスは慌てて玄関へと向かう。
ネスティから散々注意された甲斐あってか、トリスは無警戒に扉を開けることは無くなった。
教えられた通り、覗き口から相手を確認し、扉を開けるようにしている。
(今度余計な物買わされたら、あたし、ネスに何されるか・・・)
越してきてからというもの、トリスは訪問販売を断れず、ことごとく商品を買わされ続けた。その余りの警戒心の無さに、ネスティは呆れ、ついには交換条件を提示する始末だ。

「トリス・・・きみには学習能力が無いのか!?全く、いつもいつも・・・」
「だって、さ・・話聞いてるとつい、いいなぁって・・・」
それは羽布団だったり、調理器具だったり、高い枝を切り落とすハサミだったり。
家に帰る度増えている品々に物置が占領され始め、ネスティは考えた。もはやこうするしかない、と。
「・・・不公平だな」
「え?」
「きみばかり欲しい物を買っている、ということだ」
トリスは言われて一瞬、きょとん、とするが、直ぐにポンと手を叩き笑顔を向けた。
「な〜んだ、そんなコト。ネスだって欲しいもの言ってくれれば・・・そりゃ、あんまり高い物は無理だけどさ」
「では・・・今日からきみが無駄遣いをする度、僕も欲しいモノを貰う、というのはどうだ?」
「オッケーオッケー。いいわよ、それで。商談成立」
トリスは全く考えなしにそう答えたが、ふと、自分を見るネスティの笑顔がいつものものとは違うことに気がつく。
(あたし、何かとんでもない約束をしちゃったんでは・・・?)
トリスはその不安が何なのかはっきりさせるべく、恐る恐るネスティに尋ねた。
「あ、あの・・・ちなみにネスの欲しい物って、なぁに・・・?」
ネスティはトリスが最も恐れる極上の笑みを浮かべる。
「・・・ああ、そういえば約束は今日からだったな」
「え?え?え?」
「では遠慮なく戴こうか」
ネスティに押し倒され、トリスは悲鳴にも似たような声を上げる。
「ま、まった、たんま、たんま!どういう事よ、ネス!一体なんであたしが・・・んむぅ・・っ!」
抗議の言葉はネスティの唇によって塞がれ、トリスは思考を混乱させられる。
優しい、でも貪るような口付けに、トリスの意識が麻痺し始めた頃、ようやくネスティは彼女を解放した。
「・・・っはぁ、・・は・・・ね、ネス、・・・も、もしかして今の・・・?」
「・・・次は何が貰えるか楽しみだな、御主人様?」
御褒美を待つペットのように、彼は言った。
トリスは性質の悪い冗談だと思いたかった。が、どうやら彼は本気らしい。
その後、二度ほどネスティの報復?を受ける羽目となったトリス。
回を追うごとに激しさを増すネスティの要求ブツ。
今回ばかりは流石のトリスも大人しく観念し、訪問販売には一切手を出さないと固く決意したのだ。

(大体やりかたが卑怯よね、ネスってばさ・・・別にそんな事しなくたって、あたし・・・・)
「!」
自分の心の声に顔を紅く染め、頭をブルブル振るわせる。
とりあえず今は忘れよう、と、トリスは扉の覗き窓から訪問者を確認した。
「あれ・・・?」
扉の前に立っていたのは、ご近所の奥様方。
不思議には思ったが、特に警戒も必要無いだろうと、トリスは彼女等を中へ招き入れる。
五人の奥様達。
下は34から上は44、その平均年齢は40歳。
主婦歴は長く、その道ではベテランとも呼べる人々である。
「こ、こんにちわ・・・あのぅ、一体何か・・・」
しどろもどろ尋ねるトリス。その18歳には見えない愛らしさに、奥様達は胸キュン状態だ。
こんな娘が欲しかったわ・・・と、それぞれ心の中で叫んだり地団駄を踏んだりしていた。
「あ、あの・・大丈夫ですか?」
既に妄想の世界に入っている奥様達をトリスの声が引き戻す。
奥様A(仮)はコホンと咳払いをし、トリスに向けにこやかに微笑んだ。
「突然御免なさいね・・・わたくし達、今日は貴方とご近所同士の親睦を深めようと思って参りましたの」
「親睦?」
「ええ・・・ご近所同士、もっとお互いを知って仲良くした方がいいでしょう?わたくし、ギスギスした関係って嫌いなんですの」
派閥の生活の中で、周囲の、自分に対する反応から、悪意に関して敏感な子供であったトリス。
派閥内での殆どが悪意に満ち、自分を蔑む視線。心を許せるのはほんの一握りの人間。
今の彼女らの発言が善意であり他意がないことも、トリスには十分察知出来た。
だが余りにもそれは唐突にやってきたのでトリスは面食らってしまう。
「あ、・・・じゃあ取り合えず中にどうぞ・・・」
善意の押し付けでもなく、何故か楽しそうな奥様達の微笑みに、トリスはあっさりと家の中へ通してしまう。
・・・その微笑に"好奇心"が多大に含まれているなど、そっち方面に疎いトリスが気付く筈もなかったが。

「う・・わぁ・・・・凄い、美味しそう・・・!!」
テーブルには特大のスコッチケーキ。部屋中に広がる紅茶の香り。
さっと切り分けてトリスの前に大きめのケーキが置かれる。
「貴方の為に焼いたんですもの。ご遠慮なさらず召し上がって?」
満面の笑みを浮かべ、頂きます、とケーキを口に運ぶトリス。
奥様達はそんなトリスの様子を微笑ましげに眺めていた。
ちなみに紅茶を淹れたのも奥様達である。初めはトリスが入れようと悪戦苦闘していたのだが、見兼ねた一人が代わってくれたのだ。不器用もここまでくれば尊敬に値する。
さて、優雅なティータイムが催されるトリス邸(いや、バスク邸か?)。
奥様達の目的はトリスと親しくなることの他に、二人の――――トリスとネスティの関係を聞き出すこともあった。
何しろ今この界隈で話題の中心人物である二人。
少しでも二人に近付いて、他の奥様達と差をつけたい目論みもあった。
ところで。奥様というのは目的の為に手段を選ばない非情さも持ち合わせている。
ゆえにケーキにはいつもより多めにお酒を入れていたとしても、紅茶に多少多めのブランデーが入っていたりしても、それは悪気があっての行為ではない。
全て、あくなき探究心からくる・・・・・・好奇心なのだ。
そんな奥様裏事情を知らないトリスは、訊かれるがまま、誘導尋問に引っかかるマヌケな犯人のようにペラペラと私生活を暴露していくのだった。

「そ、それではお二人はお仕事上のパートナーという事ですの・・?」
「で、貴方は今、休業中で、お仕事はバスクさんが・・・?」
「おまけに炊事洗濯全て彼がしきっている、と・・・?」
トリスはでろでろの笑顔で「えへへ〜、そうなんですよぉ」と答えたが、それがノロケなのか単に酔っ払っているのか冷静に判断出来ないほど、奥様達の心は躍っていた。

奥様A: (奥様、やはり噂は本当でしたのね・・・)
奥様B: (ええ・・・でもトリスさんのお話を聞いているとバスクさんは単に"主夫"という感じがしてきましたわ)
奥様C: (あら、でも分かりませんわよ?まだ問題の"ペット"発言の真意を確かめていませんもの)
奥様D: (分かりましたわ・・・ではそれとなく探りをいれてみましょう)
奥様E: (では、わたくしはおトイレを探すフリをして・・・・)

にっこりと目で合図する。
それぞれが頷き、奥様達の作戦会議は終了した。
そんな彼女らの秘密の算段も知らず、呑気にテーブルに突っ伏しスヤスヤ寝息を立てるトリス。
奥様達はトリスを介抱する者、家捜しする者との二組に分かれ、作戦を決行する。
「あら、トリスさん・・こんな所で眠っては風邪をひきますわ・・・寝室に行きましょう?」
うう〜ん、と半分寝惚けているトリスを寝室へと運ぶ奥様達。
その目的は只一つ。
ベットの大きさと枕の数である。
二人の関係がただの仕事のパートナーとは到底思えない。
事実、ネスティ本人からは"ペット"(※奥様達は大変な誤解をしている)発言を聞いている。
(御免なさい、トリスさん・・・わたくし達、真実が知りたいだけですの!!)
トリスの案内通りに辿り着いた部屋。
重々しく、またある意味神々しくさえ感じるその扉のノブに手をかけ、ゆっくりと開いた。
「あ、あら・・?」
そこにはシングルサイズのベッドが一つ。
中は殺伐としているというか、とにかく溢れんばかりに物が散乱しており、とても年頃の女の子の部屋とは思えなかった。
「・・・トリスさん、本当にここが貴方のお部屋ですの・・・?」
問いかけにまともに返事が出来ず、ふにゃあ、と意味不明な言葉を吐き、トリスは奥様達に支えられたまま、すやすやと寝入ってしまった。
残された奥様達はとりあえずトリスをベッドに寝かせ、部屋を後にする。
期待が大きかっただけに、彼女達のショックは大きく、皆、言葉が出ない。
だが、意気消沈した奥様方がとぼとぼと歩いていると、背後からドタドタドタ、と地鳴りのような音が近付いてきた。
何事かと振り向くと、そこには第二班(家捜し組)の奥様が息を切らせて床に這いつくば・・・・いや、倒れていたのだ。

奥様A: 「!まぁ、一体どうなされたの、奥様!?」
奥様D: 「・・・・み、み、見つけましたわ・・・・や、やっぱりあの二人は・・・・嗚呼、わたくし興奮して上手く伝えられません・・!!」
奥様B: 「落ち着いて下さいな?一体何を見つけたと言うのです?」
奥様D: 「あ、あちらに・・・あちらにいらして下されば・・・・・うっ・・・!」
奥様B: 「ど、どうなされたの!?奥様!!」
奥様C: 「・・・衝撃のあまり気を失われたようですわ・・・」

一体、それほどの何を見たというのか。
奥様達の気分は、今や、未知の領域に足を踏み入れようとする冒険家である。
この若い二人の謎を解き明かすべく、送り込まれた五人の戦士。
・・・普段刺激の少ない生活の中にいる為、彼女達の思考はこの状況の中、麻痺してしまったのだろう。
倒れ様に示された方向へ足を向けた奥様達は、ほんの少し開かれた扉を見つけ、そっと押し入った。
そこには――――――

奥様A: 「こ、これは・・・っ!!」
奥様B: 「ダブルベッド・・・ですわね・・・」
奥様C: 「という事は・・・さっきのはカムフラージュ!!」
奥様E: 「・・・・それだけでは無くってよ、皆様」
奥様B: 「きゃあ!!」
奥様C: 「あ、貴方、こちらにいらしたんですの・・?」
奥様E: 「・・・・うふふ・・・・・皆様、コレを御覧になって?」
奥様ABC: 「!!!
奥様A: 「こ、こ、こ、ここここれは"首輪"!!」
奥様E: 「しかも新品ではなく、使い古された物・・・・これで間違いないですわね」
奥様B: 「・・でも、そんな・・・あのトリスさんがそんな事をするとは思えないのですが・・・」
奥様C: 「・・・どちらが身に付けているのかも、はっきりさせなければいけませんわ」

ちなみに彼女等が手にしているのは、召喚アイテム"青くなる首輪"である。
無論、二人にそんな(どんな)趣味は無い。
では何故そんなものが寝室にあるのかというと、誰かの悪戯、としか考えられない訳で。
二人の元を訪れた最新人物がフォルテだという事も、今はこの上なく怪しかった。

「あれ、こんな所にいた〜」
――――!!!
いつの間に起きてきたのだろうか、彼女達の背後にトリスの姿があった。
ニコニコとなんの警戒心も無く、奥様達を見つめている。
「あ、あの、その・・・」
「ん?あれぇ、それ・・・・」
トリスは奥様達が持っていた首輪を指し、懐かしそうに笑った。
首輪を手に取り、マジマジと見つめる。
その感慨にふけるトリスの姿を見て、彼女らは恐る恐るトリスに尋ねた。
「あの、トリスさん・・・以前、犬をお飼いに・・?」
流石にストレートには訊けず、遠まわしに尋ねる奥様。
しかしトリスはあっけらかんと笑ってこう言った。
「へ?犬ぅ?違いまふよ、こりぇは人間用」 (※装備品だから)
(人間用)!?
「あ、あの、つかぬ事をお聞きしますが、それ、バスクさんにお使いに・・・?」
「そうなの〜。ネスにお願いして」 (※機属性の誓約をトリスが出来なかった時ネスティが使用)
「お、お願いして・・?」
にっこり微笑むトリス。
酔ってるうえ、言葉足らずなトリスの説明が間違って伝わっても、それはしょうが無い事で。
その真意が恐ろしく誤解されて伝わったことなど、トリスは露ほども疑問に思わず、更に爆弾発言を放った。
「あ、なんならもっとありまふよ?可愛いのとかぁ」
「か、可愛い!?」
そう言ってトリスは物置から箱を出し始める。
しかし、間の悪さというのは何故か続くもので。
運の悪いことに、その箱の中入っていた物は、奥様達の誤解を招くべく用意された物としか言い様がなかった。

猫の髪飾り(猫耳のついたカチューシャ)、獣のしっぽ、(何故か)パッフェルと同じバイト服。
そして極めつけが・・・・ミイラテープである。(※深読み可

「これ、昔、あたしが(バイトで)着てたんですよぉ。記念にとっておいたの。えへへ、可愛いでしょう〜?」

(主従逆転関係!?)

ケタケタ笑う酔っ払いトリスと絶句する奥様達。
メイドで猫耳でしっぽまでつけたトリスと、ミイラテープ片手に微笑むネスティの姿が瞬時に想像されても、それは仕方の無い事で。
奥様達が悪いのではない。全て、誤解を招くような物体がそこに揃っていたのが不運だったのだ。
トリスを居間のソファーに寝かせ、家を後にする奥様五人組。
陽も暮れ始めていたが、奥様達は心地よい疲れを感じていた。
それは充実感。
やり遂げた、という想いと、更なる真実を突き止めようとする新たな決意。
奥様達の戦いはまだ始まったばかりだった。



ちなみに。
すやすやと気持ち良く眠ったまま、護衛獣を待つ可愛らしい御主人様。
ネスティの趣味が"半獣メイドさんごっこ"だった(過去形)、という新たな誤解が広まっている事など、この呑気な御主人様の知るところではなかった。

02.5.28 HAL