Summon Night 2 〜甘い貴方の恋の味〜 









ある昼下がりの午後。
ギブソン・ミモザ邸はいつものように…いや、いつもに増して騒がしかった。


「駄目!ダメったら、だめ〜〜っっ!!」

一大決戦を控えた、ある午後のひと時。
家の中はおろか外にまで響き渡る叫び声に、何事かと、皆とんでくる。
「また奴らか!?」
メルギトスの襲撃かと、訓練中だったリューグとモーリンが慌てて駆けつけた時には、すで
に全員が居間に集合していた。
しかし、その雰囲気はとても"悪魔来襲"とは言い難かった。
…いや、ある意味緊迫感だけは勝っているかもしれない。
騒ぎの中心には顔を真っ赤にして怒りに震えるトリスと、そんなトリスを無視するかのようにケーキを貪るルウがいた。
「一体、何の騒ぎだい?」
モーリンがアメルに尋ねる。
しかし、彼女は顔を横に振った。
「あたし達がここに来た時には、もう…」
「何だかとる、とらない…で揉めてたみたいよ?」
一番先に駆けつけたらしいミニスが付け加える。
皆、理由が分からず仲裁のしようがない。お手上げ状態だ。

「だってぇ、トリスのモノじゃないでしょ」
「う…そ、それは…」
「ほ〜ら。ね?」

二人の会話から、何を争っているのか分からないものの、トリスの状況不利的様相が見受けられる。
ルウは勝ち誇ったように微笑み、更にケーキを口に入れた。
そんなルゥを見て、トリスは悔しさに唇を噛む。
喧嘩の原因が分からず、ただ野次馬と化したギャラリー。
もはや勝負はついたかのように見えたが…

「じゃ、ルウがもらっちゃお〜」

そのルウの一言に、トリスの表情が変化した。
「あ、あたしのだもん!!」
トリスが先程より更に大声で叫ぶ。
それを聞いたルウは食べる手を止め、まっすぐトリスを睨み付けた。
今にも泣き出しそうな表情で、トリスは、それを言うのが精一杯だったのか、言ったその後、唇を震わせた。
そんな二人を見つめるギャラリーに一人の青年が近づく。
「…一体何の騒ぎだ?」
野次馬の外にいたロッカに話しかけたのはネスティだった。
おそらく、この状況下で一番頼りになりそうな人物の出現に、ロッカは安堵の色を見せる。
しかし、部屋で読書をしていたネスティは、この喧騒に邪魔をされ些か御立腹気味だ。
ロッカはこれ以上ネスティの機嫌を損ねないよう、注意しながら状況を説明する。
「…全く…下らない事を…」
口論の原因を察したのか、ネスティは呆れ声で呟く。
それでも放っておけない性分が、彼を、トリス達を囲む野次馬の中へと向けさせた。



二人の口論はまだ続いていた。
トリスの突然の自己主張に、ルゥの笑みは消える。
「なによ、それ」
「何ででも!あたしの……っ、盗らない――――――ってぇ?!!ええ!?」
トリスの視界が突然180度反転した。
しかもその後目に入ったのは、見覚えのある赤いマント。

「そこまでだ」

二人の間に割って入ったのは、ネスティだった。
しかし、注目すべき点はネスティが喧嘩仲裁に入った事ではなく、彼の背中に逆さ釣りになって背負われているトリスの姿だろう。
「――――ルウ」
「は、はい?」
「…喧嘩両成敗、という事で、悪いがこの馬鹿を連れて行く。いいか?」
「ど、どうぞ…」
有無を言わさぬその威圧感に、ルウはあっさりトリスを引き渡す(?)。
「ネ、ネス〜!ちょっと、お、下ろしてよぉ!!」
「五月蝿い」
トリスはネスティの背中で暴れたが、小さなトリスの力では抵抗にもならない。彼は軽々とトリスを連れて行ってしまう。
その一瞬の出来事に呆然とする仲間達。
ルウはといえば、"あっきれた〜"と言いながら、再びケーキに手をつけ始めていた。



「ネス〜、反省してるからそろそろ下ろしてよ…」
「………」
商店街を歩く二人…いや、正確には"男とその背に背負われた女"だ。
恥ずかしさはオンブや抱っこの比ではない、その肩から背負われた姿。
通り過ぎる人々が次々に振り返る。
その度に自分達が好奇の目で見られているのが分かった。
「は、恥ずかしいよぉ…」
トリスはついに耐え切れず、ネスティの背中に顔をうずめてしまう。
恥ずかしさに紅潮する頬。
ヒソヒソ聞こえる声に、トリスはネスティのマントをギュっと握り締めて耐えた。
だが。

(あたし、変だ……こんなに恥ずかしいのに、嬉しいだなんて…)

ネスティに密着している状態が、恥ずかしくて、でも、心地好くて。
ネスティの優しい匂いに包まれている感じで。

そんな不思議な気持ちを抱きながら、トリスはネスティのマントにしがみついていた。
「着いたぞ」
背からそっと下ろされたその場所は――――――そこはトリス一押しのケーキ屋だった。
店とネスティの顔を交互に見るトリス。
口をぽかん、と開けたまま。
「全く…食べ物の事であんなに騒ぎ立てるな。みっともない」
トリスにはネスティの言わんとする事が分からなかった。
彼がここに自分を連れてきた意味も。
「ケーキくらい僕が買ってやる。だから、取った取られた、は、やめておけ」
ネスティの予定では、ここでトリスがにっこりし、機嫌を直すハズだった。
しかし。
トリスはまだ口を開けたまま呆然としている。
「トリス?」
あまりに反応を示さないトリスを不審に思い、ネスティは、彼女の顔を覗き込むように声をかけた。
「!?―――あっ、わわっっ!!」
突然視界に入ったネスティに驚き、トリスはバランスを崩して尻餅をついた。
やれやれ、何をやっているんだ、と、呆れるネスティ。
だが、トリスは立ち上がろうとせず、更に紅潮した顔を隠し、膝を抱え込んでしまった。
「…おい、トリス?」
ネスティの声に、トリスはますます身を固める。
耳までも赤く染めるトリスに、流石のネスティもそれ以上つっこんで聞けない。

(訳が分からないな)

仕方ない、と、ネスティが諦めた矢先。
「……がうの…」
いつもの元気一杯のとはうって変わって、トリスは蚊の鳴くような声を漏らした。
「なんだ?」
トリスに合わせてしゃがむネスティ。
その表情は呆れてはいるが、優しかった。
そんな彼を前に、トリスは意を決して言う。
「ルウがネスとデートする、って言うから、あたし…」
「な……?」
「ネスが取られちゃうかと思って、あたし、あたしっっ…!」
熱のこもったトリスの眼差しに、ネスティの胸が打たれる。
ここが人通りの多い商店街である事を忘れ、彼女を強く抱きしめた。
「ん……!ネ、ス…」
息が苦しいのは、その強い力で抱きしめられたからではない。
愛しさと切なさがトリスの心を支配したからだ。
「言っただろう?大切なのは君だけだ」
「ネス…」
二人の顔がどちらからとなく、自然に近づく。
唇が重なり合う、まさにその瞬間。
「は〜いはいはい!そこまで、ストップです〜!!」
二人の前に突如現れたのはパッフェルだった。
勢いよく離れるトリスとネスティ。
二人の世界に入っていて気付かなかったが、いつの間にか一般市民に囲まれていた。
そう、この恥ずかしいラブシーンを皆に見られていたのだ。
自分達の行動を思い出し真っ赤になる二人に、パッフェルは更に追い討ちをかけた。
「お二人さん?ケーキを買うなら買う。買わないならどっか他所でいちゃついて下さい♪お店の営業妨害です」
ネスティは適当にケーキを数個選ぶとトリスの手を引き、逃げるようにその場を去る。
「毎度ありがとうございま〜す♪」
二人の背を見送り、パッフェルはハンカチをふった。



「んん!美味しい♪」
二人は導きの庭園――――トリスのお気に入りの昼寝場所にいた。
ここならそれ程人目につかない。
トリスは早速、ネスティに買って貰ったケーキを口に運んだ。
ネスティは幸せそうにケーキを食べるトリスを見る。
自然にほころぶ顔。彼女を見ている自分もまた、幸せだった。
さっきはあんなにイイ雰囲気だったのに、もうすっかり色気より食い気、のトリスである。

(取らないで、か……)

それでもネスティはトリスが自分に"妬いてくれた"という事実だけで十分満足だった。
彼女への告白が上手く伝わっているのかどうか、という不安もあるにはあったが。
ネスティの不安も知らず、トリスは三個目のケーキに手を伸ばした。
「あ〜〜〜〜っっ!!」
「どうした!?」
突然叫ぶトリスに、ネスティは木にもたれていた身体をガバリ、と起こす。
トリスは悲しそうな顔でネスティに言った。
「しゅ、シュークリームがない…」
何を言い出すのかと思えば…と、ネスティは呆れてため息をついた。
「ネス、食べちゃったの?」
トリスはじっとネスティの手をジッと見た。
確かに先程まではその手に握られていた。
しかし、今はもう、ない。
「すまない、甘くなさそうなのを選んだつもりだったが…」
「う〜、シュ〜〜」
一緒に食べようと勧めたのはトリス自身であるため、仕方が無い。
名残惜しそうに箱を見つめるトリスの姿は、昔とちっとも変わっていなかった。

自分がベイガーと知っても、変わらない微笑を向けてくれる少女。
そして自分もまた、変わらずに彼女を愛し続けている。

「バニラビーンズの入ったクリーム、食べたかったぁ…」
ため息混じりに呟くトリスに、ネスティは苦笑した。
「…仕方ないな」
その言葉にまた買ってくれるのかと期待し、瞳を輝かせるトリス……だったが。

「!!?!――――むぐぅ!?」

ほのかに香る、甘いバニラビーンズ。
唇が離れボーっとするトリスに、ネスティは「分かったか?味」と、悪戯っぽく微笑んだ。
林檎のように顔を赤く染めたトリスだが、ネスティの台詞にハッと我に返る。
そして真剣な顔でこう言った。

「…よく分かんなかったから、もう一回!」
「…っ、ば、馬鹿者!」

何とかトリスの誘惑?を振り切ったネスティは、どうして?どうして?と連発する彼女に、またケーキを買って何とか誤魔化した。
(あれ以上したら、自制心が…)
何だかんだ言って、彼も難しいお年頃である。




ちなみに、デート疑惑の真相だが。
翌日、ルウが全く覚えていなかった事から、彼女が食べた大量のブランデーケーキの所為と発覚。
トリスはネスティに『この粗忽者』と、いつもの如く叱られたそうな。
……何故なら、ルウにネスティを盗られると思った原因が"胸の大きさ"だったからだ。

「あたしの胸、もうちょっと大きかったらこんなに悩まなかったのに…」


トリスのため息は青い空に溶けていった。