泣いても、泣いても。
どれだけ涙を流して、声が枯れ果てようとも。


あの人は戻らない。
あたしを置いて。

あたし一人残して。



でも、憎むことも恨むことも出来ない。


恨むべきは――――あの時、あの人の元へ行けなかった自分。

彼の背中を掴めなかった




あたし。










キセキの在り処 〜空気と星〜
   for SUMMON NIGHT2    





ネスティがその命と引き換えに、大悪魔メルギトスからリインバウムを守ったあの日から三日。
泣きわめき、手のつけられなかったトリスを無理矢理ゼラムへと連れ帰ったはいいが、食事もろくに取らず、ただ毎日泣き続けた彼女。
精神的なものなのかはたまた何が原因か。
閉じこもっていた部屋から出て来た彼女は、その声を失っていた。

笑わない。
目も合わせない。

毎日ただ虚ろな瞳で空を見つめるトリス。
仲間は皆、待っていろとも諦めろとも言う事が出来なかった。
その言葉を発する人がいるとすれば、何も分からない、無責任な人間だけで。
彼らは、ただただ彼女を見守ることしか出来なかった。
従来のトリスの様子からは想像出来ない変わり様に、ネスティを失った悲しみがどれだけ深いかを思い知らされる。
そして、こんな状態のトリスを一人にしては何をするか分からない、といった不安に、彼女の傍には常に誰かが付き添っていた。

しかし。

十日を過ぎた頃、ケイナの悲愴な声が屋敷中に響き渡った。




「トリス・・・トリスがいない・・のっ・・・・・朝からずっと、さがっ・・探してるのにっっ!!」



てっきり眠っているのだとばかり思っていたケイナは、いつものように少し遅めにトリスを起こしに部屋へと向かった。しかし、ベットに彼女の姿は無く、代わりに見つけたのは、床に落ちていた一枚の紙切れだった。

「おい、それ・・・」
「トリスのモノですか?」

フォルテとアメルの言葉に、わなわなと震え、ケイナはその手にしていた白い紙をくしゃくしゃになるほど強く握り締めた。



ドン!!


ドンドンドンドンドンドン・・・!!



紙を握る拳をテーブルに力いっぱい叩きつけるケイナ。
半ば半狂乱になっている彼女の腕を掴むモーリン。

「どうしたってんだい、ケイナ?しっかりおし!!」

モーリンの声に、ケイナは押さえつけられている手の力を緩め、その場に泣き崩れた。
彼女の手からハラリ、と、その白い紙が落ちる。

「・・っ、もう・・・もう何も信じないって・・・信じたく・・ない・・・・って・・トリスが・・・これに・・・!!」

紙にはトリスの字で、



もう何も信じない


何も信じたくない



と、その二行だけが小さく書かれていた。


全員の顔色が一瞬で変わる。
恐れていた最悪の事態が起こってしまったのだと。

「女の足だ、そう遠くへは行っちゃいねぇ!」

レナードがそう叫ぶと、皆、着いていた席を離れ、玄関へと急いだ。
しかし。
ミニスだけは、俯き、席についたままだった。
テーブルの上で握られていた二つの拳がカタカタと小さく震えている。
最初、それを目にしたロッカが声をかけようとするが、彼女の異変に気付いた人間はもう一人いた。

「ミニス?」

ケイナの声にビクリと動揺を見せるミニス。
手の震えは徐々に大きくなり、額から流れる汗と、青ざめる表情に、ケイナは確信した。
ミニスが全て知っているのだと。


「ミニス、ペンダントはどうしたの?」

抑揚のない声。
俯き加減にあったため、その表情はよく見えない。
いつも大事に首から下げていた、友を喚ぶためのアクセサリー。翠に輝くペンダントは今、彼女の元になかった。
全員の視線がミニスに集中し、彼女はいよいよ誤魔化せないと判断する。
聞き取れない程小さな声で、ぼそりと話し始めた。

「・・・トリスが・・持ってる」
「なん、ですって・・・?」
「だから、トリスに貸してあげたって言ってるの!シルヴァーナを召喚するのに・・・・っっ!!」


パチン、と頬を打つ音。
ミニスはそれ以上言葉にせず、ただ黙ってケイナに打たれ、赤くなった頬を押さえた。

「ケイナ!!」

更に振り上げようとしたその手を、フォルテが羽交い絞めにする形で止めた。

「離して!フォルテ!!」
「今ミニスを責めたってどうしようもないだろうが!」

それでも収まりきれないケイナの怒りに、ロッカが言った。

「彼女を悪いというなら、きちんとトリスを見ていなかった貴方にも責任はあるでしょう?」
「・・・・・っっ!!」
「そして、貴方が悪いというなら、ここにいる僕達全てに責任がある・・・・彼女の異変に気付けなかったのだから・・・」


「うっ・・・・うわぁぁぁぁぁぁ〜〜〜!!」


フォルテに縋りつくように泣き叫ぶケイナ。
もう、誰も何も言えなかった。
シルヴァーナでトリスが何処へ向かうのか。
そこで彼女が何をしようというのか。
安易に想像出来たからだ。
そうなる危機感に、皆、トリスから目を離さなかったし、離せなかった。
世界にとってたいした犠牲でなくとも、彼らにとっては大きすぎる、痛すぎた犠牲。
戻ってくると当ての無い約束をしたまま消えたネスティと、彼を待ち続けるトリス。
待つことも、諦めることも・・・トリスの選択を止める権利など、本当は誰にも無いのだ。



「・・・トリスが、笑ってくれたの・・・・・」

静寂をやぶるようなミニスの言葉。

「空、見てたから"ネスティのいる方を見てるの?"って話しかけたら、笑って、くれたの・・・初めてあたしを見てくれて・・嬉しくて・・・そしたら、一日だけでいいからネスティに会わせてほしい、ネスティと一緒に居させてほしい、って・・・・だからシルヴァーナを・・・・・・ちゃんと、ちゃんと帰って来る約束したから、から・・・・約束した・・・のに・・・・・・・っっ!・・トリスは!!」

嗚咽を漏らしながら、苦しげに、搾り出すように語るミニス。
もはや誰も責めようとは思わなかった。
責められるべき人物は誰もいない。
いつかはこうなるかもしれない事を、皆、何となく予想していたから。
それがたまたま今日だっただけの事で、それがミニスだっただけの事なのだ。

「ミニス・・・ごめん・・・っ・・」

ケイナがそう言い、ミニスを抱きしめると、彼女は堰を切ったように涙をこぼした。
ごめんなさい、と、互いに自分の無力さに涙する。




「ミニスちゃん、信じましょう?」

アメルの声にミニスは顔を上げる。

「あたしはこの世界を信じてます。だから、この世界を守ってくれたネスティも信じてる。そのネスティが好きなトリスだもの・・・きっと大丈夫。ううん、絶対に」

力強く言い切るアメルに、場の空気がまるで浄化されたかのように澄んでいく気がした。

強い意志の力。

彼らは一人一人が持つその強さで、数々の苦難を乗り越えてきたのだ。


信じて待つこと――――――――



それが彼らの選んだ選択だった。
























その頃。
トリスはシルヴァーナに乗り、一人、"ネスティ"の元を訪れていた。

(ネス・・・・)

そっと木に触れ、そして寄り添うように、その場に身を崩す。



もう、泣くことも叫ぶことも無い。
トリスは目を閉じ、風に揺れる葉のざわめきを聞きながら眠りにつく。
いつも眠るとあの光景が浮かんでいた。
痛々しい最期の情景が繰返される。
思い出すたび胸を刺すような、抉られるような心の痛みに、トリスはもはや疲れきっていた。


ネスティのいない世界で生き続けること。
叶わない約束を信じて待つこと。

(ネス・・・あたし、もう駄目みたい・・・・自信ないよ・・・もう、もうネスのとこへ行ってもいいかな・・・って、きっと怒るよね、ネスなら。でも、もう・・・・)

ナイフを両手で持ち、思い切り振り上げる。
しかし、心臓を一突きしようとしたその刃は、彼女の胸に刺さることは無かった。



「・・・それはあんまし賢くない選択だよ?」



目を開けたその先には、茶色の髪をした自分と同い年位の少女が立っていた。
彼女の手にはトリスが振りかざそうとしたナイフが握られている。
呆然と自分を見つめるトリスの様子に、少女は何も言わず微笑んだ。
クルリ、とトリスに背を向け、彼女は大樹に触れる。


「―――キミがここで死んでも"この人"の元へは行けないよ?」


トリスの方を向くでもなく、独り言のように少女は呟いた。
トリスは反論もせず、ただ黙って彼女の言葉を聞く。

「ここに彼の"魂"がある―――だから死んじゃっても彼には会えないんだよね。輪廻の輪って知ってる?リインバウムを取り巻く世界の。そこにも彼の魂は無かった。・・・んで、"あたしの世界"も一応探したんだけどね、見つからなったわ、やっぱ」

彼女が何を言っているのか、トリスにはさっぱり理解できなかった。
無論、言ってる本人もトリスに説明しているつもりは無いのだから当然だ。
それも仕方が無い。
彼女が伝えたい言葉は別にあるのだから。



「まさかと思って現場を見にきたら、ちゃんとココに居るんだもん。見つからなくて当然よね。
――――ここで目覚める日が来るのを待って、眠ってる」




「還ってくるよ、彼は。絶対に」




気休めの慰めはやめて、と、先程までのトリスなら怒り出しただろう。
だが。
遠い空を見つめて話す少女の姿に、何かを感じ取る。
自分と同じ匂いを。



「奇跡って、神様がおこしてくれるんじゃない。あたし達の"想いの力"が集まって、形になって・・・それが奇跡になるんだよ。・・・だから信じて?想いが強ければ強いほど奇跡をおこすって。願いは叶うって」



「・・・おもい?」
「そう。"想い"」




トリスの口から言葉が零れた。
少女は彼女の瞳に輝きが戻ったのを確認すると、ゆっくり微笑んだ。

「訊いてみたら?」

トリスは少女に言われるままに、"大樹"―――ネスティに話しかけた。





「・・・・・・そうなの?あたしの所に還って来てくれるの?」

「ねぇ、ネス―――――」





トリスがその名を呼んだ瞬間、強い風が吹き、木の葉がサワサワと力強く応えた。
瞳から枯れた筈の涙が溢れ出す。
まるで止まっていた時が動き出すように。


「ネス・・・ここに、居てくれたの?ずっと・・・・・」


溢れ出す想いと言葉。
この世界に一人、取り残されたのだと思っていた。

でも。

彼は変わらず見守ってくれている。
いつか目覚めるその時を待ちながら。




「信じてれば叶うよ。だってリインバウム(ここ)は奇跡の世界(くに)だから!」


強い一陣の風と共に飛び立つレヴァティーン。
青い空に消えてなくなるまで、トリスはその姿を見送った。
そうしてゆっくりと大樹を振り返る。



「ネス―――――」
























「しかし、あのタイミングの良さは流石だな・・・」
「え〜〜?なんか言った?ソル〜」

レヴァティーンに乗る、一組の男女。
正面から受ける強い風に、少女を後から支える形でレヴァティーンにしがみ付く少年は、この召喚獣を呼んだ主だ。

「相変わらずナツミは上手いってコト。あのタイミングで"ウインゲイル"だもんな」

トリスの呼びかけに応じたように木々を揺らした少女を褒めての言葉だったが、少女の方はキョトンと不思議な表情で彼に振り返る。



「・・・あたし、なにもしてないよ」
「何だって?じゃあ・・・」

「言ったでしょ?ここは奇跡の世界だって――――ソルとあたしがココにいるように、ね」



そんな少女の言葉に、少年は少し照れたように小さく笑う。

レヴァティーンはその翼をサイジェントの空へと向け、飛んでいった。






















シルヴァーナで降り立つトリスを、皆、笑顔で迎えた。
誰も、何も言わなかった。
彼女が帰ってきてくれたから。
彼女に笑顔が戻っていたから。

「みんな・・・心配かけてゴメン・・・それから・・ミニス、ありがとう」

そう言って翠色のペンダントをミニスに手渡す。
ミニスはそれを受け取ると、涙で顔をクシャクシャにして彼女に抱きついた。
ミモザやケイナ、ルウやカイナ・・・女性陣が皆、すすり泣く中、アメルだけがいつもと変わらない笑顔でトリスを迎える。


「・・・おかえりなさい、トリス」



「ただいま・・・っっ!アメル!!」








その後、トリスの強い希望もあり、彼女とアメル、そして護衛獣であるバルレルの三人は、聖なる大樹の元で生活を始める。
そして、それから二年が過ぎた頃、誰もが絶望的だと思っていた約束が果たされた。


ネスティの生還をもって。
















リインバウム。
魔法力"マナ"に溢れた聖なる地。

魂のさまよう所ともいわれるそこは、奇跡の世界でもあった―――――――








02.2.19 HAL    






たま〜にシリアスでも・・・と思い、勢いで書いてしまいました。(汗)
だって、トリスが単純にネスティを待っていられたとはどうしても思えなかったので。
勿論これで全てを吹っ切ったわけではないので、まだまだ暗いトリスが存在すると思ったりします。
ナツミとソルを出すにあたり、この話は私の書いているソルナツED後の話にからむため、それが完結するまで書かないつもりだったのですが・・・・やっぱり書いてしまった・・・涙。

こんなんトリスじゃない!とお怒りの方もいらっしゃるかも知れませんが、広い心で許してやって下さいませ。