新たな旅立ち〜 for Summon Night2 〜




「・・・おい、トリス」
「・・・なぁに」

「・・・・・・いい加減、機嫌を直したらどうだ」







聖王都からさほど遠くない、とある街。
そんな街の道具屋に、男女の客が一組。


彼女の名は、トリス・クレスメント。
彼の名は、ネスティ・バスク。


二人は一般人にこそ知られていないが、二年前、大悪魔・メルギトスから世界を守るべく戦った、中心とも呼べる人物であった。
世界を救う代償は大きく、トリスはネスティを失ってしまったが、彼は彼女との約束を果たすべく、二年後、奇跡ともいえる生還を果たす。
そしてその奇跡から三ヶ月―――――――
二人は兼ねてからの約束であった「トリスの生まれた街を見る」べく、北への旅を始めたのだ。

が、しかし。

旅はトリスの思うように上手くはいかなかった。








「別に怒ってなんかない」
「じゃあその眉間のシワは何だ」
「これは生まれつきよ!」

ネスティの言葉に終始ぶうたれた顔で応えるトリスに、彼は深い溜息をつく。
原因は分かりすぎる程分かっている。
だから、ネスティとしても彼女の機嫌を取る他に方法が無い。
ネスティは少し考え、そしてその考えを実行に移した。
「トリス」
プイ、と視線を外しそっぽを向くトリスを、背後からガバリと抱き締めるネスティ。
「!!?〜〜〜〜〜な、ななななな・・・・・・!!ネ、ネス?!」
突然の抱擁に、トリスは動揺を隠せず声を上げた。
ネスティはそんなトリスの肩越しに彼女を見つめ、めったに見せないような笑みを浮かべて囁く。
「・・・スキンシップが足りない、と、また嫌味を言われるからな」
嫌味はネスの専売特許じゃない、と心の中で呟きつつ、トリスは機嫌を直してしまう。


やっぱりこのヒトには敵わない。


首筋のくすぐったさに身じろぎしながらも、トリスは肩にかかるネスティの重みをそのままに、クスリ、と笑った。
店内には二人の他、客はいなかったが、それでも店主がその甘いやり取りに悶絶していたとかは、まぁ、あえて語らないでおこう。








そもそも、何故トリスが機嫌を損ねたのかというと、それは――――――

カランカラン〜〜

二人のいる店の扉が、鐘を鳴らし、勢い良く開かれた。
「トリス〜、ネスティ〜?」
快活な声と共に現れたのは、豊穣の天使アルミネの魂のカケラを持つ少女、アメルであった。
棚の陰になり、入り口からは二人のそのイイ雰囲気は見えない。
折角この奥手な(とトリスが思っているだけの)ネスティが行動に出てくれたのに、と、名残惜しそうにその身を離すトリス。
ネスティはそんな彼女に苦笑しながら、自分達を呼ぶ声の主を招いた。
「僕らはここだ、アメル」
「お二人とも、お買い物は済みました?」
「ああ、大体は」
「それじゃ、そろそろお昼にしましょう?さっき、素敵なお店を見つけたんです♪さ、ほら、トリス!」
「えっ、・・・ちょ、待ってよ、アメルってば!!」
アメルはトリスの腕をグイっと引っ張り、店から連れ出す。
トリスの意見などお構い無しに、楽しそうに人混みを掻き分け、ずんずん進んでいくアメル。
ネスティはそんなアメルの行動に不満を漏らす事もなく、二人の後をゆっくりと追った。







そもそも、今回の旅はトリスとネスティ、二人だけの旅であった。
そこに何故アメルがいるのかというと・・・
「あたしもトリスの生まれた街を見たいです!!」
ネスティが戻って来て、生活も落ち着いた頃、兼ねてからの約束であった旅の話をしていた時の事だった。
トリスは耳を疑った。
アメルの事が嫌いな訳ではないし、むしろ親友としてとても大切に思っている。
しかし。
自分がどれ程ネスティの事で悲しんでいたかを一番良く知っている筈の彼女が、今更どうして。
わざわざ二人の時間を邪魔するような行動をとるのか。

ネスティの帰還を誰よりも祝福してくれたアメル。
そんな彼女の謎の行動により、二人旅である筈が、三人旅となってしまったのである。
離れていたネスティとの二年間の穴を埋めようと思っていたトリスにとって、それは大誤算?だった。
しかし、アメルもネスティと同じく、トリスには大切な人。
初めはその申し出に面食らったが、人数の多い旅も楽しいであろうと、持ち前のプラス思考でトリスは深く考えもせず、三人での旅を決行した。
だが。
楽しい筈の三人での旅も、最初だけで。
ネスティと一緒にいる時間より、アメルに振り回されてる時間の方が長い事に気付いたのは、いつ頃からだろうか。
トリスもウインドウショッピングは嫌いではないし、むしろ好きな方だ。
女の買い物は長い、と、ネスティは相手にしてくれなかったので、必然的にアメルと二人で街を回る事が多くなり、結果、ネスティといる時間が少なくなり。
流石のトリスも、これでは旅に出た意義が・・・と、思い始めていた。







その夜。

相変わらずアメルに振り回され、心身の疲労感に早く休んだトリスであったが、ふとした気配に目を覚ます。
「・・・アメル・・・?」
隣で眠る筈の彼女の姿が見えない。
トイレにでもいったのだろう、と、いつもならそのまま寝入るトリスなのだが、今日は何故か違った。
言いようの無い不安と、焦燥感に、思わずトリスはその身を起こし、極力音を立てぬよう部屋を出た。
正確な時間は分からないが、おそらく真夜中であろう。
この宿に居るのは自分だけではないか、と、思えるほど、周囲は静寂に包まれていた。
そんな中、トリスは迷う事無く一つ上の階へと向かう。
月明かりだけの薄暗い廊下を、足音を立てぬよう進む。



そんな事、ある筈が無い――――




不安を打ち消すように、トリスは目指す部屋の手前で深呼吸をした。
しかし。
隙間から明かりが漏れるその部屋からは、ぼそぼそと響く男性の声の他に、女性のすすり泣くような声が聞こえた。
二つの声のどちらにも聞き覚えがある。
トリスは全身の毛が逆立つような、そんな感覚に襲われた。
「・・・知って・・・いたんですね」
「・・・ああ。おそらく気付いてないのはアイツくらいだろう」
「・・・黙っていて下さい。お願いします」
「ああ・・・元より言うつもりはない。アメル、君の好きなようにするといい」
「ありがとう、ネスティ。あたし・・・言えないかと思ってて・・・ずっと、隠してくつもりで・・・」
そろりと覗いた部屋からは、ネスティの他にアメルの姿があった。
トリスには全くつかめない内容の会話だったが、アメルの肩に置かれたネスティの手と、その優しい声色に、彼女のもやもやと不安は一気に強くなり、そして・・・


「心配いらない。このまま隠し通す・・・トリスには」


ネスティの言葉に愕然となったトリスは、己の身を支えきれず、ガクリ、と膝をついた。
音に気付いたネスティが慌ててドアを開けると、そこには虚ろな目をして座り込む、トリスの姿があった。
「トリス?!キミは・・・一体いつから、そこに――――」
だが、ネスティの問いに答えることなく、トリスの目は宙を彷徨っていた。
虚空を見つめ、動かない。
ネスティに揺さぶられても、ぺちぺちと頬を軽く叩かれても、トリスの反応はなかった。
しかし。

「トリス・・・?」

アメルのたった一声が、トリスを現実へ引き戻した。






裏切り。
親友、そして愛する人の。





(アメルはずっとネスの事が好きで、だから、あたしの邪魔をしてたんだ)

(ネスもアメルの気持ち知ってたから、一緒についてくるって言った時、止めなかったんだ)

(それを、あたし一人が知らなかった)



トリスはゆっくりと立ち上がる。
心配して差し出されたネスティの手を取る事無く。
己一人で立ち上がり、そうして、項垂れていた顔をバッと上げると、ネスティの頬を強く平手打ちした。
「二人とも大っっ嫌い!!・・・ネスの・・・裏切り者ぉっ!浮気症!!」
そう言うが早いか、唖然とする二人を残し、トリスは夜着のまま宿から走り去った。
「裏切りモノは分かるが、浮気症とはなんの事だ・・・?」
残されたネスティは何が何だか分からず、ただ、ぶたれた頬を押さえ思考を巡らせる。
突然の事にパニクってしまったネスティに、アメルがその背中を押す。
「ネスティ、早く追いかけてあげて下さい。・・・きっとトリス、あたし達のことを勘違いしてるみたいですから」
「カン・・・?」
「・・・だから、あたしと・・その、ネスティが好き合ってるんじゃないかって・・・嗚呼、もう、そんな事はいいんです!早くトリスを!!!」
「あ、ああ分かった」
アメルの気迫に押され、ネスティは少し遅れて、宿を飛び出したトリスを追いかけた。







その頃。
飛び出したはいいが、夜着のままでは寒いのと恥ずかしさで、外を歩けない事に気付いたトリス。
仕方無しに、宿屋の裏にある木の下で一夜を明かす事にする。
「・・・せめてお金、持ってくるんだった・・・」
トリスは自分の浅はかな行動にケチをつけていた。そうやって気を紛らわせていないと、二人の事を考え、壊れてしまいそうだったから。


大好きな二人に裏切られた自分。


寒さのためか悲しみのためか、出てくるハナをすすりながら、トリスはその小さな身を抱えた。
「それなら隠しておかないで、さっさと言っちゃえば良かったじゃない・・・」
トリスの瞳からボロボロと零れ落ちる涙。
譲れない想いを抱え、トリスはただ泣きじゃくっていた。
幼い子供のように。

「トリス・・・!トリス、何処に居るんだ!?」

ひゅっ、と息を呑む。
ネスティの荒い声が近くまで来ていた。
嗚咽とシャックリを隠すように、両手で口を押さえ、身を固めるトリス。
どうやら、トリスの考え無しの行動はネスティにお見通しのようで。
顔も見たくない、というトリスの想いなど知らずに、ネスティは着実にトリスの居る場所へと近づいていた。
(ど、どうしよう・・・このままだとネスに見つかっちゃう!!)
トリスは静かに、ゆっくりと立ち上がり、脱兎の如く逃げようと走り出た―――のだが。

ぶにっ

「?!きゃあ!!」
「〜〜ぐえっ!!!」
トリスは"何か"柔らかいモノを踏んづけ、ドタン、と勢い良く地面に転がった。
勢い良く踏んづけたその"何か"は、ガチョウが鳴くような呻き声を上げる。
「・・ったぁ〜〜・・・ん、もう何よ、こんなトコに鳥なんか・・・ん?」
しかし、彼女が踏みつけにしたのは、ガチョウでもアヒルでもなく・・・
「・・・っててて・・・な、何だ、一体なんの襲撃だ?!」
地面に転がっていたのは、トリスとそう歳の変わらない若い男だった。
「き・・・きゃあぁぁっっ!!」
いくら男勝りとはいえ、トリスとて女の子である。
焦っている時に、見知らぬ若い男が、しかもこんな状況で。
ちょっと位大きな悲鳴を上げたってしょうがないだろう。
例え、それが、草木も眠る丑三つ時の真夜中だったとしても、だ。

「うわ、ちょ、ちょっと待ってくれ!そんなでかい声出さなくたってナニもしないって!」

男は両手を突き出すようにして、トリスから離れた。
だが、男が後ずさり、木の影から外れ、その全身が月明かりに照らされた時、トリスは再び息を呑む。




会った事が無いのに、何故か知っている。
まるで、遺伝子が持つ記憶のように。
何か思い出しそうな気がして、トリスがその青年に声をかけようとした瞬間。



「トリスっっ!!」
ネスティが先程の悲鳴を聞きつけ、二人の前に現れた。
しかし、トリスの姿を見つけ、安堵の色を見せたのも一瞬。
すぐに恐ろしい形相に変わり、トリスの前に座り込む青年に視線をぶつけた。
「あ、あの・・・」
青年は初対面だというのに、何故か"彼(ネスティ)に逆らってはいけない"というような観念に襲われる。
だが、挨拶が肝心、と、口を開きかけた青年を、ネスティはあえて無視した。

「・・・トリス、何だアレは」

顎でひょい、と、青年を指すように目線を移し、すぐトリスに向き直る。
いつもと変わらない、ネスティの態度。
自分を心配して追いかけてきてくれたと思っていたのに、彼のこの有様。
トリスはそんな偉そうなネスティの言動に、一瞬忘れていた怒りが沸々と湧き上がった。

「知らないわよこんなの!!」

・・・売り言葉に、買い言葉。
今出会ったばかりの青年でさえ、二人の不毛な言い争いが始まる予感を感じた。
「知らない・・・って、現に此処にこうしているじゃないか!」
「だから知らないって言ってるでしょ、こんなの!」
「じゃあ何故こんなのと一緒に居るんだ!?」
「知らないわよ!!大体ネスだってさっきまでアメルと一緒だったじゃない!」
「それは・・・それは今、関係ないだろう!それより何でキミはこんな男と・・・」



・・・堂々巡りである。
アレ、とか、こんなの、とか、青年は酷い言われようだったが、あえてこの二人に突っ込む勇気はなかった。
・・・いや、この場合誰もがないだろう。
このまま夜明けまで続きそうな二人の勢いに、終止符を打ったのは少女の一言であった。

「・・・二人とも。今、何時だかお分かりですか?」

にっこりやんわり。
犬も喰わない痴話喧嘩を止めたのはアメルの微笑み一つ。
聖女のいつもと違う微笑みとその気迫に何か感じたのか、二人は冷や汗を流し、その場は収められる事となった。









「ごめんなさい、二人が迷惑をおかけして・・・」
「いや、俺のせいで逆に面倒になったみたいだから、こっちこそ済まない」
ネスティの部屋に男女が4人。
ほのぼの〜な雰囲気の二人を他所に、残りの二人はまだ先刻の喧嘩を引きずっているようだ。
まぁ正確には「トリスが」というべきか。
ネスティもそんなトリスに小言をいう訳でもなく、ただ、黙々と読書に耽る。
しかし。
「それじゃ、気持ちを楽にしていて下さいね」
癒しの力で青年の打ち身の治療を始めたアメルに、ネスティは慌ててその手を掴む。
「止めるんだ、アメル」
「ネスティ・・?」
「・・・トリス、君がやったんだ。君が責任をもって彼の治療をすべきだろう」

「!!」

言われて当然の事だ。
だが、それにしたって、治療を始めたアメルを止めさせてまで自分にやらせるべきものなのか。
それ程――――自分よりアメルが大切なのか。


「・・っ、わかったわよ!やればいいんでしょ!!どうせ・・どうせネスは、あたしなんかよりアメルが大事なんでしょ!!」


やっと、やっと目を合わせてくれた大切な彼女は、瞳にいっぱいの涙をためて叫んだ。
ネスティはそんなトリスを見て、自分の愚かさに気付く。
トリスはずっと悩んでいたのだろう。
二人だけの旅にアメルを同行させた事も。
アメルとばかり過ごさせていた事も。
全ては二人のために、と思った事だったが、もっときちんと話し合うべきだったのだ。
「・・済まない、トリス・・・不安にさせてしまって」
「・・によ、今更・・も、遅いんだか・・・」
ふわりと包み込むようにトリスを抱きしめるネスティ。
泣きじゃくるトリスだが、その涙も、彼への恨みも、全て消し飛ぶ程の発言をその胸の中で聞く。

「よく聞くんだ・・・トリス、アメルは・・・」
「・・っ?!やめて、ネスティ!!」
アメルの悲痛な叫びを無視し、ネスティは続けた。



「彼女はもうすぐ――――死ぬ」



「え・・?な、に、言って・・・」
「・・・力を・・使い過ぎたんだ・・・多少の治癒に使うだけなら、人として寿命を全うするだけのモノはあった。だが、彼女は使い過ぎた・・・自分の命を削ってまで、それを奇跡の力に変えて。・・もう、あとどの位かは分からないが、遠くない未来であることは・・・だから君達が少しでも多く過ごせるようにと、この旅にアメルの同行を許可した」
「嘘、でしょ?・・・っ、そんな事無いよね?ね、アメル!!」

しかし、アメルは答えなかった。
否定も肯定もせず、ただ無言のまま。
俯き、視線を合わせようとしないアメルに、トリスはそれが事実であることを思い知らされた。
裏切りなんて、生易しいモノではない。
もうすぐ、この世界から消えてしまおうとしている。
二年間、ネスティのいないその間、常に自分を支え続けていてくれたアメルを失う――――――


もう二度とあんな別れはしたくない、と、そう願っていた。
またあんな日々が繰返されるというのか。


ガクリ、と力を失い、崩れかかるトリスをネスティは支えた。
ネスティに抱えられながら、トリスはやっとの思いで口を開く。
「ネスは・・それ、聞いた、の?」
「いや。でも最初から疑問だった。僕のいない二年間、全く成長していない彼女の姿を目にしてね。いくら元が天使とはいえ、おかしい、と・・・だが、まさかこんな・・・」
「・・どおしてっっ!・・どおしていつもあたしの前から皆いなくなっちゃうの?!あたしが悪いの!?あたしがっ・・・クレスメントの一族だからなの・・!!?」


「何だって?!」


トリスの一言を聞き、ガバリと立ち上がったのは―――かなりその存在を忘れられていた青年だった。
「今、"クレスメント"とか言ったよな?なぁ!?」
トリスに詰め寄ろうとした青年を、ネスティは軽く弾く。
「・・だから何だというんだ」
トリスを守るように青年から庇うネスティ。
だが青年はそんな脅しの入ったネスティに対しても、怖気るどころか興味をもったようだ。
「なあなあ、じゃ、もしかしてアンタが"ライル"の人間?!」

「「「!!?」」」

力いっぱい驚く三人にケラケラ笑うと、青年はスッと真面目な顔つきとなり、静かに手を差し出した。

「俺はマグナ。"マグナ・クレスメント"だ。ヨロシク、我らが盟友、ライルの一族の末裔さん。そして―――初めまして。俺の妹のトリスさん」
「☆○□×@Δ?!!」

言葉に表せない驚きとは、こういう事をいうのだろうか。
トリスは口をぽかんと開けたまま、ただ、マグナを指差し、ネスティに助けを求めた。
ネスティはふう、と溜息をつくと軽く頭を抱える。
いつもはトリスの愚行に対し行われる仕草だが、今日はこの目の前に居る青年に対して、のようだ。
「・・そうか・・通りで見覚えがあった訳だ・・・」
「だろ?こう見えても俺ら双子だもんな!」
「いや、顔じゃなく"言動"が、だ」

「――――トリス、この人いつもこうなのか・・?」

こっそり耳打ちするマグナに、トリスはコクコクと激しく頷き、二人はネスティからジロリと睨まれ震え上がった。
そんな兄妹(ネスティはもはや二人の兄であろう)の様子に、先程までの身を刺すような緊張感は消え、部屋は柔らかな空気に包まれる。
トリスも、ネスティも、マグナも・・そしてアメルも。
皆、笑っていた。
遠い昔、それぞれの祖先が、天使アルミネと「友」だった頃のように。




マグナがクレスメントの一族だという証拠は無い。
しかし、彼から一族のその後を聞くことにより、それは嘘ではないと感じた。
トリスが捨てられた理由も、彼らが双子で、一族で双子は"災いの象徴"と言われていたからとの事だった。
殺されるはずだった赤ん坊のトリスを、遠い町の孤児院へと望みを託し、仲間には己の手で殺したと伝える父親。
それがその時出来た、両親の精一杯の愛情だった。
そんなクレスメントの一族も、今や残すところ自分一人となり―――――
マグナは、亡くなった母が幼い頃語ってくれた妹の存在を思い出し、彼女を探すべく旅に出たのだという。

「じゃあ、クレスメントばっかりが住んでる村があったんだ・・・」
「山の奥も奥、ど田舎だけどね。何にもないところさ」
それでも、と、トリスは小さく言った。
自分の故郷を見てみたい、と。
両親や、兄―――そして祖先が生きてきた場所を知りたい、と。

「案内してやるのはいいけど、その前に、ちょっと俺に付き合ってくれると助かるんだよなぁ・・」

マグナは言いにくそうに頭を掻くと、ポケットからごそごそと光る珠を取り出した。
「何?この綺麗な珠・・・」
「これをどうするんだ?」
ネスティの質問に、益々声を小さくするマグナ。
「いや・・これ、あの遺跡にもっていこうと思ってるんだ」
「あの遺跡って・・まさか」
「ああ、俺も話でしか聞いてないんだけど・・・あるんだろ?ライルの一族とで作った機械遺跡だよ」
マグナは調子が出てきたのか、ベラベラと話を続ける。
・・・絶句する三人を他所に。
「これさ、うちの一族に伝わってる・・う〜ん、罪の証とでもいうのかな、そんな曰くつきの代物でさぁ・・・俺、一族の末裔として元の持ち主に還したいと思って」
「まさか、それは・・・」
呻くように言うネスティの声も耳に入らず、喋り続けるマグナ。
「天使アルミネの力のカケラ・・らしいんだ。詳しくはよく知らないけど、何でも召喚兵器にする時、彼女から分離したモノらしいって。今となっちゃ直接還せる訳じゃないけど――――」

「「「マグナっ!!」」」

「は、はい?」
大迫力で迫る三人。流石のマグナもこれにはタジタジだった。








「な〜んか、慌ただしい人だったね」
「そうだな・・・双子だけあって、君に良く似ているな」
「・・どういう意味よ・・・」


ネスティとトリスはぜラムへの帰路についていた。
北へと目指すのは取りあえず中止し、今はあの森に帰るところだった。
故郷への旅はマグナと一緒にする、という事で、今回は事の詳細を皆に報告するために一旦戻る事となったのだ。

「でも良かった・・・アメルが消えずにすんで」
「・・ああ」

問題のアメルの天使の力も、マグナの持つ珠を彼女に還す事で失われた力を取り戻す事が出来た。
報告は早い方がいいだろう、と、ミニスにシルヴァーナで迎えを頼み、マグナと共に一足先にぜラムへと戻っていったアメル。しかし、いくら一週間程の距離とはいえ、置いていかなくてもいいだろう、と、トリスは少しふて腐れていた。
「一回戻って、また北への旅になるね」
「嫌か?」
「!ううん!そんな事ないよ。嬉しい、けど・・」
「けど?」
トリスは急に恥ずかしくなった。
ちょっと前までは、ネスティと二人っきりで旅をしたい、等と思っていたのに、いざ二人きりとなると途端に照れくさくなる。
(こんな乙女の部屋にずかずか入ってくるネスに、今更そんな事考えるなんて・・・)
しかし、考え込むトリスの気持ちを知ってか知らずか、ネスティは言った。


「二人だけになってしまったな」
「!ぅええっっ!!そ、そう・・だね」
「心配だな・・・」
「な、何が?」

「いや、アメルがいた時は抑えていたが・・二人っきり、となると、僕は自分を抑えられなくなるかも知れないな?」



「〜〜〜〜っ、じょ、冗談・・だよ、ね?」
「さぁ、な。じゃ、そろそろ行くぞ」





からかっているのか、本気なのか。
ネスティの微笑みになんとも言えない恐怖を感じつつ、トリスは彼の横を歩く。

何だかんだ言いつつも、差し出された大きな手をしっかりと握り締めながら――――――――








そうして二人の本当の旅が、今、始まる。







end.

02.01.21 HAL