〜第八夜〜

chapter.8 「 絆 」


「うそ・・・だってカノンはあの時・・・・」

オルドレイクに、と続けようとする夏美の言葉を遮るようにカノンは言った。
「はい。確かに僕はあの時、あいつに殺されました」
「でも、じゃあ・・・なんで・・・」
途切れ途切れに疑問符を繰返すのがやっとの夏美。

カノンはあの時、確かにオルドレイクに命を絶たれた。
本人も殺された、と、そう言っている。
では目の前に立つこの人間は何者なのか。
カノンがここにいる理由は何なのか。
考えれば考えるほど混乱し、夏美の身体は無意識に震えだす。

カノンは自分を待っていた、と言う。
死の世界の人間が自分を待つ理由などそうそう考えられない。

そう、考えられることは―――――――

「・・居るんだな?ここに。俺の"本体"が」
「!!?」

夏美は後ろに立つ想にバッと向き直る。
しかし彼の表情はいたって平静を保っており、顔色一つ変えていない。強い瞳でカノンを見据えていた。
「そうでなきゃ俺がここに呼ばれるハズ無いからな」
淡々とした口調。
動揺のカケラも無い。
カノンはそんな想に苦笑する。
「お兄さんは相変わらずですね。記憶がある、無い、ってあんまり影響しないんですね」
カノンの発言に想の目が鋭く光った。
明らかに想の正体を知っている口振りだ。
夏美はそんな二人を見て益々不安を募らせる。
だが、オロオロする夏美に気付いたカノンは、不安気な視線を送る彼女にニコリと優しく微笑んだ。
「ここはお兄さんの言う通り、死んだ人間が集まる世界・・正確には"魂の通り道"なんです。 霊界(サプレス)から幻獣界(メイトルパ)へ転生する魂の」
ゆえにサプレスによく似ているのだとカノンは言った。


リインバウムを囲む四つの世界は、そこに住まう者の魂を輪廻の輪で繋いでいる。
サプレスからメイトルパ、ロレイラル、シルターン・・・そして再びサプレスへと戻る魂。


「僕が死んだ時、リインバウムとサプレスを繋ぐ扉がかなり開いていたので魂を引っ張られてしまったみたいです。僕がここに来て・・・すぐにバノッサさんとも会えました」
バノッサ、という名前に強く心が反応する。
死なせてしまった。
結局、助けられなかった。
彼に対してはそんな後悔ばかりが残る夏美。
「カノン・・・バノッサは・・・」
元気なの?と続けようとする夏美だったが、カノンの答えは彼女の思いもよらないものだった。

「そのバノッサさんと、そこにいるお兄さんの魂が捕らえられているんです。・・・あいつに」

憎々しげにカノンは呟く。
「あいつ、って・・・まさか―――――」
「その"まさか"です」
オルドレイクはこの界の狭間の世界の出口を塞ぎ、二人を媒体にして多数の悪魔を融合させ、再びリインバウムに破壊をもたらそうとしていた。


四界で転生を繰返させ、最強の魂を作り上げる。
四界全てが滅びれば、リインバウムへの影響は免れない。
オルドレイクはそれを狙っているのだという。

「・・バノッサさんは油断してあいつに捕まった僕の身代わりに・・・・ソルさんはそんなバノッサさんを助けるために・・・あいつの手に・・・!!」
夏美は想に視線をやった。
カノンの話が本当だとすると、ソルはオルドレイクに捕まったまま、という事になる。
では一体、自分の隣に居る人物は何者だというのだ。
だが、ふと視線を落とした先に夏美が目にしたのは、握られたまま小さく震える想の拳だった。
顔色一つ変えずにじっと耳を傾ける彼だが、何も感じていない訳ではない。
何かに耐えるように力強く握られる拳を包み込むように、夏美はそっと手を重ねる。
想はその温もりに気付き目を見開く。
一瞬だけその緊張を緩ませる想だが、彼女に顔を向ける事無く、すぐに表情を引き締めた。
「俺に記憶が無いのも、それが原因なんだろ?」
「はい」
間髪居れず答えるカノン。
夏美は二人の顔を交互に見比べる。
「お兄さんが融合されようとした時、抵抗しようとした強い心が分離して・・・魂が分かれてしまったんだと思います」

「それが今の俺、って訳か・・・」

複雑そうな顔で語る想にかける言葉が見つからない夏美。
先刻まで己の意識を封じ込め、ソルと代わろうとしていた想。
記憶の無い彼がどうしてそこまでの決心をつけられたのか。
それは、ひとえに・・・・

「・・お姉さんへの想いが最後までソルさんの自我を保たせていました。そして、その想いこそが今のお兄さんなんです」

「ええっ!?」

カノンの言葉に、夏美は素っ頓狂な声をあげる。
「ま、まってよ、カノン。そ、そ、それって・・・」
「はい。お兄さんにはお姉さんを"好き"だっていう気持ちしか無いはずですよ。そうでなかったら二人共、もっと早くに接触していると思います」
カノンに指摘され、図星だった想は当然として、夏美までもがつられて頬を赤く染めた。
そんな二人を見て、カノンは穏やかに微笑む。
ふんわりした雰囲気の中、想は照れ隠しに咳払いを一つし、そして表情を引き締めた。
「・・・で?二人を助けるにはどうすればいいんだ?」

そうだ。
今度こそ助けなければ―――――――二人共。

自分の目の前で逝ってしまった二人を、今度こそは救いたい。

夏美は想に負けじとカノンを見つめた。
あの日から変わらない、強い眼差しで。

「・・・正直言って、僕にもよく分からないんです。魔王と化してしまったあの人達を救えるのか、なんて・・・でも、お二人がここに呼ばれたのには、必ず、何かの意味がある筈ですから」



カノンの力強い言葉に夏美は思い出す。
自分がリインバウムに呼ばれた意味を。
そこでの全てに意味の無い事などなかったことを。



視線をずらすと、想と目が合う。

互いに零れる微笑。

言葉にしなくても伝わる想い。

握り締める手に力を込めた。






(もう、二度とキミを失いたくないから――――――――)





そんな二人を前にカノンは言った。









「大丈夫です。二人の強い"絆"があれば、きっと」



2002.4.3