〜第七夜〜


幼い頃から他人とはどこか違っていた。
理由はすぐに分かったし、家族も皆同じだったので、特に気にも留めなかった。
"特別な力"さえ出さなければ皆と変わらず普通に過ごしてこれたから。

だが、生まれた時から持つ、記憶の片隅に眠る少女の存在。

それだけはどうにも説明がつかなかった。
彼女が何者なのか全く分からない。
ただ"愛しさ"だけが根底にあって。
その笑顔が胸を絞めつける。
しかし、はっきりしていた彼女の映像も日々、年月を追うごとに薄れていく。
そうして平々凡々な日常を送っていた、そんな時。
愛しくて止まなかった少女の姿を目にする。


少女の名は、橋本 夏美。


彼女に出逢い、少年――――瀬戸 想の中の何かが、カチリ、と音をたてて解かれた。





それが "運命" の始まり――――――――――










chapter.7 「 再 会 」




抱き締めているその腕を振りほどくことなく、夏美はその身を想に預けた。

ずっと欲しかった言葉。
欲しかった温もり。

だがこれもまた夢かもしれない、という不安が胸を過ぎり、夏美は想にまわした手に力を込めた。
「そんな必死にしがみ付かなくても大丈夫だって」
そっと顔を上げると想が優しく微笑んでおり、不安気な夏美の頭に、ポン、と手を乗せる。
「帰り、迎えに行く。・・・ほら、そろそろ午後の授業、始まるぜ?」
「あ!・・・うん!」
見つめる優しい眼差しに少し恥ずかしくなった夏美は、想からパッと離れると、照れくさそうに"えへへ"と笑った。
その笑顔に想の心が一瞬揺れる。
しかし、そんな動揺などおくびにも見せず、想は夏美を送り出した。
いつの間にか克也も消えており、その場に一人残された想。
ふう、と一つ溜息をつき、顔を上げる。

「・・なぁ、一体何処にいるんだよ・・・俺じゃこれ以上、アンタの代わりは出来ないぜ?」

青い空に呟く想だが、その視線はこの空ではない、どこか、遠い空を見つめているようだった。


想の中にはソルの記憶など存在しなかった。
あるのはただ、夏美の記憶だけで。
彼女を愛しく思う気持ちだけしかない、というのが本当のところだ。
当然、話を聞いたからといって思い出す様なものでもないし、又、聞いた所で他人事としか思えないだろう。
だから彼女が自分を通して別の誰かを見ている現実に腹を立ててしまった。
やり場の無い想いと嫉妬を彼女にぶつけてしまった。
夏美の中の深い悲しみも知らずに。
だが、生まれ持ったその力が、彼女の苦しみと絶望を想に伝える。

ゆえに、今、こうして断ち切ることが出来た。


――――――未来への生を。









「この馬鹿っ!!」
「・・・開口一番それはないだろ、姉貴」
「何が"それはない"よ!!決心が着いた、って言うから聞いて見れば・・・自己犠牲精神もいい加減にしなさい!!」

保健室に響く、男女の声。
興奮のあまり多少乱暴な言葉使いになっているが、倉菜と想の二人がそこにはいた。
夏美の部活が終わるのを待っていた想は、姉の倉菜に事の報告をするため、保健委員を努める彼女の元を訪れた。
幸い彼女の他生徒も誰もいなかったため、中断されずに話は進む。
・・・勿論手をつないだ事云々は適当に誤魔化してはいたが。

「記憶が引き出せない以上、俺の意識を封じるしか手がない。・・・もう、決めた事なんだ」
「想、あなた・・・」

想の瞳にも言葉にも迷いの色が見えない事に、倉菜は言葉を失くす。
たった16年という短い時間で、人生に、生に幕を降ろそうとしている。
弟の意思の強さは姉である倉菜も十分知っていた。だが、それがまさかこんな形になろうとは予想もしなかった事だ。
「本気、なのね」
倉菜の最終意思確認に、想はコクリと頷く。
「アイツには笑っててほしいんだ。・・・いつでも」
ふっきった様な想の笑顔。ひょい、とリュックを左肩に背負い扉へと向かう。
「じゃ、そろそろアイツを迎えにいくよ」
腕時計で時間を確認し、勢いよく扉を開ける。
しかし、その先には・・・

「っ、!!?」

俯いたまま立ち尽くす、夏美の姿があった。

「ナツ、・・・・一体いつから・・・」
流石に動揺を抑えきることは出来ず、想の声はうわずっていた。
動かない夏美を心配し、肩に触れようとした、その時。

・・嘘、だったの・・・?

その言葉に手を止める想。
小さく、掠れる夏美の声と、震える肩。
「・・・一緒に方法を探そう、って・・・あれは嘘だったの?あたしを・・あたしを安心させるための嘘だったっていうの!?」
「ナツ――― っ、・・橋本、さん・・・」
「そんな風に呼ばないで!」
勢いよく顔を上げた夏美の瞳には、涙が溢れていた。
「同情とか義務とか、そんな事でしてほしくない!・・あたしは、あたしはただ・・・っ!!」
ドサリと音を立てて夏美のスポーツバックが床に落ちる。
しかし、それを拾い上げる事無く走り出す夏美。
まずった、と舌打ちすると、想はそのバックを肩にかけすぐさま彼女の後を追った。

彼女が聞けばおそらく、いや絶対に反対したであろう話。
何とかして方法を探そうとしただろう。
だが、思いつく限りの方法を試した結果、故の選択だ。
自分を消す、など。
だから話せなかったし、隠そうとした。

「待てよ!話を聞けって!!」
止まらず走り続ける夏美の後を追う想。
しかし、いくらスポーツ万能だからといっても、所詮は男と女。
徐々にその差はつまり、遂にその腕を捕まれ、足を止めた。
「っ、離して!!」
「いいから少し話を聞けって!」
「嫌!聞きたくない、聞いてなんかやんない!!・・離して!離せってば!!」
想は手を振り解こうと暴れる夏美の両腕を掴み、彼女の身体を冷たい鉄の柱に押し付けた。
「聞けって」
「嫌だったら!」

「・・・っ、聞けよ、――――――ナツミっ!!」

その名が闇の中に轟いた瞬間、二人の足元が輝き出す。
逃げられない、呪縛の光で。
「!しまった、ここは――――――」
想は辺りを見渡し、そこがあの公園であったことにやっと気付く。
唖然とする夏美を庇うようにその腕の中へと抱き締める。
あまりの眩しさに目を閉じる想と夏美。
光が二人を完全に飲み込むと、一瞬のうちにその光は消えた。
二人の姿と一緒に。














「おい、何だよ、ここは・・・」
想の声に目を開いた夏美。
再び開いた瞳に映ったのは――――
「え?」
薄紫の空。
どことなく漂う、魔の気配。
そこは、
「サプ・・・レス・・?」
夏美の最も思い出したくない世界だった。
「引っ張られやすいとは言ったが、こんな世界に来るとはね・・・罪人の世界か何かか?ここは」

「・・・酷いなあ、それはあんまりですよ」

想の独り言に律儀に返答する、澄んだ少年の声。
聞き覚えのあるその声の主の姿を見て、夏美は息を止める。

「そ、んな・・・まさか・・・」

「お久し振りです、お姉さん」

屈託のない笑顔を向ける少年は、あの戦いでオルドレイクに命を絶たれたカノン、その人だった。
口を開いたまま言葉が出てこない夏美にクスリ、と笑う。


「お二人がくるのを、ずっと、待っていたんです」