〜第二夜〜




―――もう一度還りたかった。
キミの隣でずっと笑っていたかった。

叶わない事だってわかっているけど……








ゲートを潜りながら夏美は何度も思った。
これは都合の良い夢ではないかと。

ゲート内部の広さは全く見当がつかない。
何しろ四方全ての空間が真っ暗で、距離感すら掴めないからだ。
そんな空間を二人が歩いて進む訳もない。
一筋の光に向かい、光に強く引き寄せられる、そんな感じで進んでいた。

眩しい光に目が眩み、一瞬だけ夏美は目を閉じる。
再び目を開けると、そこは険しい岩山の上だった。
しかし、夏美には一目でそこがどこか判る。
―――懐かしい景色。
―――懐かしい空気。
そして見渡せば、懐かしい顔ぶれがそこには揃っていた。

「カイナ、エルジン、エスガルド…!!」
思わず仲間の元へ駆け出す夏美。
「御久し振りです、ナツミさん」
「元気だった?ナツミお姉ちゃん」
「変ワリナイヨウダナ、りんかー殿」
「うん!皆もね―――って、どうして皆がこんな所に?」
夏美が疑問に思うのも無理はない。
そこは"エルゴの試練"で訪れた『剣竜の峰』だったからだ。
しかし、カイナとエルジンは夏美の疑問に答えず、あーとか、うんとか、何やら曖昧な歯切れの悪い返答をする。
バツの悪そうな、そんな顔で微笑む二人の視線は、ある一箇所に集中していた。
「 ? 」
夏美も自分に向けられたその視線の先を追ってみる。
「――――あ……!!」
しっかりと握られた、夏美の手。
その相手は先刻からずっと黙っているソル、その人だった。
どうやらゲートを通る際、迷わぬようソルが手を引いていたのだが、いつの間にやら夏美に引っ張りまわされていた、と、そういう訳だ。
立場逆転…と言いたい所だが、この二人は元々そういう位置関係にあるのだから仕方がない。しかも仲間に会えた嬉しさの余り、自分と手をつないでいた事などスパーンと忘れてしまったかのような夏美に、ソルは複雑な心境だった。
まぁ実際はというと、夏美は全く意識していなかった訳ではない。
しかし、相手にそれを悟られたくはない『乙女心』というものもあり、彼女はあえて意識していないよう見せかけた、と、そんなところだ。
「相変わらず仲のおよろしいことで…フフッ」
カイナがクスリと笑うと、二人は顔を、耳までも赤く染め、バッと勢いよく離れた。
「ダメだよ、カイナお姉ちゃん。からかったりしちゃ。ねぇ?」
そんなエルジンの言葉こそ、二人に追い討ちをかけているのだということを、主人想いのエスガルドは黙っておいた。



「俺一人の力だけでは、ちゃんとナツミのいる世界へ行けるか不安があった。だから三人と剣竜の力を借りたって訳だ」
ソルは簡単に剣竜の力を貸りた、等と言っているが、頼んだところで気軽に力を貸す相手ではない事を夏美自身よく知っている。
出会った時のソルがボロボロだったのは、剣竜の試練を受けたからだと納得した。
護界召喚士である彼が他の世界へ行くゲートを開かせるなどという、矛盾した行動の動機…。自分に会う為だけの行為ではないだろう。
「で?そうまでしてあたしをココに呼んだって事は…それだけの理由があるんでしょ?」
夏美の質問にエルジンが答える。
「それなんだけど…サプレスのエルゴと連絡がとれなくなったんだ」
前回の事件を踏まえ、彼らは、今後エルゴに異変があった場合、いち早く気付けるように、と、定期的にエルゴの元を訪問する事を決めた。
が、そんな矢先にサプレスのエルゴとの連絡が途絶えたのだ。
「一ヶ月前、私トえるじんガえるごノ元ヲ尋ネタ時ノ事ダ」
「一ヶ月前!?そんなに経ってるの?それで、何か異変は…」
間を置かず、ソルは答える。
「無い。…今のところは、な。お前の張った結界の弱まりも感じられない…だが…」
「だが?」
「何か悪魔達の動きがおかしいのです…今までの個々、バラバラな動きではなく…」
「何者カニヨッテ統率サレテイルヨウナ動キナノダ」
数ヶ月前、夏美の手によって作られた強固な結界は、召喚により誓約されたモノしか通すことはない。よって、異世界からリィンバウムを支配しようとする者がいても、その力が強大な程、結界を通り抜ける事を困難にした。また、魔力の高い者は、その力を誓約により抑え込まれるため、本来の力を出し切る事は出来ない。

「あの時ナツミは送還術(パーシング)を使っていたよな?」
「うん。皆、自分のいた世界へ帰りたがってたから…」
あの戦いの終わりに、夏美はリンカーの力を使い、召喚された者達をそれぞれの世界へ還した。そうしてそれから結界を張ったのだ。
「もしかして…"帰りたい"と願う者達だけに、力をお使いに…?」
「ん…モナティみたいな場合もあるかな思って…シオンさんとかアカネの事もあるし…まずかったかな?」
「イヤ。アノ三人ニ関シテハソレデ良カッタ。ダガ」
「うん。どうやら危険な悪魔達が残っちゃったみたい…リィンバウムに」
元々異世界の住人には、リィンバウムを我が物にしようと企む輩が多い。
当然といえば当然の結果だ。
どうしよう、と、言葉を失くし不安に襲われる夏美の肩に、ソルは優しく手を置き、言った。
「心配するな。そいつらがいくら強くても所詮は"はぐれ"だ。誓約されてこの世界に存在する限り、それ程強力な力も使えないだろう」
その言葉に、夏美の表情から不安の色が消える。
ほっとした夏美は、ソルの服の端を掴み、小さく笑う。
そんな夏美を見るソルの瞳は、とても優しかった。
「あのー、で、本題に入っていいかな、お姉ちゃん達?」
その呼びかけで、ハッと我に返る二人。
この時だけ、エルジンが大雑把な性格で良かった、と、カイナとエスガルドの両名はそう思うのだった。


「もう言わなくても分かると思うけど…ナツミお姉ちゃんに来てもらったのは…」
「オッケー、オッケー!サプレスのエルゴの居場所を探せってコトね。任せて!」
言い終わるや否や、夏美は表情をガラリと変え、意識を集中させる。
三人はそんな夏美を固唾を呑まず、見つめていた。

(至源の時より生じて 悠久へと響き渡る この声を聞け…)
(誓約者たるナツミが 汝の力を望む…)

「…?」
しかし、夏美の中に声はない。
いつもなら応えてくれるであろう、サプレスのエルゴからの返事はなかった。
それでも夏美は心の中で呼び続ける。
(お願い…応えて…サプレスのエルゴ…!!)

 ……
―――は……だ…

「 !? 」
―――ワタシを呼ぶのは、誰…?
応えた!と、夏美は慌てて叫ぶ。
(あたしだよ、夏美だよ!新たな誓約者の…)
―――リン、カー…か……
(ねぇ、どうしたの?あなた、何処にいるの?皆心配してるんだよ?)
しばし沈黙が続く。
しかし、その間に耐え切れなくなった夏美はもう一度質問した。
(エルゴ…あなた今何処に…)
―――ワタシの存在は消えかかっている…もうすぐ奴の一部になり、完全に取り込まれるでしょう…
(なに…を言ってるの…?)
―――リンカーよ、どうかワタシの代わりに、この世界を守……
(待ってよ!ねぇ、一体何のコトなの!?ねぇ何処にいるの!お願い、答えて!)
―――ワタシは霊界、サプレスの……っ……
("霊界サプレス"…?)
だが、その後エルゴからの声を聞くことは出来なかった。


「確かにエルゴはサプレスに居る、って言ったんだな?」
夏美は三人に自分の聞いた声が語る内容を話していた。
しかし、夏美自身よく聞き取れなかったため、その内容は不十分であった。
わかっている事は、サプレスのエルゴが"霊界サプレス"にいるらしい事。
そして、何者かによって力を奪われつつある、という事だ。
「でも、あたしは行かなくちゃ…多分行かないといけないんだ」
「ナツミ!?」
彼女の突然の発言に、三人は声を揃える。
「…この世界を守って、って言ってた。きっと、ほっといたらまた悲しい事件が起きちゃうよ…だから…確かめなくちゃ!」

―――霊界サプレスへ行く―――

夏美の前代未聞なアイディア?に、三人は止めることも賛成する事も出来ず、ただ彼女の決意のこもった顔を見つめていた……。