〜第一夜〜



ちゃんと伝えておけば良かった。
いつもそばにいるのが当たり前で……そんな日が永遠に続くって、勘違いしてた。

何で言えなかったんだろう。
ひとこと「好き」って、ただそれだけなのに……

言っておけば良かった。



――――二度と会えなくなるんなら――――











「会いたいよ、君に……ソル……」
頬を涙が伝う。
夏美は誰もいない教室で、一人、異世界(リィンバウム)を想った。
共に戦った仲間達、出会った沢山の人々。
そして―――――誰より大切なパートナーの存在……。
リィンバウムを、それを囲む全ての世界の平和・安定を保つには、それぞれの世界をつなぐ扉を閉ざすしかなかった。在るべき所、帰るべき世界へ還すことで、5つの世界の調和が保たれる。だからリンカーである自分の力を使い、何者も破れない、強固な結界を作って、全てを元に戻したのだ。


無論―――――彼女も例外でなく。


自分の隣が俺の居場所だ、と言ってくれた人。
まっすぐに気持ちをぶつけてきた……だが、その想いに応える事なく、夏美はこの現実(せかい)に戻ってきた。

彼女は知っていたから。

戻らなければいけない事を。

2つの世界は違う(異なる)という事を。

好きになっても、いずれ別れがくるのだという現実を。

だから封じ込めた―――――『好き』という気持ちを。



言えば離れられなくなる。
しかし、彼を現実(ここ)に連れてきたところで、まだ子供の自分に何ができよう。少なくともフラットの仲間といれば孤独でいることもない。

(もうソルに辛い思いをさせたくない)

自分といることで、彼に苦労をかけたくない。
それが夏美の出した結論(答え)だった。


だが、夏美はソルへの想いを断ち切ったわけではない。無理に抑えていたのだ。
その抑圧された想いは、日々、募る一方で、押さえが利かなくなった今、張り詰めた想いと共に、涙が溢れ出したのだ。
「ソル……」

その時だった。
――――ガタン!バタン!ガランガラン……
けたたましい音に驚き、夏美の涙が止まる。
顔を上げた先には、机や椅子の散乱した中に座り込む少年の姿があった。
「…ってぇ……」
机や椅子の中に倒れたせいではない、別の理由によってつけられたであろう無数の擦り傷。それ以上に、ボロボロになった衣服から、彼が大変な『何か』を乗り越えて自分の元にやってきた事が容易に想像できる。
その姿が幻ではないか、少年の頬にそっと手を伸ばす。

――――あたたかい。

直に伝わる温もりに、夏美は再び涙をこぼす。
「…ソル……どうして…?」
やっと口に出来た言葉。
会いたかった、なんてとても言えない。
そんな夏美に、ソルは太陽のような笑顔を向けた。
「言ったろ?俺の居場所はお前の側だって。…お前のいない世界に生きていても、俺にとっては死んでるのと同じなんだ」
「ソル…」
照れくさそうに笑うソルに、夏美もクスリと笑った。
「でも、どうやってこっちへ?ゲートはあたしの結界で…まして召喚されてもいないソルが、どうやって………」
夏美の疑問にソルの表情が曇る。
険しい顔つきでソルは言った。
「それが…ちょっとやばい事になってるんだ……ああと…、とにかく一緒に来てくれないか?訳は向こうで説明する!」

――――何かがリィンバウムで起きている。

夏美にとっても向こうの世界は第二の故郷だ。
それに何より大切な仲間達がいる。


夏美が決心を固めた時には、すでにソルが異世界へのゲートを作り終えていた。
宙にぽっかりと浮かぶ空間。
二人は机を踏み台にして入ろうとした。
しかし。


―――――ガラッ。


突如勢いよく開かれた教室の扉。
まだ下校していないクラスメイトだろう。しかし、夏美は構わずゲートに足を踏み入れようとする。
「橋本…さん?」
呼び止められ、思わず振り返る夏美。
声の主はクラスメイトの深崎籐矢、その人だった。
(あちゃー、何か一番見られちゃマズそうな人に…よりによって…)
だが悠長に状況を説明している余裕はない。
「ごめんね、訳は後で…今は見逃して!」
そう言うと、夏美は再びゲートの中へ身を投じた。
ゲートが閉じるほんの一瞬、ソルと籐矢の目が合う。
瞬間、籐矢の瞳が鳶色に変化したが、その理由を確かめることなく、二人は異世界へと旅立つのだった――――――――