向こ - キミがいちばんほしかったもの -











2






「……おはよう、ネス」
「トリ、ス…?」
零れ落ちる涙を拭おうと、ネスティは手を伸ばす。
柔らかい頬。指の間をさらりと滑る髪。
指を濡らす涙の温かさに、ぼやけた意識が次第に鮮明となる。
「僕は一体……っ、…」
起き上がろうとした途端、激しい頭痛が襲う。 ネスティは顔をしかめ、そのまま元の位置に頭を戻すが、触れた柔らかさに、 自分が枕代わりにしていたのが実は妹弟子の太腿だと知ると頭の痛みも忘れて跳び起きた。
「〜〜〜〜っ!」
「あ、駄目だよネス! 無理しちゃ!」
鈍器で殴られたかのような痛みに頭を抱え込むネスティを、トリスは半ば無理矢理その身体を横にさせる。 彼の焦りの原因となった自分の腿を枕にして。
(一体どういう状況だ、これは…)
彼女の柔らかさを意識しないよう、己の置かれた状況を冷静に分析しようとするが、どうにも記憶が繋がらない。 目覚めるまでの自分の行動を整理し、記憶の糸を手繰り寄せる。だが、そこにネスティの答えは見つからなかった。
(この場所……かすかに見覚えがある気もするが…まさか)
「トリス、ここは……」
続けようとした言葉は悲鳴のような驚きの声に遮られる。
「ネスティさんっ?!」
走り寄る足音がすぐ傍で止まり、トリスとは違う不安げな鳶色の瞳が覗き込む。
「アメル、か?」
名を呼んだだけだというのに、彼女の瞳からは途端にボロボロと涙が零れ出した。
一体トリスもアメルもどうしたというんだ、とネスティが訝しむのも無理は無い。
といっても、彼女達がネスティの記憶のままの2人であれば、の話だが。
「君達は、人の顔を見るなり何故揃いも揃って泣き始めるんだ……」
呆れたようにため息をつくネスティに、アメルは胸を押さえる。
懐かしい、変わらない彼のクセに安心したためだろう、やっといつもの笑顔を見せた。
「良かった…ネスティさんが戻ってきてくれて……本当に…」
「なんの話だ?」
「え? 覚えて…いらっしゃらないんですか?」
瞬間、アメルの顔色が変わる。
「覚えて無いも何も、僕の記憶では皆でサイジェントへ……」
「サイ、ジェント…?」
初めて聞く名のように首を傾げるアメルにネスティの心の奥がざわめく。
言葉にし難い奇妙なズレ。
しかしいくら思い出そうとしても、自分がこうしている理由を導きだせはしない。
「アメル、とりあえずネスを家で寝かせてあげよ?」
「あ、そうですね! 待って下さい、今バルレル君を呼んできますから」
黙り込んでしまったネスティを気分が悪くなったのだろうと早合点した2人は、家で休ませようと慌しく 動き出す。実際、身体に変化はなかったが、この状況を理解する情報を得るほどの精神力は 今の彼に残されておらず、これ幸いと、ネスティは意識を手放した。
夢から覚めれば全て思い出しているだろう、という願いを込めながら。




(………?)

誰かが、泣いている。
そんな気がして目を開けると、そこにはベットに突っ伏すようにして眠るトリスの姿があった。
「…やれやれ、君は全く……」
風邪を引くだろうと言い掛けてやめる。眠る彼女の頬に涙の痕を見つけたからだ。
何故。
今の彼に分かる事といえば、トリスとアメルに『自分を見て泣く様な何かがあった』らしいという事だが、 それも予測の一つに過ぎず、記憶の一部、特に最近の出来事は確実に失われていた。
ゆっくり身体を起こすと、額にのせられていたタオルが落ち、シーツを濡らす。
おそらくさっきまでトリスが換えてくれていたのだろう、まだひんやりと冷たさを保っていた。
(……こうして冷静に考えられるのも、君がいてくれるおかげなんだろうな……)
ネスティはこんな状況に置かれている割に心が凪いでいる事に驚く。 いくら彼でも通常このような状況下にあれば、多少なりともパニックになって不思議はないのだが、 判断力を鈍らせる感情の障害が無いのはトリスが変わらず傍にいてくれるおかげだろう。
眠るトリスの髪を梳くように優しく撫でると、彼女はくすぐったそうに身じろぎする。
元々一度寝たらなかなか起きない彼女がこれ位で目を覚ますはずもないが、 窓から覗く景色は既に闇を映しており、どれくらいの時間が過ぎたのか検討もつかず、 例え深夜であっても彼女をこのままにしておくことは出来ない。
どうしようかと逡巡するネスティに、控えめなノックの音が聞こえた。
「…どうぞ」
返事を確認してから静かにドアが開かれる。
トリスならノックをせずに入ってくるか、或いは、返事を確認せず入ってくるところだろうが、 彼女はここで眠っているのでおのずと相手は限定された。
ドアの向こうの相手は予想通りの人物。
「気分はどうですか? ネスティさん…あらあら、やっぱり眠ってしまったんですね」
手に洗面器を持っているところを見ると、額のタオルを冷やす水を換えにきたのだろう。
一瞬トリスを迎えに来たのかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。 アメルは彼女の眠る姿を見て、満足そうに微笑んでいる。
「少し狭いかもしれませんが、トリスなら小さいから大丈夫ですよね」
何を納得したのか、それでは、と言って自己完結して出て行こうとするアメルを、ネスティは慌てて引き止めた。
「ア、アメル! この馬鹿を僕にどうしろと…」
アメルは小さな子供を叱るように、人差し指を自分の唇に当て、沈黙を諭す。
「今日は…このまま貴方の傍で眠らせてあげて下さい。お願いします」
意義を挟めぬ迫力に返す言葉を失うネスティ。
「それじゃ、おやすみなさい」
そう言って部屋を出ようとしたアメルだが、開いた扉の向こうに少年の姿を見つけ、立ち止まる。 慌ててそ知らぬ振りをするが、彼が部屋の様子を伺っていたのは間違いない。 悪魔といえども仲間だったネスティを彼なりに心配していたのだろう。
「バルレル君もお見舞いですか?」
「ばっ、馬鹿言うな、何でオレ様がメガネの心配なんかするかよ!」
「はいはい♪」
「〜〜〜このオンナ…」
完全にアメル優位の会話。それは旅の最中から変わらない関係で、元天使と悪魔であるがゆえに微笑ましい光景でもあった。
だが、そんな2人のやり取りを見たネスティが発したのは、意外な言葉だった。
「アメル……彼は? 魔力の受ける感じから、サプレスの悪魔のようだが」
信じられないような顔つきで、バルレルはネスティを見返す。
「オイ、オンナ。まずいんじゃねーのか? こりゃ完っ全に『キオクソーシツ』ってヤツだろ? オレの事まで忘れちまってるぞ。 おい、メガネ。オレはな――― んがっ!」
アメルは己を説明しようとしたバルレルの口をあっさりと塞ぎ、続ける事を笑顔で止めた。
「バルレル君はあたしの『護衛獣』なんです。詳しい紹介は明日まとめてしますから。 今日はもう遅いですし、お暇しましょう? ね、バルレル君?」
口を塞がれた状態でバルレルは何度も首を縦に振る。
その表情には恐怖の色が浮かんでいたが、アメルの主としての力量だろうと思い、ネスティは特に疑問にも感じず、 部屋を出る2人をぼんやりと見送った。
部屋を出たアメルはそのままバルレルを外へと連れ出す。
聞かれては困る話なのだろうと瞬時に理解したバルレルは、特に不平不満も言わずに彼女の後に続き、 アメルが立ち止まった場所でようやく口を開いた。
「…何だよ、こんなところまで連れ出して」
2人が立っているのは聖なる大樹、ネスティの化身とも呼ばれる樹の下。
アメルは思いつめたような瞳をバルレルへと向ける。
「…あのネスティさんはネスティさんじゃないかもしれません……」
「はぁ? なにワケのわかんねー事言ってんだよ。どう見たってありゃメガネそのものじゃねーか。マナの質も同じだろーが。 そんくらい、テメーにだってわかんだろ?」
否定の言葉は届かなかったのか、アメルはうつろな瞳で聖なる大樹を見上げた。
「単なる記憶喪失なんだろ? …おい、きーてんの」
「……私の事が分かるのに、どうしてバルレル君が分からないんですか?」
「!」
確かにアメルと出逢ったのは、バルレルより後の話だ。 本当であれば、トリスの護衛獣として召喚されたバルレルの事をネスティが知らない筈は無い。
「お話を聞いてみなければ詳しい事は分かりません。でも…彼は…私達の知るネスティさんとは別のネスティさんなのかもしれません」
「どういう意味だよ…おい」
その質問にアメルは目を伏せ、ただ首を横に振るばかりだった。
それから3日後。
聖なる大樹に寄りかかって座るネスティの膝を枕に、トリスは眠っていた。
あまりにも気持ちが良さそうで起こすのも気が引ける。
自分が倒れていた場所に記憶を取り戻す糸口があるのではないかと考えたネスティは、翌日から時間の許す限り この場所で過ごしていた……のだが。
この通り、常時ひっつき虫状態のトリスが一緒では精神集中など出来るはずもなく、 記憶を思い出す事はおろか、失われた時間に何が起こったのかさえ訊き出せずに 時間だけが無駄に過ぎていた。
「…ふぅ…」
この数日間で彼に分かった事といえば、刺し違えるかのようにあの悪魔を消滅させ、 世界を救ったのは自分らしいという事くらいだった。
確かに必要以上の情報を与えすぎれば混乱するだけかもしれないが、 世界にばら撒かれた源罪(カスラ)を浄化しているこの大樹が貴方の化身ですよと言われ、 はいそうですか、と鵜呑みに出来るだろうか。
仮に例えそれが真実だとしても、今、自身から決して離れようとしないトリスをみて、それだけが理由とは考え難い。 本当の理由、喪失感だけでは説明出来ない別の何かが隠されている気がして他ならない。
そして、おそらくその答えは失われた記憶の中にある。
「…君は一体なにを恐れている…?」
ネスティの問いに彼女から返答の声は無く、ただ、安らかな寝息をたてるだけだった。






誰かが、泣いている。
暗闇の中、ぼんやりと浮かび上がった映像が、徐々に鮮明になっていく。
ぽつりと佇んでいるのは、幼い少女。
紫の艶の無い髪、そして、サイズの合ってない大きな見習い用の制服。
しゃくりあげるように、声を殺して必死に泣くのを我慢している少女の、そんな様子はかつて幼い頃自分が見た情景。 胸を締め付ける痛みも、当時感じたものと同じ。
名を呼んで、手を伸ばす。
しかし、少女との距離は縮まずその差は益々開いていく。
抱きしめてやりたかった。
君は一人じゃないのだと。 世界の全てを敵に回しても僕は君を護るから、と、そう言葉にしたいのに声は音にならない。 闇に響く声は確かに彼女の、トリスのモノなのに。
「……っ……夢、か…?」
彼女の名を叫んだところで、夢から覚めた。
夢うつつなのは、現実でも夜の闇が部屋を覆っているせいだろう。
手を伸ばし常用の眼鏡をかける。
次第に目が闇に慣れ、視界も鮮明となっていくうちに、ようやくそこがあてがわれた自分の部屋だという現実が実感出来た。
隣には相変わらずべったりの妹弟子が気持ち良さそうに眠っているが、 いくら兄弟子だからとはいえ、男性と一緒のベッドに入る事に危機感はないのだろうか、とネスティは思う。 派閥にいた頃から頻度は少ないにしても、眠れないだの色々言い訳してはベッドに潜り込んできた彼女だ、 今更といえば今更なのだが、あの頃の自分と今とでは気持ちを隠す必要がない分、微妙に複雑な心境だった。
「全く。君がそんな風に無防備だから、僕が護衛獣という虫除けの立場にな……」
自分の口をついて出た言葉に自身が動揺する。
「……そうだ……僕は君の護衛獣になると皆の前で宣言したんだ……」
おぼろげな記憶が脳裏に浮かぶ。
「僕達はサイジェントの誓約者達の力を借りて、あの悪魔を封印したはずだ……」
まるで引寄せられるように、足は聖なる大樹のもとへと向かう。
闇の中でも微弱に放たれる浄化の光が、まるで自分を導いているように感じられ、気がつくとネスティは 大樹のすぐ前に立っていた。
ゆっくりと手を伸ばし、そっと樹に触れる。


『……ス』


「な、んだ…?」
空耳かと疑いつつも、念のため辺りを伺う。
元々人が簡単に立ち入るような場所ではないため、警戒心など無いに等しかったが、元は悪魔を封じた地。 何があっても不思議ではない。
しかし感じたのは悪魔の気配などでは無く、もっと心を揺さぶるもの。


『ネス……ネスっ…』


心臓が鷲掴みされるかのような痛み。
泣きながら自分を呼ぶ声は、間違いなかった。
「ト、リ……ス…」
名を口にした瞬間、記憶がフラッシュバックするように溢れ出し、彼の記憶の欠如した部分を埋めていく。
マーン家の船でサイジェントへ渡った事。
誓約者達と力を合わせ、メルギトスを封印した事。
モナティの代わりにトリスの護衛獣になる宣言をした事。
そして、愛しい少女の笑顔を。
「うっ…うわあああぁぁあっっ!!」
途端、ネスティは激しい頭痛に襲われ、頭を抱え込むようにしてその場に膝をつく。
頭痛が収まった時、霧がかかっていた頭の中はすっきりと晴れ、ネスティは全ての記憶を取り戻していた。
一つの疑問だけを残し。
「……ここは…何処、なんだ…?」
自分のいた世界ではないが、自分が存在していた世界。
異世界であって完全に異なっていないこの世界へ自分を呼んだのはおそらく。
「ネ、ス………」
「トリ……っ、!」
相当慌てていたのだろう、寝巻きのまま、靴も履かずに飛び出してきた彼女の身体は冷え切り、 足にはいくつもの切り傷があった。
「君は馬鹿か! こんな格好で外に出る奴が…」
彼女を抱え上げ、いつものように小言を言い始めるネスティに、トリスはぐっとしがみ付く。 声を殺して泣くその姿は、まるで、脱走した彼女を連れ戻したあの頃のようで。
「…で……ひとりに…し…いで……」
「……大丈夫だ…僕はここにいる……」
堰を切ったように溢れ出す涙は彼女が眠りに落ちるまで止まる事は無かった。






「……アメル、そろそろ本当の事を話してくれないか」
部屋の中にはトリスを含め、ネスティとアメルの3人がいた。
トリスが泣き疲れて眠ったのを見計らい、ようやくネスティは口を開く。
傷だらけのトリスを抱えて戻ってきたネスティは、足の治療をアメルに依頼はしたものの、 その理由を話そうとしなかった。
そんな彼の様子にアメルも薄々察していたのだろう、 びくりと身体を硬直させはしたが、動揺したり隠したりするような様子は感じさせず、 くるべき時が来た、というような表情で重い口を開く。
「……ネスティさんにお話した事であたしが嘘をついたのは一つだけです」
「嘘? 元天使の君が、か?」
皮肉交じりの言葉だった。
しかし、アメルはそれに反論も肯定もせず、淡々と話し続ける。
「バルレル君はあたしではなく、トリスの護衛獣です。正召喚師の試験で彼女が召喚したのだと言っていました。 他に嘘はありません。ネスティさんがその命と引き換えにメルギトスを倒した事も、この世界を源罪から 浄化し、守っている事も。ただ」
「ただ?」
「それが『貴方ではないネスティ』さんであるというだけ……トリスはネスティさんを失った悲しみに耐え切れず、 別の世界のネスティさんを……貴方を喚んだのだと思います。異世界から護衛獣を喚び出すように」
「なん、だって…?」
「お2人に魔力の繋がりが見えるんです……バルレル君とトリスの繋がりと同じものが」
続く言葉が見つからない。
元の世界へは還れない、 彼女の言葉はそんな絶望的宣告を受けたのと同じだった。
主が解約しなければ元の世界へは戻れない。自由に選択する権利など無い。
誓約で結ばれるとはそういう事だ。
「勝手なお願いだと分かっていますが、トリスを助けて下さい……貴方じゃなきゃ、彼女を救えないんです。 あたし、じゃ…駄目、なんです……」
「本当に勝手な話だな…しかし安心しろ、僕が嫌だと言ったところでどうにか出来るものじゃない。 誓約が僕をここに縛り続けている限り、元の世界へ還る術など無いに等しい。調律者の魔力を打ち破るなど、 エルゴの力でもなければ―――― 」
脳裏にエルゴの王と呼ばれる少女とそのパートナーである少年の姿が浮かぶ。
「そうか、彼らがいたんだ…」
彼らの力を借りればもしかして。
早速、と立ち上がろうとしたネスティの腕を掴んで引き止める。
「アメル、離してくれないか。僕はサイジェントに行かなきゃならない」
「っ、嫌です! 貴方まで居なくなったら、トリスは、トリスはどうなるんですかっ!?」
ネスティはその言葉にも顔色を変えない。
「……僕の世界のトリスが同じように泣いていてもか?」
「!!」
「君の願いはそういう事だ。それに……彼女が本当に望んでいるのは僕じゃない。『この世界』での僕だ」
力の抜けたアメルの手は簡単に外れ、ネスティは扉へと足を向ける。
「…それじゃ貴方はトリスがこのまま死んでしまうのを黙って見てろと言うんですか…?」
「何…?」
だが、続くはずの会話は突然の悲鳴によって中断された。
「……ス…ネス……どこ…? や……いやあぁあああぁっっ!!」
「ち…っ、トリス! トリス! 目を覚ませ!」
ネスティは発狂するトリスの頬を叩き、彼女の名を繰り返し呼び続ける。
「やぁっ、ひとりに、一人にしないで…! ネス…!」
目を開けてはいたが、虚空を見つめる眼差しは焦点が全く合っていない。
まるで錯乱しているかのように差し伸ばす手を払い、振りほどくトリスに、ネスティは暴れる彼女の両腕を 掴み、唇を塞ぐ。
ゆっくりと唇を離すと、トリスの動きは止まっており、虚ろな瞳には光が宿っていた。
「トリス、僕はここにいる。よく見ろ」
「……ね、す…?」
「ああ、そうだ。僕はここだ」
ネスティの姿に安心したのか、トリスは微笑むと、そのまま彼の腕の中で意識を失う。
静かに彼女の身体を横たえると、ネスティは傍に置いてある椅子にどっかりと座り込む。 その表情から焦りと苛立ち、複雑な心境が窺える。
「……毎日、だったのか? これが……」
言葉にせず、アメルは黙って首を縦に振った。
「よく、彼女を見て下さい。貴方のトリスと本当に同じですか?」
確かに自分の中のトリスの姿より、少しほっそりしているように感じる。 元々華奢な彼女ではあったが、今のトリスは痩せたというよりやつれたと言った方が近い。
「……ネスティさんが居なくなって、トリスがどれだけ涙を流したか分かりますか? あんなに笑ってくれたトリスから 笑顔が消えて、食事も殆ど食べなくなって……夜は悪夢で眠れず、毎夜、あたしが召喚術で眠らせていました。 貴方はそんなトリスを黙って見ていろと言うんですか…?」
堪えきれずその場に泣き崩れるアメル。
「…お願いします、もう少し、もう少しでいいんです。トリスの傍にいてあげて下さい…せめて悪夢を見ないで 眠れるようになるまで……お願いします……っ!」
頭を下げるアメルに、ネスティは即答できなかった。
先刻のトリスの様子から、確かに冷淡に割り切れる精神状態でない事は十分に伝わってくる。 自分を騙してまでトリスを守ろうとした彼女の気持ちが分からない訳でもない。
「……分かった。もう少しだけ協力しよう」
苦渋の決断に胸が締め付けられる。

トリスの呼び声はもう聞こえなかった。


あ と が き

何とか第2話のお届けです。
ちょっと遅くなってしまいましたー; はひーっ。
シリアスは筆が遅くて…(言い訳大王)
もう少し短いところで切ろうと思ったんですが、なかなかいい場所がなくって ズルズルいってしまいました。まぁ読むにはこの位長い方がいいのかな。
番外編を出す時は高確率でリンカーさん達が登場するんですが、当然ながら ナツミとソルです。うふふ。いいの、世間がキーナツだろうが私は私を貫くの…!
といっても、メインがネストリだしシリアスなんで控えめに。
3話で終わる予定が、どうも4話は確実です。5話になるかどうかはリンカーの活躍次第かと(汗)
(かなり危険だ、抑えろ私!)

05.05.05