小さい頃はお互いが全てだった。

でも、自分の世界が広がるにつれ、記憶は少しずつ薄れ、曖昧なモノになってしまった。


だけど。



変わらない心がある。
それはお互い同じモノ。同じ想い。


「好き」だって気持ち――――――――




……恥ずかしくて言えないけど。





Summon Night 2 〜 ひめごと 〜



「トリスが "妬かない" ですって?」
ミモザはぽかん、と口を開けた。
ネスティは少し寂しそうに微笑むと、はい、と言いカップの紅茶を一口飲む。

モーリンの家で、彼らは二人、ゆったりと過ごしていた。
それというのも、皆、食料やら衣料品やら雑貨などの買い出しで、外にでていたからだ。
トリス、ネスティ、アメル、バルレル…4人は相変わらずアルミネの森で暮らしていたが、流石にあの森で自給自足は出来ないため、時折、ファナンにまとめ買いをしに来ていた。
買い出しの時は決まってモーリンの家に泊まり、翌日、大きな荷物を抱え4人は帰宅する。
今日もその予定で来ていたのだが、ミモザがネスティに話があるから、と、彼一人残して3人はいつもの様に買い物へ出かけた。
ネスティの欠けた分、今回はモーリンに助っ人を頼む。
だが。
きゃあきゃあはしゃいで出かけてしまうトリスに、ネスティは些か複雑だった。

2年間本当に自分だけを想って待っていてくれたのだろうか… と、時々疑わしく思うことがある。
まぁ、元々自分の方が惚れていたのだから仕方ない。
仕方……ないのだが。

ネスティはそんな思いを常に抱えていた。
本人に問いただす勇気もなかったし、だからといって誰かに相談する性分でもない。
ただただ悶々としていく悩みに、最近は少し寝不足気味でもあった。
そんな中での買い出しだ。
何か起こらない訳もなく、ネスティはモーリン宅に着くなり、軽い眩暈に膝をついた。
たまたま来ていたミモザが 『話しがあったから丁度いいわ』 と、彼と二人、留守番する事になったのだ。

「未だにそんな事を考えてたワケ!?キミは…」
ネスティはトリスに弱い。
トリス自身は全く気付いていないが、その甘さは周知の事実だ。
厳しくしすぎたため、かえってそれが彼女の「疎さ」を助長することになった。
自然に学ぶはずの一般常識が彼女に備わらなかったのは、常にこの兄弟子が汚れた下界から守っていたからなのだ。

トリスが「天然」なのは誰でもない、ネスティ自身が仕向けた事。
今になって彼は悔いる。
男女の関係に明らかに疎い、この妹弟子の成長に。


「彼女にとって僕は "身内" であり "兄" なんです。普通の恋愛感情とは少し違うと思います」
ネスティの断言する姿に、ミモザは堪えきれなくなって吹き出してしまう。
「ぶっ…くく……ぷぷ…ネ、ネスティ、貴方、し、知らないから…」
「…何の話です?」
やっと笑いが治まったミモザはネスティに人差し指を突きつけた。
「トリスの事よ。あの子が妬かないですって?…そんな訳ないじゃない」
自信たっぷりのミモザ。
「トリスはね、最初、アタシの事大嫌いだったんだから」
信じられない、という表情を見せるネスティに、彼女はとっておきの―――――今まで隠しておいた 『秘密』 を彼に話し始めた。


それはまだネスティが13歳になったばかりの頃。
トリスが彼の前に現れてから数年の時が経過していた。
成り上がり、という理由で陰口を叩かれる等の陰湿なイジメは少なくなかったが、この優秀な兄弟子にばれたらもっと酷い目に合う事が知れ渡り、直接的なイジメは減っていた。
そんなある日。
「あれ〜?ネスティじゃない!」
ネスティがいつものように図書室へ向かう途中。
突然に呼び止められ振り向くと、知った顔がこっちに走り寄って来た。
肩までのボブカットに、胸を強調するセーターを着た、スタイルのいい女性。
「…ミモザ先輩。どうかしたんですか?」
彼は幼い頃から愛想のない子供だった。
しかし、顔色ひとつ変えずに反応するネスティの態度を気にもせず、ミモザは話しかける。
「聞いたわよ。また一番だって?凄いじゃない!!」
「…別に誉められるようなことは…」
「まったまたぁ!謙遜しないの!」
ネスティは彼女のうるさい位の明るさは嫌いではなかった。
自分の尊敬するギブソンの近くにいる人だし、頭も良く、機転も利く。
そして何より―――――
「あれ?ねぇ、あの子はいないの?」
「…あの子?」
「ほらぁ、キミと何時も一緒にいる女の子……そう、 "トリス" よ!」
笑顔でトリスを語るミモザに、ネスティは頬を染める。
普段は決して見せることの無い、子供らしい反応。
生まれや何かに偏見を持ったり、妬んだりしない、そんな彼女の前では、ネスティもほんの少しだけ 『少年』 に戻る。
ミモザは成績云々より、本当はネスティに関する 「噂の真相」 を確かめるべく彼に近づいたのだが、聞くまでもなく、ネスティの表情が全てを語っていた。
(ホントに大事なコなのね…)

その後、他愛の無い会話を二言、三言し、ネスティは本来の目的である図書室へと向かった。
ネスティの走り去る姿を見つめ、ふふ、と笑うミモザ。
しかし。
「……?」
何となく感じる視線の方向に目をやると、そこには二つに髪を結んだ女の子が立っていた。
敵意のこもった強い眼差しを向けて。
ミモザはその少女に見覚えがあった。
だが、少女はその名を呼ぼうと近づくミモザに気付き、脱兎の如く走り去ってしまう。
「トリス!ねぇ、貴方トリスでしょ!?」
追おうとするミモザの動きが止まる。
振り向いた少女のその顔が、今すぐ泣き出しそうだったから。
「…あんたなんか……アンタなんかだいきらい!!」
少女はそう叫ぶと、また走り出す。
流石にミモザも追いかけることが出来ず、少女の後ろ姿を黙って見送った。
とりあえず少女に嫌われた理由を考えてみるが、実際、初対面に近い彼女に、何故嫌われるのか。考えてもよく分からなかった。
自分の知らない所で、理由も分からず嫌われるのは面白くない。
ギブソンには放っておくのが一番だ、とアドバイスされたが、ミモザは 「待ち」 の嫌いな人間だったので、それから暫く少女を追い掛け回すことになる。
二人の追いかけっこは一週間ほど続いたが、終わりの頃には少女はミモザが大好きに変わっていた。



「ねぇ、ネスティ。貴方、トリスが何故 "ショートボブ" なのか考えたことある?」
「何ですか、突然」

確かにトリスはボブヘアーだ。
しかし、なんでそれが今の話と…

そこまで考えたネスティの思考が、ふと、止まる。
「まさか…」
ミモザはやっと気付いたネスティの鈍さに呆れながら、彼の肩をポン、と叩いた。
「そうよ。あの子は貴方がアタシを好きだと勘違いして…アタシの真似をすれば、貴方に好いてもらえる、って思ったのよ」




12歳のトリスは髪を切った。

女の子らしく伸ばしていた、その髪を。


たった一人のひとのために。




真っ赤になり、言葉が出てこないネスティ。
「キミが知らないだけで、トリスはちゃんと貴方を見ていたのよ?大きくなって忘れてしまったかも知れないけど…」
「でも…それは昔の話で…」
それでも肯定的に取れないネスティに、ミモザは考える。
「心配ないわよ。アタシの感では、そろそろトリスが帰ってくるから。ヤキモチに負けて、ね」
にやり、と笑うミモザ。
トリス達が出かけてから、まだ1時間もたっていない。
いつもなら4時間は余裕でかかる買い物好きのトリスが帰ってくるワケが………

タタタタタタタタタタタ……

バタバタと大きな音を鳴らし、駆けてくる足音。
「まさか…トリス?」
ネスティが立ち上がろうとした、その瞬間。
「ただいまっ!ネス!!」
ハアハアと息を切らしたトリスが彼の目の前に立っていた。
頬を赤く染め、だがニコニコと笑うトリス。

この顔のどこが嫉妬していると言うんだ?
たまたま早く帰ってきただけじゃないか、と、ネスティはミモザに目をやる――――が。
「あのね、あのね、ネス!いつもの通りにね、面白い店が出来てて…」
トリスが喋り出す。
まるでネスティとミモザが話すのを邪魔するかのように。
彼の視界に自分しか入らないように。
トリスの喋る勢いは止まらなかった。
そんなトリスの様子に呆気にとられるネスティへ、
「ご馳走サマ」
と、言い残し、ミモザは買い物を任された皆の元へ手伝いに出かけるのだった。

二人きりになると、先程の勢いは何処へやら。
トリスはぴたりと話すのを止め、言いにくそうにモゴモゴと口を動かした。
上目遣いで、ちらり、とネスティを見ては、目を合わせて俯く。
それを何度も繰り返すトリスが堪らなく愛しかった。
「何だ、さっきから…何か僕に言いたい事があるんじゃないのか?」
「うぅ…」
意地悪そうに微笑むネスティに、言葉を詰まらせるトリス。
この顔は、 「全部知っているけど言わせたい」 そういう顔だ。
悪戯がばれた時と同じ、その言葉に、トリスはますます言葉が出なくなる。

トリスだって、本当はこんなに早く帰ってくるつもりなどなかった。
ネスティが疲れている分、頑張って買い物を済ませておこう、と思っていたし。
でも。
絶対にない、そう思っていても。
トリスとて女である。
ミモザと二人きりのネスティを心配しないはずが無い。
例えそれが皆に 『絶対に心配無い』 と太鼓判を押されたとしても。
好きな人が、他の人と二人っきりなんて…
乙女心(笑)は複雑なのだ。

「昔、ミモザ先輩の事嫌いだったんだって?」
突然振られたネスティの言葉に、トリスはうろたえる。
案外、秘密なんて一番知られたくない人に限ってバレるものである。
「えっ!?な、な、何でその事、ネスが……!ま、まさか…?!」
「全部聞いた」
「嘘…」
「…この髪が誰のためか、というのも」
ネスティはトリスを抱き寄せ、その髪を手に絡めると、いとおしそうに口付けする。
トリスはくすぐったそうに身を捻るが、ネスティと目が合うと、幸せそうに微笑んだ。
…ネスティがそんなトリスに理性を保てたのはほんの数分。
彼女に内緒で、家の前にライザーを召喚し、見張らせているなどとトリスは夢にも思わなかった。




ネスに振り向いてほしかった。
いつでも気にかけていてほしかった。
だから、いたずらも沢山した。
叱ってでもあたしを見ていてほしかったから。

でも、馬鹿みたい。
そんなことしなくても、貴方は傍にいてくれたのに。

貴方の理想に近づこうとしたのに、
貴方が見てたのは、ずっとあたしだったなんて―――――





「あの…」
「何だ?」
「そろそろ皆が帰ってくると思うの…」
「…だから?」
「だからって…」
「…離れたいのか?」
「!!そんな事…!」
「じゃあ黙って…」
「あ…」





それからどうしたのかというと。
帰ってきた買い出し部隊を、申し訳なさそうに迎えるライザーに、
「アデュー、人間。次に会った時は、俺の知らないお前だな」
と言ったバルレルを、アメルが小突いたとか邪魔しに行かせたとか。(笑)



おしまい。