for SUMMON NIGHT 2 番外編護衛獣ED






護衛獣の朝は、早い。

何しろ、御主人様より一時間は早く起床し身支度を済ませ、朝食の準備に取り掛かからなければならない。
それだけならたいした時間は取られないのだが、何しろこの御主人様。
ちょっとやそっとの起こし方ではビクともせず惰眠を貪る、根性の入った寝入り方をしているお寝坊さんだった。
声をかけてから完全に覚醒するまでの時間を考えると、これがギリギリのラインなのだ。
そんな訳で、今日も今日とて、彼は隣でスヤスヤ眠る御主人様を起こさないよう注意を払い(注意も必要ないが)、一人、台所へ向かうのだった。





護衛獣のそんな一日。
  噂「裏」編<其の一>






押しかけ女房、いやさ押しかけ護衛獣(自称)こと、ネスティ・バスク、19歳。
召喚術集団蒼の派閥に属し、エリート街道まっしぐらに進む予定であった彼だが、何をどう間違えたのか、今や、同じ派閥内で落ちこぼれのレッテルを貼られていた妹弟子、トリス・クレスメントの護衛獣の座に納まっている。
人はそれを乱心、と言うが、当の本人は至って幸せなのだから、もうどうしようもない。
例え主であるトリス自身がその現状を認めていなかったとしても、だ。
主の方が立場の弱い、この主従逆転関係の裏には、まぁ、色々な秘密があったりなかったりするのだ。

さて。
朝食の準備を終え、ネスティはいつものようにトリスを起こす為部屋へと向かう。
案の定まだ夢の中にいるトリスの寝顔をしばし堪能すると、ネスティはコホン、と一つ咳払いをし、彼女の肩に手をかけ揺り起こした。
「・・・トリス、ほら、起きないか・・・・トリス!」
無論、そんな軽い起こし方で起きるほどトリスの神経はか細くない。んん、と眉間にシワを寄せ、寝返りを打つに止まった。
それでも初めの頃はネスティの罵声によって起こされたトリスだったが、最近の彼はそんな事はしない。
彼女にとって、最も恐ろしく且つ効果的な目覚まし法を編み出していたのだ。
「そうか・・・起きないのなら仕方ない」
嫌でも目覚めさせてやろう、と笑顔を向けると、ネスティはトリスの両頬にそっと手を添え、おもむろに唇を奪った。
触れるだけなんて生易しいものではない。思いっきり舌を割り入れ、深く、深く口付けが交わされる。
徐々にエスカレートしていくキスに、流石に眠っていたトリスの意識も現実へと引き戻される。
「・・・ん、あ・・・っん・・・ンんん??!」
パッチリと開けた目に映るのは、ネスティの顔。それも至近距離で。
トリスは一体自分に何が起きているのか理解しようと必死だったが、彼の濃厚な口付けに翻弄され、そのまま行為に流されてしまい、立ち直るまで少しばかり時間を要する事となった。
やっと唇を開放され、ふぁ、と息を吐くトリスをネスティは満足気に見下ろす。
「・・・オハヨウゴザイマス、御主人様」
ご気分は如何ですか?等と、いけしゃあしゃあと言ってのける性悪護衛獣をトリスは恨めしそうに見上げた。
「いいわけないでしょ!全く、毎日毎日こんな・・・っ、こ、こんな風に起こされる方の身にもなってよ!」
「御主人様を目覚めさせる最良の方法だと僕は思うが?それに・・・嫌なら自分できちんと起きれば問題ないだろう?」
「う、うぅ・・・」
「さぁ、分かったら早く支度を済ませろ。朝食の準備は出来ている」
「・・・はい・・・」
二の句が出なくなったトリスを確認し、ネスティは部屋を後にする。
トリスは大人しく着替えを始めるしかなかった。
何故なら、このまま二度寝などした日には、もっと恐ろしい事が待っているのだ。
「・・あ、朝からアレだけは避けたいわ・・・」
以前この後二度寝したトリスは、ネスティに「そんなに寝たいのなら僕も付き合おう」と、朝っぱらからナニをされたのである。 (ナニが何なのかは詳しく突っ込まないで頂きたいが)そんな訳で、その日、一日中ネスティとベットで濃厚な時間を過ごす事となったトリスは、それ以来二度寝はしない、と固く心に誓っていた。
大体、ネスティは護衛獣以外にもちゃんとした仕事を持っている。そんな事で遅刻や欠勤をさせた日には、ミモザなどから詳しく根掘り葉掘り聞き出されるのが目に見えているのだ。彼女の尋問をかわす知恵などトリスには無い。
よって、己の身を守る為、今日もトリスはしぶしぶ布団を這い出るのだった。


うう〜ん、と猫の如く思い切り背伸びをしつつ、トリスはテーブルにつく。
目の前にはグレープフルーツジュース。そして、チーズとトマトとベーコンのオムレツが挟まったパンと、マッシュポテトとグリーンサラダが、一つの皿に綺麗に盛られていた。
ゴクリ、と喉が鳴る。
目の前の心踊る光景に目を奪われていたトリスだが、ハッと我に返って、この朝食を作った料理人であるネスティの姿を探す。
ネスティはテーブルを挟んで彼女の目の前ににこやかに座っていた。どうやらトリスのその様子にご満悦らしい。
そんなネスティの視線に頬を紅く染め、トリスは「むぅ」と上目遣いに睨む。
その18歳とは思えない可愛らしい様子に、ネスティは "何かしたくなる衝動(心の暴走)" を鋼の理性で押さえ込み、咳払いと共にその妄想を押しやった。
「・・・冷めるぞ?」
「あ!うん・・・いっただっきま〜す!!」
こうしていつもと変わらない日常が今日も始まった。


「じゃ、僕は出かけるが・・・戸締りの方、しっかりしておくんだぞ?」
「は〜い、いってらっしゃい、ネス」
この一見新婚さんのような会話をしている二人だが、別に夫婦という訳ではない。
しかもややこしい事に認識は人それぞれ異なった。
トリスは単なる同居人だと語り、ネスティは(たてまえ上)主と護衛獣だと言うし、二人を知る仲間等からは、もはや結婚一歩手前の同棲だと聞かされる。
真実はこの際置いておいて、傍から見れば間違いなく若い夫婦に見えたりする二人だった。

あの戦いの後サイジェントから戻ると、二人には派閥から新しい仕事と家が用意されていた。
仕事内容は、まぁギブソンやミモザと同じなのだが、今は特に指令もないためトリスは戦いで疲れきった身体を休めていた。ネスティには派閥の講師という仕事が与えられたのだが、トリスが旅立つ際にすぐに対応出来るよう、臨時講師という立場に収まった。
あくまでも自分はトリスの護衛獣なのだ、と言って。
そんな訳で、今現在はネスティが仕事に出て行き、トリスは家に一人お留守番である。
傍から見たら夫婦に見えてもそれは仕方の無い事で。
しかもまずい事に、ここは高級住宅街で。
ご近所の奥様方の井戸端会議の話題は、目下、引っ越してきたこの謎に満ちた若い夫婦で持ちきりだった。

奥様A: 「・・・奥様、聞きました?例の若い夫婦のお話」
奥様B: 「まぁ、何ですの?」
奥様A: 「ええ・・・聞いた話なんですけど・・・何でもあの二人、ご夫婦では無いって話ですのよ!」
奥様C: 「あら、その話なら私も聞きましたわ!あの女の子の方に尋ねた方が仰ってましたわ。夫婦なんかじゃない、と笑い飛ばされたそうですの」
奥様B: 「まぁ・・・じゃあ一体お二人はどんなご関係なのかしら・・・?」
奥様D: 「ワタクシ、知っていますわ・・・でもこれは他言するべきものかどうか・・」
奥様C: 「何ですの、仰って下さいな!」
奥様D: 「・・・ワタクシも聞いた話なのですが・・・・」
奥様ABC: ゴクリ×3
奥様D: 「男の方に同じ事を尋ねたら、"僕は夫じゃないんです。彼女が僕の主で、僕はその護衛獣なんですよ"とお答えになったらしいの」
奥様ABC: 「護衛獣って何ですの?」
奥様D: 「尋ねられた方も意味が分からなくてそう聞き返したらしいんです。すると彼の方は困ったように首をかしげ、考え込んだそうなんです。そして・・・」
奥様B: 「そして?」
奥様D: 「・・・近くを通った散歩中の奥様とワンちゃんを指して、"判り易く言うとあのような関係ですね" と爽やかに語ったそうなんです!!」
奥様ABC: 「!?ペ、ペット!!
奥様D: 「お、恐ろしいですの、ワタクシ。あんな純情そうな顔をして、あの女の子が彼の飼い主だなんて・・・!」
奥様B: 「待って下さいな。彼女、お仕事されていらっしゃらないわ。ペットが稼いでくるだなんて話、聞いた事ありませんもの」
奥様C: 「そう言えば・・・」
奥様A: 「あら、そんな事は簡単だわ。彼がお仕事に行くのを主に対する"奉仕"と考えれば・・・」
奥様D: 「・・・彼女が"ご褒美"を、と・・?」
奥様B: 「ご、ご褒美って、何ですの・・?」
奥様A: 「いやぁね、御褒美といえばアレしかないでしょう?夜よ、夜。」
奥様D: 「夜のおつとめ、って訳ですわね…」
奥様A: 「上手いわね、ソレ」


無論だが。
彼としては"護衛獣"の意味するところを、一般の人間にも判り易くするため「番犬」「忠実なるシモベ」に置き換えて犬を指したらしかった。
だがそれがかえって裏目に出てしまったなどとは露ほども知らないネスティ。
二人のご近所の噂はまだまだ真実を飛び越え、進んでいくのだった。

02.5.24 HAL