for SUMMON NIGHT 2 番外編護衛獣ED




護衛獣のそんな一日。
  噂「裏」編<其の三>






「お風呂くらい一人で入れるってば!んもう、離して!降ろして!!」
ジタバタと暴れるトリスに、ネスティは冷ややかな視線を投げかける。
「大体、君は風呂が短すぎる。いくら早風呂でも10分はないだろう?それでは烏の行水だ」
「そ、そんなの、ネスには関係ないでしょ?ちゃんときれいに洗ってるんだし!!」
「どうだかな」
「なっ・・・洗ってない、とでも言いたいワケ?!」
憤慨するトリスに構わず、ネスティは続ける。
「分かった。ちゃんとかどうか確認しよう」

・・・は?
いま、何と言いました?

トリスは頭の中でネスティの台詞を反芻する。
その言葉の意味するところと彼の真意を。
「ちょ・・・っ、ネス、まさか本気!?じょ、冗談だよね?!」
「僕が冗談を言うように見えるか?」
「いえ、見えません」と言いたいところだが、それを口にすれば負け確定である。
お姫様抱っこで身動きのままならない自分の儚い運命。
「御主人様を磨き上げるのも、僕の務めですから」
しれっと言いのけるネスティに、トリスは全身を震え上がらせ、声にならない悲鳴を上げた。






トリスの抗議もサラリとかわす、慇懃無礼な護衛獣、ネスティ・バスク19歳。
さっきまでほろ酔い加減だったトリスの頭の中も、今では恐ろしいほどスッキリと晴れ渡っていた。
肌が触れ合うような事実が無かったのかといえば確かに嘘になるが、風呂となると話は別である。
ネスティの今までの所業を考えると、単に"風呂に入ってハイオシマイ"とは言い難い。
何をされるか、と考えると、様々な妄想が浮かんでは消え、また浮かぶ。
一般的に言えば、ネスティはトリスよりもはるかに常識人だし、理知的でお堅い人種である。
だが・・・護衛獣となってからの彼は、それまでとはちょっと様子が違った。
その恐ろしくキレル頭を、別な方向に使い始めたのだ。
元より、他人をその論理で言い負かすのが得意なネスティに口で敵う筈もなく、結局は彼のいいように篭絡させられてしまうトリス。
そのうち身も心も支配され、彼無しでは生きていけないようになるのではないか、という不安がいつもあった。

ネスティに見放されて困るのは、実は自分で。
彼を繋ぎ止めるためなら何でもしよう、という想いがあるのも、また、事実で。
そんな醜い心を知られたくなくて、つい、距離を置いている自分がいて。
トリスの頭の中はぐちゃぐちゃだった。

(でもね、これそれとは別物なのよぉ〜〜〜 っっ!!)

結局ネスティに風呂場まで運ばれ、トリスは脱衣所で顔を真っ赤にしながらネスティを睨み付けた。
トリスとて、彼の行為を完全には拒絶出来ないのだ。
なあなあにしてきた関係ゆえに言い出せなくなってしまっただけで、彼への想いが、他の人間に対してのそれと明らかに違うことにとっくの昔から気付いて気付かぬ振りをしてきたのだから。
「・・・ねぇ、本気の本気で一緒に入るの・・・?」
「・・いかなる時も主と一緒に。これが僕の持論だ」
そんな腰の抜けそうな甘ったるい台詞、どこで覚えてきたんだろう、と、トリスはある意味感心して聞いていた。
そうやってふざけた思考で誤魔化したとしても、やはり顔が紅くなるのは止められないもので、ネスティはそんな彼女に満足気に微笑む。
「・・・こんな状況でそんな殺し文句言われても・・・」
ぶちぶちと呟くトリスの言葉を聞こえない振りして、ネスティは彼女の服に手をかけ始める。
「っ・・・?!ま、たんま、たんま、ネス、まっ、自分で、自分で脱ぐか・・・・ひゃ・・ンっ!!」
「・・・そんな声を出すな。脱がないと入れないだろう?」
あやす様な、囁くような響き。
ちらりと見上げた先に映るのは、なんとも言えない曖昧な笑顔。
また、だ。
罠に嵌るのを遠くで眺めている蜘蛛のような、そんな感じさえ受ける態度。
この人を喰った様なネスティの態度に、トリスは何とか抵抗のては無いかと考える。
「ねぇ、ネス・・・一つだけお願いがあるんだけど・・・?」




「・・・はぁ〜っ、気持ちい〜・・・・」
トリスは満面の笑顔で背を伸ばす。
伸ばした腕がお湯を跳ね、傍にいた人間の頬に当たった。
「あ、ごめん」
「・・・・・」
「ネス、怒ってる・・・?」
「・・・別に」
言葉少なげに返すネスティ。その表情はどこか不貞腐れている様に見えなくも無い。
だが、やっぱり怒ってるじゃない、とは流石に言えないトリス。
なぜなら、ネスティはお湯をかけられて怒っているのではなく――――――――
「・・・だって、あたしだって、その・・・色々と恥ずかしいんだよ・・?」
トリスは俯き、自分の身体に視線を落とす。
湯船の中で上気するその身体には、セパレートタイプの水着が身に着けられていた。
(ちなみにネスティも裸ではない。袖とボタンの無い白の丈長のシャツに、腿までの短いズボンを着用している。)
年齢の割には強弱の乏しい自分の身体に、少なからずコンプレックスを抱くトリス。
いくら身も心も許しあった仲だとしても、それを日の光にさらす真似は出来ず、何とか水着着用まで漕ぎ着けたのである。
それでも二人でお風呂などという状況には慣れず、ネスティと湯船に浸かりながら、緊張でいつになく多弁なトリスだった。
「・・・・ク、ククク・・」
そんなトリスの様子に、ネスティは堪えきれず苦笑する。
「むぅ〜。なによぉ、その笑いは・・・」
「いや、悪い。君がそんなに気にしているとは思わなくて」
「また馬鹿にして・・・」
ネスティは単に、あまりに緊張するトリスの様子が可笑しくて、でも、それを表に出してしまえば、この可愛い妹弟子の怒りを買う為、何とか笑いを堪えようと無口になっていたのだ。
ネスティはようやく笑いを堪え、むくれるトリスの髪へと手を伸ばす。
「・・・僕が洗っても、いいか?」
「・・・・・・うん・・・」
そっと髪に触れられ、更に身体の温度が上昇するような気分だった。
二人で入るにはやや狭い湯船で、それでも、肌が触れないように身を縮めていたトリス。
急に近くなった二人の距離に困惑しながらも、その申し出に柔らかく微笑んだ。

眼を閉じると、彼の指先だけを感じる。
繊細な指がトリスの髪を泡で包み込む。

「ネスってシャンプー上手だよね・・・」
「そうか?」
「うん。いつだったかな・・・昔、洗ってもらった時もそう思った。気持ちいいなぁ、って」
「・・・ほら、湯をかけるから口を閉じろ」
「はぁ〜い」
すっきりと洗われ、トリートメントまでしてもらったトリス。
だが。
その後ネスティが手にした物を目にし、それまでの高揚感もどこへやら。幸せ気分も一変パァに吹っ飛んでしまう。
「な、ちょっと・・・それ、何・・・・?」
ネスティは身体を洗うスポンジにボディ用ソープをつけ、泡立てながら微笑んだ。
「何、って・・・御主人様のお身体をお流しするんだが。それが何か?」

お身体を・・・・今、なんて言った?
今なんて言いましたの、兄弟子様?!

トリスはさほど広くない洗い場の中、慌てて隅に寄る。
「!?んな、っ、ななななな・・・何よ、ソレ!!いい!いらないですご遠慮します謹んで!!」
後ずさるトリスにゆっくり近付くネスティは、まるで獲物を捕らえた獣のようで。
からかう様に、彼女の真っ赤になった頬に手をあてる。
「いい、と了解したのは君だ」
「言ってないわよ!それは髪の話でしょう?!」
「・・・・僕は一言も髪とは言っていない筈だが?」
「へっ・・・?」
「"僕が洗ってもいいか?"と聞いたら、君は"うん"と答えた。・・・違うか?」
「――――――――」

大体。
この計算高い兄弟子がトリスの反撃を黙って受けるはずが無かったのだ。
一手も二手も先を読んで行動する、この陰険なまでの護衛獣の行動に、トリスがついていける筈もなく。
彼女に残された選択肢は、
「せめて前だけは死守しよう」
という、何とも消極的なものだけであった。






「こら、身体が冷えるぞ?ちゃんと肩まで浸かって100、数えるんだ」
「・・・ネス、お父さんみたい・・・」
綺麗に洗った(洗われた?)身体を、湯に浸す。
勿論ネスティとご一緒だ。
身体まで洗われ、最早、抵抗する気力も失せたトリスは、促されるまま数字のカウントを始める。
それでも、向かい合う恥ずかしさは消えず、トリスは足を抱えて胸を隠した。
水着を着ていても、好きな人の視線がそこにくるのはやっぱり恥ずかしい、そんな乙女心。
だが、ネスティにはそんな彼女のコンプレックスを可愛いと思いながらも、自分だけには全て曝け出して欲しい、そんな独占欲のような想いもあった。
「別に僕はそんな事は構わないんだが・・・」
ネスティはそこまで言って閉口すると、一瞬の間を置き、にやりと笑う。
彼のこういう笑顔は性質が悪い。いつも何かを含んでいるのだ。
何だか背筋におぞましいモノが走る、そんな感覚に、トリスは身体を強張らせた。

「御主人様がそうまで気に病んでいらっしゃるものを放っておく訳にもいきませんね?・・・僕が協力致しましょう」

はぁ?という疑問の言葉も空しく、トリスはその身を強く引き寄せられ、後ろからネスティに抱え込まれる姿勢をとらされる。
後ろから羽交い絞めするように、両方の腋下から腕を潜らせ、ネスティはその掌でトリスの胸をすっぽりと包み込んだ。
その大きな手がお湯の中でゆっくりと、リズミカルに動き始める。
「・・っ!ちょ、な、何するのよ、ネ・・・・・っン!!」
円を描くように、また、強弱をつけて、トリスの小ぶりな膨らみを刺激するネスティ。
ネスティとお風呂、というだけでいっぱいいっぱいなトリスの頭の中は、その事実に更に頭を真っ白にした。
羞恥と愛情と快楽と。
様々な感情に支配される中、麻痺していく思考をなんとか踏み留め、トリスは言葉を発した。
「やだってば、お風呂の中でまで、こん、な・・・!や、やぁあっ!」
「マッサージは血行がいい方が効果的なんだ」
「そ、んなこと言って、ちがうとこまで触っ・・・・」
「それは、まぁ、ご褒美、ということで、だ」
「なにがマッサージよぉ・・・卑怯モ・・・・・は、やっ・・!!」
マッサージと称しながらも、時折、その指先が胸の頂きに触れてしまうのは、まぁ、仕方のない事で。
それでもって、首筋やら鎖骨やらあまつさえ胸に花咲くピンクの蕾にネスティの唇が舌が伸ばされるのも、まあ、しょうがない事なのかも知れない。
何故なら、彼の行動は元より「確信犯」的行動であるからして。
こうなることも全て計算の上で、なのだから。
いつの間にか外された水着の存在に気付く余裕も無く、トリスは今日も彼に翻弄されるのであった。

・・・あった、はずだったのだが。

突如、ネスティの執拗なまでの攻撃?の手が止まる。
「・・・?」

不思議に思って振り返った先には、のぼせて意識を失う彼の姿があった。

「!!っきゃあ!ね、ネス?!」
そりゃ、あれだけお湯の中でいちゃいちゃベタベタしていたら、流石のネスティさんも我を忘れるってもんで。
身体を温める所か、熱でオーバーヒートしてしまった彼の身体。
何とかネスティを湯船から引きずり出してはみたものの、トリスは彼に色々された事もアリ、身体から力が抜け落ちていた。
こんな時、何から何まで裏目に出る。
(ネスティの)日頃の行いが悪いせいかはこの際置いておいて、トリスは何とか脱衣所まで這っていき、棚の中の灰色の石をその手にとった。
「・・・・・・・ゴレム、お願い!!」
こうして召喚されたゴレムは、ネスティとトリスの二人をベッドまで運び、その役を終え、自分の世界へと送還された。

間抜けといえば間抜け。
へタレといえばへタレ。

そんなこんなで、今日も二人の夜は更けていくのであった。



本日の教訓。
お風呂もいちゃいちゃもほどほどに、である。














そうそう。
言い忘れていたが。
リィンバウムには換気扇などない。
その為、風呂に窓がついているのは当たり前だし、また、湯気で視界が塞がれないよう窓を開けているのも当然の事で。
二人がその事実をすぱーんと忘れていたとしても、事が起こってからでは時既に遅し、というやつである。
ゆえに、二人のやり取りの一部始終が外に丸聞こえだったとしても、それはもう、取り返しがつかない訳で。
二人は「お風呂もご一緒」などという説が(いや、事実か)、ご近所の奥様達の噂になっても、それはしょうがなかったりする。


奥様A: 「奥様、昨日、聞かれました?その・・・バスクさん、お風呂でお倒れになった、とか・・・」
奥様B: 「わ、わたくし、ちょ、丁度お散歩の途中で、その・・・」
奥様C: 「わ、わたくしも外で夕涼みなど・・・オホホホ・・」
奥様D: 「・・・・き、効くんでしょうか、豊胸マッサージ・・・?」
奥様E: 「・・・彼女の胸の大きさに、今後、注目ですわね、皆様」






本日の教訓「2」。
壁に耳あり、障子に目あり。




仲良きことは素晴しきかな。



02.6.5 HAL