for SUMMON NIGHT 2 番外編護衛獣ED




 護衛獣のそんな一日。
  噂「裏」編<其の二>






ネスティがトリスに見送られて出勤するいつもの風景。
高級住宅街の一角にある屋敷から蒼の派閥へと向かうその光景は、二人が越してからほぼ毎日繰返されていた。
初めはあまりの若さに周囲に奇異な目で見られていた二人だが、いまやそれは好奇心へと変わっている。
・・・いい方向かどうかは置いておいて。
人見知りの激しいネスティも悪意の無い相手には挨拶くらいはするもので。
彼の社交辞令の微笑みに、ご近所の奥様達は密かに「ネスティさんファンクラブ」なるものまで作るほど打ちのめされていた。




ご近所に笑顔を振りまくマダムキラー(フォルテ命名)こと我らが護衛獣、ネスティ・バスク19歳。
彼の有能振りはあえて語ることも無いが、そのミステリアスな私生活から、派閥の生徒に多大なカリスマ的支持を受けていた。
派閥の生徒は年齢と個人の能力によってクラス編成がされている。
初等部は9歳まで、中等部は10歳から15歳まで、そして高等部は16歳以上。高等部以上の生徒は見習い召喚師とされているが、優秀であれば年齢に関係無く飛び級も可能で、実際、ネスティは11歳で見習い召喚師の試験に合格し、15歳を迎える前に召喚師となっていた。
異例の速さで昇進を続けてきたネスティだが、本人はただ、トリスを守りたい一身で純粋に強さを目指していたのだということを付け加えておこう。
そんな彼の受け持ちは中等部の初歩クラスである。
時によっては中等部の上級生の授業もみることはあったが、主に初歩クラスで召喚術概論を教えていた。
彼が教鞭を振る姿をトリスは是非見たいと言ったが、それはネスティきつく禁じられた。流石に約束破りの彼女でも、見つかった時のお仕置きを考えると、諦めざるを得ない。
ネスティの授業は厳しかったが大変分かりやすいと生徒には評判で、受け持ち以外の生徒が紛れ込むこともしばしばだったが、熱心な者を排除する理由もなく、彼もあえて注意はしていなかった。
受け持ち生徒からは鬼教官、それ以外の生徒からはネスティ様と影で呼ばれている事など、彼は知る由もなかったが。
さて。
ネスティが仕事を終えいつもの様に帰路についた頃。
(思ったより遅くなったな・・・トリスのやつ空腹で騒いでいなければいいが・・・)
夕食を遅らせまいとする、護衛獣ネスティ。
その言動はもはや単に過保護な男親になっていた。
そんな彼の後をいくつかの影が追う。
その日はいつもより帰宅時間が遅れたため、ネスティは急いで帰るあまりに周囲に鈍感になっていたのだろう。
追跡の気配に気付かず、ネスティは黙々と歩いていた。

男子生徒A: 「・・・ねぇ、本当にあとをつけるの・・・?」
男子生徒B: 「今さら何言ってんだよ、お前だって気になるっていってたじゃねーか!」
男子生徒A: 「そりゃ、気にならないとは言わないけどさ・・・尾行っていうのは良くないと思うよ?直接聞けば・・・」
男子生徒B: 「馬鹿、お前、まともに聞いてあの鬼教官が本当の事を言うと思うか?軽くあしらわれて終わりだゼ」
女子生徒C: 「・・・そうよ、ネスティ様が同棲してるという噂、本当かどうか真実はこの目で確かめなければ!!」
男子生徒AB: 「うわ!」
女子生徒D: 「ギブソン先輩は笑って誤魔化すし、ミモザ先輩に至っては・・・っ、お話になりませんもの!!」
男子生徒B: 「な、な、何だよお前ら・・・上級生じゃねーかよ。あんたらには関係無いだろ」
女子生徒C: 「関係無いですって?!フン、これだからガキは嫌なのよ」
男子生徒B: 「・・・んだと・・・?」
男子生徒A: 「わ、わ、わ、待ってよ、喧嘩は駄目だって!落ち着いてよ、みんな!」
女子生徒D: 「ネスティ様は皆のアイドル・・・私達が真実を知らせなければいけないですわ!これは私達の使命です!!」
男子生徒AB: 「は、はぁ?」
女子生徒E: 「私・・・実はもっと恐ろしい噂を耳にしたのですが・・・その・・・母とお友達のお話を偶然耳にして・・・」
女子生徒C: 「まぁ、一体何ですの?」
女子生徒E: 「・・・その・・・一緒に暮らしている女性、実はネスティ先生の"御主人様"で、先生はその人の"ペット"だって ・・・!!」

一同: 「ペ、ペ、ペペペペペ、ペットぉ!!!?

男子生徒A: 「・・・それなら僕も似たような話を聞いたけど・・・」
男子生徒B: 「ま、まだなんかあるのかよ・・?」
男子生徒A: 「・・先生、その人がいないと "生きていけない身体" にされた、って・・・」
一同: 「!!
女子生徒C: 「そ、そんな・・・・ネスティ様が・・・私達のネスティ様が・・・他の女の虜だなんて・・」
男子生徒B: 「・・っ、俺、信じらんねぇ!!直接、ネスティ先生に確かめてくる・・・・っ!!」

余談だが。
"生きていけない身体"とは主と護衛獣の関係を指しての事だろうが、所詮、人の噂である。
真実が正確に伝わるなどありえない訳で。
多少事実が脚色されて、このような形になって広がったのだと思われるが・・・噂など、いい加減なものである。
さて。己の存在が物議をかもしだしているとも知らず、ネスティはただひたすら家路を急いでいた。
目指すは御主人様の待つ我が家である。
しかし、彼は玄関の入り口で丸くなる物体を見つけ、顔を青ざめた。
「・・・っ、な、どうしたんだ!?」
「・・んみゅ・・・はれ、ネス・・・・・・ンふふ〜、おかえりなさぁ〜い!」
丸いモノの正体はトリスであった。
驚きに目を丸くするネスティに、トリスは嬉しそうに目を細め、ぎゅっと抱きつく。
そんな様子に動じたのはデバガメの生徒達だけで、ネスティは至って平然とソレを受け止めた。
小難しい顔になったかと思うと、彼は顔をトリスの唇に近寄せる。
「・・・・・・飲んだな・・・・」
クンクンと匂いを嗅ぎ、溜息をつくネスティ。
見ている方はキスでもするのかと全身を硬直させていたが、どうやら早とちりであったことに気付き、ホッと緊張を解いた。
「むぅ・・・ネスがおそいから、むかえにきたのにぃ・・・」
「ハイハイ、僕が悪かったです、御主人様。分かったから家に入ろうな」
「えへへ・・・はぁい」
ネスティは酔っ払いのトリスを肩で背負うように抱きかかえ、家へと入っていく。
そんな二人の様子を遠巻きに見ていたのは、何も、生徒達だけではない。
高級住宅街の奥様方の井戸端会議。
今や二人の言動はこの界隈で逐一チェックされている徹底振りだ。その彼女等が見逃す筈も無かった。

奥様A: 「バスクさん、あの抱え方は色気が無さ過ぎるわ・・・もっと、こうお姫様抱っことかしたら宜しいのに・・・」
奥様B: 「ワタクシなんてあそこで接吻するのでは、と、邪推してしまいましたわ・・・」
奥様A: 「まぁ!奥様もですの!お恥ずかしながら、ワタクシも一瞬、期待してしまいましたわ」
奥様C: 「でも、今日はもっといいお話が聞けたじゃないですの、皆様」
奥様B: 「ええ・・・トリスさんがとても可愛らしい方と判りましたし」
奥様D: 「それは勿論ですが・・・奥様も見ましたでしょ、あの首輪
奥様A: 「・・・ええ、勿論ですわ!あれを見逃してなるものですか!!」
奥様C: 「やっぱりバスクさんがペットというお話は、本当でしたのね」
奥様B: 「そんなご趣味があるようには見えませんですのに・・・」
奥様D: 「人は見かけによらない、ということですわね・・・」
奥様A: 「ああ、ワタクシ、もう今日は興奮して眠れないですわ!!」
奥様C: 「ワタクシも今は毎日が楽しくって・・・お話に花があるって、良い事ですわね」

マダム達の楽しそうな笑い声が響く中、そんな裏話をまともに聞いてしまった少年少女達。
彼らは言葉も無く、終始無言でその場を後にした。

知ってはいけない、大人の世界。
彼らにはまだまだ刺激が強すぎるようであった。





一方、渦中の二人はというと。
「・・・今日、帰りがてら挨拶された近所の人達の視線が、どうも不自然だったんだが・・・トリス、また何かやらかしていないだろうな?」
「んー?・・・別に・・・ただ皆で遊びに来てくれて、お話しただけだよ〜?楽しかったし。ネスの気のせいじゃない?」
酔いも醒めた頃、トリスは居間のソファーに横になり、くつろいだ時間を過ごしていた。
ただそのくつろぎ方というのが、ネスティの膝枕で、というものだが。
特に抵抗も無く二人はそんな状況を受け入れている。なのにそれ以上進展しないのは二人が呑気すぎるのだと、仲間達は口を揃えて語っていた。
「そうか・・・そうだな、まぁそれは置いておこう。・・・・・トリス」
「ん?」
「だからといって、ちょっと飲みすぎかと僕は思うが?」
途端に声のトーンが変わる。
トリスの背筋に冷たいものが走った。
見上げた先には笑顔の護衛獣。
(マズイ、これは絶対怒ってる・・・っ!)
いっぺんに全神経が活性化する。この危機的状況に五感全てが開く。
しかし、ネスティにはそんな御主人様の行動・心理などお見通しで、逃げようと動き出す前に、トリスはがっちりと肩を掴まれた。
「目を覚ましてやろう」
「は、はいぃ!?」
ネスティはお姫様抱っこでトリスを抱え上げると、居間を後にする。
どこに向かっているのかは分からないが、己にとって非常にマズイ状況である事を本能的に察知するトリス。
だが察知した所でどうしようもない。
どうしようもない、というより、知るのが怖い。
トリスは万遍なく冷や汗をかきつつ、鼻歌でも歌い出しそうなネスティを見上げた。
「つ、つかぬ事をお訊きしますが・・・・あたしはこれからどうなるのかなぁ、なんて・・・」
「・・・・・どうして欲しい?御主人様」
トリスの問いに、ネスティは満面の笑みで答える。
それは、"訊かなきゃ良かった"と後悔する程強烈に、トリスの身体を硬直させた。

ネスティがまっすぐ足を運んでいるその先。
そこが"浴室"であることにトリスが気付くまで、そう、時間はかからなかった。

02.5.26 HAL