無限回廊での出来事。
それは各々が心の闇――――弱い部分と向かい合い、乗り越える大きな試練となった・・・筈だったのだが。
一部の人間はどうやら明後日なことを考えていた事が判明した。
トリスがネスティの"望む夢"の中に入ってしまったことで。
二人の関係は微妙に変わっていく。




きみとふたりで
for SUMMON NIGHT2







「おいおい、どーしたってんだ、おメエら?」

無限回廊から戻った仲間達を出迎えたフォルテは開口一番、そう叫んだ。
それも無理はない。
皆、怪我こそしてはいないが、疲労の色をたっぷりと顔に浮かべている。
無論、この疲労とは肉体的なものより精神的なものの色合いが濃い。
明らかにいつもとは違う皆の様子に、同じく留守番組だったケイナが声をかけた。
「一体何があったの?ねぇ・・」
「それは後であたしがお話します。他の皆さんはとっても疲れているので、先に休ませてあげて下さい」
「・・・あ、ええ・・・・分かったわ、アメル」
ぞろぞろと会話も無く、無言のまま各々の部屋へ消えていくメンバーを、呆気に取られながら見送るフォルテとケイナ。
いつもは着かず離れずの距離にいるトリスとネスティの二人すら、何処と無くぎこちない。
鋭い人間でなくとも「何かあったな?」と勘ぐるその雰囲気に、フォルテとケイナもその真相を知りたくてすぐさまアメルに迫った。
しかし、アメルから聞かされた話の内容は、期待に胸を膨らませていた二人の心を満足させる程のものではなく、肩を落とす。
「望む夢を見せる夢魔の花、ねぇ・・・」
何故かガックリしている二人を不思議に思いながらも、アメルは説明を続けた。
「ええ。・・・でも、ロッカとユエルちゃんとネスティさんだけが中々目覚めなかったので、トリス達に彼らの夢の中へ入って起こしに行ってもらったんです」
「え?夢に入ったの?」
「はい」
ギョッとするケイナに、アメルは平然と答える。
何故ケイナが驚くのか分からない、という顔をして。
「・・オイオイ、それであいつらの様子が変だったんじゃねーのか?」
「そうよ、きっと!やっぱり何かあるとは思ったけど・・・夢ねぇ・・・」
意気揚々と話し出す二人の会話の内容も、アメルにはさっぱり把握できない。
「あの・・・お二人は一体何を・・?」
「分からない?アメル。夢魔が見せたのって、その人の"願望"なんでしょう?」
「はぁ」
「その望む夢の中に・・まぁ限定して言わせてもらうと、ネスティの夢の中にトリスが入って見ちゃったのよ?彼の願望を」
ケイナにそう言われて暫く考え込んでいたアメルが、突如、ハッと頬を染める。
見る見るうちに、林檎も驚くほど真っ赤になるアメル。
「そ、そ、そ、それじゃあもしネスティさんが"あんな夢"や"こんな夢"を見ていたとしたら・・・・!」
紅い顔でブツブツ言いながら、一人、きゃあきゃあ騒ぐアメルの姿に流石のフォルテもたじろぐが、コホン、と一つ咳払いをし、己の予想を彼女らに突きつけた。
「俺のカンじゃ間違いねぇ。あいつら絶対何かあったな」
ビシリ、と言い切るフォルテにケイナは呆れながらも、あながち外れてはいないだろう、と、更に詳しい状況をアメルから聞きだすのであった―――――





一方。
当事者であるトリスは疲れているのに眠れない、という事態に陥っていた。
言うなれば興奮状態、だ。
目を閉じれば"あの時"の事が浮かんで、その考えが頭から離れない。
何度も頭を振っても、振り払っても、すぐにあの時のネスティの表情が、声が、耳元をよぎる。
幻聴のように。
それは甘い媚薬のように、トリスの心を麻痺させる。

"君が僕を変えてしまった"
"僕は君のことを守りたい"
"君のこと だけ を守りたいんだ"

「・・・・って・・・・・・・・きゃあああぁぁ〜〜〜〜っっ!!」
頭から布団を被り、両耳を塞いでジタバタ暴れるトリス。
顔から火が出るとはまさにこの事をいうのだろうか、という程に、自分の顔が熱く、火照っているのが分かる。
(あたしってば、あたしってば・・・何て夢を見ちゃうのよ〜〜〜〜っっ!!)
だが。布団の中でジタバタもがいていたトリスの身体が、突如、その動きを止める。
冷静になって自分の考えをまとめるかのように。
そして今にも消え入りそうな声でポツリと呟いた。
「・・あれじゃまるで、ネスに"そうされたい"みたいじゃない・・・・」

「・・・僕がどうしたって?」

「!!?!」
今度は夢ではない。
聞き覚えのある声が近くにあり、トリスは慌ててガバリと飛び起きた。
「ん、ね、ねっ、ネ、ネス!!?」
トリスのそのあまりの慌てように、ネスティの仏頂面がますます強くなる。
腕組みし、鼻で「フン」と冷ややかに笑う。
「そうまで驚くという事は、何か僕に"うしろめたい事"があると取るべきなんだろうな」
うしろめたいはうしろめたいが、おそらく、ネスティの考えているのとは全く逆のモノであろう。
しどろもどろになりながらトリスがやっとまともに口に出来た言葉は、「ノックも無しに女の子の部屋に入ってくるなんて失礼よ」というモノだった。
「自分はいつも"ノックくらいしろ、この粗忽者!"とかいうクセに」
むぅ、と不満げに睨むトリスの仕草に心を奪われそうになったネスティ。だが、何とか堪え、その動揺を隠すためか、いつもの様に悪態をつく。
「僕はノックはした。・・・が、返事は無い、中から悲鳴は聞こえてくる・・・で、心配して中に入ったんだが。何かご不満でも?」
「ううっ・・・」
言い返せば益々悪化するであろう己の窮状に、トリスはもう閉口する他なかった。
トリスが俯き、口を閉ざすと、急に部屋が静寂に包まれたような錯覚を受ける。
ネスティも何も言わない。
いつもなら全く気にならないこのような状況も、今日の出来事のためか、やけに緊張し、トリスの心臓はその鼓動が聞こえるのではないかという位、激しく打ち響いた。
無論それはトリスに限った事ではない。
ネスティとて同じだ。
互いに自分の夢には相手が出てきているのだ。気にならない筈が無い。

互いに望む夢の中にはお互いがいて。
互いにその存在を求め合っていた。

(それにしてもネスにあの夢のこと、バレなくて良かった。・・・もしあんな夢がネスにばれちゃったら、あたし、恥ずかしくて死んじゃうよぉ・・・!!)
再び夢の内容を思い出したトリスがワタワタし始めたため、その様子にネスティが心配し、手を伸ばそうとした。
が。
「トリス、大丈夫か―――― 」
「!?っ、きゃっ!」
後ずさりして勢いよく離れるトリスに、ネスティは伸ばしたその手をスッと戻して握り締める。
「・・・すまなかった、トリス・・・・」
低く、そう呟くと、彼は踵を返し、扉へと向かう。
ドアノブに手をかけた時、まだ状況が把握出来ていないトリスへ、背を向けたままの姿勢でネスティが言った。
「今日の・・・あの夢の事は忘れて欲しい。お互いにそうした方がいいだろう」
パタリ、と静かに閉まるドア。
一人、部屋に取り残されたトリスは、その言葉の意味にハッとする。
ネスティはその夢を当事者であるトリス自身に見られてしまった。
彼はトリスの見た夢を知らないのだから、自分の想いを一方的に相手に見られた、という事になる。要するに、片思いを強制的に相手に伝えられてしまった状態だ。
「あたし・・・自分の事しか考えてなかった・・・・っ!!」
平静を装っていたネスティの辛い気持ちも考えず、自分の事ばかりで頭が回らず、あげく、心配してくれた彼を傷つけてしまった。

(さっきのネスの顔・・・・あたし、どうしよう・・・!!)

そんな、今にも泣き出しそうなトリスの耳に、能天気な声が飛び込んだ。
「トリス〜、起きてる?ミモザお姉様よ〜」
軽いノックの後開かれた扉からミモザが現れた。
しかし、ミモザは中のトリスの様子にその笑顔を反転、一気に驚きの表情へと変える。
「ど、どうしたワケ?その顔は」
「う・・・ミモザ先パ〜〜〜イっ!!」
涙と鼻で顔をぐちゃぐちゃにしたトリスは、それだけ言うのが精一杯だった。



「成る程ね・・・それで彼を傷つけてしまった、って訳ね」
コクリと頷くトリス。
トリスは界の狭間で起った今日の事件を一部始終、残さずミモザに話した。
恥ずかしい、と隠してしまった事でネスティを傷つけてしまったから。
「それにしてもネスティって、意外に乙女チックな夢を見るのね・・・」
その台詞に、ピクリ、と反応するトリス。
何かを思い出したかのようにブツブツと独り言を始める。
「そうよ、ネスってばあんなニセモノをにデレデレしちゃって・・・大体あの不甲斐無さは何よ!すぐにニセモノだって気付いてくれたっていいじゃないの!それに・・・・・」
頭に怒りマークのついていそうな勢いのトリスに、流石のミモザもたじろぐ。
次第にエスカレートしていくトリスにミモザはふぅ、と一つ溜息をつき、そして笑った。
「その気持ちを素直にネスティに伝えるのよ?トリス。それが仲直りのポイント」
「えっ・・・ええっっ!?」
「ほら、さっさと行く!遅くなれば遅くなるほど謝りにくくなるわよ!」
「や、あの・・・」
背を押される形で、トリスは自室を後にし、ネスティの部屋までのそのそと重い足取りで向かうこととなった。


恥ずかしくて逃げてしまった。
あの、優しい手から。

ミニスが言っていた。
怒られても、嫌われてもいいから、謝りたいと。
今の自分はまさにそんな心境だ。
でも。
彼に嫌われたくない。
出来ることなら許して欲しい。
どうすれば・・・・・

自問自答の中、トリスはネスティの部屋へと辿り着く。
そしてゆっくりと、扉に手を伸ばした――――――――――





何も無い、殺風景な部屋。
月明かりしか入らないその闇の中を、トリスは止まらずに歩く。
ネスティだけを目指して。
先程、彼と別れてからすでに数時間が経過しており、時間的にはもう真夜中だった。疲れのためもあってか、ネスティは熟睡しており、トリスが近づいてもその気配に目覚める事は無かった。
ベットの傍で膝をつき、彼の寝顔を見つめる。

(あたしが傷つく全てのことから、守ってくれていたヒト)

口をつけば悪態ばかりのネスティだが、今は何も言わず、ただ、静かに眠っている。
「・・・・・黙ってればこんなにカッコイイくせに・・・」
トリスは眠っているネスティの頬を、つん、と突付く。
(このヒトが・・・あたしの好きな人)
突付かれて、う・・ん、と寝返りを打つネスティ。
しかし、寝ぼけ眼で見た視界に、トリスの顔が映り思わず目を見開いた。
「おはよ、ネス」
「―――― 」
見つめあう事、約10秒。
ネスティはガバリと飛び起き、傍らで頬杖をつく少女を叱り付けた。
「なっ・・・・何をやっているんだ、君は!一体、今、何時だと・・・」
「いいじゃない何時だって。・・・ネスに・・・会いたかったんだから」
悪びれる事無く言うトリスに、ネスティはグッと詰まる。
会いたかった、などと言われたら流石の鋼の理性を持つネスティとて、一溜まりも無い。
それでも必死に平静を保とうとする彼には敬服する思いだが。
「あのな・・・深夜に男の部屋にあがりこむなと言っただろう?
それが例え僕でも、だ」
しかし。優しく、諭すように言うネスティに対し、トリスは一歩も引かなかった。
「・・・だって、謝りたかったから」
「 ? 」
「さっきのは恥ずかしかっただけなの、ネスに触れられるのが・・・だから、だから、嫌いじゃないの!嫌いに・・・ならないで・・・・・」
ポロポロと溢れ出る涙。
止めようと思っても止まらない涙に、トリスは腕で目を擦り出した。が、ネスティにその手を掴まれ、制止させられる。
「・・・そんなに強く擦ると目に傷がつくぞ?」
そう言って、辺りにあった布で彼女の目をそっと押さえるネスティだが、そんな優しさに、またトリスの瞳から涙が溢れ出す。
「トリス・・・」
「〜〜だってぇ、・・と、止まらないんだもん・・・」
困ったように苦笑するネスティだが、突如、ふと思いついたかのように彼女の瞼に唇を寄せた。

ちゅっ

「んなっ、な、なな・・・・ね、ネス!!」
「おまじないだ。・・涙、止まっただろう?」
晴れやかに微笑んでそう言い切るネスティに反論の術も無いトリス。
確かに彼の言う通り涙は止まったが、今度は胸がドキドキ高鳴ってしょうがない。
これをどうしてくれるんだ、と、紅い顔で睨みつけるトリスに、ネスティは掴んでいた彼女の腕をそっと外した。
「さ、部屋に戻るんだ。君の気持ちは分かったから」
「えぇ 〜〜〜」
「"えー"じゃない。それとこれを羽織っていくんだ」
ネスティは自分の上着をトリスに渡し、スッと目を逸らす。
「そんな格好であまりウロウロするな」
言われて自分の格好をよくよくみると、白の薄いスリップのような夜着を一枚着ているだけであった。誰にも会わなかったとはいえ、他人の家でウロチョロする姿ではない。
トリスはありがたくそれを受け取ると、さっそく上に羽織り、ボタンを留めた。
今さっきまでネスティが着ていたそれは、まだ彼の温もりが残っていて、身体だけでなく、トリスの心までも温かく包み込む。
ぶかぶかのその服を纏い、トリスは満足気に微笑むと「それじゃ」と元気良く出口へ向かって走り出した。
これでやっと落ち着いて眠れる、と、安堵の息を漏らすネスティだった、が。
扉に手をかけたトリスが 「あ」、と何かを思い出す。
とてとてと部屋に戻り、項垂れているネスティに近づいた。
「・・・今度は何だ」
「忘れもの」
呆れたように呟くネスティに、トリスはクスリ、と悪戯な微笑を浮かべ、彼の頬に"ちゅっ"と素早くキスをした。


「おやすみなさい、ネス」
「――――― 」
トリスはそう言うとパタパタと走り出し、脱兎の如く部屋を後にした。
その顔を、耳までも紅く染め上げながら。
取り残されたネスティがその意識を取り戻したのは、彼女が去ってから数分は経過した後だった・・・・らしい。

「・・・えへへ。・・ネスの匂いだ・・・」
その日、トリスはネスティの上着を着たまま眠りについたため、朝起こしに来たアメルに果てしない誤解を受けたのは言うまでも無い。




ところで。余談ではあるが。


「トリス。今、何時だと思ってるんだ。だらしないぞ」
「・・・は〜い」
やっと誤解の解けたトリスが昼食と化した朝食を食べようとテーブルに着いた時、いつものように兄弟子からお小言が始まった。
昨夜の雰囲気は何処へやら、という感じだ。
「も〜〜、ネスってば、分かってるわよ・・・っとにもうグチグチと・・・」
説教されながらもせっせと食事をするトリスに呆れ返るネスティだが、今日の彼はいつもと違い、わかった、とあっさり身を引いた。普段ならこの後も延々とお説教が続くのだが。
そんな兄弟子の様子を不思議に思い、トリスは席を立った彼を見上げる。
しかし見上げた先にあったのは、恐ろしい程涼しげに微笑む彼の姿だった。

「そうだったな。君にはもう、勉強も修行も必要なかったな」
に〜っこり。
その笑顔の裏にある真意にゾッと悪寒が走る。
「ネ、ネス・・・?」
思わず顔をひきつらせるトリスに、ネスティは顔を寄せ、耳元でそっと囁いた。
意味ありげに微笑んで。


「僕に守られたいんだろう?君は」

「〜〜〜〜〜 っっ!!?」

ガチャン、と手にしていたカップをひっくり返し、テーブルに紅茶がだらだらと零れる。
ネスティに囁かれた方の耳を押さえながら、顔を真っ赤に染め上げ、トリスは訴えた。
しどろもどろに。
「っ、そ、それ、それ・・・!?」
「・・まあ お互い"痛み分け"ということだ」
ハハハ、と笑いながら居間を去るネスティの後姿と、優雅にくつろぐミモザを見比べ、トリスは屋敷が壊れんばかりの勢いで叫んだ。


「ネスの・・・っ大馬鹿〜〜〜〜〜っっ!!」




END
02.3.10 HAL






ドラマCD「界の狭間のゆりかご」続編 …ということで(笑)

私も含め、皆さんがあの"衣擦れ"の真相に萌えていましたので、続き?を書いてみました。
(続きにもなってないですが;)
しかし何度聞いてもあの音はやっぱり………
皆さんの妄想を壊してしまっていたらゴメンなさい//