ぬくもり。



その日は朝からとても天気が良く、格好の洗濯日和だった。



「で。一体どうしたらそんな発想になるんだ」
眉間に皺を深く刻んだネスティが言う。
妙齢の男女が二人。
二人の前には一組の布団。
果たしてこれを前に何を語れというのか。
「だからぁ、お天気がいいからお布団を全部洗濯しちゃったの。まさか急に雨になるなんて」
「僕はそういうことを訊いてるんじゃない。何故僕らなのか訊いているんだ」
説明しなくとも、彼がかなりおかんむりであることは容易に想像出来よう。
しかし、この場合どちらが正しいとか間違っている等と一概には言えない。
「仕方ないじゃない。あたし達があふれちゃったんだし」
「そういう問題じゃないだろう? …全く、君には女性としての自覚が足りなさ過ぎる」
「なによぉ、ちょっと寝相が悪いくらいでそんなに目くじら立てて怒る事ないじゃない! ネスの布団取らないように気をつければ問題ないでしょ?」
「…だからそういう問題じゃないと……」
深い溜め息を気にする事無く、トリスはあっさりと言い切った。
「あたしだってもう大人なんだから、ネスのこと蹴ったりしないってば。大丈夫大丈夫!」
「…いや、だからだな……」
会話が噛み合わないのが悪いのか、はたまた、トリスが天然すぎるのがいけないのか。
いい加減日も変わろうとしている夜更けに、トリスと、彼女の兄弟子であるネスティはどうどう巡りの口論を繰り返す。このままでは朝までかかっても決着がつかない可能性が高い。
そもそもこんな状況に陥った原因は、トリスが言っていた通り、布団を全て洗濯したためだ。
干したり、洗って乾かしたり…と、そこまでは良かった。そう、突然の雨に晒されるまでは。
また、間の悪いことに、その日に限って各々、鍛錬に出かけていたり必要物品の補充に出ていたり、で、家を出払っていた。結局残っていたアメルとカイナが慌てて取り込んでみたものの、ほぼ全滅に近い状態に途方に暮れる。
家の主であるモーリンはそんな彼女達に、
「なぁに。濡れただけなんだ。そのうち乾くさ。それより大変な仕事を女二人にさせてすまなかったねぇ…」
と、逆に二人に労いの言葉をかけてやった。
モーリンは残っていた布団と無事な布団を合わせて使おうとしたが、なにせこの大所帯。
絶対数が足りないのだ。
布団なしで眠るのもいいが、連戦の疲れにそれはちょっと酷と判断した彼女は、ある案を提示する。
案、というよりも、それはもはや決定事項であったようだが。
「悪いけど布団が足りないんだ。今日一日我慢して、何人かで一緒の布団を使って寝てくれるかい?」
身体の大きいフォルテにはちょっと無理だが、女性陣は身体が小さいので二人ないし、三人で布団を使用する。
一つの部屋に敷き詰めれば、何とか窮屈すぎないスペースは作れそうだ。
まるでお泊まり会のような状況にはしゃぐ女性陣。
しかし。
「で。このお布団があたしとネスの分」
「……」
一組の布団を前に、ネスティは固まった。
これは一体どういう意味なのか。
まさか男である自分と彼女が一緒に寝るというのか。
いくらここの連中が物事にアバウトであっても、流石にそれはマズイだろう。
ネスティはにっこり笑うトリスに眩暈を覚えたが、すぐに気を持ち直し、いつもの仏頂面で答える。
「なんのつもりだ」
「なにって。だから、ネスと一緒に寝るの」
「却下だ」
「だめだよ、だってもうこれしかお布団ないんだよ?」
「…だったら君が使え。僕は床でも構わない」
「それならあたしが床で寝る。ネスよりあたしの方が身体、丈夫だし」
今日は雨が降ってるから寒くて風邪引いちゃうよ、と、トリスは他意の無い笑顔を彼に向けた。
確かに融機人である自分よりトリスの方が健康といえる。
しかし、だからといって女性を床に寝かせ、自分はのうのうと布団に入ることなど出来やしない。ましてや、大切に思っている相手にそれは無理というものだ。
「君が使え。僕は大丈夫だから」
「ダメ! ネスが使って。あたしはこんなの慣れっこなんだから」
そのトリスの言葉にハッとする。
派閥に来る以前の生活を思い出させてしまったことに、ネスティは罪悪感を感じ、口をつぐむ。
そんな彼の態度に気付いたトリスは、ああ、と言ってゆっくり微笑んだ。
「…大丈夫だよ。あたしは平気だから。今はこうしてみんなが…ネスがいてくれるから」
その痛々しすぎる笑顔に、ネスティは彼女を自分の方へ引き寄せ、ゆっくりとその頭を撫でる。
「無理するな」
トリスは彼の胸に身体をもたれかけると、そっと目を閉じ、そのぬくもりに安堵する。
「ん…やっぱり、ネス、あったかい……安心す…る…」
身体にかかる重みがずしりと増す。
すると間もなく、ネスティの耳にすーすーと、トリスの気持ちよさげな寝息が届く。
「…やられたな……」
呆気に取られ、怒る気にもならない。
布団に寝かせようにも、自分の服を掴んで離さない彼女に苦笑しつつ、やれやれ、と、観念して布団に身体を横たえるネスティ。
「おやすみ、トリス」



胸の中で幸せそうに微笑む、大切な少女を起さないよう、そっと。
優しく、包み込むような互いの温もりの中、二人は夢も見ず、深く、深く眠った。



2003.3.31