それはミニスの誕生パーティで。
金の派閥だけでなく、色々な人達が大勢呼ばれていて。
時期当主(予定)であるミニスの誕生日なものだから、3日3晩飲めや歌えの盛大なパーティなのだ。


世界が平和になって。
ネスが戻って来てくれて。

あたしはその初めて参加するパーティにウキウキして、
ドレスアップした姿を見せたくて。
来客用に用意されたネスの部屋へ急いだのだけれど。

思っても見なかった。


―――――そこに見知らぬ女性がいるだなんて―――――





  「 君と踊ろう 」





「……え?」
「――――」

"ネス、入るよ〜"と、勢いよく開けた扉の向こうには、背の高いスラリとした美女が一人、立っていた。
透明感のある白い肌。
サラサラした、長くて綺麗な黒髪。
切れ長の瞳。
そこがネスティの部屋であることを忘れ、思わず見とれてしまったトリスだが、ハッと我に返り彼女に確認する。
「あの…ここ、ネスティ・バスクの部屋じゃ…?」
だが、トリスの質問に彼女はすぐに答えなかった。
何故なら、彼女の方も何やら呆然としていて。
しばし間を置いてからハッと慌てて話し出す始末だ。

「…あ、え、ええ…いえ、そう、なの?同じ部屋ばかりで迷ってしまっ…て…」

態度も言葉遣いも何と無しにぎこちなさを感じる。
(怪しい…わよねぇ…?)
あからさまに疑惑の眼差しを向けるトリスに、それじゃあ、と、女性は軽く会釈をしてその場を去った。
イマイチ腑に落ちないが確かめようも無い。
主不在の部屋に取り残されたトリスは仕方なしに大広間へネスティを探しに行くのだった。





広間では既にパーティが始まっており、かつての仲間達も招待され、その姿を会場に見せていた。
しかし、トリスの今の心境は仲間に挨拶するどころではない。
綺麗に着飾った自分の姿を"まず"ネスティに見てもらう、それだけなのだ。
キョロキョロ見渡しながら愛しい者の姿を探す。
だが、一向にその姿を見せないネスティに流石のトリスも焦り始める。

再び自分の前から姿を―――――-

そんな不安さえも覚えた。
「よお、トリス。どうかしたのか?」
聞きなれた調子の良い声が耳に入る。
不安でいっぱいの表情を浮かべたトリスに声をかけたのはフォルテだった。
「フォルテ……ネス、見なかった?」
「あ―――ネスティ…か?んー、奴ならそのうち来るんじゃないか?」
ケイナに殴られると分かっていても、いつもビシバシと失言を吐くフォルテには珍しく歯切れの悪い返答。

何か知っている。

さっきの女性の事もあるし、ますます疑いをもたれるネスティ。
フォルテはそんなトリスの気配を察してか、そそくさとその場を逃げるように去ってしまった。

「何よぉ…」

ぷう、とむくれるトリスだが、グウ〜と鳴る腹の虫に一旦料理ののったテーブルへと向かう。
しかし、たまたま壁際に座る先刻の女性の姿が目に入り、空腹も何処へやら。
トリスはずんずんと彼女に近づいて行く…途中、ボーイに勧められたワイングラスを一気に飲み干して。
その間も女性は数人の男性からダンスの誘いを受けては、柔らかに断っていた。

彼女は気付かなかった。
視線を下に落とし溜息をついていたため、その近づく影に。

やっと気配に気付いた彼女が見上げると、そこには戦闘意欲むき出しで向かってきたトリスの姿があった。
隣いいですか?の一言もなしに、トリスはドスン、と座り込む。
「…先程はどうも」
「……え、…ええ…」
極力目を合わせないようにする女性。
やましい云々よりも、そんな彼女をじとーっと観察するトリスの視線が怖くて、なのだが。
「…美人らぁ…」
「 は? 」
その台詞に思わず振り返った女性は、トリスとばっちり目が合ってしまった。

半分閉じかけた瞳。
紅潮した頬。
ろれつの回らない舌。
そして、手にはワイングラス。

――――酔っている。完全に。

女性はトリスのその姿に嫌な予感がし、後ずさる。
だがトリスは一歩引く女性に、ずずいと近寄り、言った。

「ネス」
「 !? 」

その名を出され、明らかに狼狽する女性の態度にトリスは確信する。
この人は…
「やっぱり!貴方ネスを知ってる!!」
「は―――え、いや…」
「誤魔化ひても無駄なんらから…貴方ネスの何なの!?」
トリスの質問に沈黙する女性。
少し困ったように微笑んでトリスを見つめた。
一方、トリスも彼女の瞳を見ていると吸い込まれそうになり次の言葉が浮かばない。憂いを帯びたその少し悲しげな深い青に、トリスは魅入られてしまった。
「…じゃあ、そういう貴方は彼の何?」
不意打ちに質問され、言葉に詰まるトリス。



大切、とは言われたが「好きだ」と言われてはいない。
家族のように大切、という意味かもしれない。
ましてプロポーズされたわけでもないのだから。

ただ―――― 一緒にいるだけで。
昔と同じ様に。
兄弟子として?




だが、トリスはそれを認めて彼女に敗北宣言をしたくなかった。
彼―――ネスティは自分だけの「彼」でいて欲しかった。
だから言ってはいけない言葉を口にしてしまう。

「ネスは…っ、あたしをお嫁にもらってくれるって言ったもん!」

一見勝利宣言のようだが、実は違う。
確かにネスティはトリスを嫁にもらってやる、と言っていた。
だがそれは幼い頃の話だし、「他に貰い手がつかなかったら仕方ない」という条件がついたうえでの、冗談交じりの口約束なのだ。
他愛も無いやり取りの中から交わされた会話。
例え幼かったトリスがそれを本気に捕らえていたとしても。

「……」

少し涙目なトリスに女性はまた黙り込む。
トリスとて本当は言いたくなかった。こんな事は。
大切な二人の思い出だったし、何より―――――

「…そういうのは夢と同じで、口にしたら叶わない、と言っただろう?」
「―――え?」

トリスは一瞬何が起きたのか分からなかったが、視界の位置がいつもと違うと気付いた時、やっと自分の置かれている状況が掴めた。

トリスは――――そう、俗に言う「お姫様抱っこ」をされていたのだ。

「あ、あの!ちょ、ちょ……!!」
男性なら、というか、ネスティにしかされたことの無いこの姿勢。
周囲の人間は二人が通り過ぎる度、女性に抱えられる女性という不思議な構図に目を丸くした。
抗議の声も届かず、軽々と美女に運ばれていくトリスだった。




さて。
広間から二人がいなくなり、やっと安心する一団体が。

「全く…あんた達も悪趣味よねぇ…」
「まぁそう言うなって。ほれ、結果上々、上手くいったじゃねーか」
呆れ顔のケイナにフォルテが笑う。
リューグやモーリン、アメル達も苦笑する。
仕掛けたのはフォルテとネスティ(彼は脅迫されたに近いが)だが、他のメンバーもすぐに気付いた。
トリスにヤキモチを焼かせた美女が何者であるのかを。
だから遠くから彼女の様子を眺めていたのだ。
…邪魔にならないよう。

「あら?そういえばミニスちゃんの姿が見えませんね…?」
アメルがこういうネタには必ず首を突っ込むおませな少女の姿がない事に気付き、キョロキョロと周囲を見渡す。
そんなアメルの肩をポン、と叩き、指を指し示してミニスの居場所を教えるモーリン。
「あ……」

ミニスは楽しそうに踊っていた。
大好きな人と向かい合い、その手を取って。

そんな微笑ましい光景を見入る皆の中、
「兄貴は天然ボケだから気付いてねえぜ、きっと…」
と、リューグはぼそりと呟いた。
しかしモーリンを除く全員が「天然なのは双子のアンタも一緒だよ」と、心の中で突っ込んだのはお約束、ということで。





トリスが連れてこられたのはネスティの部屋だった。
ゆっくりとベットの上に降ろされる。
それでもトリスには現状が把握できなかった。
「全く…君は…好きな男の顔くらい覚えておいて欲しいものだな」
美女の口からこぼれるのは、聞きなれた悪態。
愛する兄弟子――――ネスティの口調。

「え―――ええっ?!」
やっとそこで己の前に立つ少し?大柄な美女の正体に気付くトリス。
指をさし、その名を口にしようとするがパクパクと魚のように動くだけで声にならない。
美女はそんなトリスに呆れたように溜息を一つつくと、自らの髪をわしづかみにし、力強く引っ張る。すると美しい黒髪が、パサリ、と落ち、代わりに見慣れた少し長めの藍色の髪がのぞいた。
驚くトリスに構わず、美女はテーブルに置いてあった小ビンの液体をゴクリと一気に飲み込む。

「あー……あー…よし、これで元に戻ったな」

美女の美しかった声が、あっという間に聞きなれた、クールで甘い声に変わる。
そしてしまってあったトレードマークの眼鏡をつけて……

「ネ、ネスぅ?!」

やっとトリスにも判別できるネスティ・バスクの姿に戻ったのだった。(化粧とドレスはそのままだったが。)
「本当に…君は鈍いというか…全く気付かないとは…」
「う〜〜だ、だってそれは……っていうか、何でそんなカッコしてたワケ?ネスは」

疑惑の眼差し。
うっ、と、喉を詰まらせ、視線を泳がすネスティ。
「…何で目、逸らすの?何かやましい事でも…?」
いつもとは逆のパターンに、勝ち誇ったような笑みを浮かべるトリス。



――――まさか言えまい。


酔った勢いで、トリスがもてるかもてないか、フォルテと賭けをしていたなどと。
しかし、男の自分がいたのでは、声をかけられるものもかけられないから、と、フォルテの策略?に乗って「女装」したなどと。
ましてトリスが声をかけられた男性の数より、自分の方が多かったなどと――――


(間違っても言えんだろう……)


ネスティは力無く笑い、トリスの隣に腰掛けた。
何やら考え込むネスティの横顔を覗き、トリスから溜息がこぼれる。

「…はぁ…ネス、反則だよ……こんなに美人なんだもん」
「?!な……君は何を…」
「なによ、白い肌にこんな赤い口紅似合っちゃってさ…」

唇に触れようと手を伸ばしたトリスの腕をグッと掴み、ネスティは彼女を引き寄せ、その唇を塞いだ。
触れるだけの、軽いキス。
が。

「…君の方が似合うだろ、ほら?」
口付けにより移されたその赤い色。
トリスの頬はそれに負けない程、赤く火照っていたが。

「…ねすのスケベ…」

そう言ってネスティを見上げたトリス。
だが、彼の顔を見て深く後悔する。
今の一言は余計だった、と。

「…そうだ。僕は助平な男だ…今頃気付いたのか?」
に〜っこり。
「あわわわ…」
「…鈍いな、トリスは。まぁいい。今晩ゆっくり教えてやろう…」
「ね、ねすてぃ…さん?」
「明日のダンスは諦めるんだな」


涼しげな極上の微笑みを向けるネスティに、トリスなんかが敵う筈も無く。
トリスは、そのままパーティに参加する事無く、その身にみっちりとネスティの指導を受ける事になった……。





翌日。
「トリス、踊らないの?」
広間には、不思議がるミニスに、引きつった笑いを浮かべるトリスの姿が。
(ネスが「明日のダンスは諦めろ」って言った意味が分かったわ…)


指導により、体中が痛くてダンスどころではないトリスに、原因の張本人であるネスティは涼しい顔で彼女の隣に立つのであった。



01.1.3 HAL