for summon night 3

ならの向う側  〜界の狭間の忘れもの〜





強くなりたかった。もっと、もっと。
誰もが認めるくらい。
足手まといにならないくらいに、強く、もっと強く。

大事なモノをこの手で守れるように。











サヨナラノムコウガワ




『いつかきっと、ひとりの男として貴方の前に帰ってきます』


約束の日から、七年。
ウィルは軍学校を主席で卒業し、約束通りこの島に戻ってきた。が。
私生活では『教師と生徒』という関係から、まがりなりにも『恋人』と呼ばれるものに昇格したというのに、2人を纏う空気は 相変わらずで、流石のウィルも溜息をついた。 自分では気の長い方だとは思っていたし、待てると自負していたが、今、水面に映る己の姿を見るにつれ、 そんな自信もプライドも音を立てて崩れていく。
水面は鏡の役割を果たしており、そこに映っている少年―――いや、実際には青年に近い年齢に成長してはいるが――― 彼の姿はいつもの見慣れた厚手の深緑色の服ではなく、ここ数年の間着慣れた、そしてもう二度と着る事が無いはずだった、 帝国軍学校の制服を身に纏っていた。
母校の制服だし、別段奇抜な服装という訳ではない。それなりに思い入れもある。だが、今こうして着ている理由が問題なのだ。

『間違って服を全部洗濯してしまったので、乾くまでこれを着ていてくれますか?』

何かの罰ゲームなのだろうか。
あまりの突拍子も無い申し出に固まるウィルを余所に、アティは申し訳なさそうに、だが、どこか嬉しそうにそう言うと、 ご丁寧にどこから探し出してきたのか、彼とそして彼女自身の母校の制服をウィルに手渡した。
しかし、つい最近まで着ていたはずなのに、改めて今袖を通すと言い難い照れくささがこみ上げてくるのはどうしたものか。
実際、ウィルが軍学校へ入学した後、アティはすぐ島へ渡り、彼の制服姿を目にした事は無かったので、古い友人の 手紙に書かれていた彼の『凛々しい制服姿』というコメントに心を動かされたのだとしても仕方無い事なのかもしれない。 彼女にとって初めての教え子であり、特別な感情を抱きつつあったウィルの知らない一面を他の誰かに聞かされて、内心 面白くなかったのかもしれない。だが。
今更この姿を見せることに抵抗を感じたウィルは、好奇の目が待ち構えるのを予想して、逃げるようにこっそりと家を出て今に至る…… という訳だ。
ウィルは集いの泉を前に何度目かの溜息をつく。
集いの泉は『無限回廊』という、こことは違う次元に存在する鍛錬の場所へ繋ぐ門を開く事が出来る場所、そう記憶している。
あの頃の自分にはまだ理解できなかったとは思うが、その場所を教えてくれた道士は詳しい事を尋ねようにも「乙女のヒミツ」という 一言で片付けられていたので、結局のところ、ウィルには何故あの場所が存在するのかも分っていなかった。
「服が乾くのを見計らって戻ればいいんだろうけど、そう易々とはいかないだろうし…」
相手の真意を見抜いてはいたが、そこは惚れた弱み。その位で彼女に喜んでもらえるならあえて知らん振りをするくらいは 大人になろうと思ったが、如何せん、他のギャラリーが多すぎる。見世物にされては適わない。
逃げ道のない展開に低く呻き声をあげながら、ウィルは項垂れた。
「…と言っても、いつまでもこうしている訳にはいかないし…そろそろ……」
諦めて立ち上がろうとした瞬間、視線を向けた水面が僅かに揺らぐ。
「…なん、だ…?」
目を凝らして水面を凝視する。
ありえない事だと分っているのだが、水の向こうから小さな声が聞こえた。
小さな、小さな、葉の揺れる音のように風にかき消されそうな声は酷くウィルの胸を締め付ける。次第に 声ははっきりとした輪郭を持ち、人のものへと変わり、そうして音となってウィルの耳に届く。
すすり泣くような声が聞こえ、見る間に水面に女性の姿が映し出された。
「君、は――――」
髪と瞳の色。そしてその面立ちにウィルは思わず手を伸ばしてしまう。
「…ア、ティ……?」
瞬間、空気が揺れる。
しまった、そう思った時には遅く、 歪んだ空間に引きずりこまれるように、ウィルの姿はこの世界から消えた。




*




「…っ、ゴホッ………こ、こは…」
一瞬の間。
時間にしてそう長くは無い間、意識が飛んだような気がする。
そしてはっきりした意識が認識した現状は、ずぶ濡れで幼い少女の手を握り締めて離さない、そんな自分だった。
「…………」
「―――――あっ、ご、ごめん!」
真っ直ぐ自分を見つめる少女の視線にはっとし、ウィルは慌てて手を離す。 周りを見渡せば、そこは先程自分がいた集いの泉ではなく、見たこともない森の泉。
有り得ない。
有り得ないが、夢ではない。間違いなく、ここは今の自分にとって現実だ。
とにかく現状を把握しなければどうにもならないと、ウィルは目の前に立つ少女に話しかける。怖がらせないよう、 微笑みを浮かべて。意識的にするのは得意ではないが、この際そうも言ってられない。
「あの、僕は決して怪しい者じゃなくて……っていってもこの格好じゃ説得力ないけど、怖がらないで 聞いて欲しいん…うっ!?」
突然、腹部に重い衝撃があり、ウィルは後ろへ尻餅をつく。
鳩尾への不意打ちは見事に決まり、ウィルはげほ、と息を漏らす。体当たりした方はそんな彼の様子を見ることもなく、 一目散に走り出し、姿を消した。
「…やっぱり無理があるか、これじゃ…」
軍の制服を着てるとはいえ、水浸しだし、なにより、水の中から出てきたのだから怯えられて当然だろう。
ウィルは小さく溜息をつくと、ポケットの中に手を入れる。
学生時代の服だった事が幸いしてか、当時入れっぱなしにしていたものが右側に。左には用心の為、常備しているものが 入っていた。
手に握られていたのはいくらかの金貨と誓約済みのサモナイト石が3つ。
唯一迂闊だったのはテコとの誓約の石を持たずに飛び出した事だが、それだけあの時の自分は精神的に追い詰められていたという 事だろうかと、ウィルは自嘲気味に笑う。
ウィルは先程少女が走り去った方向へと視線をやる。
おそらく彼女は大人達に自分の事を不審者とでも言って報告しているに違いない。 知らない森を闇雲に歩いて迷うよりは、不審者を捕まえにやってくる人々を待つ方が建設的というものだ。
予想通りというか、しばらくして人の気配が近づいてくるのが分り、胸を撫で下ろす。流石に問答無用で向かってくる事はないだろう、 幸いにも今の自分は軍学校の制服を着ている、多少色をつけて事情を話せば何とかなる。
「なんだ〜? 随分と若い兄ちゃんだな」
そう言って現れたのは30代前半の体格の良い男性だった。
身を守るためだろう、手には年季の入った斧が握られてはいるが、殺気は微塵にも感じられない。 男の後ろで5〜6人の男達が斧やら鉈やらを構えていたのを手で合図し、緊張を解かせる。どうやらこの男性がリーダーのようだ。 ウィルは姿勢を正し、敬礼して名を名乗る。
「自分は帝都の軍学校に所属する、ウィル・マルティーニと申します。実は……」
と、そこまでは良かったが、水で冷えた身体に吹き付ける風に堪らずくしゃみが一つ。
男は一瞬目を丸くして、そしてすぐに豪快に笑う。後ろの男達も同様だ。
「まぁ、そんな身体じゃ冷えて当然だ。風邪をひく前に村まで案内してやるよ」
赤面するウィルに何とか笑いを抑え、リーダーらしき男性はウィルについてくるよう話す。 他の面々も異論はないようで、皆、何もなかったように元来た方へと踵を返し、歩き始めた。
(こんな簡単に信じて、大丈夫なのか、この人達……)
他人事ではあるが、何となく心配してしまったウィルは、無条件に人を信用してしまうお人好しの師の事を思い出した。
彼らの後に続き、数十分歩くと村への道が視界に開ける。
大人の足で、というのを考えると、先程の少女は随分遠い距離を歩いて戻ったというのを考えると頭を捻ってしまう。
「さっきのチビの事か?」
「あ、はい。この距離を一人で戻ったというのも問題ですが、どうやって自分の事を貴方達に伝えたのかと」
「いや、俺達はあんたを探しに来た訳じゃない。もともとあいつを探すために森に入って、そうしたらアティの奴が飛び出してきて あんたがいるって事がわかったんだ。今頃仲間の一人と一緒に村へ戻ってるはずだ」
単なる偶然だろうか。
同じ名前だから引寄せられた?
搾り出すように、掠れる声で、尋ねる。
「……か、彼女の両親も心配されていたでしょうね、無事で良かっ」
「いや、アティに親はいない……戦争孤児なんだ、あいつは」
両親がいない。
戦争孤児。
奇妙な符合と簡単に言い切れるだろうか。
ウィルの思考をよそに、男は続ける。
「少し前の事だ……隣村に荷を運ぶ途中、戦争に負けた旧王国の奴らが積荷欲しさに一般の、 戦う術を知らない村人を連中は襲い、強奪し、命までも奪っていった。村からほんの僅かな距離だったが、この事を知らせに来た奴も 瀕死の状態で、すぐに息を引き取って……俺達はすぐに向かったが、惨い、悲惨な有様でな、生存者なんて望めない状態だった。 だが、その中で唯一、アティは生き残っていた……きっとあいつの両親が必死で守ったんだろう……さっき森にいたのも、その先に 事件の場所があるからなんだ。親が寂しがるって、危ないっていっても一人で行っちまう」
髪の色も瞳の色も、同じで。名前と境遇までも一致することなど有り得ない。
おそらく、ここは。
確信をもって尋ねる。
「……彼女はそのショックで言葉を…?」
「気付いたのか? ああ、そうだ。あの惨劇の中、両親の死を認められずに声をかけ、笑い続けていたあいつは……村に連れて帰って やっと親がもう目を覚まさないことを理解し……声を失った。もう、前みたいに笑う事もない……心を閉ざして、頑なに人との関わりを 拒むようになってしまった。無理も無い、ことだが……」
ウィルの予想通り、ここは過去の世界―――アティが両親を失ったばかりの、その時間軸に彼はいた。




*




「すみません、服を貸してもらっただけじゃなく、お風呂まで……」
「いいのよ、気にしないで。それより今日は久し振りのお客さんだから腕を振るうわね! 嫌いなものとかはない?」
「いえ、そんな! そこまで甘えられません!」
「若いモンが何遠慮してんだ、黙ってよばれてりゃいいんだよ。これは命令だ、上官には逆らえまい?」
どうだ、と笑う男に隣で微笑む妻は『あまりいじめちゃ駄目よ』と軽くたしなめた。
「は、はぁ…」
自分を村まで案内した男は、名をグレイ・グースと言い、服こそは村人と同化しているものの、この村に派遣されている駐在軍人だった。 だから軍学校の制服を着たウィルを無条件で信用したのだろう。その上ウィルには。
「首席の証だもんな、こりゃそうそう拝めるモンじゃない」
襟元には首席にだけ与えられるピンブローチ仕様の留め具。
2人には、配属先を決める前に密偵の指令が下りたとか何とか適当に誤魔化し、それ以上は突っ込まれないよう曖昧に濁す。 善意の人間を騙して罪悪感が無いわけではなかったが、本当の事を知られて未来への道が閉ざされても困るのだ、 歴史を変えないように注意するべく、ウィルは会話会話に神経を使う。
だが、その一見和やかな会話は劈くような悲鳴によって破られた。
「なんだ?!」
グレイが言うより先にウィルは家を飛び出した。
往来には人だかりが出来ており、中心から女の叫び声と手当てを求める男の切羽詰った声が聞こえ、ウィルは 半ば無理矢理人垣を避けて中に押し入る。
そこには血塗れでぐったりと意識を失っている少年と、彼を運んできただろう青年が、自分も怪我をしているというのに 半狂乱になって少年を揺り起こそうとする女性を制止していた。
一目で獣にやられた傷だと分った。そしておそらく、それは。
「……メイトルパの召喚獣……」
それがはぐれなのか、それとも召喚師によって意図的に行われたものなのかは不明だが、通常の動物による傷跡でない事だけは分る。 見知らぬ人間が近付いてきたため青年は警戒するが、ウィルは穏やかに微笑むと、女性―――おそらく少年の母親であろうその人に向かって 何やら小さく唱えた。
「スリープコール」
メイトルパの召喚獣、セイレーヌの召喚術。眠りへと誘う術。
女性は糸が切れたかのようにその場に崩れ落ち、女性を制していた青年は慌ててその身体を受け止める。 何をしたのだと問いただそうとする言葉は、彼女の穏やかな寝息によって飲み込まれ、代わりに不審人物であるウィルを睨みすえた。
ウィルはといえばそんな青年に構うことなく、怪我をしている少年の傍に膝をつき、怪我の状態を確認すると再び詠唱し始める。
「……眼前の傷つき、倒れる者へ癒しの水を……ヒーリングコール!」
召喚術の発動。
水に包まれたセイレーヌの、精霊のような美しい姿に、皆、感嘆の息を漏らす。
セイレーヌが己を纏う水で少年を包み込んだかと思うと、水は瞬時に弾けて光の粒となり、彼女は微笑む。 まるで『もう大丈夫』とでも言うかのように。
「ありがとう、セイレーヌ」
ウィルの言葉にもう一度柔らかい微笑を浮かべると、彼女自身も光となって消えた。送還されたのである。
「身体の怪我の方は治療しましたが、出血も酷かったし、感染の心配もあります。あとは専門の医師に任せた方がいいでしょう」
「あ、ああ…」
ウィルはそう言うと少年を抱え上げ、皆を指示してテキパキと行動する。慣れた行動に呆気にとられつつ、目を覚ました少年の母を連れ、 青年は医師の家へと案内した。
「大事にならなくて良かったですね」
心底ほっとしたように話すウィルに、青年は胡散臭い者をみるかのような視線を送る。その遠慮のない態度に物申した… いや、実力行使に出たのはウィルを村に案内した豪気な男だった。
「痛ぇ! 何すんだ、グレイ!」
「喧しい、世話になって礼一つ言えねーのか、シーバス」
頭に一つ、拳骨を喰らったシーバスと呼ばれた青年は不貞腐れたように押し黙る。
年の頃は自分と同じ位に見えたが、態度は幾分幼いように感じるのは経験の差だろうか、それともこの村の住人ゆえだろうか。 どちらにせよ、この一見兄弟喧嘩のようなやり取りは一人っ子の自分には微笑ましく映った。
「すまねぇな、ウィル。礼儀を知らん奴で。根は悪い奴じゃないんだが、少々捻くれててな。 これでも小さい頃は『兄ちゃん兄ちゃん』って可愛かったんだが、最近は生意気な口ばっかり叩くようになっちまって、全く」
「……本人を前に堂々と言うなよ」
このままシーバスがやり込められるのが常なのだろうが、それも少し可哀想になって、ウィルは助け舟を出すべく話の路線を変える。
「あの、こういう事は頻繁に?」
「いや、今回みたいなのは初めてだ。…最近、子供が行方不明になる事件が立て続けに起こってな、警戒を強めて村の自警団で 見回りを強化していたんだが……」
それでシーバスが必要以上にウィルを警戒していたのだろう。理由が分れば何のことはない、ウィルを誘拐犯かなにかと疑っての行動だ。
子供を攫う。
心当たりはあったが、手口が自分の知るものと違う。 奴らであれば村一つ滅ぼして行動に移すだろう、その方が確実に外に情報が漏れない。
「……紅の手袋にしてはやり口が拙い。でも、個人で動いてるにしては召喚術を使うなんて…」
「流石、軍学校の星だな。すぐにそこまで読めるとはね」
「…奴らのやり口は多少なりとも知っていますから」
まさかその親玉である無色の派閥のトップと戦った事があるなどとは言えないが。
「しかしさっきの召喚術は凄いな。眠らせたり、治療したり。剣をぶら下げてる所をみると召喚師じゃないみたいだが、剣士なら尚更だ、 普通はあんな風に連続じゃ使えないだろう?」
「ええと…必要に応じて覚えたというか」
守りたい人がいたからというのはあえて語らず、ウィルは誤魔化す。
ニヤニヤして聞いているところをみると、グレイにはばれているような気もするがここで冷やかされては適わない、と、 ウィルは気付かない振りを決め込んだ。
「……なんであんた、今頃、ここに来たんだよ……」
それまでずっと黙っていたシーバスが口を開く。
「あんたみたいな奴がいれば、皆も…オヤジも……!」
「シーバス!」
強く言われ、彼はそれ以上の言葉を口にせず、悔しさに震える唇を引き結んで、その場を立ち去った。 後に残された2人の間に言いようの無い空気が流れたが、持ち前の陽気さでグレイはその場をやり過ごそうとする。
「すまねぇな。今更だ、お前が気にすることじゃない。運が悪かったとは簡単に割り切れないが、そういうこった」
「……彼は、お父さんを?」
「……ああ。奴のオヤジはリーガスって言ってな、村のリーダーで、自警団の長も兼任していた、 腕も立つ本当に信頼のおける人間だった。あの日も 数人の自警団のメンバーと共に護衛について……後はさっき話した通りだ」
グレイは肩をすくめるが、すぐに笑って神妙な顔をするウィルの背を力強く叩く。
「なぁに、お前さんがいくら腕の立つ人間だからって、旧王国の奴ら大勢相手にして勝てる訳ないんだ、 あの時ここにいたからといって、今が変わる訳……ないからな」
「グレイさん……」
もしかしたらグレイも大切な人を失ったのかもしれない。あえて口には出さないだけで。
「……でも、僕も出来るならその時に居られたら、って思います」
「ウィル……」
「全員は無理かもしれないけど、少しでも多くの命を助ける事が出来たかもしれない。僕の驕りといえばそれまでですが」
今の自分の力があれば、もしかして。
彼女の笑顔を曇らせる事を回避できたかもしれないのに。
(過去を変える事で消える事になっても、きっと僕は彼女の笑顔を……)
どうせ過去に落ちるのなら、その時間軸にして欲しかったと願うのはお門違いだろうが、それでもそう思わずにはいられなかった。
その時。
「な…っ!」
ウィルの背後から腰元にドンと小さな固まりがぶつかり、そして横をすり抜ける。
「アティ!」
その小さな固まり……アティは、グレイがかける声に見向きもせず、子供とは思えない勢いで走り去った。
「…っ、しまった、サモナイト石か!」
ポケットの中の石が一つ足りない事に気付き、慌てて後を追うウィル。
外はもう陽が暮れかかり、夜の帳がおりてくる時分。いくら慣れた道とはいえ、このまま森へ入れば闇に方向を見失う危険性が高い。
「これ、借ります!」
カンテラを手にし、ウィルは小さなアティの後を追った。




*




陽が落ちきってしまえば、ほんの僅かな時間で辺りは闇に包まれる。
月明かりが差し込む分ましだったが、夜道に加えて慣れない森の中の追いかけっこは骨が折れた。相手は子供だというのに 思うように追いつかないのが口惜しい。
やっと追いついた時、そこはもう終着地点で、沢山の墓が並ぶ中に彼女は立っていた。
「……君のお父さんと、お母さん?」
ウィルの声を無視し、アティは墓に向い、サモナイト石を握り締めて懸命に何かを言おうとしている。しかし、彼女の口から 音となる言葉が発せられる事はなく、空気の漏れる音だけが静かな闇に落ちた。
心因性のものだろう。
両親を目の前で失い、自分だけが生き残って。
目を覚まさない親を呼び続け、声が枯れるまで泣いて。
そして彼女は声を、言葉を失った。
「……アティ、無理なんだ。召喚術を使っても、失った命は元には戻らない」
弾かれたように顔を上げ、ウィルを睨みつける。
「君も、僕がもっと早く来ていればお父さんとお母さんを助けられたと、そう思うかい?」
アティの顔が悔しそうに歪む。
泣くのを我慢しているかのような表情に、ウィルが「おいで」と優しく手を広げると、 アティはやり場の無い怒りと悲しみを、その握った小さな手に込め、ウィルの胸にぶつけ続けた。
「……ごめん……」
そうしているうちに耐え切れなくなったのか、瞳の端に涙を滲ませる。
ウィルはそんなアティの姿に、未来の彼女の姿を重ね、堪らずその胸に抱きしめた。
「……どうして僕はもっと早く君の元へ来れなかったんだろう……そうすれば、こんな風に君を泣かせないで済んだのに……」
箍が緩んだのか、ずっと我慢していた気持ちが抑えられなくなり、アティの涙は止めどなく溢れ、ウィルの服を濡らす。
「泣かないで…僕が居るから…ずっと君の傍に」
いつの間にか、彼女の頼りない両腕は縋り付くように彼の背に回され、その服を握り締めていた。
ウィルがあやす様に何度も何度も彼女の髪を撫で、どのくらいが経過しただろうか。 次第に泣き声と背を掴む手が緩み、するりと滑ったかと思うと、 アティから力が抜け、彼にもたれかかるように眠りにつく。
穏やかな寝息を立てて腕の中で眠る少女をゆっくり抱き上げると、ウィルはもと来た道を辿る。一度通った道は記憶する、それが 軍学校で首席、あの島で委員長を務めたウィル・マルティーニという人物だった。
「よく連れ戻してくれた…本当に」
難なく村へと戻ったウィルをグレイはただただ感心し、シーバスは安心した様子をみせたものの、ちょっと難しい顔をした。 歳は同じ位なのに、こうも出来が違うところを見せ付けられては面白くないというものだろう。
グレイの声が大きかったのか、ウィルの腕の中でむずがるように身じろぎしたアティがゆっくりと瞼を開く。 ぼんやりと視界に映るものが徐々に鮮明になり、自分を覗き込み、柔らかな微笑みを浮かべる人物を正確に捉える。
「あ、気がついた?」
一瞬固まったアティだが、コクコクと首を縦に何度も振ると、勢いよく彼の腕から飛び降りてグレイの背に隠れてしまう。
「あ……えーと、僕、嫌われたのかな…?」
グレイの後ろからこちらを窺うアティの表情は、怒っているとか睨みつけている様子はないものの、不審者を見る目とも違う。 自分の知る反応ではないため戸惑うウィルに、アティは今度はぶんぶんと激しく首を横に振った。
そんな、自分を間に挟んだ2人のやりとりにグレイは堪らずツッコミを入れる。
「…お前ね、相手構わず無自覚にキラースマイルを浮かべるんじゃねぇ」
「一体なんの事です?」
しかし、続けようとした会話は、早足でこちらに近付いてくる音に遮られた。
「アティ……っ!」
グレイの妻だった。
乱れた髪と息を切らして駆けてくるその姿は、まるで実の母親のようで。だが、その視界にアティを捕えた時、 彼女は安堵の息を漏らしたのもつかの間、幼い頬を思い切りひっぱたいた。
乾いた音が辺りに響く。
打たれた頬は赤く染まり、少し腫れているかのように見える。
皆が呆然と立ち尽くす中、一足先に我に返ったのは彼女の夫であるグレイだった。
「お、おい。いくらなんでもそりゃ乱暴じゃ…」
「貴方は黙ってて!」
「は、はいっ!」
普段大人しい人間が怒ると恐ろしいというが、実際目の当たりにしてみれば、成る程、確かに誰も口出し出来ない。 そんな彼女の鬼気迫る迫力に、3人の男達は情けなくも、この行方を見守るしかなかった。
「アティ、あなたは一体自分をなんだと思ってるの? あなたの命はそんなに価値の無いものなの?  こんなに大勢の人があなたを心配しているのに、必要としているのに、どうして信じないで周りから目を背けるの!  耳を塞いでしまうの! みんな…アティ、あなたが大好きなのよ…あなたのご両親と同じように。いつかあなたが前みたいに 笑ってくれるって信じて待ってるのに、どうして自分を『どうでもいい』なんて軽く考えるの! 
……あなたはお父さんとお母さんが自分達の分まで生きて欲しいと願った、その想いまで 踏みにじってしまうの……?」
「……!」
アティは頬を押さえていた手を外し、力強く首を振って否定する。
「……あの子が残してくれた大切な命まで失ったら、あたしは…もう…」
それ以上は言葉にならなかった。
緊張の糸が切れたようにその場に膝をつく彼女に、アティは駆け寄る。
「ごめんね…痛かったでしょう?」
自分を心配するアティの赤くなった頬に手を伸ばす。
アティはゆっくりと否定するように首を振り、そうして微笑んだ。花のような笑顔で。
「………め…なさ………あ、り……が、と」
たどたどしく綴られた言葉。
しかし、アティの口から発せられた音に、彼女は涙を止められなかった。
「……っ、アティ!」
アティに笑顔と言葉が戻ったことに、村の誰もが沸きあがった。歓喜に咽び泣く者もいれば、抱き合って喜ぶ者、 しみじみと頷く者……しかし誰もが、皆、幸せな気持ちになったのは言うまでも無い。ここでは部外者のウィルもまた同様に。
ひとしきり感動のシーンが繰り広げられ、やがてそれも落ち着くと、皆それぞれの家路に戻っていった。
「…俺とアティの父親は親友でな、女房の方も同じようにあいつの母親と……本当に仲が良かったんだ。アティの事をまるで実の娘みたいに 可愛がってた。俺んとこは、ほら、息子だけだからな、女親としては同性の子供が可愛く映ったんだろう」
そういえばちょっと離れた所から彼女を見つめる少年の姿がある。
アティと同い年くらいだろうか、グレイに似てやんちゃそうな顔をしていた。
「……本当にお前は不思議な奴だな、ウィル。お前のような奴がここに残ってくれれば俺も安心して隠居出来るんだが、 まだ当分引退は出来なさそうだ」
ウィルがこの村に残る事はないと確信しての言葉。
「何を言ってるんですか、頼もしい跡継ぎだっているのに。それにシーバスさんも」
シーバスに向い、にっこりと微笑む。
「へ? お、俺?」
「シーバスぅ? 駄目だ駄目、こいつじゃ俺のせがれが成長するのを待った方がマシだ」
「そりゃねーよ、グレイ! 折角軍のエリートが俺を認めてくれたってのに!」
それはちょっと違う気が。
突っ込みたい気持ちを抑えて傍観に徹するウィルだったが。
「あんたからも言ってやってくれよ! な?」
シーバスに両手を握られて懇願され、困ったような笑みを浮かべる。
そんな姿は、まるで、告白されて返事に困る絵図のようで。
「あらあら〜、お兄さんったらモテモテね、アティ」
などと周りで面白がったものだから、いたいけな少女が本気にとっても無理はない。
「え?」
「おわっ!」
ウィルに迫るシーバスを力一杯突き飛ばし、彼を守るように2人の間に割り入って両手を広げる。 まるで悪漢から守る楯のようだと、誰もが心の中で呟いた。
「な、なにすんだ、アティ!」
「……め!」
ウィルが嫌がっているように見えたのだろう、アティはシーバスに『近寄るな』と言わんばかりの睨みをきかせる。 その可愛いナイトっぷりを微笑ましく思う者もいれば、 グレイの息子のように面白く思わない者もいるのだが…。
ただ、当事者であるウィルだけは、
(こんな小さな先生にまで庇われる僕って、一体……)
と、ちょっと明後日な事を考えていた。
「何だよ、アティ。前は『お兄ちゃんお兄ちゃん』って、俺の後をついてきてくれてたのに…」
寂しそうに嘆くシーバスは軽く無視され、アティが心配そうにウィルを見上れば、返ってくるのは極上の笑み。
「大丈夫だよ。助けてくれてありがとう、アティ」
「!!」
ウィルとて人の子。
好きな相手には他人に向ける微笑より3割増になっていたとしても仕方が無い。
グレイ曰く、3割増のキラースマイルはアティにしっかり向けられる。
無自覚ゆえに罪作りなウィルであった。
「あ、あれ…?」
ウィルに頭を撫でられたアティの顔が、見る間に完熟したシルドの実のように赤く染まる。
「何だか顔、赤いけど…熱でも出たのかな、大丈夫?」
力一杯縦に首を振り何でもない事をアピールする少女。
そんな、明らかにウィルを『異性』として意識し始めたアティに、グレイは面白がって芽生えたばかりの彼女の乙女心を煽る。
「おぅ、アティ。この兄さんはな、軍のエリートだ。どんどん出世していくぞ〜?」
「………?(不思議そうに首をかしげる)」
「今のうちに唾、つけとけ」
「???(まだ考える)」
「な、なにを言ってるんですか、貴方は!」
「嫁さんにしてもらえー、アティ」
「〜〜〜〜!!?」
「グレイさんっ!!!」
2人同時に赤面したのを見てグレイは意外そうな表情を浮かべたが、すぐにニヤニヤとからかう様な笑みを見せたため、 ウィルはしまった、と心の中で舌打ちする。
「え、なんだよ、お前さんもマジなのか? そーかそーか、まぁ今の年齢じゃ犯罪だが、あと5、6年もすれば充分許容範囲だ。 全面的に応援するから式には呼んでくれよ?」
「あのですね、そんな事言って彼女が本気にしたらどうするんです。いたいけな少女をからかわないで下さいよ……」
豪快に笑うグレイに、ウィルは呆れとも諦めともいえる深い溜息をつくのだった。




*




「えーと……」
深夜。枕とぬいぐるみを持って部屋を訪れた客に、ウィルは言葉を失った。
一難さってまた一難。
ゲンジが教えてくれた『ことわざ』が頭に浮かぶ。
というのも、
「今日は色々あったからな、アティも俺んとこへ泊まっていけ。勿論ウィル、お前も」
アティには両親と共に暮らしていた家がある。
グレイ達夫婦はもう少し大きくなるまで自分達と一緒に暮らそう、と 勧めてくれていたが、アティが頑なに拒否したため、彼女は幼いながらも一人暮らしの生活をしていた。 自活、とはいかないが、自炊もそれなりにしていたし、洗濯や掃除もこなしていた。 しかし、流石に今日の事を考えると大団円とはいえ、気持ちが高ぶってる今、一人にしておくのも何かと心配である。 丁度いい事に、ウィルという部外者のいる今がチャンスとばかりに、自宅へと誘う。お泊り会のような雰囲気に もっていこうという考えだろう。
ウィルもその考えに賛同し、二つ返事で了承したのだが。
「…でもその前に」
「?」
「2人とも、お風呂に入ってらっしゃい。森の中を駆けずり回ったからあちこち汚れてても仕方ないけど、流石に ベッドまで汚される訳にはいかないわ」
そう言われて追い出されるように風呂場に押しやられ。
気付いてみればそこにはアティも一緒にいて。
声にならない悲鳴をあげたのはウィルの方だった。
だが、混乱するウィルをよそに、アティは嬉しそうに彼の手をとり風呂場を指差す。
「え…? 一緒に入るの…?」
こくこくと頷き、にっこりと笑う。
「で、でもほら、君、女の子だし……ね?」
言外に駄目だと匂わせれば、途端に花がしおれるかのように笑顔を曇らせしゅんとなる。 ウィルにとってそれはクリティカルアタックとも呼べる攻撃技。
「……わかった……君がそう望むなら一緒に入るよ……」
(僕は一応断りましたからね、先生。怨むなら自分を怨んで下さい)
しかし、大人になったアティがこの事実を知ったとして、幼い自分の裸を見られた事に衝撃を受けるよりも、 今、自分の前にいる青年の裸を見てしまった事の方が衝撃が大きいであろうことを、当のウィルは気付いていなかった。
そんなやりとりがあって、今、やっと一人になり今後の事を落ち着いて考えられる時間がきたというのに、これは一体どういう事だろうか。
「ここは僕が借りた部屋で、アティは確かグレイさん達と一緒に寝るはずじゃ……」
頬を染めてもじもじと、何か言いたげな素振りでこちらを見つめる。
その可愛らしさは犯罪級だった。
いや、意外と確信犯なのかもしれない。グレイあたりにでも唆されたのかもしれない、と、ウィルは有り得ない事を必死に想像する。 一体彼は自分に何をさせようというのか。
とはいえ、このまま彼女を追い返せば後々しこりを残しかねない。 それならば今一緒に過ごす事も必要と呼べるのだろう。
ウィルは覚悟を決めて腕を伸ばす。
「……おいで?」
溜息を隠し、布団の端を捲って彼女を招いた。
アティは嬉しそうに走りより、きゃっきゃと声をあげて布団の中のウィルに抱きつくが、 ウィルはそんな彼女の行動をたしなめるように、唇に指を軽くあてると、耳元で囁く。
「静かに。皆が起きちゃうだろう?」
「……(こくこく)」
腕の中で静かになった彼女に安心し、ウィルは瞳を閉じる。
(……先生、これも時効にはしませんからね……)
アティだと思うから変に意識するのであって、ただの子供だと思えば何のことはないのだが、悲しいかな、 そこまでにウィルは大人ではなかった。
「おやすみ、アティ…いい夢を」
こうして、ウィルが思索に耽る事の出来ない夜が明ける。

「アティ、お前、意外に積極的だったんだな。ウーの寝床に潜り込むなんてよ」
運悪く、丁度飲んでいたお茶に思い切りむせこんだ。
「…っ、ごほっ、…なっ、馬鹿な事言わないで下さい!」
ウィルの抗議は聞こえない振りを決め込んで、グレイは続ける。
「でもなぁ、男の腕枕で寝るのはまだ10年早いぞ。女はもっと慎みをだな…」
「あら。そんなに待ってたら他の女の子に取られちゃうわよ。こういうのは先手必勝よね」
アティは両者の意見にうんうんと頷きながら、夫婦の会話を真剣に聞いていた。 ちなみにウィルを『ウー』と名付けたのはグレイで、まだ上手く言葉を発せられないアティにも 簡単に呼べるようにと配慮して命名したようだ。
「俺よりつい昨日来た奴の方がいいっていうのか、アティ……」
いつの間にかやってきたシーバスは、共に朝食を食べながら恨めしそうに呟く。
そんな彼に、グレイの妻はフォローにもならない台詞をあっさりと言ってのけた。
「仕方ないわよ。アティだって女の子なんだから、ハンサムで強くて頼りになる男の人の方 がいいに決まってるじゃない。ねぇ?」
確かに学生時代、群を抜いて人気があったウィルであるが、こう面と向かって誉められるのに慣れていないため、 思わず頬を染めてしまう。そんなウィルの態度に子供なりにも嫉妬心が芽生えたのだろうか、彼の腕を とり、グイグイと引っ張ってどこかへ連れていこうとするアティの姿に、グレイは思いついたように「そうだ」と発案する。
「ウー、すまねぇが子供らの勉強を見てやってくれねぇか」
ちょっと手が足りないんだ、というグレイの言葉の真意を汲み取り、ウィルは「構いませんよ」とあっさり承諾した。
アティもウィルが教えてくれるのなら、と、嬉しそうに仕度し始める。聞けば、両親の死後、学校に行かない日が続いていたのだという、 そんな彼女がこんな事でやる気になってくれたのかと思うと、ウィルは胸に暖かいものを感じると同時に、いずれ訪れるだろう別れの日 の事を思い、複雑な心境だった。

「……それじゃみんな、もう一度掛け算のおさらいをするよ」
「「「はーい、先生!」」」

グレイ達が誘拐事件の真相を探っている間、ウィルは子供達の勉強を見る約束だった…はずなのだが…どういう訳か、 彼は今、20名近くの子供を前に、村の学校で『青空教室』なるものを開いていた。
青空の下、子供達が九九を唱える可愛らしい声が小気味よく響く。
最初はグレイの家で、彼の息子とアティの2人の勉強を見ていた。
が、そこへ遊びに来た少年達が勉強に熱中する彼に「遊びに行こう」と誘い、彼に「否」と断わられたにも関わらず 諦めきれなかった少年達は、その授業風景を見ているうちに自分達も興味を惹かれ、知らず知らずのうちに参加。 それが二度程繰り返されれば勉強部屋に入りきらなくなるのが道理というもので、グレイの妻提案の下、学校を使用する事になった という訳だ。
初めは教室を使用してもいいと言われたが、自分はここの先生ではないし、このスタイルの方がやりやすい、と、ウィルは外にあった大木の下、 黒板を準備し、即席の青空教室を開催する。というのも、堅苦しくなく、誰でも自由に参加できるように配慮しての事で、 それが効あってか、授業内容の異なる、歳の少し離れた子供達も分からないところを質問にきていた。
(島でも先生はやってたけど、まさか、『先生』に教える日が来るとは思ってなかったな)
同い年の子供より休んでいた分遅れをとっているものの、元々飲込みが良いのだろう、教える事をどんどん吸収していく力は、 成る程、軍学校で首席をとるだけの力がある。
「どうやらお昼みたいだね。今日はこれでお終いにしようか」
正午を知らせる鐘の音が村に響き渡り、ウィルは本を閉じた。
これで自分の役目も終わると安堵した矢先、生徒から不満の声があがる。
「…え? 君達、まだ僕の授業を受けたい…とか?」
途端に生徒達の目が期待に満ちた眼差しでキラキラと輝く。
やれやれ、といった感じで苦笑するウィルだが、こう期待されては無下に断れない。 もう充分『先生』が染み付いている自分をウィルは少し嬉しく思った。
「わかったわかった。それじゃ、一時間後にここに集合。午後は体育!」
皆から歓喜の声が湧き上がる。
「昼食はきちんととってくること、それと、動きやすい服に着替えてくること。いいね?」
はーい、と元気よく自宅へ向かう子供達の姿を見送りながら、ウィルは島の子供達が蓮ジャンプを競う姿を 思い出し、思わずその顔に笑みを浮かべた。ほんの2日だけというのに、もう何日も会っていないように感じる。 あの、愛しい笑顔にも。
「…あ」
ふと、袖を引かれて意識を戻せば、そこには不安げに自分を見上げる瞳があった。
「アティ、待っててくれたのかい?」
コクリと頷き、途端に腕にしがみ付く。
(僕は……大変な過ちを犯してしまったのかもしれない…)
過剰に接触しすぎた。
ここで自分が彼女の前から姿を消して、未来の彼女に影響しないだろうか。
アティが『立ち直ったは村のみんなのおかげ』と言っていたことから、今の自分の干渉は彼女の中には 無いと考えるのが妥当だろう。
(あの人は大人になった時、覚えてくれていたんだろうか)
(この時、どんな気持ちでいたのかを)
(この繋いだ手のぬくもりを)
「……忘れてくれていた方が、いい…」
「……?」
頭を撫でられ、くすぐったそうに笑い、身を縮めるアティを見つめるウィルの眼差しは、どこまでも甘く、 優しく、そして悲しみの色を含んでいた。




*




午後は皆で球技を行った後、年長の少年達がウィルに剣術の稽古を申し出たため、 今度はにわか武術教室が開かれるハメになる。
基礎はある程度グレイに学んでいるらしく、どうやら少年達の本当の目的は『腕試し』のようで、 軍学校首席のウィル相手にどこまで自分の力が及ぶのか試してみたかったのだろう。 昨日は召喚術しか見せていないため、剣術ではなく、召喚術の力で首席になったのだろうと 大きな勘違いをしている彼らだったが、実際、手合わせしてみて自分がどれほど愚かであったか 身をもって理解する羽目になった。
「……せんせぇ、強すぎ…、んな本気でやらなくなって…もっと手加減してよ…」
「手は抜いてる。ただ、君達に自信をつけさせるのは危険だと判断したから、これ以上は優しく出来ないんだ。ごめんね」
「……ちぇっ、やっぱカッコいいな、先生」
見ているギャラリーからは常に歓声が沸き起こっていた。
特に女子の黄色い声は学生時代を彷彿とさせ、ウィルは照れ臭さに頭をかく。
「よぅ、ウー先生さん。面白いことやってるな」
「シーバス」
「俺もちょっと混ぜて欲しいんだけど?」
調査の方はどうしたのかと訊けば、休憩中だという返事が返ってくる。どうやら歓声を聞きつけてやってきたようだ。 なんとも野次馬精神旺盛な青年だろう。
「いいけど…先に言っておくけど、僕、体術もやってるよ?」
「げ。おま…そりゃ反則だろう……」
剣を使わないなら勝機はあると睨んでの挑戦に、一縷の望みも無いと知ってシーバスは肩を落とす。 ウィルの実力を知る者からすれば、元々無謀な事。痛い目を見る前に教えてもらって良かったじゃないか、と皆そう言うだろう。
どうする、と分っていて尋ねるウィルに「いい性格してるよ、お前」とシーバスがぼやいた時、切羽詰った声と共に男が駆け込んできた。
「軍人さん、大変だ! 頼む、すぐ来てくれ!!」
何が、とは聞かず、すぐに男に案内されるままに走る。
案内された先は昨日少年を運んだ医師の家で、そこには自警団の若い男が一人、血塗れで横たわっていた。 意識は無いが息はある、しかし一刻の猶予も許さない状態であることは誰の目にも明らかだ。
ウィルはすぐにサモナイト石を取りだし、セイレーヌを召喚する。
治癒の光を浴び、男の傷は次第に癒えてゆく。光が消え、目に見える傷が塞がったのを確認するとウィルはようやく緊張を解き、 息をつく。だが、助けられて良かったと安堵したのもつかの間、意識を取り戻した男の口から衝撃の事実が告げられた。
「……俺は……」
「ここは村の診療所だよ。傷は塞いだけどあまり喋らない方がいい」
「グレイ、さんは、無事、ですか…?」
「……え?」
「…墓の近くで、急に、襲っ……われ、て、僕を逃がす、為に囮に……」
それだけ聞くと、事態を飲み込んだウィルは立ち上がる。
「僕が行きます。シーバス、君は自警団の皆に連絡を。僕が合図するまで集団で行動するように、と。 単独行動は厳禁だ」
「あ、ああ」
「それと、花火か何か、打ち上げられるものを用意してもらいたい」
「それなら私が…!」
「お願いします。僕は準備出来次第、出発します」
村人を指揮するウィルの姿は、とても卒業したての青年には見えないと誰もが思った。
指揮系統がしっかりしているのが幸いして、準備はすぐに整い、ウィルは自警団の三分の一程の人数を連れ、森へと向かう。 全員を連れて行けば村の守りが手薄になる、その間を狙われては流石のウィルも手出し出来ない。 ウィルと一緒に行くと言って聞かなかったシーバスを村に残したのもそういう理由だ。
万が一にも、次の自警団をまとめる人間を失わせる訳にはいかない。
そういってようやく説得に応じたシーバスに後を任せると、ウィルは不安に震えるグレイの妻に「絶対につれて帰ります」と 約束し、腰に下げる剣―――己の分身とも呼べるフォイアルディアの柄を強く握った。
見晴らしの良い辺りで自警団を待機させ、ウィルは昨夜アティを追った道を辿る。
少しの油断も許されない。
僅かな変化も見逃さないよう、ウィルは神経を集中させ気配を手繰る。
「……!!」
気の乱れ。
それは非常に良く知る人物のもので、一番大切な人のもの。
開けた道の先に広がる墓標の群れ、その中に男2人と、彼らに雁字搦めにされもがく少女の姿を見つける。
「アティっ!!」
「……っ、ウー、ウー!!」
「どうして、ここに…」
ウィルの声と姿に、アティは必死で叫ぼうとするのだがパニックで余計に声にならないのだろう、ウィルの名を呼ぶ他は 掠れた音が喉からヒューヒューと漏れるだけだった。
グレイの事が心配で後を追ったのだろう、しかし見つかっては連れ戻されるのが分っていたため、大人の知らない近道を使い、 結果、ウィルよりも先についたアティは危険に遭遇してしまったのだ。
「…おい、あの服…軍人じゃねぇのか?! マズイぜ、嗅ぎ付けられたんじゃ…」
「けっ、たかが軍の犬一人、たいした真似出来ねぇよ。ま、そろそろ潮時だ、集まるもんも集まったし、ずらかるにはいい頃合だ。 こいつを始末して口を封じて終いにしようや」
「……という訳でな、兄ちゃんにはここで死んでもらうわ」
「ん? なんだぁ、声も出ないほどびびってんのか?」
「はぁ……本物の馬鹿ですね、貴方たちは」
男達の高らかな笑いは、ウィルの盛大な溜息と毒舌によってピタリと止む。
「聞きもしない事をベラベラと…まぁおかげで貴方達の企みも分りましたが」
「なんだと?!」
「……森に来る子供達を誘拐し、ここに隠して、ある程度数を集めたら仲介人に連絡し、売買契約を結ぶ。 子供を捜しに来た村の人は召喚獣を使って追い出し、ここに近寄らせないようにした。昨日僕らに手を出さなかったのは、暗い中、 僕らの数が正確に把握出来なかったから様子を見ていた………どこかに間違いでも?」
どこまでも自信たっぷりなウィルに返す言葉が無かったのは、その言葉通りだったせいだろう。 悔しさに口を歪ませるが、口では敵いそうもないと判断した男達は、あろうことか、手の中のアティに手を出そうとした。
「く…くそっ、それ以上近付くな! こいつがどうなってもいいってのか?」
「あうっ!」
「っ!」
「へ、へへ…、ほら、その腰に下げた物騒な物をこっちに寄こしな。でないとこのカワイ子ちゃんの顔に…」
男はアティの頬にナイフをピタピタとあてる。
アティは恐怖に息を呑み、身体を押さえつける腕の痛みに顔を歪める。しかし、どんなに辛くとも、声を出すことが、ウィルを呼ぶことが 出来ず、ただ涙だけが零れた。
そんなアティの様に、ウィルの中の何かが音をたてて切れた。
「―――彼女に触るな」
剣呑な雰囲気に圧され、男達はビクと身体を強張らせる。
「彼女を傷つけたら許さない」
ウィルの背後にゆらりと炎が見えたかと思うと、それは徐々に大きくなり、やがて異形の獣の姿を形取る。
白い獅子のようなそれは、牙王アイギスという獣界の王とも呼べる召喚獣。その証拠に、男達の呼び出したであろう メイトルパの召喚獣達は、ウィルの気迫とアイギスの圧力に怯え、屈服の姿勢を見せている。
元々の契約主ではない彼らに従うほど、彼らに力は無いのだろう、男達の命令を遂行する従順な召喚獣はいなかった。
男が怯んだ一瞬の隙をついて、アティは自らを拘束する腕をすり抜け、一目散にウィルの元へと走る。 しかし、この状況下ではアティが最後の切り札である彼らにとって、彼女に逃げられては自分達の安全は保障されない。
「あっ!」
運悪く石に足を取られたアティがバランスを崩し、地に倒れる。 その隙を見逃さず、追いついた男は彼女に向かってナイフを振り上げた。が。
同時に激しい轟音が男の周囲に地面を揺らしながら轟く。
召喚術の光。
運よく直撃しなかった、というレベルものじゃない。
これは『故意』に避けたのだ。寸分の狂いもなく、測量器のような正確さで。
周囲は自分達と墓標を綺麗に避け、他は焼け野原のような状態。 恐怖で固まる身体に、視線だけ動かしウィルの方へと向ける。
彼は深緑色の瞳の奥に、黒い闇を浮かべてこう言った。
とても10代と思えない、怒気を孕んだ、それでいて冷淡な声で。
「―――触るな、と、僕は言ったはずですが?」
それきり動けなくなった男の下から這い出ると、アティは今度こそ頼もしい腕の中へ飛び込んだ。
「ウー!」
「アティ! ……良かった、無事で…」
きつくきつく抱きしめる。その温もりにようやく安心したウィルは、まだひっついていたい彼女を下ろし、男達をロープで縛り上げると 持っていた合図用の花火を点火した。
その音と光に自警団の面々がかけつけて―――後は、男達から子供達の居場所を聞きだすと、そこに共に捕えられていたグレイを 無事保護して―――この事件は終結を迎える。解決に多大なる尽力をつくしてくれた人物の正体は謎のまま、この村の語り草となって。




*




「……君か」
あれから数日が過ぎ。
ウィルはアティの両親が眠る墓標の前に立っていた。
「ウー、お花…」
「うん、召喚術でね、ちょっと。こないだ滅茶苦茶にしてしまったから」
墓標の並ぶこの丘は荒れた土と砂ばかりだったが、今は沢山の花と緑に包まれている。
「覚えておいて、アティ。召喚術は戦うためだけにあるんじゃない、本来はこういう風に力を借りるものだと僕は思う」
セイレーヌとドライアードの召喚術で、ウィルはこの場所を花で埋め尽くした。彼女が「寂しがる」と、両親を思って泣かないように。
「…行こう」
「ん…」
手をとってゆっくりと歩く。
何も言わなかった。
アティも気付いているのだろう、別れの時が近いであろうことを。
この手が離れていってしまうことを。
「……ここで君と出逢ったんだよね」
森の中の泉。
泣いている少女に呼ばれ、この時代に迷い込んだ。
「あの時の僕は、やっぱり怪しかったかな?」
水の中から現れて驚かない方が稀だろう。あの時の彼女の反応はいたって普通だ。
「……う…っく……ひっ…く…」
耐え切れずに涙が零れる。
「泣かないで、アティ……僕は君に泣かれるのが一番堪える」
それなら行かないで、そう言いたいが、そうしたら彼をもっと困らせてしまう。
アティはウィルの胸に顔を押し付ける事で、零れてしまいそうな言葉を飲み込んだ。
「……ウーの、ウソ、つき……」
「……ごめん……」
「……ずっと、い、しょいるって、言ったのに…!」
「……ごめん……」
ウィルはポケットから碧色の石がはめ込まれたブローチを取り出すと、アティの襟元につけてやり、そうして彼女の頬に 口付けを落とす。
「ウー?」
コホンと一つだけした咳払いは照れ隠しの証。
「…ごめん、というか…お詫びの印ってことで」
「?」
「大丈夫、いつかきっと会える。君が大人になったら迎えに行くから……未来で会おう」
泉の水が溢れ、周囲が光で包まれる。
「そしたら今度こそ、ずっと一緒だよ」
「ホント?」
「……ああ、これがその約束の印」
「これ?」
ウィルはアティにつけたブローチの石に手をかざす。
「スリープコール」
「!」
「……10数えたら、君は全て忘れる…全ては皆、夢になる……1、2、3、……」
「…ウー……」
「……7、8…」
「……ウィ……」
「……10……さよなら、先生。また未来で」
「…ウィ、ル…」
「貴方は僕の誇りです。ずっと…変わらず」
光が消えた後、残されたのは一人の少女とその襟元に輝く碧のブローチ。
「……あーあ、やっぱ行っちまったか」
一部始終を見ていたグレイはやれやれ、と倒れているアティを抱え上げる。安らかな寝息を立てる彼女の顔には、 穏やかな微笑みと、そして涙の跡。
「……なんだかもう嫁にだしちまった気分だなぁ、おい」
見上げる空の向こうに、眠る親友を思って呟く。
まるでそれに答えるかのように、木々が風にざわざわと揺れていた。


(―――誰かが、呼んでいる)
(いや、泣いている……この声は)

「……せん、せい…?」
ゆっくりと重い瞼を開ければ、そこには涙を浮かべて見つめる蒼い双眼が自分を見下ろしていた。
風の匂い。優しいマナで包まれた緑の楽園。そして目の前の大切な人。
帰ってきたのだと実感した瞬間、抱きしめられた。いや、『抱きつかれた』というのが正解といえよう。 鼻をくすぐる甘い香りに、ぼんやしていた意識が途端に覚醒する。
「……おかえりなさい……ウー、お兄ちゃん」
「って、ええっ!」
瞳に涙を浮かべながら、花が開くように笑う。
幼い頃の、あの笑顔と変わらない彼女の微笑み。
「ずっと呼んでた…ずっと待ってたの。貴方が帰ってくるのを…だって気付いてしまったから。 私に笑顔をくれた人は、本当は誰だったかって」
アティは襟元のブローチに手をかざす。
「セイレーヌ、来て?」
ブローチの中央が緑に輝き、そしてセイレーヌが召喚される。
「先生、どうして…」
「……ウィルが誓約した石だもの。わからないはず無いよ。それにね、前に一人で考え事をしてたら、 どうしてか彼女が現れて……唄ってくれたの。まるで私を慰めてくれてるようで…嬉しかった」
「先生…」
「で、あんまり不思議だったのでアルディラにこっそりお願いして調べてもらったら、このブローチの石、 サモナイト石を加工したものだっていうじゃないですか。しかも誓約主の魔力を辿れば、どうしてかウィルに行き着くし。 ……で、セイレーヌにお願いして彼女の記憶を見せてもらったんです、水に映して……って、ウィル?」
ウィルはそれ以上は止めて欲しいといわんばかりに、頭を抱えこんでいた。髪の隙間から覗く頬も耳も、これ以上ないほど 赤く染め上げて、ウィルは声にならない声で唸る。
「……降参しますから、もう許して下さい……」
「わかりました、許してあげます。…おあいこ、ということで」
「え? 何が、です?」
「わっ、分らなければいいんです! あは、あははは…」
本当に分らないのか、首を捻るウィルに、アティは内心ほっと安堵する。いくら幼い自分がしでかした事とはいえ、 彼とお風呂に入ったり、一緒の布団で眠ったり、それを全て自分から行ったのだ。出来る事なら記憶から抹消したい。
「……それにしても、メイメイさんがいないのにどうしてあんな事が出来たんだろう…」
「界の狭間は色々な世界に通じてる、って言ってましたし、あの世界には時間が存在しないらしいので、 迷い込んでしまったのかもしれませんね」
今のウィルは抜剣者ゆえに、境界線(クリプス)の力の影響も考えられるが、理由はどうだって良かった。 ただ、彼女が救われた、その事実だけがあれば。
アティはウィルの両手を取り、己の指を絡ませる。
「ありがとう、ウィル。約束、守ってくれて…迎えに来てくれて」
「……これからもずっと、一緒です。先生」
そう答えれば、少し頬を膨らませて拗ねたように口を尖らす。この答えじゃ駄目だったのかとオロオロするウィルに、 アティは自分より数段高くなった教え子を上目遣いに睨んだ。
「…もう、いつになったら名前で呼んでくれるの?」
小さい頃はちゃんと名前で呼んでくれたのに、と不満を漏らすアティに、あの頃の彼女を『先生』と呼べば怪しさ全開だろうと 心の中でツッコミを入れるウィル。
まぁそれはともかくとして。
「わかりましたよ……それじゃ覚悟して下さい?」
ウィルはまだブチブチと自分への不満を吐き出す恋人に向かって、彼女を降参させるであろう例の技を意識的に試みてみる。 グレイ命名、あの『キラースマイル3割増し(当社比)』だ。
「……?」
「……アティ、貴方に永久の誓いを」
「○□△☆??!!!!」
へなへな、と力が抜け崩れ落ちる身体を、寸での所でウィルが支える。
「おっと。大丈夫ですか、先生?」
今度は嬉しそうに、からかう様な笑みを浮かべる。
ほんっとに凶悪。心臓に悪い。
「……で、どうします? 続けますか?」
「……わかってて言ってるでしょう、ウィル…」
数年振りに帰ってきた教え子は、一回りも二回りも意地が悪くなったようだ。
(あの純情なウィルはどこに行ったんでしょう……)
頬にキスしただけで気絶してしまった在りし日の彼を思い出し、アティは溜息をつく。
だが。
あの頃の少年も、今ここにいる意地悪な青年も。
どちらも自分の好きな人。
少年時代の彼は、大人になった自分に『恋』をくれて。
大人になった彼は、子供の頃の自分に『恋』をくれた。
どちらの彼も、自分にとって特別な人。
「もういいです、先生で」
でも…、とアティはちょいちょい、とウィルを手招きする。
「?」
内緒話でもするかのように、顔を寄せた彼の耳に両手を寄せて呟くアティ。そうして 紡がれた言葉に、ウィルは一瞬きょとんとして、それから柔らかに笑った。
あの少年の頃のような笑顔で。
「ええ、もちろん」




――― 2人っきりの時は、名前で呼んでね。

界の狭間に置き忘れた『恋心』は、長い歳月を経て、今持ち主の元へと還った。




(貴方は私の誇りです、ウィル)







後書きという名の言い訳。

はい、こじつけ大好き大王のHALです。
今回もえらくすみません。最初に謝っておきます。
見事なまでのこじつけ設定+オリジナル。
最後まで読んで下さった貴方は、相当心の広い持ち主とみました!有難うございます。
で。余談というかなんというか。
途中まで書いていて千と千尋を見ていたら、「なんだかこれ、千とハクっぽい?!」 みたいな感じがしてちょっと戸惑ってしまいました(笑)
(全然似てないんだけど、イメージ??)
(一度あったことは忘れない、だか何だかそんなような事を言ってた)
思わずアティ視点でも書きたくなったんですが、時間がなくて無理でした。というか、これ以上長くなったら 大変なので…あはは。

アティ先生の首元のブローチが緑だったので、なんとなく浮かんだネタだったんですが、実は最初もっと暗かったんです。 というのも、ウィルが紅の手袋に勧誘?されている時に召喚術が暴走してタイムスリップして…そこはアティの両親が 死んだその場所、というか、その瞬間で、罪の無い村人がただ殺されていく様を呆然と見つめ、パニクって再び暴走召喚、 という始まりだったんです。いやー、暗い。
ただ、暴走召喚だけじゃ設定が甘いなぁ、と、界の狭間を抜けて過去への道を開いてしまう、今の設定へと変えました。
なるべく暗くならないように何度か書き直したので、変にギャグっぽかったりする場面が時々入ってしまうのは私の足掻き…。 恋愛が入らなくてもいいような感じがしたんですが、せっかくウィルアティで書いてるので。
それにしても久し振りに書いた二人なので、こんな口調だったか、非常に怪しい…。一応サモ3ビデオを本編と番外編と 見たんですけど…この時期のウィルの口調は想像なので…。
(後半のキレるシーン、なんだかGHのナルみたいだなって思ったのは内緒 ←ちょうどGH同人ばっか読んでいたせいです)

ずっと脳内ネタで温存して、このまま書く事はないだろうと思ってたんですが、とある方のひとことで何か書き上げてしまおうと 勢いづいて、今、この後書きを書いているワケです。
(K様、有難うございます。おそらく読んでないと思いますが;)

なんか後書きまで長くなってしまいましたが…最後まで読んで下さったウィルアティ好きの皆様に大感謝!しつつ、 この辺で終わりにします。

(追記)
入れたかった台詞を入れ忘れてることに気付き、慌てて入れてみたんですが…もう入るところがなくって、ちょっと変かも。


(07.02.03 HAL)
(07.02.04 一部修正)