笑顔の裏側



本当はまだ、誰にも話していない事がある。
でも、真実を知ってみんなは変わらない笑顔をむけてくれるだろうか。
軽蔑されないだろうか。

あの子に。


「先生?」
浜辺で一人、月光浴をしていたアティに声をかけたのは彼女の教え子の一人、ウィルだった。
少年とは思えない思考と鋭い洞察力を持つ彼に、アティは時々助けられる。
まるで自分の方が生徒みたいだ、と、感じるほどに、彼の言葉は心を打ち、彼女の心を救う。
そして今日も。
今日も彼は彼女の元へやって来る。
「無理、してたように見えた?」
何も言わずウィルは彼女の隣に腰掛けた。アティは彼に視線を向けるわけでなく、月を見ながら呟く。
まるで独り言であるかのように。
アティが軍を辞めた理由と両親の死の真相が皆に知れたのは、つい先日のこと。
だが、事実を知った仲間から励まされたり言葉をかけられるたび、彼女の心は酷く痛んだ。
『優しい』
『強い』
一言一言が重く圧し掛かるように、アティの心を揺らす。
「別に気にしている訳じゃないの。ただ、私、そんなに凄い人間じゃないですから…」
ちょっと恥ずかしいな、って。そう微笑むアティに、ウィルは笑い返しもせず、眉を顰めた。
「笑いたくない時は笑わなくていいんですよ、先生」
「え?」
「…大切なモノを奪われた事の無い人間が偉そうに意見を言ったって、それはただの詭弁だと思う。 憎んで当然なんだ…例え貴方が復讐したとしても、僕らがそれについてどうこう言う権利は無いんだ」
淡々とした語り口調は、とても少年のものと思えない。
まるで自分の本心を覆う闇を照らすかのような強い光。
表情一つ変えない彼の、恐ろしく澄んだ瞳に魅入られるように、アティは視線を外せずにいた。
「でも」
言葉を発しないアティの顔をじっと見た後、ウィルは突然その緊張を解き、緩やかに微笑む。
「僕は、先生がその人を殺めなくて良かった、って思う」
その言葉はアティの心を溶かすに十分であった。
「もう…先生はまた泣く…」
「〜〜〜っ、ウィルくんが悪いんです…」
「僕のせいですか? 全く…」
両手で顔を覆ってしまったアティの頭を、幼子をあやすように、なだめる様に優しく撫でる手。
いくつも年下の彼に救われてしまったという事実に、流石に顔を上げられず、アティは自分より小さなその手を そのままにした。


(本当は―――憎んでいた)
(ただ、忘れようと、封じ込めようとしていただけ)
(でも、敵国の諜報員を捕らえた時、私の中の抑えていた感情が一気に溢れ出して……)
(憎しみのまま、剣を振り降ろそうとした)
(でも)
(幼い私の姿が重なって、出来なかった)
(躊躇った)
(迷ってしまった)
(この人にも家族が、大切な人がいるという事を思い出してしまった)
(きっと、軍人である限り、私は、いつも敵の姿に自分を重ねてしまうだろう)
(己を斬る強さを、非情さを持たなければならないだろう)
(でも、私はそんなに強くない)
(自分を斬る事なんて出来ない)
(皆の笑顔に支えられて、やっと自分を取り戻した私を斬ることなんて出来ない)
(私を斬ることは、私の心を斬る、ということ。私じゃなくなる、ということ)
(悲しみも、虚しさも、もう、たくさんだから)

(だから私は軍から去った――――)


実際、彼がどれだけ自分の事を判っているかなど、アティにはわからない。
しかし、こうして隣に座り、欲しい言葉をくれるのは他の誰でもない、ウィルなのだ。
仲間達は皆、優しい。
励まし、支え、助けてくれる。
だが。
「…貴方の笑顔にはもう、騙されませんからね」
僕は、と小さく付け加え、月を見上げるウィル。
その視線を追い、アティも同じように空を見上げる。
月は穏かに、二人を照らしていた。


end.


ゲーム13話以降。
ウィル…一体君はいくつなんだ? と、突っ込みたくなるような話…
ゲーム中で語ったアティさんの気持ちですが、まだ理由が足りないような気がしまして。 敵を許すまでに至った経緯が欲しかったんです。これでもまだ理由としては書き足りないのですが、 あんまり書きすぎるとアティさんじゃなくなるのでこの辺に抑えておきます。
メイメイさんにアティさんの笑顔の奥にあるものを見つけられるのはウィルだけ、と言われたので、 そういうつもりで書いております。…ウィルもお母さんをそうした理由で亡くしたのかしら? お父さん、再婚してないし。ううむ…謎…。

※ウィル×アティ22のお題「もしも」で初め書いてたものです。