〜88888hit リクエスト〜






最近、ウィルがよそよそしいような……そんな気がしてなりません。

ソノラとかクノン達とはよくお話しているのに……

難しい年頃ですし、気にする事はないってミスミ様は言ってくれましたけど

胸が、少しだけ痛い。寂しいのかなぁ、私。

子離れ、みたいに私も「生徒離れ」しなければいけないのでしょうか……









SWEET×SWEET





「ってね。アンタ、あんまり先生に心配かけるんじゃないわよ?」
言葉だけ聞けばさぞ心配しているように感じられるが、実際零れんばかりの笑顔で言われても説得力に欠ける。 面白がっているようにしか見えないスカーレルの言葉を半分無視して、ウィルは手元の本に意識を戻す。
「あら。かわいくない態度」
スカーレルの魂胆などお見通しだ。アティを心配する振りをして(勿論心配もしているのだが)、彼女の言動に 踊らされる自分を見てからかおうというのだろう。なんて単純なんだ、とウィルは呆れ混じりの溜め息を吐く。
(そんな見え透いた手に乗るもんか)
「大体、他人の日記を盗み読みするなんて良識のある大人のする事じゃないでしょう?」
「あら〜、人聞き悪いわねぇ。センセの部屋に行ったら、センセが机に突っ伏して寝てるんだもの。風邪引かないように 毛布をかけてあげたんじゃない。その時たまたま目に入っただけのことよ? 不可抗力よ、不可抗力♪」
「…………」
何を言っても勝てない気がする。
早々に諦めたウィルは手の中の本を閉じ、小脇に抱え込む。
「……もうすぐですから」
と、短く告げて。
「ちゃんとフォローしてあげなさいよ?」
「わかってます」

「青春しちゃって〜」
部屋を出て行くウィルの後姿を見送るスカーレルは満足げに微笑んだ。


一方。
「はぁー……」
アティはというと、自室でテストの問題を作成していたのだが思うように進まず、出るのは溜め息ばかりだった。
思考が働かない。
今、すべき事があるのに行き着く思いは一つに集中してしまう。
「……あんな笑顔、私だけに見せてくれてたのに…」
ウィルは誰とでもという訳ではないが、島の住民ともそれなりにコミニケーションが取れるようにはなっていた。 しかし、元来社交的でない彼だ。生死を共にした仲間とはいえ、そう簡単に本心を明かせるほど打ち解け られるものではない。
普段大人ぶっている彼の、年齢相応な笑顔や照れた表情。 自分だけが見れる、自分だけに気を許してくれている、と、いつの間にか思い違いをしてしまっていた。
成長し、大人になっていく事を喜んであげなければいけないのに。
ソノラの前で照れたように、嬉しげに話す彼の横顔。
その表情と声が、目に、耳に焼き付いて離れなかった。
「駄目だなぁ、私。子供みたいで……」
子供染みた感情だと、自分でも分かっている。
人間相手に『とった』『とらない』など馬鹿げている。それではまるで。
「……っ、顔でも洗ってきましょう!」
まるで"嫉妬"―――――
だが、そう思考が認識する前に、アティは考える事を止めてしまう。
考えてはいけない。思考する前に心の底に封じる想い。
それこそが彼女を過去の呪縛から解き放つ『想い』である事に、彼女自身、気付けずにいた。 思考を振り払うよう、アティは頭を大きく横に振る。が。
「あら? どうしたんです、テコ」
気付けばいつの間にか部屋にあったテコの姿。
「……もしかして……ずっといました?」
「ミャ!」
「そ、そうですか…」
ウィルの事を考え、百面相になっていた顔を見られていたのかと、アティは赤面する。
例えテコが召喚獣であっても、ウィルの護衛獣だというだけで今は何とも気恥ずかしい。
「でも…貴方はウィルの護衛獣でしょう? 傍にいなくていいんですか?」
「ミャミャ、ミャーミャ!」
胸をドンと叩き、何やら熱い視線で自分を見つめるテコだが、アティには何の事やらさっぱりだ。 こんな時翻訳機でもあったら、と真剣に思う。
静かにテコを抱き上げ、そっと抱きしめる。
ふかふかで柔らかくて温かくてお日様の匂いがして。
「あたたかい…」
しかし、不意に脳裏を過ぎるものに意識が現実へと引き戻される。
(さっきと同じ……どうしてあの場面ばかり……)
「ミャ?」
アティはテコを抱きかかえたまま、飛び出すように部屋を出た。脳裏に過ぎったものが何であるか深く考えずに。 まるで誰かに助けを請うかのように。

「……で? ここに来たって訳?」
アティの向かった先は、機械集落ラトリクス。
護人の一人、アルディラが管理する機械都市。 見た目の年齢が近いせいもあってか、アティは彼女によく相談に乗ってもらっていた。
「う、ん……アルディラだったら冷静に判断出来るかな、って思って…」
上目遣いに歯切れの悪い口調。いつもの彼女らしからぬその言動に、アルディラでなくともピンとくるだろう。
「確かにあたしはクノンのメモリチェックはするけど…それはちょっと悪趣味じゃない?」
「……!」
「"話せば分かる"が貴方の持ち味なんだから、直接本人に訊きなさい? ま、その女心が分からない訳でもないけど」
「お、おっ、おんなごころ?!」
火を吹いたように熱くなる顔。見えないでも赤く染まっていくのが感じられた。
「あら、違うの? だって、好きな人の事って何でも知りたくなるものでしょう?」
「すっ、す、スき、っ、好……」
からかい混じりの笑顔を向ける彼女に、アティは丘にあがった魚のように口をパクパクさせる。
「ちがっ、私は、…ワ、タシは……!」
心臓が破裂しそうだった。
頭の中も混乱していて、何と言っていいのか、何を言いたいのか、それすらももう分からない。
「ちょ、ちょっとアティ!? 大丈夫?!」
(声が、出ない……言葉も、上手く出てこない…私は、私は……)
しゃくりあげる様な呼吸をするアティに、流石のアルディラも焦りを見せ、叫ぶ。
クノンを呼び出そうにも、苦しげに胸を押さえるアティから離れるわけにもいかず、逡巡するアルディラ。
その時。
「どうしたんです?」
何やってるんですか、と訝しげな声。その聞き覚えのある声にアティは顔を上げる。
「せ、先生?! なっ、一体何があったんですか?」
慌てて駆け寄り、アティの震える手をとったのは。
「ウィ、ル…」
「ほら。この袋を口にあててゆっくり息を吸って……そう…、うん…で、ゆっくり吐いて……」
手馴れた様子で呼吸を促がすウィルに、傍にいたアルディラも感心した様子で見つめた。 そうして徐々に楽になっていく呼吸と共に、アティの心も落ち着きを取り戻し始める。
(甘い……)
袋の中に何か薬が入っているのだろうか。鼻をくすぐる甘い香りにアティの心は和らぐ。 ウィルに背をさすられながら、アティは夢の中にいるような、そんな気分だった。
「どうやら大丈夫みたいね。全く、こんな事で動揺するなんて、ホント、貴方も子供なんだから……」
呆れた口調だが、心配している様子がその声の優しさではっきり分かる。
アルディラのこぼした溜め息は真に安堵の息だった。
「しっかりして頂戴ね……それと、ウィル?」
「はい」
「貴方も上手く隠せないなら始めから隠すのはおやめなさい」
「! ア、アルディラさん…!」
「もう、バレても問題ないでしょう?」
「………それは……まぁ…」
口を濁すウィルと知った素振のアルディラを交互に見比べるアティ。
一体二人は何を隠しているというのだろうか。が、それを考えるとまた胸に痛みに似た感情を生む。
「さ、アティ。ついていらっしゃい? 貴方の可愛い教え子の秘密、見せてあげるわ」
「…え?」
そう言ってアルディラは勢い良くアティの手を取った。

「わぁ…っ、凄い……! これ、全部ウィルが?」
「……先生、ケーキとか好きだって言ってたから……コレくらいなら作れるかなぁ、って」
目の前に並べられた皿一面にあるのは、薄いキツネ色のフワフワしたシュークリーム。 中にはぎっしりカスタードクリームが詰まっているのだろう、その割れた口からは更に生クリームが覗いている。
「ん〜〜! とっても美味しいです、ウィル!!」
頬に手をあて、とろける様な笑顔を向けるアティに、ウィルも思わず微笑んでしまう。
「純度の高い砂糖を精製するには、ここラトリクスでしか出来ません。ウィル様はそれもご自身で作りたいと仰られて、 私がお手伝いしていました。秘密にしていた事、お許し下さい」
「ううん、いいんです、クノン……私、今とっても嬉しいので秘密にしていた事はチャラにします♪」
蓋を開けてみれば単純な話で。
アティのためにシュークリームを作ろうとしたウィルが、その制作場所として選んだのがここ、ラトリクスで。 ラトリクスにあった資料をクノンに解読してもらいながら、ウィルはお菓子制作をしていた訳で。 アルディラが味覚に疎い事もあって、試食をソノラに頼んでいた、というのが真相だった。
「先生を驚かせようと思って、上手く作れるようになるまで秘密にしておいて欲しいって僕が頼んだんです。 でも問題は試食で……スバルやマルルゥ達じゃ秘密にしておけそうもないし、かといってファリエルじゃ食べられないですから」
「で、ソノラに?」
「はい。でも、まさか先生を混乱させてしまう事になるなんて…その……思わなかったので……」
「…っ、あ、いえ! それはいいんです、ええ、その事は!」
その慌て振りに溜らず噴出したアルディラだったが、その様子を見て顔を見合わせた二人もまた、つられて笑いだす。
アティの笑顔を見ながらウィルは思った。
彼女は自分に特別な感情など持っていないだろうと。
ソノラに感じたのは嫉妬ではあっても、恋愛のそれではないという事を。
だが、いつかは彼女も知らなくてはいけないはずだ。
誰か一人を"特別"に想うという感情を。
例えそれが自分じゃないとしても。

(先生、今はまだそっとしておいてあげるよ)
(心配しなくても僕はまだ貴方の生徒でいてあげるから)
(だから、先生もまだ僕の"先生"でいて。今は皆の中の一人でいいから)



「ウィル、そういえばどうしてテコを置いて行っちゃったんですか?」
「え? ああ……先生のボディガードを頼んでおいたんですよ。僕が居ない間、何かあったら、と思って」
「わ、私は平気でスよ!」
「どうだか……先生は平気で無茶しますからね。監視役ですよ……ね、テコ?」
「ミャーミャ!」
「うう…テコまで……ところで、ウィル」
「はい?」
「今度からは試食も私が一番にしますからね! 絶対ですよ?」
「……そんなに力、入れなくても……」
「力も入りますよ。だってウィルは私の"特別"なんですから」
「え?!」
「だって一番最初の生徒さんなんですもん♪」
(だから誰にも渡せません)


この気持ちが『恋』だと自覚するのは、もう少し先のお話。
甘い甘い、クリームより更に甘い二人になるまでは。








「あ、そうだ。一応断っておきますけど、最初に試食したのはスカーレルさんですよ?」

「え? あ、そうなんですか……なんだ…そう、だったんだ……」






後書きという名の言い訳。

88888キリ番、玖月琉奈さんからのリクエストで「甘々テイストのウィルア」でした。
甘…いのはタイトルだけかもしれない…(涙)
もっと先生を甘やかすウィルを書きたかったんですけど、 先生の微妙な嫉妬話になってしまいました(汗)
ED前でセンセの嫉妬って難しいんですけどね。本人自覚ないし。
あ、ウィルがアティさんにやった「袋で呼吸」はよくある過換気対処法です。 でも素人判断でやるものではないので…念のため。

新春一番になんだかいっぱいいっぱいで申し訳ありませんが、 キリリクとして玖月さんに捧げたいと思います。

(04.01.02 HAL)