〜70000hit リクエスト〜


戦いが終わり。
島を去る日も近付く頃、ウィルはカイルに呼び出された。
「あー、……その…、だな……」
元々その性格からか、あまり隠し事が得意でない彼のイメージは単純明快。しかし、今目の前に いる男のその歯切れの悪さといったらどうだろうか。まるで彼らしくない。
何とも言い難そうにしている彼に、堪らずウィルからきり出した。
「何ですか? あらたまって話なんて……」
実は船の調子が悪いからもうしばらく我慢して欲しい、とか、そんな事だと思っていたウィルに対し、 カイルは意外な言葉を告げる。
「お前にははっきり断っておいた方がいいと思ってな。今から先生に俺の気持ちを伝えてくる」
それはある意味、最終宣告に近いものだった。







好きだけじゃ終われない










「言葉って自分に返ってくるものなんですね……」
ウィルは自嘲気味にそう言った。
砂浜に寄せては還る波にはしゃぐ、オレンジ色の猫のような召喚獣、テコを見つめながら、 ウィルと一人の男性―――見た目は女性っぽさを強調したような派手目な服装であったが――― は静かに腰を下ろす。
男性の名は言わずと知れたスカーレル、その人であったが、いつものような本心を覆い隠す笑顔 ではなく、そこに浮かんでいるのは穏やかな微笑み。
彼はウィルの言葉が何を意味するのかすぐに理解する。
『待つことを理由にして先送りにして逃げてるんだ』
『居心地のいい関係が壊れてしまうのがこわくて、動くこともできやしない』
そう、それはかつて護人達と打ち解ける前の事。彼自身が大人達に向け、放った言葉。
「でも、アンタの言った事は正しいでしょ?」
「うん……だけど、正しいとか、間違ってるとか……そういう事じゃ割り切れない物事があるって事、 僕はあの時知らなかったから。無知だったんです……それも言い訳にすぎないけど」
彼女への想いが強くなるほどに、その気持ちを押し隠そうとする自分がいる事に気付いた。
自分の気持ちを伝えて、それで満足する。想いが叶わなくても、気持ちを知っててもらえばいい。 だが、それはもしかして自己満足なのではないか、と。
打ち明けられた方の気持ちなど、無視しているのではないか。
好意に応えられず苦しむ相手の心など、まるで無視するかのように。
「あの人は優しいから……傷つけてしまう。そしてまた先生は笑って誤魔化すんだ」
傷つけて。
今の関係を壊してしまうなら、いっそ、このままで。
自分の気持ちにウィルは苦々しげに笑った。
こんなにも自分は弱い人間だったのかと。
気持ちを押し殺してまで、彼女の近くにいる自分の、この場所を守ろうというのか。
「……センセは単純だけど人を見る目はあるわ。あの人はね、ちゃんと分かってるの。 分かってて知らないフリをしてんのよ……ウィル、ホントはアンタだって解ってるんでしょう?」
スカーレルの言葉にその深緑色の瞳を大きく見開くウィル。
が、驚きを見せたのも一瞬。
苦笑いし、両手で髪を掻き揚げると、そのまま空を仰ぐ。
「先生は恋愛感情を見せようとする相手には、とことん"天然でいようとする"から……」
あえて。
相手の気持ちを知っているから、気持ちに応えられないから、伝えられる前に遮る。
聞かなければ相手を傷つける事もないから。
「ヤードは諦めたみたいだけど……カイルは白黒決着つけないと気がすまない性格だものねぇ」
そう。それもわざわざ自分に宣戦布告するような形で。
だがこんな子供の自分がライバルになどなり得るはずも無い。買いかぶりすぎだ。 認めて貰えるのは誇らしかったが、かえって惨めに思えてくる。
「……先生は言葉で伝えられない事なんて無い、そう言いながら、皆の気持ちを否定してる。 でも、何がそうさせているか、皆、知ってるから言えないんだ」
幼い頃、両親を突然失って。
本来愛情をたっぷりと注がれるはずだった時期に、一人にされた過去の経験から、 愛に臆病になってしまった彼女。失う怖さを誰よりも知っているからこそ。
「ええ。そしてセンセはそれを利用してるのよ」
「……うん…でも皆もやっぱり知ってるんだ。そういうあの人の弱さを…でも」
今、この居心地の良い関係を壊したくない。
誰もがそう思っているからこそ、行動に移さず、己の想いを閉じ込めるのだ。
「だけど、先生は間違ってる……だって、このままじゃいつまで経ってもあの人は過去の呪縛から 逃れる事は出来ないじゃないか。前にだって進めないよ…っ!」
砂地に力いっぱい拳を叩きつける。
何もしてあげられない、力になりたいのになれない自分への苛立ち。
スカーレルはそんなウィルの姿を見て静かに微笑む。
(もう子ども扱い出来なくなったわね……このコも)
立ち上がり、服についた砂を払うと、彼は悶々と悩むウィルの背を力強く叩いた。
「っ…た!」
「ウィルは考えすぎなのよ。もっと思う通りに行動してごらんなさいな。貴方の先生でしょ?  責任もってアンタが教えてあげなさい……気持ちなんて所詮言わなきゃ伝わらないんだから」
じゃあね、と手を振りながら去っていくスカーレルの姿を視界に入れながら、ウィルはぼんやりその意味を 考える。彼が自分に何を託しているのかを。
「……皆、僕をなんだと思ってるんだ。全く……」
トコトコと近付いてきたテコを抱き上げる。
「皆……僕を買いかぶりすぎだよね? テコ」
「ミャ?」
凪いだ風に目を閉じ、そのまま後ろにパタと倒れる。
自然に緩む頬に気付き、ウィルはフッと笑った。
「負けると分かってて挑むなんて、僕の趣旨に反するけど……」
「……何が反するんですか?」
「?!」
聞き覚えのある声が耳に飛び込む。
慌てて開いた瞳には、覗き込むようにして見つめるアティの姿が映った。
「せ、先生……!」
「ウィルがお昼寝なんて珍しいですね」
「いえ、僕は……わっ!」
起き上がろうとするウィルを制止し、更に自分も彼に倒れ掛かるように、アティは砂の上に寝転ぶ。
「……っ、な、何をするんですか、貴方は!」
危ないじゃないですか、と説教モードのウィルにもめげず、アティはその体勢を崩そうとしなかった。
「私もお昼寝、一緒にさせてもらおうかな〜なんて……駄目?」
「一緒って……」
その懇願する瞳に彼女の真意をくみ取ったウィルは、何も追及せず、そのまま彼女に身を預ける。
「……仕方ないですね……午後からお休みにしてあげますよ。でも、今日だけですからね?」
「ありがとうございます♪」
訊きたい事は色々あった。
カイルに何と言われたのか、とか、返事はどうしたのか、とか。
しかし、こうして彼女は今、自分の傍にいる。
自分の隣を安心できる場所だと、そう思っていてくれるのなら。
「ウィルってぽかぽかしてますね」
「…子供は体温が高いんですよ」
「ミャーミャ!」
「ふふ…そうですね、テコも温かいです」
「ミャー!」
テコを挟んで寝転がる二人。
しかしその手は互いの手をしっかりと握り締めていて。
(この心臓の音が伝わらなきゃいいけど……)
ウィルは高鳴る胸の鼓動を気取られないよう、必死に祈っていた。





「……スカーレルさん……分かってて焚き付けましたね……」
何の事、としらばっくれるスカーレルを一睨みして、ウィルは溜め息を吐く。 それは呆れてではなく、安堵の息。
蓋を開ければ何の事はない。
カイルは自分の過去の気持ちにケリをつけるべく、アティに己の気持ちを伝えたのだという。 今、最も自分が大切に思う人に気付いたと、そう伝えるため。
『踏ん切りつけないと今の気持ちも駄目になっちまうからな』 と、そう教えてくれたカイルだが、翻弄された自分にウィルは脱力した。全くもって紛らわしい。
(はやまらなくてよかった……)
そんなウィルの様子を見て、スカーレルは残念そうに呟く。
「あ〜あ、作戦失敗ね」
スカーレルの小言は無視して彼の横を通り過ぎるウィルだが、ふとその足を止め、振り返った。
「な、何よ」
「……いつかは言いますよ。いつかはね。 でも、僕だってまだあの人の一番近くの位置にいたいんです。……もう少しだけ」
照れくさいのか、そう言うや否や、脱兎の如く自室に走り去るウィル。 その姿を呆気にとられて見送っていたスカーレルは、部屋のドアが閉まるその音でやっと我に返った。
「……アタシは玉砕してこい、って意味で言ったんじゃないんだけど……全く、あのコもやっぱりまだ子供ね」
クスクスと笑いながら、スカーレルはいつかそうなるであろう未来を想像する。
それは少女のように頬を染めるアティと、ウィルの笑顔。
「何年先の話かしらね……フフフ」


きっといつか。
いつかくる未来の姿。

この"楽園"で。







後書きという名の言い訳。

70000hit、しゃおさんからのリクエストで、ED前の告白に至るまでのウィルの心の変化 を書いてみました………。(撃沈)
久し振りのSS。書き出すまで長かったですよ……漫画漬けの生活だったもので(汗)
しかもラブラブじゃなくてウィルの内面……ウィルアじゃない、こんなん…(しくしくしく)
ウィルの『 』この台詞ですが、実際にはアティさんだけに言っているのですが、 「……って言われちゃったんですよ〜」なんて、後でみんなに話したことと解釈して下さいませ。

でも、ウィルがアティさんに告白するに至った、その気持ちの変化とかは書いてみたかったものなので、 リクエストして頂いたのはいいチャンスだったと思います。じゃないと書けなかったかもしれないですし。
ウィルが告白したのは、アティさんに気付かせるためじゃないかと……。応えてもらえない事を知っていて、でも あえて告白したのだと私は思っているんです。だから最後まで迷っていたんだと。(あの賢いウィルがアティさんの 性格を分かってて告白するんだから、それなりの理由があるはずですもの)
誰かを特別に思う事に躊躇いのあるアティさんに、愛する意味をもう一度考えてもらおうとする、ウィルの気持ち。 彼としては軍学校へ入学して離れてしまう彼女への最後の孝行のつもり……だったのですが、告白の結果は 本編パートナーEDでも分かるように、意外?な結果に。
(先生泣かせちゃったし…色男め!笑)

自分解釈なので、こんなのウィルと違う〜!って方もいらっしゃるかと思いますが、私の中でのウィルの イメージですので、ご了承下さい//
私のウィルは妙に悟ってる少年ですので(笑)(オヤジかい)
あ、スカーレルが別人なのは仕方ないと諦めて下さいませ。

(03.11.25 HAL)