〜6万hitキリ番リクエスト〜 ■■■





それは唐突な事件というか出来事だった。



alternation


「いいよね、ナツミは……」
「はぁ?」
「だって、ソルってさ、ネスみたいに口煩くないんでしょ〜?」
「ん〜、ま、確かにそうかもね。でも、キレたら大変だよ……手、つけらんないもん」
「お互い様、ってことかなぁ……」
「人生なんてそんなもんよ……」
溜め息をつき、肩を落とす乙女が二人。
一人は誓約者であり、異世界から召喚された人間、橋本夏美。
もう一人は調律者と呼ばれる一族の末裔、トリス・クレスメント。
世界の危機に、二人を含めた彼らの仲間達が立ち上がり、悪魔を封印したのは半年ほど前。
いつか遊びに行く、という約束を果たしに夏美達がトリスの元を訪れたのはつい昨日の事。
そして、その約束に振り回された男達は、今、この部屋に居なかった。
「カタブツ同士、話が弾んでるんじゃない?」
夏美はトリスに出された課題の本をめくりながら顔を顰める。
一方トリスは、白い回答欄を睨みつけながら呻くように呟く。
「ネスもこんな時にまで課題やらせなくったってさ……」
しかし似たもの同士はこちらも同じ。
むむ、と互いに呻いたかと思うと、視線を合わせてゆっくりと頷く。
その目の輝きで互いの気持ちが通じたのを確認したのか、音を立てずに立ち上がる。
それから部屋を出るまで、わずか数十秒。
だが、それほどまでにぴったり意志の合った二人だが、致命的なミスを犯してしまった。
階段から転げ落ちる、というミスを。
派手な音を立てながら転がる二人を見て、誰が世界を救った勇者と思うだろうか。
(いや、思えまい。)
そんな彼女らが真っ先に思った事は、痛みなどではなく、互いのパートナーの鬼ような怒りの形相だった。
「どうしよう……抜け出そうとした事がバレたら……!」
「あたしだってキミをそそのかした罪でお説教だよ……」
階段の下で絡み合ったまま、二人は、何とかしてこの状況の打開策を考える。
「……よし。古い手だけどこれでいこう、トリス。……耳、貸して」
「 ? 」
無い知恵を振り絞り、打ち出した案。
それは夏美の世界では "お約束" ともいえる使い古されたネタだった。
一方、その少し前。
「なんだ…?!」
「まさか、あの馬鹿……っ!」
小難しい話に花を咲かせていた青年達は、玄関近くから轟いたけたたましい落下音に驚き、勢いよく席を立つ。 互いに己のパートナーが何かやらかしたのだろうと察知するところは、流石というか苦労性というべきか。
音の発生源である場所に到着した二人が目にしたものは、少女が二人、折り重なるようにして倒れる姿だった。
「トリス……っ! おい!!」
「大丈夫か? しっかりしろ、ナツミ!!」
さすがに慌てた様子の彼らだったが、起き上がったナツミはゆっくりと起き上がり、呑気そうに告げた。
普段の彼女からは発せられない言葉を。
「いったぁ……あ。ネス……! こ、これにはちょっとした事情が……」
しどろもどろに弁解しようとするその様は、まさに良く知る妹弟子の姿。
かける言葉を失ったネスティに変わり、今度はソルがトリスに話しかける。
「まさか、お前……?」
「何? どうしちゃったの、ソルまで神妙な顔しちゃってさ……あれ、ちょっと…何であたしがあっちにいるの?!  じゃああたしって一体……え? ええ〜っ?!」
ナツミの姿と自分を見比べ、慌てふためくトリスの姿。
ソルは溜め息を一つ吐くと、硬直したネスティと彼女らを連れ、街へと向かった。
おそらくこの状況を驚く事なく何とかしてくれるであろう、メイメイの元へ。 ある意味、ワラにも縋る思いだったのかもしれない。
しかし。ついてない時というのは、とことん運に見放されているかのようで。
向かったメイメイの店先には"本日休業"という無情な札が掛けられていた。
「こんな時に留守だなんて……ついてないね〜」
あっけらかんとそう言った夏美を、ネスティはジロ、と一睨みする。
すると彼女はソルの背にしっかり隠れ、潤んだ瞳で彼を見上げて呟く。
「ソルぅ、ネスが苛めるの……」
「えっ……」
腕に絡みつき、肌を密着させる。
「ソル、騙されるなよ。そいつは見た目はナツミでも中身はトリスだ」
「あたしはそういうコトしないってば!」
ネスティの発言に、トリスは今の自分が"夏美"であることを忘れ、叫んでしまう。
が、トリスの弁解もネスティには、夏美が『自分はそんなキャラじゃない』と主張しているようにしか 見えず、そばで訊いていた本物の夏美はホッと胸を撫で下ろした。
(これはばれないうちにバラけた方がいいかも……)
夏美はソルの手を取ると、突然彼を引っ張り、走り出す。
「お、おい……!」
「せっかくだから、あたし、ソルを案内してくるね〜! ネスはナツミをちゃんとエスコートしてあげてよ!!」
ソルの意志は無視され、トリスと思われているナツミは彼を連れ、二人の前から姿を消す。
台風が去った後のような、慌しさの余韻を残したその場に残されたトリスとネスティ。
「え、えっと……」
「………」
「あたし達はどうしようか、ネ、ネスティ……」
乾いた笑いを浮かべるトリスをジロ、と見た後、ふとその固い表情を崩してネスティは笑った。
「そんなに緊張しなくてもいい。僕だって鬼じゃないんだ、レディのエスコート位させてもらうよ」
自分以外に向ける微笑みの柔らかさに、多少腹は立ったが、今それを訴えると折角の計画も台無しに なりかねない。トリスは深呼吸をすると、自分が知る限りの夏美らしさを演じた。
「オッケー。じゃ、今からあたしは"トリス"だかんね。ヨロシク、相棒さん」
「……了解した」
ネスティに案内してもらう街は、熟知しているはずなのに、何故かとても新鮮だった。
ガラス細工の店も、ぬいぐるみの店も、道具屋さえも。
まるで初めて来たかのような、そんな落ち着かなさと嬉しさを感じる。
(どうしてだろ……いつも通ってる道なのに、今日は特別楽しいや)
「こら、あんまりはしゃいでると転ぶぞ?」
(ネスが……優しいから? だから、なのかな……)
「聞いてるのか?」
(じゃあ、いつものあたしって……ネスにとって何なんだろう)
「…っ、危ない!!」
「え――― きゃ…っ!」
段差に躓き、身体がグラリと傾いた瞬間、強い力が腕を引き上げる。
そのまま胸に押し込められるように支えられたトリスが、恐る恐る顔を上げると、優しい笑顔があった。
「大丈夫か?」
いつもなら小言の一つ二つは当たり前なのに、今は壊れ物を扱うかのような優しさ。
憧れていた優しさは、自分じゃない自分に向けられている。
その事実を認識するほどに、胸を締め付ける痛みを生む。
「……どうした? どこか痛むのか」
「ううん。さすがに騒ぎすぎたみたい。お腹空いちゃった」
心配そうなネスティの声を振り払うかのように、トリスは笑顔を向けた。
ネスティは苦笑すると、彼女をカフェへと案内する。そこはトリスが前々から行きたいと彼にねだっていた 場所だった。
「……どうせなら"あたし"の時に来たかったな……」
ポツリと洩らした言葉。
その時、サンドイッチ等の軽食とティーセットがテーブルの上に並べられる。
置かれる手の主を見れば、やはりそれはネスティの姿で、トリスは慌てて下を向いた。
「待たせたな。……? 何か言ったか?」
「ううん! わ、おいしそ〜。いっただっきま〜す!!」
首を大きく横に振って、サンドイッチに手を伸ばす。
口いっぱいに頬張る姿はとても妙齢の女性の姿と思えないが、ネスティはあえて口に出さず、自分もスコーンをちぎって 口へと運んだ。
食事もあらかた終わり、デザートのケーキに舌鼓をうっていたトリスは、ふと向けられた視線に気付く。
「な、なに?」
「……いや、別に。美味そうに食べるな、と思っただけだ」
「〜〜〜っ、そんなニヤニヤ笑わなくてもいいじゃない……」
美味しいんだからしょうがないでしょ、とフォークを突き刺してケーキを口に入れるトリス。 あっという間に平らげた食欲に驚きつつ、ネスティは満足気なトリスに向かってにこりと微笑んだ。
ゾク。
「さて。十分満足したようだな」
(あれ…なんだろ、この寒気……なんか身に覚えがあるような……)
「そろそろ帰るぞ、トリス
ゾクゾクゾクッ。
背を走る寒気と、今日初めて感じた違和感に、トリスは両手で自分自身を抱きしめた。
(待って、今、何か変な感じが……)
考え事に注意力が散漫になっていたのか、気を許しすぎていたのだろうか。
近付いてくる気配に全く気付かず、トリスが眼前に迫る顔に気付いた時には、既に唇を奪われた後の事だった。
ペロリ、と唇の端を舐めるような、一瞬のキス。
「?! ね、ネッ、ネス!?」
「……甘いな……」
味音痴ではあるが、甘いものはあまり得意でないネスティは、口の中に広がる生クリームの甘味に顔を顰める。
ついていたぞ、と唇の端を指差されても、トリスにとってはそんな事は重要じゃない。
こんな真似をしたということは。その事実を確認するのが怖い。
「……最初から知ってたのね……」
顔中赤く染め、わなわなと震えるトリスに、ネスティはといえば涼しい顔で答える。
「騙していたのはお互い様だ。非難されるいわれは無いな」
「〜〜〜〜ねすの、むっつりスケベ!!」
「何とでも。さて、帰ったらまたみっちり復習だ……今日の分もだ。覚悟しておけよ?」
こうなったら最早トリスに勝ち目はない。出来る事と言ったら、せいぜい、恨み言を言うくらいのものである。
「ネスの鬼ー!!」
「鬼で結構。……さ、行くぞ」
騙されたショックに、肩を落とすトリス。
が、かけられた声に視線を上げると、そこには大きな手の平があった。
「 ? 」
「まだ、デートの途中なんだろう?」
「…! うん!!」
繋いだ手の先から伝わる温かさに、トリスは満面の笑みを浮かべる。
「えへへ……」
鼻歌を歌いながら歩くトリスに、現金な奴め、と苦笑するネスティ。
すると突然、グッ、と、ネスティの腕に絡みつき、トリスは呟いた。
「………好きだよ、ネス。大好き」
囁くような独り言のような告白に、ネスティはやれやれ、と肩を竦める。
「知っている」
ネスティはそう返すと、マントに包み込むようにして、己の主を隠し、唇を重ねた。
先程の掠めるようなものではない、恋人同士のキスを。深く。



「え? じゃあ……」
「キミ達と別れてすぐ。まさかあんな行動に出てくるなんてさ……油断した」
湯船に浸かりながら、トリスと夏美は、女同士、今日の成果を話し合っていた。
無論、今後へ繋げるための作戦会議であるが。
「"お前、ナツミだろ"ってさぁ。違うっていっても全然ダメ。ソルってああ見えて頑固だから」
二人と別れた夏美は、この際だから、と、トリスのフリをして彼をからかってやろうと思ったのだ。
だが、護界召喚師の名は伊達ではなかった。
「"トリスなら力ずくで俺を倒せばいい" とか言っちゃってさ。普通あんな時にするかな、キス……」
「さ、されたの?」
「されたわよ、そりゃあ……断れる訳ないじゃん……トリスは?」
「……されました……」
大きく溜め息を吐く。
リンカーと呼ばれようと、ロウラーだろうと。
好きな相手にはめっぽう弱い。どこの乙女も皆、万国共通、同じなのだ。

「……全く揃いも揃って、似た者同士だよね、あたし達」
「惚れた弱みと思って、ま、諦めるしかないか。お互いに」

乙女達の憂鬱な溜め息は、今日もこうしてお湯の中に沈んでいく。
恋心も混じったお湯の中に溶け合いながら。



end.

あ と が き

光瑠さんからの6万hitリクエストで、「ネストリ&ソルナツ パートナー取替えっこ」小説です。
タイトルは「ちぇんじ」にしようかと思ったんですが、最初から内容バレバレだと思い(笑)、 ちょっと変更。「change」でも同じなので交替の意味を持つこのタイトルにしました。
(管理人英語苦手なのであまりつっこまないで頂きたいですが、もしこのタイトルで意味が おかしければ直します〜)
最初は本当に中身が入れ替わったのを書こうと思ってたんですが、そうするとネスとナツミ、あるいは ソルとトリスを書かなければならない事に気付き変更しました。 お互いのノロケで長くなるだけだろうと思って(笑)。
ネスティがトリスの作戦?に気付いたのは、ソルとナツミがちゅーしちゃってる所を目撃したから、と いう裏設定だったんですが、それもどうかと思ってこういう結果に。
「ヨロシク、相棒さん」のあたりで「護衛獣さん」と言わなかった事から、ネスティは彼女の正体を 疑っていたのだと思って下さい。ナツミだったら他意も無く護衛獣=ボディガードの意味で使って いただろうと、というヨミで。

光瑠さん、大変お待たせしてこんな短い内容で申し訳ありませんが、キリリクとしてお受け取り 下さると嬉しいです。


HAL (03.10.09)