先に恋を自覚したのは彼の方。
彼女の方は恋する自分に気付かない振りをして。

第一印象は互いにいいものではなかった。
だから好きになるなんて思いもしなかった。
ただ単純に想いを伝えればいいだけの恋でない事を二人は知っていたから。
年齢、そして背負うもの。それらの重み。
しかし。
傍からみればじれったいほどの遠回りをして、ようやく二人は向き合う決意をする。
自分の気持ちと、そして、それを伝える相手に。
一番大切な人に。








いちばん大好きなヒトに。












- Last Scene - 大好きなヒト





ウィルが島に戻ってきたその日から、三日三晩、飲めや歌えのどんちゃん騒ぎが続いた。
元々、島では事ある毎に宴会を開くのが決まり事のようになってはいたが、加えて、 キルスレスをフォイアルディアに作り変えた事の真相を知り、 危機が未然に防がれたことへのお祝いも兼ねた宴会が盛り上がらないはずも無い。
夜は宴会、昼はウィルの話が聴きたいと方々に連れていかれ、二人きりで話す時間が取れないアティは胸で燻る感情を持て余していた。
仲間達がユクレス村で宴に興じる最中、アティは海岸へと酔い覚ましの散歩へ出かける。 カイル達の船が泊まっているその場所は7年前のあの時と同じだ。
ほぼ毎夜船外へ降り、月明かりの下でウィルと会話を交わしていたその場所に腰を下ろす。 海風が火照った頬に優しい。
「…うーん…話したいのに話せないっていうのも、意外にストレスが溜まるものなんですね……」
そういえば、と、昔、ウィルが授業中に飛び出していった事を思い出す。
先の見えない不安に加え、授業を受ける事もままならない状況が苛立ちを頂点に達しさせた故の事だと考えていたが、 彼は自分が子供だから、無力だから、と、彼女の力になれない自身に対して腹を立てていたのだと教えてくれた。
彼女に認めて欲しかったのだと。
ウィルが一人でワイスタァンへ向かったと聞いた時、アティは酷くショックを受けた。
力になりたいのに、それを拒否されたかのような気持ち。
全て過去の彼と同じ思いだったのだ。
「あの時もお互いの気持ちを伝え合って、仲直り出来たんでしたっけ……」
だが、誤解の解けた今、本当の意味であの時の彼の気持ちが理解出来る。
アティが自分だけの先生であって欲しいと望んでいた気持ち。 子供染みた感情だと彼は口にしなかっただけで、本当はそう思っていたのではないだろうか。
自分がその人の一番でありたいという願望。
それは、独占欲。
あの頃は拗ねるウィルが子供らしく、可愛いと思ったものだが、いざ自分が逆の立場になるとどうだろう。 可愛いと思われるなんてとんでもない、恥しくて逃げてしまいたい。
こんなに自分が嫉妬深いだなんて思いもしなかった。特別でありたいと思うなんて。
7年前の彼と今同じ気持ちでいる、恋に目覚めたばかりの彼女の感情は、年齢より遙かに幼かった。
「先生?」
「?! っ、きゃあ!」
背後からの声に驚き、飛び退くように立ちあがりざま振り返る。
「…………」
「あ……ウィル……でしたか」
「…そんなに驚かせちゃいましたか? 僕…」
理由を察しているのか、何となく含みのあるような苦笑いをする。
「いえ、あのっ、考え事をしていて、それで……気配に気付かなくてすみません」
考え事をしていたせいもあるが、今の彼は自分と同じ抜剣者のためか、他者と比べ、気配が読み難い。 それに声も自分の良く知る声とは違う。少年のものではない、青年となった大人の男性の声色。 子供の時に比べ穏やかに聞こえるのは、精神面での成長が大きく影響しているのだろう。 無論、7年も経っていれば声変わりしていて当然なのだが、自分の中に残る彼のイメージとのギャップに、 アティの心は戸惑いを隠せなかった。
「いえ、いいんですよ。突然話しかけた僕が悪いんですし。それじゃ……」
邪魔してすみませんでした、と申し訳なさそうに小さく頭を下げ、背を向けて歩き始めたウィルに、 アティは咄嗟に彼の服の袖を掴んでその足を止める。
「!?」
引っ張られる感覚に驚いて振り向けば、
「……じゃ、ない……」
「え…?」
「邪魔、じゃないから……ここに、いて下さい…」
消え入りそうな小さな声でアティが呟く。
「……勿論、喜んで」
気恥ずかしさで固く閉じていた目を開けると、あの頃と変わらない笑顔でこちらを見つめるウィルの姿が映る。 姿こそ成長しているものの、その瞳の輝きは彼の内面を映す鏡のように変わらない心を教えてくれた。

―――ああ、そうか…
私は怖かったんだ…この子が変わってしまう事が…
ウィルを守ると決意したあの瞬間から、今の私がある。
だからウィルに守られてしまうと、私が私じゃ無くなってしまう気がして…だから。
早くに両親を失くし、素直に甘える術を忘れてしまった。
村の皆の優しさでようやく立ち上がれたのに、また誰か特別な人をあの時みたいに失ったら、きっともう、立ち上がれない。
特別な人を作らなければ、そうすれば同じ悲しみを味わう事はないから……だから皆を好きになった。 ううん、そうなろうとした。
本当の気持ちを心の奥底に封じ込めて。
ウィルに好きだって言われた時のあの涙は、私の心の叫びだったんだろう。
本当は私も貴方を好きだって伝えたかった、もう一人の私の叫び――――

伝えなければ、と、アティは覚悟を決めて深呼吸する。
「ずっとごめんなさい…返事、待たせてしまって」
「いえ、僕もムキになって先生に追いつくまで会わないって決めてたから…そういう所が子供染みた考えだって事、 分かってはいたんですけど……」
アティは首を振って否定する。
緊張で喉が焼けるような渇きを覚え、ゴクリと息を飲む。
胸が痛い。
だがウィルはといえばそんな彼女の変化に気付かず、沈黙を勘違いし、語り始めた。
「……僕はね、先生。本当はあの時、告白しないつもりでいたんです」
アティの隣にゆっくりと腰を下ろす。
「きっと貴女を困らせるってわかってたから…でも、誰かを特別に、大切に想う気持を思い出して欲しかった。貴女の笑顔を守れたら、僕はそれだけで…」
失う怖さから特別に想う気持ちを失くしたアティに、ウィルは自らも抜剣者となる事で永遠を約束してやりたかったのだ。 両親を目の前で失ったあの日の呪縛からの解放。それが例え『恋愛』という感情で無かったとしても彼女が幸せになれるならそれでいい。
「ウィル……」
「それと…もう、一人にさせたくなかったから」
「…っ」
「確かに護人も共界線(クリプス)から力を受けているし、島の時間の流れ自体緩やかです。でも、先生、貴女は抜剣者だ。 時の影響を受ける比は他の人と比べ物にならないでしょう……老いることのない、永遠ともいえる長い時間を背負わなければならない。 ある意味不死に近い生を。……僕の推論は間違ってますか?」
「でもウィル、貴方は私と違って血の通い合った本当の家族がいるじゃないですか…この島に残れば同じ時を過ごせない、 お父様にもう会えなくなるんですよ?!」
「例えそうだとしても、僕は先生一人に全て押し付ける幸せなんて欲しくない。 僕は貴女と共に生きるために、この島へ戻って来たんです。……貴女に他に好きな人がいて、その人と別れる時がきても…… 僕は変わらず先生の傍にいるって、一人にしないって約束するために」
真剣な眼差しは、あの日と同じ輝き。あの時から彼の心は寸分も違わぬ事が伝わってくる。
「で、でも、他の人を好きになっちゃったらどうするんです?」
「先生の特別な人が僕でなくても、気持ちは変わりませんよ。貴女には迷惑かもしれませ……っ、たっ!」
ポカリ、と頭に一撃を加えられる。
「私の事じゃありません! ウィルの気持ちの事です!! 私が心変わりすると思ったんですか?!」
心外です、と頬を膨らませて怒るアティにウィルは呆気にとられていたが、やがて怒りの意味を理解すると その腕の中に彼女を抱きしめた。 アティは突然の抱擁に驚き、逃げることも押しのけることも出来ず、ただ目を白黒させる。
「う、う、う、ウィルっ?!」
「――――先生、僕のこと好きなんだ?」
「?!!」
「いつから?」
耳元に響く甘い痺れ。
好きだと、一番大切な人だと自覚したばかりの彼女に、ウィルの甘い囁きは凶悪だった。 聴き慣れた少年の声とは違う、低くて優しい音。
アティの頭の中は真っ白になり、意味の成さない言葉を零す。
わかっててやっているのか、ウィルはそんな彼女の反応を楽しむかのように続ける。
「先生? 黙ってたら分からないですよ?」
「……ウィル……しばらく会わないうちにイジワルになりましたね…」
それでも自分の腕の中でじっとしているアティに、それを肯定の返事と受け取ったウィルは抱く腕に更に力を込めた。
「…ん…っ、ウィル?」
「……ずっと、僕と……」
小さく囁かれた言葉に、アティは涙を零す。
それは変わらぬ愛を誓う言葉。
永遠の誓い。
はい、と見上げれば、すぐ傍にウィルの顔があり、目を閉じると優しい口付けが降りてくる。 触れるだけのキスはほんの一瞬だったが、互いの熱を強く感じさせた。
「さ、そろそろ戻りましょうか。皆も心配してますよ」
「え? も、もう…?」
あっけなく離れようとするウィルに物足りなさそうな表情を向ける。 やっと彼とまともに話す事が出来るようになったのだ。もっともっと、会えなかった分、伝えたい言葉は山ほどあるのに。
そんなアティにウィルは苦笑すると、彼女の髪を優しく撫でて笑う。
本人に自覚こそ無いが、成長した彼のその微笑はアティにとって反則ともいえる技だ。
「そんなに残念そうな顔をしなくても、時間は余るほどありますから。これからずっと一緒なんだし」
受け取り方によっては非常に意味深な言葉を平然と言ってのける。
「あ、あの、それは一体、どういう…」
「さ、帰りましょう」
動揺するアティの手を半ば無理矢理取り、ウィルは皆の待つユクレス村へと歩き出す。
7年前アティが引いていた手は、今、こんなにも力強く、安心させてくれる手に成長していた。 背を向けず、隣を歩いてくれる優しさは、外見だけでない精神的な成長をも教えてくれる。
アティは繋ぐ手にそっと力を込め、愛しい名を呼ぶ。
「ウィル」
「はい?」
「ウィル」
「はい」
何度も繰り返されるやりとりにも、嫌な顔一つせず笑顔で答えるウィル。
まるで会えなかった数年間を埋めるかのように、アティは呼び続けた。
想いを込めて。
一番大好きな人の、その名を。
「ウィル」
「はい」
「ウィル……」
「はい」
「大好きです♪」
「はい……って、ええっ?!」
顔ばかりか、耳までもシルドの実のように赤く染めたウィルを見て、悪戯が成功した子供のように笑うアティ。
「全く……貴女という人は……」
クスクス笑うアティに、ウィルは照れを隠すよう咳払いを一つしてから言った。
7年前のあの時と同じ瞳で。

「僕も好きですよ、貴女の事が。……アティ」


毎夜二人を照らしていた月明りは、7年前も今も変わらず二人を優しく見守っている。
それはきっと、これからも変わることなく。
永遠に限りなく近い時間を、二人とともに。


end.







最終話です。

時間を置きすぎてます…完結まで一年以上費やしました…初めはもっと短いSSで繋がるんだったんですが、 キャラ達が勝手に動き回ってくれるのでこんな事に。
でも書きたかったウィルがどうやって抜剣者になったのか、を書けてよかったです。 公式の方では語られていませんし、ドラマCDとか小説も出てないので(クラフトのその後はあるんだから3も出て不思議じゃないのに) 完全な自己補完ですが。
甘いラブラブとはいきませんでしたが、少しでも皆さんの妄想のお手伝い(笑)が出来たなら嬉しく思います。
完結まで辛抱強く待って下さった皆さん、有難うございます。

05.7.18 HAL