下船した乗客達がこれから街へ向かうのだろう、人で溢れかえっている港の賑わいは一時ではあっても、 祭のような騒ぎとなる。そのため、スリや強盗などが多発する事もあり、幼い頃は一人で近付かないよう、強く 言われていた記憶があった。 港のゴロツキ数十人より、無色の幹部一人の方がよほど脅威であった自分に、 そんな教えは無駄とは言わないが、あまり意味のあるものではないように思えたが。
あの戦いから7年が過ぎ。
ウィルは鞄一つを手に、アドニアスの港に立っていた。
あの懐かしい場所へと還るため。
故郷と、そして唯一の肉親である父に別れを告げて。


もうひとつの世界



何かを避けて歩くような、そんなぎこちない動きで流れる人々。
人の流れに逆らって進んでいたウィルは、その中でうずくまる男の姿を捉えた。
酔っ払いならともかく、生命に危険のある場合急を要する。結局そのまま放っておく事も出来ず、ウィルは 男の肩を軽く揺さぶり声をかけた。
「あの、大丈夫ですか?」
声にぴく、と反応し、男はゆっくりと顔をあげる。
無精髭は生やしているものの、男は意外にも若い顔立ちで、身なりを整えればその辺の剣士に引けをとらない程、 いい筋肉の付き方をしていた。
ウィルの顔を見て何か言いたげに開かれようとする口。が、言葉を発する前に、男の腹の虫が盛大に鳴り響く。
「は……腹、減った……」
力無く項垂れる男に、ウィルは正直、やっかいな人間に声をかけてしまった、と、そう思った。
「いやー悪いな、すっかりご馳走になってしまった」
男は見ているこちらが胸一杯になるくらいの食事をたいらげた後、満足気に笑った。 そのカラリとした笑顔と豪快さに、某海賊船の船長を思い出したウィルは、見知らぬ人間の前だという事を忘れ、 懐かしさに微笑む。
彼らとはもうここ数年会っていない。
いや、彼らだけではなく、師であり、最愛の女性……アティ、彼女にすら会っていない現状だった。
無論、学業が忙しかったという理由もあるが、それだけではない。
彼女に追いつきたい、彼女の力になろうとして逆に空回りしている自分に気付いたからだ。
己の精神の未熟さでアティを追い詰めていたのではないか、と、日々、そんな疑問が強くなり、 そうしているうちに一つ、また一つと長期休暇を逃し、結局卒業の日を迎え。 手紙だけのやりとりが自分と彼女を繋いでいた。
絆の深さから考えるとあまりにもそっけない、いつ途切れぬとも分からない細いつながり。
卒業後の進路は入学前から変わっていない。
あの島で、彼女の力になる事。
だが、あの頃のままの幼稚な感情を彼女に押し付ける事はしたくなかった。 彼女に一番大切な人が出来たのなら、悲しくはあるが、それでいい、彼女が幸せになってくれるなら、と 今なら心から祝福する事が出来る。
そう思えるほど成長したといえば聞こえは良いが、しかし実際は逆で。
臆病になった、とそう表現するのが相応しいだろう。……恋愛に関しては。
「乗る船を間違えたみたいで、仲間とはぐれてしまったんだ。船代くらいの持ち合わせしかなくて…あんたには本当に 助けられた……空腹で動けないなんて情けない話だが」
自分以外の人間を信用するなんて、まして出逢ったばかりの人間なんてもっての他だった。あの頃までの自分からは考え られない行動。
だが、今は。
「困った時はお互い様ですよ。それに……」
言おうとして言葉を濁す。
それに、もうお金を使うような事はないだろうから、そう続こうとして躊躇った。流石に見ず知らずの人間に話しても 胡散臭がられるだけだろう。こちらの事情を話す必要もない。
男はそんなウィルの心の動きに気付かず、笑顔のまま話を続ける。
「今はなんの礼も出来ないが、国に帰ったら必ず。利子もつけてな」
男の言葉に嘘はないだろうとウィルは素直に思う。
追いはぎのような真似もせず、空腹に耐えていたところから、男の人間性が伺える。 非道な話だが、こういった状況に陥った場合、他人から金品を奪うという方法をとることは当たり前のようにあった。 しかし、彼は。
「お礼なんていいですよ。それより、この後どうやって帰るつもりなんですか? お節介とは思いますが…働き口、紹介しましょうか?」
ウィルの申し出に男は微笑み、そして首を横に振る。
「有難いが、あまり時間を置くと心配させてしまう。代わりにこれを売るつもりだ」
目の前に出されたそれは、見事な剣。
作り手の魂を感じさせるような、そんな輝きに、思わず感嘆の息を洩らす。
「…いい剣ですね……でも、こんないいものを売ってしまうなんて、本当にいいんですか?」
「お、流石だな。これは世界に一振りしかない、たった一つの剣だ。身なりはいいとこのぼっちゃんって感じだが、 お前さんにはやっぱり見る目がある」
「それに身を守るものを持たないで旅をするなんて、物騒ですよ。実際使わなくても、馬鹿な連中への牽制くらいにはなります」
真剣に男の身を案じるウィルに、男は大きく笑って彼の肩を力強く叩いた。
「本当にいい奴だな、お前……何故この剣が一度も使われてない、って分かった?」
ウィルにしてみれば、実際、確信があったわけではない。
ただなんとなく、そう感じた、そうとしか言い様がなかったのだが、曖昧に濁す事は出来なさそうだ。
「剣が新しいという事と…………血の臭いがしない事です」
「………そうか」
実際に使ったからといって血の臭いなど染み付くわけではないが、ウィルはあの日々の体験によるものなのか、 剣の禍々しさなどを敏感に感じ取れるようになっていた。
「この剣は俺が鍛えたんだ……鍛冶師(マイスター)として」
「鍛冶師(マイスター)…貴方が……」
「意外か?」
「いえ、そんなことはないです…鍛冶師と聞いて、ちょっと思い出した人がいたもので」
ウィルが知る鍛冶師といえば、ただ一人。
敵の一人であり、だが、ウィスタリアスを鍛えた人物。
「有名人となると…七鍛聖の誰かか?」
「七鍛聖?」
「剣の都、ワイスタァンの鍛冶師を統治する、騎士団にして最高評議会だ。 七人それぞれに金剛だの青玉だの名前がついているんだが、鍛聖って呼ばれている」
七鍛聖。
何かの本で読んだ事がある。海上都市ワイスタァンで作られた武器の、その高い評価から、その都市は『剣の都』と 称されていること。その都は鍛冶職人、民衆の代表である七人の鍛冶師が治めているということを。
「あの人も鍛聖だったんだろうか……」
ポツリと洩らしたウィルの言葉に男が疑問符を投げかける。
「あの人?」
「貴方も鍛冶師ならご存知かもしれませんね。ウィゼルという……」
「ウィゼルだって?! お前、本当に奴を見たのか!」
男の顔色が変わる。
どちらかといえば良くない雰囲気に、ウィルは呼吸も忘れ、ただ、緊張の色を浮かべる男の顔に見入った。
「……ウィゼルは鍛聖の座を辞退して都を出て行った鍛冶師だ。その腕は長である金剛の鍛聖が創り出すもの 以上と言われていた……彼をどこで?」
「僕らにとっては敵である男の用心棒だと言っていました。でもその信念に賛同するわけではなく、自分の目的の ために共にいるような、そんな感じです。剣を合わせる事はありましたが……同時に彼に助けられた事もあります」
「助けられた?」
「ええ…僕の師である人の剣を蘇らせてくれたんです。あの剣が無かったら、きっと僕らの犠牲はもっと……」
そう。
ウィゼルがあの壊れた碧の賢帝(シャルトス)を、アティの想いを、ウィスタリアスという剣へ蘇らせてくれなければ、 あの戦いに勝利出来たのかすら定かではない。いや、むしろ勝てる可能性の方が低かっただろう。
誰かの犠牲を無しにしては。
「個人的な事情を聞くつもりは無いが…奴が関わったという剣というのは……」
ウィルは躊躇いながらも、ウィゼルが関わった剣の再生についてだけ男に説明しようと思った。 だが、シャルトスについて語った際、何か気になることでもあるのか、手を顎に当てて考え込む仕草を見せる。
「その封印の剣は……一本だけか?」
「いえ、始めに作られた時は二本でした。一本はウィスタリアスになってしまいましたが」
「残りの一本は?」
「……壊れてしまいました。持ち主も、もうこの世には」
紅の暴君、キルスレス。シャルトスと同等の力を持った、魔剣。
だが、その剣はイスラの心と共に、そして彼の命と共に粉々に砕けてしまった。
「…………」
「あの、なにか?」
「……いや、元々対成す形で作られた剣だろう? 生まれ変わったとはいえ、残りの一本をそのままにして 大丈夫なのかと思ってな。普通、そういった目的で作られた場合、同じように変えてやらなければ、新しく 創り変えた方もいずれその力を失ってしまう事が多い。力の均衡が崩れるとでもいうのか…」
「そん、な…」
そういえば、と、遺跡を封印しようとした時『一本で止められる事が出来るのか』という話をしていた事を思い出す。 二本あって初めてあの剣はそれぞれの力を発揮するのではないだろうか。
「何か徴候はないのか?」
ウィルは答えられなかった。
ここ数年手紙だけのやり取りしかしていない。
彼女のことだ、きっと心配をかけるだろうから、と、真実を伝えてこない事が十分に予測できる。
男の言う事を鵜呑みにする訳ではないが、話の信憑性は高い。
あの日から7年。
今この時点で何かが起こっているかもしれないし、起ころうとしているかもしれない。
だが、今、自分に出来ることはただ一つ。
「……僕をワイスタァンに連れて行って頂けますか?」
「行ってどうする? いくら鍛聖でもその剣の代わりは作り出せないぞ」
ウィルは鞄の中から大事そうにしまわれた包みを取り出し、そして男の前でそれを開く。
「おい、まさかこれは…」
広げられた布の上には、砕けた剣の破片がいくつも鈍い光を放っている。
「この剣を蘇らせに……ウィゼルさんと同等の力を持った人でなければ、きっと輝きを取り戻す事は出来ない。 だから……!」
静かな口調の中に、はっきりとした信念を、強い想いを感じる。
「……分かった。案内してやろう、俺の国に。最高の鍛冶師がその剣、鍛えてやるぜ」
「有難うございます…! あ、ええと……すみません、名乗りもしないでこんなお願いを先に…… 僕はウィル。ウィル・マルティーニです」
宜しく、と、ウィルが男の前に手を差し出すと、男はその手をしっかりと握り返し、太陽のような笑顔でこう答えた。
「俺はシンテツ。ワイスタァン七鍛聖が一人、黒鉄の鍛聖と呼ばれている」
「え…?」
「お前の剣(想い)、俺が鍛えてやる!!」


こうしてウィルはもう一つの世界へと足を踏み入れる。
愛する人と同じ時間軸の、その異なる世界へ――――――









第1話です。
見事にウィルとシンテツしか出てきませんね…(苦笑)
シンテツさんのキャラがつかめなくてもう捏造なんですが、 豪傑だけど口は汚くない感じ、なイメージにしてます。
ウィルの剣、フォイアルディアはシンテツさんに鍛えてもらったんだ という設定はずっと頭の中にあったので(それこそゲーム中から。笑) 、いつかカタチにしたいなぁとずっと機会を狙っていたのです。 まさか22のお題でやるとは思わなかったけど。
ナウバの実を抜かした残りで書き尽くす予定なので、全10話。 宜しくお付き合い下さいませ。
ちなみにアティさん、次回には出ますので…(汗)

04.2.7 HAL