(会いたくて。)
(ただ、会いたかった。)
(自分の中の気持ちがはっきりした事を伝えたかった。)
(待たせてごめんなさい、と。)
(そう言うつもりだったのに。)

(気が付くと、彼の頬を打つ自分がいた。)







「先……生…?」
見知らぬ街でどのように一人の人間を探し出すか。
それがどんなに容易でないか簡単に想像がつくため、アティ達は綿密に計画を練った。
個々人の役割分担をしっかり決め、効率よく行動する。その手筈だったのだが、 そんな苦労も必要なく、下船してすぐにウィルの方が彼らの姿を視界に捉えた。
「皆まで…まさか、僕を迎えに?」
「そのまさか、よ。大体、迎えの船も無しにあの島までどうやって行くつもりだったの?」
「ねぇねぇ、それよりさ、どうだったの? 剣は上手くいった?」
興味深々に詰め寄るソノラを手で制すと、ウィルは数歩下がり、腰に下げた剣を胸の前に掲げる。 それは見たところ至って普通の剣。しかし鞘から抜いたそれは、見る者の心に溢れんばかりの力を発していた。
「不滅の炎、フォイアルディア。剣の聖霊からもらった力です」
「ちょ…"貰った"って、アンタ、そんな簡単に言うけど、ホイホイくれるもんじゃないでしょ?!」
「ええ、まぁ。認めてもらうために剣は合わせましたけど」
絶句するスカーレルに、ウィルは何のことなしに答える。
「聖霊と手合わせするなんて、無茶するわね…」
「ホント、ウィルって慎重そうに見えて、意外にやる事大胆だよねー」
呆れるスカーレルとソノラに照れ笑いするウィル。
が、その笑顔はアティに胸をえぐるような強い痛みを与える。
忘れていた痛み。
失うかもしれない、という恐怖に似た感情。
「先生、すみません勝手な真似をし―――― 」
謝罪の言葉は自身の頬を打つ、乾いた音によって遮られた。
「………
して……」
「え?」
俯く肩は小刻みに震え、足元に染みをつくる。それはまぎれもなく。
「どうしてこんな無茶をするんですか…っ、……もし失敗して剣に意識を支配されていたら、貴方は…っ!」
「先――」
「……私は、そんなに必要ないですか?!」
上げた顔から涙が弾ける。
肩に伸ばそうとするウィルの手を払い、アティはその場から走り去った。

船に戻ったアティは待機していたカイルに訳も告げず、部屋に閉じこもる。
涙は止まらなかった。
止めようとすればするほど逆効果で、あふれ出す。
あの時。
ウィルの無事な姿にほっとしたのと同時に、胸を過ぎった負の感情。
自分にはあの時、仲間がいた。
ウィルが傍にいてくれたから剣の魔力にも負けなかった。
しかし、ウィルはたった一人で挑み、そして剣を生まれ変わらせた。
自分が傍にいなくても。
「……私は何なんだろう……」
守ってあげなくちゃいけない、と、そう思っていた。
庇護心だと言い聞かせてきた感情。
しかしその想いが己を支え、力となり、進んでこれた。
支えているようでその実、自分が支えられている。
だが。
「…私はもう、必要ないのかな……」
もう自分が前を指し示さずとも、彼は己の足で己の決めた道を進む力を持っている。
あの頃の子供のままじゃない。姿形も、その心も。
彼はとっくに同じ位置に、隣に立ち、手を差し伸べていた。
ただ自分が目を背けていただけのこと。一人を特別に想う感情から。
「…で? 気持ちの整理はついたのかしら?」
「?!」
布団に伏せていた顔を上げると、そこには微笑むスカーレルの姿があった。
「あ、あの…っ」
「先生の気持ちが決まってるんならアタシから言う事はもうないわ。 ただね、先生のコトだから忘れてるんじゃないかと思って」
「え…?」
「あの時のウィルの気持ち。貴女もあの子以上に無茶してたじゃない?」
「あ……」
うっ、と言葉に詰まる。
確かに過去の自分はかなり無茶をしたし、仲間に心配の掛け通しだった。
「あの子は自分が子供だって事に甘えないコだから。貴女の力になれない事、 他の誰より歯痒く思っていたんじゃないかしら。 成長した今もまだその事を引きずっていたんでしょうね。だから…」
「だから一人で行ったって言うんですか?」
「男って、好きな人にかっこ悪いトコ見せたくない、そーゆー生きモノなの」
そう言ってウインクするスカーレル。
そんな彼を見てようやく笑顔を見せたアティにスカーレルは安心すると、それじゃあね、と 部屋を後にする。 また部屋に一人となったアティだが、もう心を負の感情に支配される事はなかった。

「……ずっと…ごめんね……」

穏やかな表情で紡がれた言葉は、彼に伝えるべき言葉でもあり、また、過去の自分に別れを告げるものだった。








第8話です。

暗ッ……!!(汗)
短すぎたからアティさんの心の内を掘り下げようとして見事に撃沈。
わーーーん!
次の話に繋がる上手い区切りがなかったのでこんな事に。
しかし前の話のアティさんとちょっと繋がらない感情。
乙女心は単純にいかないという事でお許しを。

いつもいつも言い訳ばかりですみません…

04.7.28 HAL