白い雪 〜はかない小鳥〜   for SUMMON NIGHT2    (後編) 






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もう駄目、と固く瞑った目。しかし数十秒経過してもその身に何も起らない。
不思議に思ったトリスが目を開いた時、視界に入ったのは瀕死のライザーの無残な姿だった。
「 や ・・・・い、いやぁぁぁっっ!ライザ―――っっ!!
空間を切り裂くような悲鳴。トリスは煙をあげ、血の代わりに黒い液体を流すライザーを抱き締めた。
トリス達が受ける筈だった召喚術をその身で代わって受けたライザー。
ついてきている事自体気付かなかった。だが、こんな事をさせるためにライザーを召喚した訳ではない。
「っ、どうして・・・?どうしてあたしなんか庇ったりするのよ・・・・どうして・・・っ!!!」
半狂乱に泣き叫ぶトリスが、リプシーを召喚しようとした、その時。
懐かしい声が響いた。
「――――君を守るのが僕の役目だからだよ、トリス」
ライザーを抱きかかえていたトリスがゆっくりと顔を上げる。まるで時間が止まったかのようだった。

低く、優しく響く音。
大好きな音。
大切な人の声。

仰いだ先に視線が捉えたのは、以前と全く変わらぬ笑顔を向けるネスティの姿だった。
ネスティは言葉を失くし呆然とするトリスの頭を、ポン、と撫で、聖母プラーマを召喚する。聖母は癒しの微笑を向け、トリスとライザーの傷を癒していく。
暖かな光に包まれながら、トリスはネスティに説明をしてよ、と言わんばかりの眼差しを向けた。
「・・・僕が彼女に記憶を消される瞬間、召喚していたライザーの中に心の一部が入り込んだらしい。何故かは分からないが・・・。そのもう一人の僕が今まで召喚獣として無意識に君の傍にいた。・・・いや、無意識ではないのかもしれない。僕がいつも君を守りたいと願っているから・・・」
当事者であるネスティにすらその理由はさっぱりだ。説明されたとて、トリスに分かる筈も無い。
だが・・ナツミはもしかしたら知っていたのかもしれない。
ライザーにネスティの心が入り込んでいた事を。
だからあの時「皆で一緒に」と言ったのだろう、そうトリスは思った。
「でも、理由なんてホントはどうでもいい・・・ネスが返って来てくれたんなら」
「トリス――――」
トリスはネスティのマントをぎゅっと握り締め、その胸に顔を埋めた。ネスティは彼女の震える肩にそっと手を乗せる。


(・・・・っぱり・・・・)

(やっぱり貴方はその人を選ぶんだね――――――)


瞬間、少女の絶叫が辺りを包み込んだ。
耳を劈くほどの激しい憎悪と怒りを感じるソレは、既に少女のモノではなかった。


(ヤメ テ ・・・・)

(モウ、ヤメテ・・・・)


「っ!ネス―――――!!」
トリスが叫んだと同時に、ネスティの身体が後方に弾かれる。地に手をつけたその時、トリスの悲鳴が轟き、ネスティの身体と心を震わせた。
カクリ、と力無く倒れるトリス。ネスティは心臓をわしづかみされたかのような衝撃を受けた。
「トリスっ!!?」
気が狂わんばかりの勢いでトリスの名を何度も叫ぶ。
トリスは彼を庇って召喚術の直撃を受けたのだ。
息はあった。しかし、意識は無い。
再び聖母プラーマを召喚し、傷を癒す。
呼びかけに応えないトリスの髪を優しく撫でると、そっと彼女を地に寝かせ、ネスティはゆらりと立ち上がる。その瞳は黒に染まり、光は見えない。
「・・・どんな理由があるかなど僕には関係無いし、興味も無い。僕には彼女(トリス)だけが唯一の光だ。それをこんな形で彼女を傷つけるなんて・・・・・・絶対に許さない」
だが、言われた少女の方はというと、ネスティの低く、凄みのある声色にも全く動じず、表情一つ変えなかった。

「へぇ・・・そんな顔も出来るのね――――それでこそ"悪魔(わたし)"の護衛獣だわ」
「何だと・・・?」
ネスティが疑問符を投げかける前に、目の前の少女はその身を全く別な形へ―――――悪魔と呼ばれる異形の者へと変えていた。
「可哀想なカゴの小鳥に自由を与えてやったのだ・・・代わりにエルゴの守護者の力を戴かせてもらったがな。クッ、馬鹿な小娘だ。ハハハハハハ・・・・!」
悪魔は高らかに嘲り笑う。そこには最早少女の心など残っていない。ネスティは言葉も無く、ただ、己の拳を力強く握り締めた。数日間一緒に過ごす間、少女が外の世界に何でも興味を示していた事、その年齢の割に世間に対して無知であった事を思い出す。
「元より病魔が巣食っていた身体。たいした期待はしていなかったが・・・お前達の事といい、なかなか役立ってくれた」
「くっ・・・」
「・・・無駄だね。お前に残された魔力はあと僅かだ。そこに寝ている調律者の娘を守りながらどう戦うというのだ?ククククク・・・」
ネスティは横目でちらりとトリスを見た。プラーマの癒しの力である程度まで回復してはいるが、完全とはいかず、依然として気を失ったままだ。
「さて、覚悟は出来たか?調律者と融機人、まとめてこの世から消滅させてくれる!!」
「っっ―――――!!」
短呪系では悪魔を一発で仕留められない。かといって威力の強い呪文では詠唱し終わらないうちにやられてしまう。せめてトリスだけでも、と、ネスティは己の身を盾に投げ出した。
しかし。
「ぐああぁぁぁっっ!!」
叫び、もがき苦しむ悪魔の姿。一体何が起きたのか分からず、呆然とその光景を眺めていたネスティの耳に声が届く。いや、頭に直接響く、といった方が正確だ。
(ネスティ・・・あたしが悪魔を抑えているうちに、早く・・・・)
「!?君は、まさか・・・」
(・・・あたしはとっくに死んでいるの・・・目の前にいたのは只の亡霊。あたしの"生"への嫉妬が生んだ思念・・・・)
少女の声は怖いほど静かで、穏やかだった。
(お父様が死んでしまったのはネスティ達のせいじゃないよ。ごめんね・・・あの人にも謝っておいてね。エルジン君の記憶を見て、分かったの。二人がどれだけ辛かったか。皆のためにどんなに一生懸命してくれたか。それに比べてお父様は・・・。罰が当たったんだ、ってお母様は言ってた。でもあたし、お父様が好きだったから・・・・)
「・・・ああ、分かってる・・・」
(あたし・・・ずっと病気だったから、外で元気にしてるあの人が羨ましかったの。太陽みたいに輝いて、おひさまみたいで・・・いつも――――)
少女はその後続けようとした言葉を飲み込み、一拍間を置いてから言った。
(ネスティ、あたしが抑えているから、早く、悪魔を)
「だが、君は――――――」
(もうあたしはこの世に居ない筈の人間だって言ったでしょ。・・・これは命令よ。"マスター"としての最後の・・・・早くっ!!)
ネスティは少女の最後の願いを受け取ると、決心したように呪文の詠唱を始める。
ヤメロ!ヤメロ・・・!!
苦悶を浮かべる悪魔が異変に気付き、ネスティに向かって叫ぶ。しかし悪魔の力は元の身体の持ち主である少女により完全に封じられ、身動き一つ許されない。
(本当は、一度で良かったの・・・一度だけあの人みたいにネスティに笑いかけて欲しかった。あたしが消えてしまう前に・・・・ただ、それだけだったの・・・・・)
「きっさま・・・よくも・・・・っっ!!」
悪魔は少女の存在に気付いたが、最早どうすることも出来なかった。

(あたしは悪魔なんかに魂を売らない!あたしはあたしのままだ!!)

「―――我が呼びかけに応え、その力を示せ、機竜ゼルゼノン"バベル・キャノン"!!」
悪魔が断末魔の悲鳴を上げ、炎上する。
燃え盛る炎の中に、ネスティは少女の姿を見る。少女は何を言う事も無く、ただ、微笑んでいた。
炎が悪魔を焼き尽くすと、一瞬のうちに火は消え、辺りは気味の悪いほど静寂を取り戻す。
ネスティは炎の消える瞬間、ありがとう、という少女の声を聞いた気がした。




エピローグ


「え・・・?雪・・?」
ナツミは頬に触れる冷たい物質に驚き、顔を上げた。
灰色の空からは次々と冷たい、雪の結晶が舞い降りてくる。
「・・・呑気だな、ナツミは・・・・」
肩で息をし、ソルが呟く。
しかしそれも無理は無い。二人だけで手強い猛者達を、"怪我させない程度"に、相手をしていたのだから。勿論相手は手加減などしてくれないし、至って本気である。
何とか全員を無事に?気絶&眠りに追い込んで、今、意識のあるのはナツミとソルの2人だけだった。
「しかし、随分時期外れな雪だな・・・季節、滅茶苦茶だぞ?」
「うん・・・」

2人がその異常気象に心奪われているうち、気を失っていた仲間達が1人、また1人、と、夢の世界から戻ってきた。皆、何故こんな所にいるんだ?という疑問符を露にし。
「あれ、俺達・・・?」
口々にそう言いながら辺りをキョロキョロ見回す。
「どうやらあっちも決着がついたようね」
「・・・そのようだな。おい、そろそろ奴らに説明してやった方がいいんじゃないのか?」
ソルが操られていた仲間達を指差すと、ナツミはすっかり忘れていたのか、あっ、と慌てて皆の元へ駆け寄った。




「トリス、トリス・・・・!!」
「 ん・・・・・」
何度となく繰り返し呼ばれる自分の名。トリスは"もう少し寝かせてよぉ・・"などと思いながらも、ゆっくりと瞼を開く。目覚めて初めに見た世界は、泣き顔に近い程のネスティの不安気な顔だった。
ネスティの腕の中にいる自分。
暖かいその腕に抱かれている現実に、トリスは形振り構わずネスティにしがみ付く。
「!?トリ――――」
「ネスっ・・・会いたかった・・・・っっ!!」
震えるトリスに気付き、ネスティは彼女の髪を優しく撫でる。
「すまなかった・・・僕がもう少ししっかりしていれば、君をこんな目に・・・・」
「そんな事はもういいの!もう、何処にも行かないで!!・・・あたし、誓約でもなんでもするからっ!」
トリスのあまりの変わり様に流石のネスティも面食らったようだ。
壊れ物を扱うように、ゆっくりと、優しくトリスを撫で擦る。
まるで幼い子供をあやすかのように。
「どうしたんだ、急に・・・」
トリスは半泣きの状態でネスティに擦り寄る。
「だって、もう誰のとこにも行って欲しくない、他の人に"マスター"だなんて言って欲しくないの!!」
ネスティは苦笑する。このちょっと我侭な自分のだけのお姫様に。
そして少し考えた後、意地の悪い企みの笑顔を浮かべたが、彼に抱きついているトリスにはその顔は見えなかった。まぁ、もし見えていたら考え無しの無防備な返事はしなかっただろうが。
「・・・確かにもう、マスターは御免だな。この際、別の"誓約"をしないか?・・・そうすれば一生傍にいられる」
「そんなのがあるの?!」
ネスティの提案に疑いも無く飛びつくトリス。
ネスティは、ああ、と言って期待を込めた眼差しで見つめるトリスにそっと耳打ちした。しかし、耳打ちされた方は徐々にその顔を赤く染め上げる。
んなっっ・・・・!!
満遍なく顔を紅色に染めたところで、トリスはネスティからばっ、と離れる。
しかしネスティはトリスを引き戻し、その腕に留めたまま、気持ち良い位極上の笑みを彼女に向けた。


「これならどんな誓約より、強い絆で結ばれると思うが?」
「あ、う・・・・」

「・・・ご返事は?ご主人様」


しかしトリスの返事を待つ事無く、ネスティは彼女の唇を塞ぐ。
これじゃ答えらんないわよ、と、講義しようとしたトリスだが、キスの威力に叶う筈もなく、その不満は飲み込まれることとなった。






白い雪。
時期外れのその雪は、止む事無く、静かに降り続ける。
一瞬で消える、その儚げな結晶。まるで少女の命のように。
だが、トリスとネスティに降り積もる雪は、どこか、暖かかった―――――――――――





END

02.5.9 HAL