白い雪 〜はかない小鳥〜   for SUMMON NIGHT2    (中編) 






4


「モーリンから話を聞いて急いで商店街へ向かったんだけど・・・ギリギリセーフだったわ」
「ああ。ゼラムへ行けばこっちにいる、こっちへ来てみればここには居ない・・・正直、手遅れかと焦ったよ」
ナツミ達はミニスにひとしきり説明をしていた。既に話を聞いていたのか、無言のまま固まるトリスをギュッと抱き締めるモーリン。
状況の見えないミニスは、ちゃんと説明してよ、と言わんばかりの顔つきでナツミとソルを見る。
「2人とも何を知ってるの?あれは本当にネスティなの?ねぇ!?」
詰め寄るミニスにナツミが重い口を開く。
「・・・そうだね、ハッキリしておこうか・・・・彼は―――――間違いなく、ネスティだよ」
「正確には"記憶の無い"が付いているがな」
その言葉に、それまで微動だにしなかったトリスの身体がぴくり、と揺れる。
ゆっくりと顔を2人に向けると、何か言いたげに唇が小さく開かれた。
「 キ、 オ ク ・・・? 」
「そう・・・無いの、彼には。あなた達の・・・トリス、貴方との想い出も。ネスティ・バスクとしての自分も」
何かを思い出したかのように切なげに語るナツミの様子に、彼女の肩にそっと手を乗せるソル。
「ここからは俺が説明しよう」
アリガト、と言うナツミに笑顔で返し、ソルはトリス達に向き直る。緩やかな口調で彼は今何が起きているのかを語り始めた。
「結論から言うと、あの少女が持っているのは"エルゴの守護者"の力だ。・・・・奪われたんだ、エルジンの魔力と知識を」
「血識・・・!」
嫌な響きだった。
トリスは前の戦いで悪魔達が、魔力の高い、優秀な召喚師達からその血に流れる知識と魔力を奪い、死に至らしめた事を思い出す。まさか、エルジンも同じ様に・・・・・
トリスの不安気な表情を読み取り、ソルは彼女を安心させるように微笑んだ。
「エルジンは大丈夫だ。命に別状はない。ただ・・・魔力を根こそぎ奪われたからな。回復に時間がかかる」
ソルの話によると、少女の母はノイラーム家の出身で、エルジンの父親の遠縁にあたるという。最近まで蒼の派閥に属していた彼女の父は、先のあの事件で行方不明となった。
「まさか・・・」
トリスの疑問にソルが頷く。
「・・・ああ。十中八九間違いない。彼女の父親は血識を奪われた召喚師の一人だろう。どういう経緯を辿ったのかはまだ分からないが、彼女が悪魔の力を使って今の魔力を手に入れたのは事実だ。多分エルジンの記憶からネスティの事を知ったんだろう・・・あいつの場合は"記憶"だけ奪われたみたいだが」
「トリス・・・自分のせいだなんて責めないでよ。貴方がそうしたらあたし達は、もっと苦しいんだから」
ナツミはトリスがそう言い出す前にクギを打つ。
トリスはそれを素直に励ましと取ると、ゆっくり立ち上がった。
「あたし、行って来る―――――ネスを取り戻しに」
紫色の瞳には輝きと意志が満ち、彼女の決意の強さが伺える。
そこにいるのはさっきまでとは別人の、いつものトリスだった。
いつの間にか傍にいたライザーにトリスは気付き、ひょい、と抱き上げる。
"お前も来てくれるの?"と笑うトリスに、「ギギ・・」と機械音で返事をするライザーを見て、ナツミは柔らかに微笑んだ。
「・・うん、そうだね。皆で行こう」
ナツミの言葉に皆、頷いた。
4人とライザーはミニスのシルヴァーナに乗り、ファナン近くの岬に立つ屋敷へと急いだ。
再び逃げられるのを防止するため、屋敷へは直接着地せず、少し離れた森の中に静かに降り立つ。シルヴァーナの背を降り歩いて向かおうというのだ。森、といっても幸い人の通る道はあり、迷わず目的地まで辿り着けそうだった。
4人は幾分警戒して進むが、特に何か罠が仕掛けられている様子も無く、順調に足取りを進める。程なく前方の視界が開け、丈の短い草が生い茂る草原が広がった。
目指す目的の屋敷は十分に視界に入り、トリスは逸る思いに走り出しそうになるが、すぐにその足を止める。
行く手を遮るように立ちはだかる人物を目にしたのだ。
しかもそれは見覚えのある、かつての仲間の姿だった。

「み・・んな・・?」

トリスは驚きに掠れた声で仲間を呼ぶ。ミニスに至っては声も出せず、指をさし、魚のように口をパクパクさせている。ナツミとソルも2人程ではないが動揺を隠せなかった。先の戦いで力を合わせ共に戦った者の顔だ。忘れる筈もない。
ビュン、と風を切って放たれる矢。寸での所でかわした矢は、トリスの胸元に一本の筋をつくる。
「トリス!大丈夫!?」
「来ちゃダメ、ミニス!!」
トリスは声を荒げる。
近寄ろうと駆け出したミニスは、その声にビクリと動きを止める。
「・・・狙いはあたしなんだから・・・」
搾り出すように言うトリスに、ミニスは「でも」と、言葉を詰まらせた。
目的地は目前だというのに、眼前に立ちはだかる中間達。
剣を構えるフォルテとシャムロック。
レナードは銃口を向け、ルウは召喚術の詠唱準備をし。
モーリンは攻撃の型をとっており、ケイナは今まさに矢を放とうと弓を引いてこちらを見据えていた。
しかし、誰も皆、瞳に輝きは無く、意志の無い、操り人形のようだった。
ネスティだけでなく、他の仲間にまで手をかけられ黙っていられるはずはない。しかし、どうしたら傷つけずに救う事が出来るのか。
拳をぎゅっと握り締め、唇を噛むトリス。
だが。
「っとに、つくづく陰険なコね」
「全くだ。根回し良すぎるぜ」
ナツミとソルは目を合わせる。
それが合図であるかのように暴風が辺りを包み込んだ。どうやら、初めから召喚術を発動させる準備をしていたようだ。
「ミニス!!シルヴァーナでアメルを呼んできて!回復が心もとないから!」
「え?」
「早く!!」
突然のナツミの言葉に戸惑いながらも、ミニスは「待っててね!」とシルヴァーナに乗り、飛び立つ。
それを確認してナツミは満足気に微笑む。ミニスに応援を頼みに行かせた様に見せかけ、実際は彼女を戦いから遠ざけようとしていたのだ。
「さ、行って。行って貴女の大切な人を取り返してきて」
トリスの背をポンと押す。
「ナツミ・・?」
「道は俺達が切り開く。だから早く行け、この煙に紛れて!」
「あたし達が時間を稼いでいるうちに、早く!」
「!・・・・わかった!」
ありがとう、と短く礼を言うと、トリスは噴煙の中をまっすぐ、全速力で駆け抜ける。ソルがウィンゲイルで作った一本の風の道を突っ切って。
トリスの姿が見えなくなるのを確認し、ナツミはほっと息を吐く。
「・・・ミニスも行かせたし、これで安心だね」
「・・・安心、ね。それはパートナーの俺を信頼してる、と取っていいんだよな?」
互いに目を合わせ一瞬だけ微笑むが、すぐにその眼差しは真剣なものへと変わる。
二人は背中合わせに構える姿勢をとった。噴煙の中の見えない敵に神経を研ぎ澄ませ、ナツミは呪文の詠唱を始める。
敵を一掃するのと異なり、相手は仲間だ。間違えの無いようにしなくてはならない。
「・・・っ、ジライヤ、忍法・召雷陣!!」
2人を囲むように雷が辺りを包む。
その衝撃に、今、まさに襲いかかろうとしていたフォルテ達は数十メートル先に吹っ飛ばされた。
だが、一瞬たりとも気は抜けない。
(トリス、頑張ってよ・・・!)
ナツミとソルの長い防衛戦が始まった―――――――――――




5


その頃――――――――
トリスは森を突っ切り、岬の先に建つ屋敷を目前としていた。
しかし、屋敷の庭先で彼女を出迎えたのは召喚術による手荒い歓迎だった。それ以上の侵入を妨害するように、トリスの眼前に闇色の剣が突き刺さり、噴煙をあげる。
「・・っ、げほっ・・・ごほっ・・」
堪らず咳き込むトリスに、聞き覚えのある声が響いた。今、求めて止まない人の、その声が。
「・・・ここから先は我が主の屋敷だ。それ以上は不法侵入とみなし、攻撃する。命の保障はしない」
姿を現した声の主は、怒る風でもなく、ただ淡々と語った。トリスに投げかける視線も言葉もいつもの彼ではない。
トリスの胸はぎゅっと締め付けられ、堪らず想いを口に出してしまう。
返ってくる反応が絶望的だと分かっていても。
「・・・忘れちゃったの?ネス・・・皆の事・・・あたしの事も・・・・これからはずっと一緒だって、ネス、言ってくれたじゃない」
「何の事だ。僕は君と約束した覚えはない」
簡単に否定されてしまう想い。約束。
口約束だけの絆の脆さを、今、やっと実感した。
だからネスティはきちんと誓約しよう、と口煩く言っていたのだ。
こんな日が来るかもしれないから。
「何の用かは知らないが、今すぐこの場所から立ち去れ。マスターは気が短い。見つかれば無事には帰せない」
トリスに敵意が無いと判断したネスティはそう言い残し、彼女に背を向け、屋敷の方へと歩き出す。トリスは慌てて「待って」と、二、三歩踏み出した。
「・・・しつこいな、君も」
「あたしは・・・あたしは思い出して欲しいの、貴方に。貴方が"ネスティ・バスク"であった日々の事を!!」
「その名は知らないと言った筈だが?・・全く、君は相変わらず覚えが・・・・・・・・・っ!?」
「 ! 」
氷のように冷たい、無表情だった鉄壁のマスクが崩れる。自分が口にした言葉に狼狽するネスティ。
「な・・・僕は君のことなど知らない筈だ!・・・なのに、一体・・・」
何かを思い出そうと頭を抱え込むネスティに近寄ろうとするトリス。しかし。
「―――――ネスティ、そいつは"敵"よ。・・・・殺して!命令よ!」
声のする方に目をやると、屋敷の入り口に少女が立っていた。恐ろしい形相でトリスを睨みつけている。
「命令・・・」
ネスティの顔つきが再び元の氷の仮面に戻る。
彼は近付いたトリスに向け、召喚術を放った。
「―――――我が眼前の敵を掃討せよ、ウィンゲイル!」
「きゃあ!!」
咄嗟に身をかわすトリス。反射神経の良さが幸いし、何とか直撃から逃れることが出来た。
しかしネスティの攻撃の手は止まらない。次々と呪文が繰り出され、反撃の出来ないトリスはかわす他なかった。
「ネス、お願い!話を聞いて!!」
「マスターの命令は絶対だ。僕は・・・君を殺さなくてはならない」
誓約の鎖がネスティの心を縛り付けていた。
防戦一方のトリスに向かい、少女は声高らかに笑った。
「クスクスクス・・・調律者もこれじゃ、形無しね。偉そうにしてるからこんな目に遭うのよ。いい様だわ・・・罪人の末裔にはお似合いの姿ね」
少女の台詞にカッとなったトリスは、そのせいで術に対する反応を鈍らせた。一瞬の隙ができ、よけ遅れたトリスは召喚術をその身に受けてしまう。
かすっただけとはいえ、術者はネスティだ。
ランクの低い召喚術でさえ喰らえばその威力は半端じゃない。
「っあああっっ!!」
衝撃に吹き飛ばされるように横倒れになるトリス。
風の刃に服は破れ、タイツからは血が滲んでいた。
ネスティは倒れるトリスに一旦攻撃の手を休める。が、トリスは小さなうめき声をあげながらゆらりと立ち上がった。倒れた拍子に打ち付けた右肩を押さえながら。
「ネ、ス・・・」
右足を引きずりながら真っ直ぐ自分を目指し向かってくるトリスに、ネスティは攻撃を躊躇った。
彼女の瞳に、言葉に、耳を傾けなければいけない、心のどこかでそんな声がするようだった。
そんな狼狽するネスティに苛立ちを覚える少女。
主の意に従わない僕(しもべ)に最初の余裕は無くなっている。
「・・っ!ネスティ!?そいつを殺せ、って言ったでしょ!何やってるの?!」
「しかし、彼女は・・・」
「いい?そいつはあたしの敵。主の敵は護衛獣である貴方の敵よ。そいつのせいで、お父様は・・・!」
「・・・了解しました、マスター」
返事はしたものの、ネスティはまだ混乱していた。
主は目の前の女性を「殺せ」と言う。"敵"だ、と。
しかし女性の方は自分の事を「思い出して」と言う。
こちらがいくら攻撃しても彼女は一切反撃してこない。
ただ、強い瞳で見つめ返すだけで。

あの意志の強い瞳。知っているような気がする。
何処からか聞こえる声。
誰かが警告する。
彼女と向き合え、と。
もう一人、自分の中に自分が知らない誰かがいるようで。

「ネス、大丈夫?」
頭が割れるような痛みを生む。苦悩するネスティの姿に、トリスは心配で痛みも忘れて駆け寄った。
「うっ・・・くうっ・・・・くそっ・・」
トリスの事を考えようとすればするほど、ネスティは気が違いそうになる。
「思い出そうとすれば苦しむようにしてあるのよ」
ネスティを気遣うトリスに少女は言った。まるで人間味の無い台詞にトリスの怒りは頂点に達する。
「・・・・・
して・・・・・」
俯いたままゆらりと立ち上がるトリス。
「・・?何ですって?」

「・・・えして・・・・・返して・・・・・ネスを返せ――――――っっ!!

その叫びはビリビリと空気を震わせる。大切な人を下僕扱いし、更に人間としての尊厳すら奪っている。
「・・・そいつを消すのよ、ネスティ。そうすれば楽になれるわ。余計な事も考えなくていい」
悪魔の誘惑。
今のネスティにはまさにピッタリな提案だ。
「ネス・・・?」
ネスティはゆっくりと立ち上がり、心配そうに見つめるトリスの細い首に両手を伸ばした。
「・・・!っくぅ・・・あ・・・・・う・・」
「――――主に害を成す者は消す。それが僕の役目だ」
ギリギリとその細い喉元が締め付けられ、トリスの口から短い息が零れる。
―――――これでいい。
これで主も喜ぶし、自分も苦痛から解放される。楽になれる。
この女性の事さえ考えなければ。
彼女と出会わなければこんな思いをする事もなかったのだ。
初めに戻るだけだ。
ネスティはそう自分に言い聞かせた。
しかし、苦痛に顔を歪めている筈の女性が自分に向けた眼差しに、ネスティは息を飲む。
トリスは―――――笑っていた。
自然に緩んでしまう手。
「・・・何故、笑う・・・何故抵抗しない・・・・君は・・・」
「あな・・・た、が・・・・好き、だから・・・世界、で、一番、大切、だか、ら・・・苦しむの、見た、くない」
「・・・・っ」

「だから、いいよ。ネスになら殺されても、いいよ――――――」

ネスティの手から完全に力が抜け落ちた。
急激に肺に入り込む酸素に咳き込み、嗚咽するトリス。ネスティは離してしまった己の両手を見つめ、そして握り締めた。
「・・・君は、馬鹿だ・・・僕のために命を落とすなんて。僕は君の事など知らないのに・・・」
呼吸を落ち着けると、トリスはネスティを見てニコリと笑った。
「でも、信じてるから、あたし。ネスのこと」
ネスティが何かを言おうと口を開きかけた、その時、辺りを閃光が包む。召喚術の発動だと気付いた時には既に遅く、トリスは咄嗟にネスティを庇うように彼を抱え込んだ。
「ヘキサボルテージ!」
少女の声が遠くに聞こえた。