全てを終え戻ったウィルを出迎えたのは、赤ん坊の産声と歓声だった。
産気づいたとは言っていたが、どうやら母子とも問題なく出産を終えたらしい。 感動で涙ぐむシンテツに、ウィルは思い切り抱きつかれる始末だ。
「あの、おめでとうございます。ええと…それでですね…」
「すげー可愛いんだ! なぁ見てやってくれ!!」
口を挟む余地も無いほどのシンテツの親馬鹿ぶりに、しばらく言う通りにするしかないだろうと、 ウィルは諦めて彼の妻に抱かれる赤ん坊に目をやる。 父親ゆずりの銀髪を持つその子は、名の示す通り赤い顔ですやすやと眠っていた。
その寝顔に思わず顔が綻び、ウィルはハッとして下を向く。
そんな照れ隠しもアマリエにはお見通しらしく、クスクス小さく笑うと、
「ほら、あなた。ウィルさんに言わなきゃいけない事があるでしょう?」
と話題を逸らしてやる気の遣い振りを見せた。



一歩の距離



「しかし本当に一人でケリをつけちまうなんてな……」
フォイアルディアをまじまじと見ながら、シンテツはその出来映えに何度も頷いた。
「僕だけの力じゃありませんよ。この剣は…そういうものなんです」
彼女が生まれ変わらせた剣がそうであったように。
自分の持つ剣もまた、人々の想いや願いを背負っている。
数時間前とは異なる刃の輝きに目を細め、ウィルは微笑んだ。
「しかし、鍛聖が扉守である理由がそういう訳だったとはね……」
地下での出来事は一切隠さずにシンテツに伝えるべきだと判断し、ありのままを話すウィル。 無責任と取られるかもしれないが、どうするかはこの国の人間が決めるべきだろうと判断したのだ。
「すみません、力になれなくて…」
「馬鹿、お前が気にする事じゃない。後は俺達の問題だ。大体、全部お前に 任せたら俺達の存在意義が無くなっちまうだろう?」
シンテツは冗談めかしてそう言うと、肩を落とすウィルの背を力強く叩く。
「…で。もう発つのか?」
「はい。早くこの剣を届けたいんです…あの島に」
「何を今更…急ぐ理由なんて一つしかないだろう?」
「………」
もう一度剣を手に取る。
その重みは剣だけの重さでは無い気がした。
「はい。随分と長い間、待たせてしまったから……大切な人を」
今度こそ、その距離が縮まったように思える。
師弟としての力量の差。
年齢差。
想いの差。
どれもほんの一歩だったのかもしれないが、それでも自分には大きく感じられた『差』。
しかし今、やっと帰る事が出来る。あの人のもとへ。




「本当にお世話になりました。お元気で」
見送りは必要無いと、ウィルは丁重に断り玄関先で別れを告げる。
おそらくもう二度と逢うことは無いだろう。時間軸の異なる世界へと戻るウィルとは。
それを察してか、シンテツの挨拶もそっけないものだった。
長く語れば語るほど、今生の別れを強く認識せざるを得ないからだ。
「ああ。お前さんも元気でな。……先生とやらによろしくな」
「…はい」
しかし。
じゃあ、と背を向けるウィルの服がグイと引っ張られ、彼は息を詰まらせる。
「ちょっと待って、ウィルさん」
なんと、彼を引き止めたのは出産後間もない産婦のアマリエだった。
「アマリエさん、起きて大丈夫なんですか!」
「大丈夫よ、このくらい〜。こんな事で寝込んでいたらこの人の妻は務まらないもの」
うふふ、と笑うアマリエに今度はシンテツが息を詰まらせた。
「あの、僕に何か…?」
「ええ。ウィルさんもこの子の名前、何か考えてくれないかしら?」
「ええっ?! そんな、お二人で考えた方がいいんじゃ…」
突然の申し出に、ウィルは困惑し、顔の前で両手をぶんぶんと振る。
「ええ…それがね…この人、ちょっとセンスが悪いから困っちゃって。だって男の子ならともかく、女の子でしょう?  ウィルさん、何か可愛い名前ご存知ない?」
呆れたように、困ったように話すアマリエ。
そんな彼女の腕には生まれたばかりの赤ん坊。
可愛い、と言われて思いだす名前は一つしかない。
しかし他人の子供につけるのは何となく倫理に反するような気がする。
ウィルはすやすや眠る赤ん坊を睨みつけるかの如く、じっと見つめた。
「それじゃあ、ウィルさんが素敵だと思う女性の名前から一字貰うっていうのはどうかしら?」
ウィルの葛藤を察したのか、アマリエはにっこり笑ってそう発案する。
「それなら問題ないでしょ?」
断言するアマリエに逆らえないと察したウィルは、少しはにかみながらその名を告げた。
「……ア、アティ……」
「アティ……素敵な響きね」

そうして赤ん坊が『プラティ』とその名を決めるまで、ウィルはその場に足止めされる事となってしまうのだった。








第7話です。

す、すみません…っ!!
前回の後書きで次回先生が出ます、とか言っておいてこの始末…
ううう。しかも最後が完全こじつけ。捏造しまくり。
っていうか、このネタ思いついた時から既に出ていた案なのでどうしても出したかったのです。 だってー。「ティ」が被ってるから、ほんとに(笑)。
本来なら"あの人のもとへ"で終わっている文につけたしたオマケみたいな要素なので、 クラフトソードを知らない方でも問題ないとは思いますが、知ってる方なら尚楽しめるというか。

いつも捏造しっぱなしですみません…
次回こそ必ずアティさん出ますんで。

04.7.22 HAL