「やめる」の発音は、「める」 アクセントを前に置きます.
古き良き和語なのでしょうが、理解してくれる若者は少ないでしょう.

もちろん「中止する」という意味ではなく、

「何か不快に感じているのだけど・・」 ( I feel something bad)

というような意味に使われています.

地域によって、感じる「不快」の度合いの
幅が広いようなので注意が必要
です.
場所によっては「痛い」の意味になることもあります
県下全域で使われているようです.

群大病院 I先生の困惑経験例(実話)


ある日、初老のおばあさんの運動負荷心筋シンチグラフィー(心筋核医学製剤を投与し、運動負荷(ペダルこぎ)を与えながら心筋の虚血の評価を行う核医学検査)を行っていました.

もともと心筋虚血が疑われる患者さんですから、検査施行時には、患者さんの様子を常に観察していないと思わぬ事態に発展する場合があります.

先生(埼玉県南部出身)が、患者さんに、「胸が苦しくないですか?」と患者さんに聞くと、患者さんはこう答えました.

「なんか、やめらぃねぇ.」

先生は、突然発せられた、この「やめらぃねぇ」という単語が理解できず、非常に困惑しました.

そして「検査がつらいので、もう「やめたい」といったのだ」と思ってしまいました.

「不快に感じている.」という意味には、まったくうけとらなかったそうです.
「やめる」という聞いたことのない自動詞に、群馬県特有の(軽い断定の助動詞)「らぃね」の複合では、困惑も当然というところでしょうか?

検査は中止され、結果的に、患者さんは事なきをえました?が、かんじんの負荷心筋のデータは得られませんでした.

この言葉はお年寄りを中心によく聞かれます.

どのように「やめる」のか、その様子・程度を良く聞き出しましょう.