
じゅんきが生まれたのは1999年2月19日。 予定日より12日早かった寒い日でした。 前日の早朝に破水をし、微弱陣痛でなかなかおりてこなかったので 翌日のお昼に帝王切開にて生まれました。 初めてじゅんきを見たときの感想は「なんて白いんだろうと」と思いました。 その後、母子ともに問題なく退院を迎えました。 前日に退院の説明を受けたときに、 「心臓に雑音があるので、近いうちに診てもらってください。ちょうど、見てくれた小児科の先生が明日外来なので明日行くと良いと思います。」 と言われました。 先生の話しぶりだとそんなに危機感が感じられなかったので、ショックでは ありましたが軽く考えるようにしていました。 退院の日。 退院したその足で見てくれた先生のいるA市立病院に行きました。 診察室には5,6人の医大生らしき人たちもいました。 その学生達もじゅんきの胸の音を聞いたり、心エコーを覗いたりしていました。 自分の子供が研究材料のモルモットのようでとてもイヤな思いをしました。 心エコーの結果、先生は病名を告知しました。 先生は「こんなに悪いとは・・・」と言いい、私は顔を上げることが出来ずに ずっとうつむいていました。 先生はこれからのことを説明してくれました。 最低でも手術は3回はしなくてはならない。 アメリカでは移植の対象になる・・・。 移植と言われたときには頭の中が真っ白になりました。 その後先生が言ったことは頭に入りませんでした。 私はどうしても病気だと言うことが受け入れずにいました。 「産院で取り違いしたんじゃ・・・(こんなに似ているのに (笑)) 」 「どうしてうちの子なの?」 朝起きたら夢だったらいいのに・・・と何度も思いました。 病気を受け入れずにいるのにどんどん出産祝いが届くのが辛かったです。 |