■スウィート・スパイス■


「まったくあんたは、どうやったらこんなに散らかせるんだ」
「ははは、本当にどうしてこんなに散らかってるんだろうねえ」
 毎度毎度、週末になると繰り返される会話。
 ランチが桜井のマンションにやってきて、初めにすることは必ず掃除だった。
 部屋中のゴミを集め、掃除機をかける間、桜井は邪魔にならないようにベッドの上に乗っかっている。これも毎度のことだった。
 1時間で終わるはずの掃除が、桜井が手伝うと何故か3時間かかってしまうから、というのがランチの言い分だ。まったくもってその通りなので、桜井は大人しくベッドの上で、ランチの有能なハウスキーパーぶりを見物している。
「あんた、またカップ麺ばっかり食ってたな」
 スチロール製どんぶりのはいった5つのコンビニ袋を拾い上げながら、ランチはまたか、という顔をする。
「せめてホカ弁くらい買えよ」
 あんまりとやかく言いたくないけどな、という顔をして言うところがランチらしくて、桜井は少し嬉しくなる。心配してもらえるのは、なんだか幸せだ。桜井に、今の食生活を変える気が毛頭ないことも、ランチは知ってて言うのだ。
 咥えていた煙草の灰が落ちそうになり、桜井はあわてて灰皿を探した。
 その目の前に、空になった灰皿が差し出される。
「シーツも洗っちまうから、ちょっとあっちに移ってくれ」
 ソファーを親指で指すランチに、
「洗濯くらい、僕だってできるよ」
「この前洗濯機を開たら、カビが生えてたじゃねえか」
「………」
「消毒するの大変だったんだからな」
「………」
 返す言葉もなく、桜井はソファーへと移動する。
 ゴミがなくなった部屋は、PC周りの道具と本以外はほとんど何もなくて、そんなに広くもないのにがらんとして見える。
 なんだか淋しいな、などと思っているところへ、存在感ありまくりのランチがキッチンから顔を出す。
「晩飯は何がいいんだ?」



 近所のスーパーで、ランチは次々と食料品をカートに放り込む。
 何が食べたいかと聞かれて答えれば、ランチにはもう、そのメニューに必要な材料が分かっているのだ。これはすごい才能だと桜井は思うのだが、そう言うとランチはものす
ごく呆れた顔をする。
『カレーに、人参と玉葱とじゃが芋と肉が必要なことぐらい、誰だってわかるだろ』
 とランチは言うが、桜井は「カレーに何が入っているか」よく考えないと分からない。
 ランチが器用にじゃが芋の皮をむくのを見るのが好きで、カレーに「じゃが芋」が入っていることは覚えたが、付け合せのサラダがキャベツなのかレタスなのかは、未だに食べてもわからない。
 レジでの会計だけは桜井がするのも、毎度のことだ。桜井が、これだけは譲らないのだ。
 どのポケットに入れたか忘れてしまった財布を捜していると、「ドライアイスはいりま
すか?」と聞かれた。反射的に「はい」と答えてから、桜井は首をかしげる。人参やカ
レー粉や缶ビールにドライアイスがいらないことくらい、桜井にも分かる。お釣りをも
らってレジをでると、もうランチが品物を袋に詰め終わって待っていた。



「ごちそうさま」
 スプーンをおくと、ランチは嬉しそうに笑う。
「よし、全部たべたな」
「おいしかったよ」
「冷凍庫にアイスがはいってるからな」
 ドライアイスの謎が解けた。
 甘いものが大好きで、そのくせ「25にもなった男が甘いものなんて」などと変な見栄をはる桜井を、ランチは見透かしているのだ。
「ほら、こぼすなよな」
 どこまでもランチに甘やかされているのが恥ずかしくて、桜井はわざと意地悪を言ってみる。
「ランチはおかあさんみたいだねえ」
「…俺はこの年で25の子持ちかよ…」
 桜井をほっとけなくてあれこれ世話を焼いているのは事実だが、6歳も年上の男にお母さん呼ばわりされるのはあまりに悲しい。ランチはがっくりときて、残っていたビールを喉に流し込んだ。
「じゃあ、お嫁さんだ」
 桜井も缶ビールを片手に、にこにこと笑いながら続ける。
「誰のだよ」
「僕の」
「ああもう、好きにしてくれ」
 新しいビールを冷蔵庫から出して、ランチは勢いよくプルタブを引く。
「飯でも掃除でも洗濯でも、俺が一生やってやるからな」
「それはプロポーズかい?」
 一瞬の間。
「………」
「………」
「何言ってんだよこのオヤジはっ」
「あはははは、ごめんごめん、あははは、はははは」
「この酔っ払いが」
「あはははははははは」
 何故か真っ赤になっているランチ。
 ねじが飛んだように笑い転げる桜井。



END




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