■夜空の花■


 セックスの後の島田さんは、時々、気だるげだ。

 布団に寝そべったまま、島田さんは枕元に手を伸ばした。くしゃっと少し潰れた箱から、手慣れた仕草で一本を取り出し、咥える。白地に青い縦の線、特徴的なアルファベット。ビニールのようなその箱を、紙箱とは区別してソフトパックと呼ぶのだと、最近、島田さんは僕に教えてくれた。
 カチッと小さな音がして、オレンジ色が灯る。
 一瞬だけの炎が、目を伏せた島田さんの顔に濃い影を落とす。目の下の窪み、頬の骨、細い顎、緩く煙草を咥えた幅広の口。それはまるで、打ち上げ花火を見上げているような、線香花火を見下ろしているような、幸せそうで少し寂しそうで、そんな島田さんを見るたびに、僕の心臓は痛くなる。それくらいきれいだと、いつも思う。
 締めつけらるような痛みは時に甘さを含むということを、最近、僕は知った。
 僕の視線に気づき、島田さんは僅かに顔を背けた。煙がこちらにこないように、気を遣っているのだ。吐き出された煙が、ゆっくりと天井へと昇っていく。その煙は次第に薄く広がり、僕たちがさっき吐き出した生臭いにおいを消し去ってしまう。
 骨ばった指が細く白いそれを挟み、銀色の灰皿に煙の残滓を落とす。薄い唇がだるそうに、またそれを咥える。
 前に一度、僕にも一本くださいと言ってみたことがある。その時島田さんは僕の頭を優しく撫でながら言ったのだ。大人になったら自分で買え、と。
 その言葉を思い出しながら、僕は手を伸ばした。唇を占拠しているそれを取り上げ、灰皿に押し付ける。
「桐山?」
 僕は島田さんの腕を掴み、強引に仰向かせた。
「ん……っ」
 唇を舌でこじ開け、唾液を掬い取る。苦くて不味くて、だからこそ甘い、それはセックスの時の島田さんの味だ。
 裸のままの身体を布団に押し付け、僕は島田さんを見下ろした。
「もう一回……いいですか」
 島田さんは、優しく笑った。大きな手が僕の髪を撫でる。
「いいよ。おいで」
 ためらいのない返事が、僕の耳に届く。長い腕が、僕の肩にまわされる。僕を抱き寄せる笑顔を見たくなくて、僕は島田さんの肩に顔を埋めた。
 僕を見上げていた島田さんの顔は、まるで花火を見ているようだった。



END



   

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