■はじめの一歩でFSS妄想 沢村と間柴の出会い■


 裏路地の酒場で、沢村は独り、グラスを煽っていた。
 ここ数日続いた戦闘は、日没を迎える前にようやく決着した。凱旋した騎士団の連中は、今頃はそれぞれに戦いの熱を冷ましているはずだ。
 ある者は陽気に酒を飲んで騒ぎ、ある者は泥のように眠り、ある者は一夜の温もりを夜の街に求め、ある者は己のファティマを抱いて眠る。
 それら全てが、沢村には縁のないものだった。
 陽気に騒ぐ性質ではない。未だ燻る戦場の熱を抱えたまま眠れるはずがない。ましてこの熱は、金で買える一夜の相手ごときに冷ませるものではない。そして己のファティマは、墓の中だ。
 沢村は琥珀色の液体を一気に飲み干した。胃の中が焼けるように熱くなり、その熱が身体の奥底に燻る熱と混ざり合う。そう、冷めない熱は、他の熱に溶かしてしまえばいい。
 空いたグラスに、同じ酒がカウンター内から無言で注がれる。
 ふと、テーブル席の会話が沢村の耳に届いた。男たちが陽気に酒を飲んで盛り上がっている。騎士ではない、一般の人間のようだ。
「今回の戦も、KKD騎士団の圧勝だってな」
「ありがてえことだ、おかげで俺たちみたいな普通の人間は、こうして平和に酒が飲めるってわけだ」
「なんたって剣聖様がいるし、それに最近、『白い狼』が入団したって噂だぜ」
「本当か!? 白い狼はとっくに死んだって聞いてたぜ」
「いや、それが生きてたらしくてな──」
 他愛も無い、他人事のような噂話が、酒場の空気に溶けていく。沢村は黙ってグラスを煽り続けた。
「そういや、『凶竜』はまたファティマを喰い殺したらしいぜ」
「マジかよ、敵も味方も関係なしか」
「っていうか、もったいねえよなあ、戦ごとにファティマを殺しちまうなんて」
「案外、ヤリ殺してんじゃねえのか」
「へっ、そうかもな、騎士の風上に置けねえ野郎だ」
 下卑た笑いが酒場に響く。カウンター内の男がちらりと、沢村を見た。
 沢村は注がれたばかりのグラスを一息に煽った。胃の腑が焼ける。その熱に怒りを無理やり溶かし、沢村はゆらりと立ちあがった。ポケットから数枚の札を出し、カウンターに置く。
 無言のままテーブルを素通りし、出口へと向かう。カウンターの中の男が、安堵したように溜息を漏らした。
 テーブル席の男が一人、何気なく顔をあげ、そして恐怖に顔をひきつらせた。
「ひっ……」
「おい、どうした?」
「き……『凶竜』だ……」
 男たちの悲鳴と弁明を無視し、沢村は独り、酒場の外へと出た。
 
 
 
 人通りの無い路地裏を沢村は歩いていた。
 先程の男の、下卑た言葉が耳に残る。
──『案外、ヤリ殺してんじゃねえのか』──
 いっそ、その方が遥かにマシだ。沢村はそう思う。犯して殺したのなら、それは己の意志だ。だがファティマたちはいつも、己の意識の範囲外にいる。
 戦場に立つと、どうしようもなく血が滾る。敵のMHを斬り倒す、あの痺れる感覚。騎士のコクピットを貫く時の、どうしようもない震え。目の前の敵を倒し、斬り刻み、その感触を味わう時、沢村の意識は血に塗りつぶされる。味方のMHも、己をサポートするファティマの声すら意識の外となる。そうして全ての敵を倒して我を取り戻した時、己のファティマはコクピットの中で既に骸となっているのだ。
 使い捨ての道具だと思ったことはない。己のファティマに暴力を振るったことも無く──抱いたこともない。沢村が唯一、己のファティマにしてやれるのは、墓を作ってやることだけだ。
──チッ……!──
 苛立つ感情のまま、酒場の裏口に積まれた木箱を蹴り倒す。酒瓶が割れる音が響き、驚いた店主が飛び出してくる。背後から浴びせられる罵声を無視し、沢村はあてもなく夜の街を歩いた。
 時折、自暴自棄な夢想が沢村を誘惑する。さっきの酒場の男たち、今の店主、誰でもいい、一般人を殺してシバレース(呪われた騎士)に堕ちる──立派な騎士団にいるよりその方がよほど、自分に相応しい。
 そうだ、今から殺しに行こう。相手は──そうだ、俺を『騎士の風上に置けねえ』と言ったあいつがいい。あの中では一番太っていて、斬り甲斐がありそうだ。
 夢想に半ば酔いながら踵を返そうとしたその時、かすかな呻き声が聞こえた。路地裏の更に奥、そこは確か行き止まりのはずだ。
 沢村は何気なく、その路地裏を覗いた。数人の男が呻き声を上げながら、地べたに転がっている。その更に奥、行き止まりの塀に人影が凭れていた。
 沢村は倒れている男たちを爪先で蹴ってどかしながら、人影に近づいた。精液の饐えた臭いが強く立ち込める。塀に凭れているのは、ファティマだった。泥に汚れ、ズタズタに破られたファティマスーツ。投げ出された脚の間から流れる液体。特に珍しくも無い、はぐれファティマの成れの果てだ。
「おい、生きてるか」
 ぴくりとも動かないファティマを軽く蹴ると、そのファティマはゆっくりと顔を上げた。殴られて傷だらけになったその顔で、瞳だけが力を失わずに光っている。これだけの暴力を受けてまだ生きていられるのは、おそらくこのファティマが男性型だからだ。
「ヒデえツラだな」
 遠慮のない沢村の言葉に、そのファティマはギラリとした眼を向けた。その眼の力に、沢村の背筋がぞくりと泡立つ。これだけ嬲られて、なお目の光を失わないファティマを見たのは初めてだ。
 近くに倒れている男が、また呻き声をあげた。
「うるせえ」
 沢村がその男をもう一度蹴る。男は意識を失い、静かになった。
 襲った男たちが倒れているということは、誰かがこのファティマを助けたのだろう。だが、助けたファティマをそのまま放置するのはおかしい。親切心にせよ下心があるにせよ、後の面倒まで見なければ同じことの繰り返しだ。それでは助ける意味が無い。──まあ、後から来た別の男がこのファティマを横取りして犯した可能性もあるが。
 沢村はファティマを見下ろした。
「おい、お前、まだ生きる意志はあるか?」
 あるなら騎士団で保護してやる。そう続けようとした言葉をファティマが遮った。
「うるせえ。てめえも地面に転がりてえのか」
 ファティマは力なく、それでも拳を握った。力を失ったその身体で、瞳だけが爛々と輝いている。
 沢村は思わず、倒れている男たちを見渡した。
「まさかこいつら、お前が倒したのか!?」
「ああ……好き勝手しやがって……本当はぶっ殺してやりてえが……」
 殴り倒したところで力尽きたのだと、そのファティマは吐き捨てるように言った。
 沢村は驚愕した。ファティマは主のため以外に、人間を傷つけることができない。できないようにマインドコントロールされているはずだ。そしてこのファティマは、明らかに主なしだ。
「お前、ファティマだろ。まさかマインドコントロールを受けてねえのか?」
 その言葉に、ファティマは薄く笑った。
「受けてるぜ。ギッチギチのキッツいやつをな。だから、人間を殴るにも一苦労だ」
 茫然と、沢村は目の前のファティマを見下ろした。マインドコントロールはファティマの限界だ。それを破る行動はそもそもできない。それでも強引に破ろうとすれば、ファティマの精神は破壊される。
 なのにこのファティマは──人間を殴り、かつ正気を保っている。
 決して楽にその枷を外せるわけではないのだろう。簡単にできるなら、そもそも嬲り者にされることなどないはずだ。おそらくこのファティマは、自分の身を守るためではなく、自分を貶めた者への報復として、自らの強烈な意志で枷を外したのだ。
 沢村はその場にしゃがみ込み、ファティマの顔を見た。
「……なんだよ」
「お前、名前は?」
「……間柴」
「俺は沢村だ。なあ、間柴、こいつらを殺してぇか?」
「当たり前だ!」
「なら、俺が殺してやる」
 そう言うと、沢村は立ち上がり、一人の男の喉元に足をのせた。ぐえっという呼吸音が男の口から漏れる。
──どうせなら、こいつを殺してシバレースに堕ちる、それも悪くねえ──
「やめろ」
 間柴の声が沢村を止めた。
「どうした、殺してぇんだろ?」
「そうだ、ぶっ殺してやりてえ。だが、てめえの手は借りねえ」
 動かない身体で、ファティマのマインドコントロールを架せられて、それでもなお間柴は言い放った。
「殺る時は、自分で殺る」
 その言葉に、沢村は笑った。それは『凶つ竜』の名に相応しい、狂喜の笑いだった。
「おい、間柴」
 沢村は間柴の顔に触れた。傷だらけで腫れたその顔を強く掴む。
「お前、俺のファティマになれ」
「はっ!?」
 間柴が目を見開いた。
「あんた正気じゃねえな。教えてやるよ、俺と共にMHに乗った騎士は、その戦いで死ぬ。必ず、だ。だから、俺は『死神』だ」
 だから主を得られず、売られ、逃げ出し、そうしてここにいるのだ。
 間柴の言葉に、沢村は鼻で笑った。
「偶然だな。俺も共にMHに乗ったファティマで生き残った奴はいねえ。俺は『凶竜』だ」
「へえ……?」
 凶竜の名に、間柴が一瞬目を見開く。そして、にやりと笑った。それはまさに、命を刈る死神の笑いだ。
「いいぜ、せいぜい頑張って生き残れよ、マスター」
「お前こそ、さっさとくたばるなよ」
 沢村は間柴に手を差し伸べた。その手を強く握り、間柴が立ち上がる。ふらつくその身体を、沢村のマントが包んだ。竜の紋が入った、それは騎士のマントだ。
「おい、こんなもの……!」
「その格好で歩かせられるか。部屋に着くまで、くるまっとけ」
 さりげなく間柴に手を貸しながら、沢村は騎士団の宿舎へと向かった。
 このファティマが次の戦で死ぬのか、生きのびるのか、そんなことは分からない。死神の言うとおり、死ぬのは自分の方かもしれない。
 もし、間柴が死んで自分が生き残ったとしたら──そう、シバレースに堕ちるのはそれからでも遅くはない。
 次の戦が楽しみだ。
 かつて感じたことのない歓喜に震えながら、沢村は笑った。
 
 
 
END



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