■はじめの一歩でFSS妄想 鷹村と一歩の出会い■


 鷹村は、招かれた屋敷の外庭をぶらぶらと歩いていた。さすがに小なりとは言え地方領主の館だ。手入れの行き届いた庭には花が咲き、樹木が眩しい朝日から客人を守るかのように植えられている。
 お披露目が始まるまで、まだ時間がある。こんなに早くから会場に来ているのは、熱心にファティマを探すため──ではない。
 昨晩は、酒場でひっかけた女と意気投合し、そのまま女の部屋にしけ込んだ。官能的でいい女だった。そこまでは良かったが、その女の胸で微睡んでいたはずの鷹村は、明け方になって突然叩き起こされたのだ。
 女に『急に亭主が帰ってきた』と告げられ、騎士服から剣から全ての荷物をひとまとめに押し付けられ、裸のまま窓から逃げ出すと言う何とも情けない朝を迎え、今に至る。まったく、これがもし会長にばれたら『剣聖の名を持つ者がなんという体たらくじゃ!』と怒鳴られるに決まっている。偶然にも今日、騎士団の付き合いとはいえお披露目に招かれていたこと、そして珍しくきちんと騎士服を着ていたのは不幸中の幸いだった。開始時間前に押しかけるという非礼を『剣聖』の威厳で包み隠し、逆に『こんなに早くお越しいただけるとは』と領主を恐縮させ、慌てて客間を用意しようとする領主に『美しいと噂に名高い、ご自慢の庭を是非拝見したい。気遣いは無用』ともっともらしいことを言って外庭へ行き──要するに鷹村はただ時間を潰していた。
「くそっ、亭主持ちならそう言えよっ」
 とても領主には聞かせられない愚痴をブツブツと言いながら、鷹村はあてもなく庭をぶらついていた。
 朝の爽やかな風が、鷹の紋章をあしらった騎士服の裾をなびかせる。その騎士服に覆われていても分かる、堂々たる体躯は、例え剣聖の名を知らない者にも、この男がただならぬ騎士であることを伝えるに十分な迫力を放つ。
 空は青く晴れ渡り、今日お披露目を迎えるファティマを祝福しているかのようだ。
 ふと鷹村は、今まで自分に仕えたファティマたちを思い浮かべた。数百年を生きる鷹村に仕えた、数多くのファティマたち。彼女らは全員、自らの意志で鷹村に仕え、華奢な身体で共に戦場を駆け、鷹村のために己の限界を超えてMHを操り、そして死んでいった。
 ファティマなしで戦場に立つなど考えられない。己にとってファティマの存在がどれだけ大切であるか、鷹村は知っていた。己を『マスター』と呼ぶファティマに対し、恋人や情人とは異なる愛情を持って大切に扱った。ファティマたちの献身ぶりには、尊敬の念すら覚える。だがどんなに大切にしても、ファティマたちは鷹村のために戦い死んでいく。
 鷹村にとってファティマは、道具とパートナーの境界線上にあった。戦いの道具としてファティマを最大限に使いこなす、それは騎士にとって当然のことだ。ファティマはそのために存在する。だが同時に、ただの道具として使い捨てる気など鷹村にはなかった。
 己のファティマを愛おしみ、そしてそのファティマを失う喪失感に歯を食い縛って耐える。それはこれまでも繰り返してきたことであり、これからも繰り返していくことだ。
 ふう、と鷹村は溜息をついた。珍しく感傷的になっているのは、早朝に叩き出された寝不足と、爽やかすぎる朝の空気、そしてお披露目という独特な場のせいだ。
 ふと、風を斬る音が聞こえた。気の向くまま音の方へと足を向ける。
 庭の端、木の下で少年が剣を振っていた。おぼつかない剣さばきで、どうやら風に落ちる木の葉を斬ろうとしているようだ。だが木の葉は剣圧に押され、ふわりと宙を舞うばかり、一枚も斬れる様子はない。
「ファティマが剣の稽古とは、珍しいな」
 気さくな鷹村の声に、少年──正しくは少年型ファティマ──ははっと顔をあげた。
「見てな」
 にやりと笑い、鷹村は剣を抜いた。
 次の瞬間、十枚の木の葉が真っ二つになり、地面にはらりと落ちる。その様子に少年は目を丸くした。
「すごい!」
 チン、と剣を納め、鷹村は笑った。
「お前、足腰の安定は悪くないが、それだけじゃスピードが出ねえ。風圧で葉っぱが飛ぶ前に仕留めるんだ」
「はい、ありがとうございます!」
 大きな目をキラキラさせながら、少年はぺこぺことお辞儀をした。
「あの、騎士様、ですよね」
「ああ、まあな。お前はここのファティマか?」
「はい、今日がお披露目なんです」
「ふーん」
 少年は早速、剣を振るい始めた。
 鷹村はその様子をぼんやりと眺めた。普通、女性型ファティマは針金のように華奢な身体に作られる。男性型はそこまででは無いが、それでも総じて細身だ。だがこのファティマは、何と言うか、ずいぶんと足腰がしっかりしている。重心も低い。まるで大型犬種の仔犬のようだ。
「やった!」
 ようやく一枚の葉が二つになった。嬉しそうに少年が鷹村を見上げる。
「ありがとうございます! あ、えっと……」
「鷹村、だ。お前は?」
「一歩です、鷹村様」
「様はやめろ、ガラじゃねえ」
 苦笑しながら、鷹村は尋ねた。
「おい一歩、お前はどうして剣の稽古なんかしてるんだ?」
 ファティマの本分はMHの操縦だ。もちろん生身で戦えるに越したことはないが、そもそもファティマが生身で戦うような事態は、普通はあまり無い。
「もちろん、マスターとなる方を守るためです」
 判で押したような、ファティマとして理想の答えに、鷹村は胸に重いものが落ちるのを感じた。
「マスターを守るために、僕は強くなりたいんです」
 一歩は真っ直ぐに、鷹村を見た。
「鷹村様、あ、いえ、鷹村さんは強いですよね」
「もちろんだ。俺様は強いぜ」
 自信満々に答える鷹村に、一歩は真剣な眼差しを向けた。
「強い、って、どういう気持ちですか?」
「……は?」
 突然の問いに面食らう。
「僕はまだ弱いんです。でもマスターを守れるくらい強くなりたい。でも、強いっていうことがどういうことなのか、分からないんです」
 不意に、鷹村の脳裏をファティマたちが過った。
 そうだ、己のファティマたちは全員、本当の意味で強かった。強かったから、自ら限界を超えたのだ。鷹村は掌を握りしめた。
「……知らなくていい」
「え?」
「強さなんて、知らなくていい」
 だがきっと、このファティマも本当の意味で強くなるのだろう。鷹村にはそれが分かっていた。
 ぽん、と一歩の頭に手を置き、まだ少年らしいその髪を子犬のようにくしゃくしゃと撫でる。
 一歩が、意を決したように頭をあげた。
「鷹村さん、いえ……マス」
「言うな!」
 大声が庭に響き渡る。その声は一歩を威圧するに充分だった。
「その言葉を俺に言うな。お前を俺のファティマにする気はねえ」
 言っても即解除するぜ? お披露目前に、主なしになりたくないだろ?
 皮肉な笑いを浮かべ、鷹村はその場を立ち去った。一歩に問われた、あの言葉が、未だ胸に重さを残している。
 剣聖と呼ばれ、最強の騎士と呼ばれる己が、お披露目前のファティマの問いひとつに心の奥底を抉られている。
──ざまあねえな──
 鷹村は空を見上げた。己のファティマたちは、己よりずっと強かったのだ。ずっと前から知っていたはずのその事実を鷹村は心の奥底に飲み込んだ。
 
 
 
 お披露目は無事に始まった。さすがは領主主催のお披露目だ。若手マイトの銘入りや工房製など、上物のファティマが次々と披露されていく。
 招かれた騎士たちのランクも、ファティマに釣り合うよう配慮されている。尤も中には鷹村のように、義理で顔を出している高位の騎士もおり、彼らはのんびりと騎士同士で挨拶などを交わしている。
 紹介の済んだファティマに、騎士たちが次々と声をかける。その様子を、鷹村は壁にもたれて眺めていた。
 無事マスターを定めた一人のファティマが、騎士のマントに包まれる。あのファティマはどうなるのだろう。大切に扱われるのか、道具として使い捨てられるのか。扱いに違いはあれど、主に尽くすファティマが強いことに変わりはない──鷹村は頭を振った。どうも今日は感傷が過ぎる。俺様らしくもない。
 鷹村は、目の前の一群に目を向けた。未だ主が定まらないファティマと、それに群がる騎士たちが熱心に会話を交わしている。その中には、一歩の姿もあった。
 何人もの騎士に話しかけられては、首を横に振る。その目は時折会場を彷徨い、鷹村の方を見ては目をそらす。口を引き結んでいるのは、おそらく先ほど止めた言葉を自ら封じているためだ。
 いたたまれず、鷹村は壁から背を離し、出口へと向かった。
 もうすぐお披露目の時間が終わる。それなりに上物のファティマたちだ、今回主が定まらなくてもひどい扱いを受けることは無く、また次のお披露目に出されるだろう。
 部屋の外に出ようとしたその時、開け放した窓から風が吹き込んだ。鷹村の騎士服の裾が揺れる。
 あの時の問いが、頭の中に蘇る。
『強い、って、どういう気持ちですか?』
 鷹村は足を止めた。
「──クソッ」
 俺のファティマは俺より先に死ぬ。例外なく、戦場で死ぬ。最強の騎士である俺、剣聖と呼ばれる俺、その俺は、ファティマより強くなれるのだろうか──
 鷹村はにやりと笑った。強くなる。俺はもっと強くなる。そう、俺様は最強の剣聖だ。
 踵を返し、鷹村は部屋へと戻った。
 ファティマと騎士の群れの外側から、大声でその名を呼ぶ。
「一歩!」
 人々の動きが止まった。一歩がこちらを見つめている。鷹村はもう一度、にやりと笑った。
「来い! 一歩!」
 次の瞬間、一歩が駆け出した。
「はい! マスター! 鷹村さん!」
 一歩が鷹村の前に立つ。鷹村はマントをつけておらず、他の騎士のようにファティマを包むことはできない。だが、それでいい。こいつを包むマントは必要ない。
「一歩、強いっていうのがどういうものか、見せてやる。だから俺様について来い!」
「はい!」
 元気に、そしてとても嬉しそうに一歩は答えた。
 
 
 
END



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