■はじめの一歩でFSS妄想 宮田と木村の出会い■


 舞い上がる砂塵の中、宮田のMH──通称『雷神』──は最後の敵機に向けて剣を構えた。
 周囲には動かなくなった敵軍MHが無残な姿を晒し、あるいは既に半ば砂に埋もれている。この広い砂漠に立っているのは、今やKKD騎士団のMHだけだ。少数精鋭を誇るKKDの騎士たちはそれぞれに多数の敵機を撃破し終え、剣を納めている。あとは宮田が最後の一機を倒せば、任務は終了だ。
 敵のMHが剣を振り上げ、悲壮な雄叫びにも似た金属音を響かせながら、宮田へと突進してくる。それをギリギリまで引き付けてから避け、雷神は最後の一撃を振り下ろす──はずだった。
「チッ! また反応が遅い!」
 キィン……と金属音が砂嵐にまぎれる。完全に避けたはずの敵機の剣が、雷神の頭部を僅かに掠る。それをものともせず、宮田は今度こそ、敵機に剣を振り下ろした。
 最後のMHが崩れ落ちるのを確認し、騎士たちは撤収をはじめる。
 宮田はコクピットのハッチを開き、外へ出た。砂嵐の中、雷神の頭部を見上げ、唇を噛みしめる。僅かについた剣創は軽微で、簡単な修理で直るだろう。だが、そもそも避けられたはずなのだ、そう、騎士である宮田と雷神であれば。
 シュン……と音がして、上部のコクピットが開いた。女性型のファティマが不安そうな顔で降りてくる。
「マスター、ごめんなさい……」
 宮田は目をそらした。みっともない八つ当たりの言葉を無理やり飲み込む。
 分かっている、このファティマ自身が悪いのではない。ただ──ファティマの反応速度が遅いのだ。敵の攻撃への反応、移動、斬撃、何もかもが、宮田がここだと感じるタイミングより一瞬遅い。結果として雷神は、不必要な傷を負う。
 MHを独りで操るのは至難の業だ。通常の動作であれば、ファティマのサポートがある方がずっと扱いやすい。だが、ここぞという時に、ファティマの反応は宮田のそれについて来ることができない。どのファティマでも、それは同じだった。
 苦々しい溜息を噛み殺し、宮田は自分のファティマの頭に手をかざした。淡々と、何度目かも分からない言葉を口にする。
「次の主を求めよ」
「!……マスター!」
「……心配するな、主が見つかるまでは、オレが保護する」
 うなだれるファティマを促し、宮田は帰還の準備を始めた。
 
 
 
「おーい、木村!」
 広い会場で所在なく立っていた木村は、明るい声に呼ばれ笑顔を見せた。
「よお、青木。来てたのか」
「あったりまえだろ、なんたってお前のお披露目だからな」
 お披露目、という言葉に木村は苦笑した。
 銘入りのファティマであれば、お披露目は盛大に行われ、名だたる騎士たちが集う。だが自分はただの量産型ファティマだ。今日もお披露目とは名ばかりで、広く殺風景な展示会場に他のファティマたちと共に十把一絡げに並べられ、冷やかしも含めた騎士たちの中から主を選ぶ。選んだ主がファティマをそれなりに大切にするか、道具として使い捨てにするかは、運命を司る女神にしか分からない。自分はただ、選んだ主に命ある限り尽くす。それだけだ。
 そんな冷めた心を人懐っこい笑顔で隠し、木村は青木の姿を眺めた。華やかで動きやすそうな礼服に剣を挿したその姿は、立派な騎士様だ。少しだけ趣味の悪い服のセンスはご愛嬌だ。
「青木、お前こうして見ると、本当に騎士なんだな」
 からかうように笑う木村に、青木は少しむくれる。
「てめえ、人をなんだと思ってやがるんだ」
「悪りぃ悪りぃ、今でもピンとこねぇからさぁ。だって、あの寝グソ垂れてた青木が騎士って……」
「その話、トミ子の前ではするなよ!」
「ああ、トミ子は元気……そうだな、その様子じゃ」
 トミ子の話になった途端、青木が相好を崩す。
「もっちろんよ! 今日はお披露目だから連れてきてねえけど、トミ子は俺の運命のファティマだからな!」
 ああトミ子、早く帰って会いてぇ〜と叫ぶ青木に、木村は苦笑した。
 青木と木村は幼いころからの友達だった。騎士の資質を持った子供はファティマに慣れるために、量産型ファティマもまた将来の主に仕えるための訓練として、騎士の子とファティマの子は同じ学び舎で育つ習慣があった。お互いの立場の違いも分からない、まだ幼い頃に二人は出会い、親友になった。立場を超えたその関係は、成長した今でも変わらない。
 木村がぽつりと言った。
「お前をマスターって呼べたら、楽だったんだけどなあ。複数のファティマを持つ騎士も珍しくないんだし……」
「それはナシだって言っただろ」
 急に真面目な顔で、青木が言った。
「木村、お前と俺はダチだ。主従じゃねえ。そうだろ?」
「青木……」
 青木は安心させるように笑った。
「心配すんなよ、今日はウチの騎士団からも何人か来てるんだ。ファティマなしの奴もいるから、うまく捕まえろよ」
 じゃあ、またな、と笑って青木は去って行った。
 
 
 
 会場の中を、人の波が流れていく。その様子を木村はぼんやりと眺めていた。
 騎士たちがファティマを品定めするように露骨に眺め、ファティマたちもまた健気な微笑みの下でこっそりと騎士たちを値定めする。時折、やや年長のファティマが混じっているのは、主なしのファティマを保護者が参加させているからだ。
 自分もあの波に入り、主を探さなくてはならない。銘入りならいざ知らず、量産型の自分が「お披露目」で主を見つけられなかったら──その末路は想像に難くない。だが木村はあの波に入る気にはなれなかった。元々楽観的な性格なので「どうにかなるさ」という思いと、同時にどこか冷めた「どうにでもなれ」という気持ちが混ざり合い、動く気になれない。時折、騎士たちの値踏みする視線が木村を通り過ぎていく。
 ふと、目の前を黒い人影が通り過ぎた。その姿に木村は呼吸を忘れた。
 黒い髪がさらりと風になびく。思い詰めたように光るその眼はまるで黒曜石だ。全身を鋭い刃物で覆ったかような雰囲気にもかかわらず、木村の身体は自然に動いていた。
 目の前を通りすぎようとするその騎士の手首を掴む。驚いたように振り向くその顔を見つめ、木村の口から無意識に言葉が零れた。
「マスター……」
 
 
 
 宮田は人の波をかき分け、足早に出口を目指していた。
 数日前まで自分を『マスター』と呼んでいたあの女性型ファティマは、無事に新たな主を得た。それを見届けた以上、もうこのお披露目会場にいる理由はない。
 この場で新たなファティマを探すという選択肢もあったが、宮田はその気にはなれなかった。自分と雷神の速度についてこられるファティマなどいないのだ。だったらいっそ、独りの方がいい。MHを操るには不便だが、ファティマを持たない騎士はいくらでもいる。独りで、ファティマなしで、操れるようにもっと訓練すればいい。ただそれだけだ。
 ファティマたちに目もくれず、出口を目指す宮田に、不意に何かが近づいた。反射的に避けようとして、だが次の瞬間、手首は掴まれていた。
 あまりの驚きに、宮田は茫然と、自分の手首を掴んだ者を見た。戦場ほど気を張り詰めていたわけではないとは言え、宮田は近づくその気配を事前に察知していた。にもかかわらず、避けられなかった。これほど素早く、自分に触れられるのは同じ騎士団の──この国で最強クラスの──騎士たちくらいのものだ。
 だが自分の手首を掴んだのは、騎士ではなかった。
 男性型のファティマが、自分をまっすぐ見つめている。その口から、言葉が零れた。
「マスター……」
 人の良さそうなその容姿に反し、宮田を掴むその掌の力は強く、そして熱かった。
 
 
 
END



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