■Dance in the rain■
喫茶店の窓の外をカップルたちが通り過ぎていく。
燦々と降りそそぐ陽の光の下で、暑さをものともせずに身体を寄せ合い、肩を抱き、誰にはばかることもなく、微笑みあう。
その様子を宮田はガラス越しに眺めていた。
テーブルの向こう側では、木村が同じように、窓の外を眺めている。
夏も終わりに近い昼下がり、強い日差しが歩道の上に反射する。
窓から見える、喫茶店の軒下のシェードの影が、外の世界とこちらの世界をくっきりと分断する。窓の外が明るいせいで、店内はずいぶんと薄暗く感じる。
カラン、と澄んだ音が聞こえた。まだ半分残っている木村のグラス中で、崩れた氷がアイスコーヒーの濃度を薄める。
宮田はちらりと、木村の方を見た。木村は頬杖をつき、眩しそうに目を細めながら、通り過ぎる人の波を眺めていた。光が強すぎて、その顔が穏やかに微笑んでいるのか、あるいは寂しそうに微笑んでいるのか、宮田には分からなかった。
また一組、若いカップルが窓の外を通り過ぎた。女の着ている白いワンピースがふわりと翻る。
この暑いのに、しっかりと手を繋ぎ、指を絡ませ、楽しそうに笑っている。
ふと木村の唇が、宮田には聞こえない言葉を紡いだ。
宮田はそっと、テーブルの下に手を伸ばした。他の客や店員から見えないように気をつけながら、精一杯伸ばした指先が木村の膝に触れる。
木村の身体が僅かに揺れた。数瞬の後、その指先に温かい感触が触れた。僅かに触れるお互いの指先が、甘く肺を締め付ける。
木村は目線を窓から外さない。
宮田も、窓の外を見た。白いワンピースが、人波の向こうに消えていく。
あまりに外が眩しくて、宮田は目を細めた。暗いテーブルの下で、指先からひっそりとお互いの体温が伝わる。
しばらくの後、木村の指がそっと離れた。無言のまま窓から目線を外し、薄まったアイスコーヒーのストローを咥える。宮田も、自分のグラスに口をつけた。先ほどまで氷だけが残っていたグラスの中身は、ただの生ぬるい水に変わっていた。
「……あ、」
不意に、木村が声をあげた。つられて宮田も、窓の外を見る。
あれほど明るかった空が、どんどん、濃い灰色の雲に覆われていく。歩道に大きな丸い染みが落ち、それはあっという間に歩道全ての色を変えていく。
バタッという音とともに、大粒の雨が窓を打つ。激しい雨音が響く。
「うわあ、すごいな」
「ホントに、すごいですね」
木村の呟きに、宮田も窓の外を見ながら答えた。これをゲリラ、とは良く言ったものだ、と、妙に感心する。
人の波が一斉に走り出す。前が見えなくて、他人を気にする余裕などないのだろう。さっきまで楽しそうに笑っていた人波がぶつかりあいながら走り去り、見る見るうちに、歩道からは人影が消えていく。雨宿りのためだろう、店のドアがひっきりなしに開き、客が駆け込んでくる。
店内が俄かに騒がしくなる。その喧噪すら掻き消すように、力強い雨音が店の中まで包み込む。
これは止むまで動けないな──ぼんやりと宮田がそう思った時、突然、木村が立ち上がった。
「宮田、行こう」
「え?」
答えを待たず、木村は伝票を掴んでレジへと向かった。
「ちょっと、木村さん!」
慌てて追いかける宮田を尻目に支払いを済ませ、木村はそのまま迷わず店の外へと出た。
「木村さん!? アンタ、何やって……!」
宮田の目の前で、木村は雨が降り注ぐ歩道に立っていた。髪が、衣服が、見る見るうちに濡れていく。雨にけむる視界の中、その姿すらよく見えず、宮田は木村に駆け寄った。
「木村さん! せめて傘……っ」
雨粒が痛い。音が激しすぎて、自分の声すらよく聞こえない。
白く霞む視界の中、木村が笑った。
「走って帰ろう、宮田」
「木村さん……?」
「この雨の中で、他人を気にするやつなんかいないよ……多分」
最後の言葉を少しだけ濁しながら、少しだけ恥ずかしそうに、木村は右手を差し出した。
「木村さん……」
判断は一瞬だった。
宮田は木村の手をしっかりと掴んだ。その指を引き寄せ、唇でそっと触れる。濡れた指を一旦絡ませ、それから走りやすいように握りなおす。その手を木村がしっかりと握り返した。
「オレの部屋まで、でいいですか?」
宮田は、雨音にかき消されそうになる声を張り上げた。
「それはちょっと遠くない? とりあえず、行けるとこまで!」
木村が楽しそうに笑う。
宮田も笑い、そして走り出した。しっかりと手をつないだまま、木村がその半歩後ろを走る。
雨粒が痛い。服が濡れて重い。髪から滴る水がものすごく邪魔だ。
それなのに、何故か二人とも笑いが止まらない。
繋いだ手から、体温が伝わる。雨に滑る手が離れないよう、しっかりと手を繋いて、二人は笑いながら歩道を駆け抜けた。
END
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