■あの月を君に■


 オフィスビルの屋上で、ルイはぼんやりと月を眺めていた。
 時刻は深夜に近い。肌寒い風が吹き抜ける。
 少しだけ月が明るくなった。周囲のビルの明かりがひとつ消えたからだ。真ん丸い月が眩しくて、ルイは目を細めた。まわりにうっすらと雲がかかり、それが余計に光を大きく見せる。
 ひんやりとした空気に身震いし、ルイは手をポケットに入れた。もうオフィスに戻った方がいいかもしれない。
 残業が終わって帰る前、窓から月が見えた。もう少しだけ近くで見たくてここまで来たが、そろそろ戻らないと心配される。
 そう思いながら、でもなんとなく去りがたく、ルイは月を見つめた。
 ずっとそれだけを見ていると、よく分からなくなる。あの月は、遠いのか、近いのか。
 大きな月は、とても近くに見える。ルイは月を掴もうと、手を伸ばした。握った手は空を切り、冷たさだけが手のひらに残る。
───何をやってるんだか───
 自分の子供じみた行動に、ルイは苦笑した。
 コツ、コツと靴の音がした。慌ててルイは腕をおろした。
「月見とはまた、風流だな」
 振り返ると、そこにはビバリがいた。両手にマグカップを持っている。
 ひとつを手渡され、ルイは素直に受け取った。手に温かさが伝わる。
 ビバリはルイの隣に立ち、上を見上げた。
「なるほど、見事な中秋の名月だ」
「ええ」
 月に照らされ、ビバリの後ろに長い影ができた。その隣にある自分の影を見て、ルイは少し赤面した。何故、影は、本人同士よりも寄り添って見えるのだろう。
 ルイはマグカップに口をつけた。苦みと甘さが温かく身体の中を流れる。月明かりの下でも分かる、ミルクがたっぷりはいった柔らかな色の液体が、カップの中で揺れている。
 そんなルイを見て、ビバリが優しく笑った。
「ルイ」
「はい」
「あの月をお前にやろう」
 一瞬、ルイは固まった。さきほどの子供じみた行動を見られていたのか。と言うか、この人はいったい、何を言い出すのか───?
「いえ、あの……」
 慌てるルイの手から、ビバリはマグカップを取り上げ傍らに置いた。かわりに、自分のカップを持たせる。
「ビバリさん?」
 抵抗する間もなく、ビバリの腕が後ろからルイを包み込んだ。温かい体温が背中から伝わる。
「冷えているな」
 ビバリの両手が、マグカップを持ったままのルイの手を包み込んだ。カップの中の黒い液体が揺れる。それをこぼさないよう、ビバリの手がやさしく、ルイの手を傾ける。
「あ……」
「見えるか?」
 ルイは目を見張った。
 カップの中に、光があった。揺らめいて消えてはまた映る輪郭は、時折、ほんの一瞬、丸を形作る。それは、月と同じ色をしていた。
 ビバリがくすりと笑った。
「まあ、子供騙しだ」
 ルイは水面を揺らさないよう、そっとカップを動かした。
 僅かな角度の違いで、それは満月にも三日月にも見え、時には二つあるようにも見える。
 夢中になっていたルイの手から、ビバリの手が離れた。そのまま後ろから、優しく顎を掴まれる。
 ルイはカップの中から目を離し、ゆっくりと振り向いた。コーヒーを零さないように注意しながら、近づいてくる唇を受け止める。
 触れるだけの口づけが離れた。吐息が熱く感じるのは、外気が冷たいせいばかりではない。
 ビバリが再び、カップを取り上げた。
 ルイは上を見上げた。大きな月が、変わらずに、眩しい光を放っている。
 その月に、ルイは背を向けた。手を伸ばし、ビバリの身体に触れる。手のひらに、愛しい体温が伝わる。
「ルイ……」
 近づいてくるビバリの唇をルイは指でやわらかく留めた。
「ダメですよ」
「ここには誰もいない」
「月が……見ています」
───貴方以外に見られたくはないんです───
 ビバリが微笑んだ。
「ではカーテンに閉ざされた部屋はどうかな。そう……月が隠れるまで」
「ええ、喜んで」
 ルイも微笑み返した。
 ビバリがルイの手を取り、二人は足早に出口へと向かった。


END


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十五夜のお話です。ネタ提供はゴロクさん。ありがとうーvお約束ネタ大好きvvv
2作エロが続いたので、今回は可愛くしてみました。ビバルイだからこそ書ける、超王道お約束ネタです。
現実に、あのような現象が可能なのかは、私は知りません。いいんです、私の頭の中にある地球では可能なんです(笑)。







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