■孤独の代償(1)■
【はじめに】
今のビバルイ前提で、10年以上前、ビバリとレオンが若かった頃のお話です。
・20代前半くらいのイメージです。
・若いので、レオンの一人称は「僕」としています。
・二人とも今よりずっと青くさいです。
・設定上、同期入社ということにしています。
・レオンと会う前は、ビバリさんは女好きです。
・グロテスク、とまではいきませんが、多少のSM表現があります。
えーっと、念のためですが、
ビバリ(攻)xレオン(受)です。
茨道上等!それでもいいぜ!ばっちこーい!な方だけ、お読みください(_ _)
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「あ、聖沢」
廊下の向こうからにこやかに近づいてくる男を見て、レオンは心の中で舌打ちをした。
嫌な奴に会った。いや、きっと気に食わないのはお互い様だと思うが、少なくともあいつは──早乙女ビバリは、そんな様子は微塵も見せない。
「なあなあ、来週のプレゼン資料、もう作った?」
「まだだよ」
レオンは適当に答えた。本当は九割がた完成していて、あとは細かなデータを揃えるだけだ。だが、社内コンペで争うライバルにそんな手の内を教えてやる必要はない。
「そっかー。俺もなかなかまとまらなくてさ」
ビバリが屈託なく笑う。まるで、宿題を忘れた仲間を見つけた小学生のようだ。
面倒だよなー、もうどうしようかなー、などと言いながら、ビバリは本当に困った顔をしている。その言葉にも態度にも、裏表はないことをレオンは知っていた。だからこそ余計に、レオンの中には、苦々しい気持ちが湧き上がる。
いつもそうだ。
さんざん悩んでいるようなことを言っておきながら、いざ本番になると、ビバリのプレゼンは憎らしいほどに見事だ。
華やかな容姿から繰り出される、表現豊かな話し方と少し大げさなパフォーマンス。それでいて理論をないがしろにはしない、堅実な内容。時に、博打とも思える大胆なアイディア。つまるところそれは、聞き手を引き付ける魅力だ。
分かってはいるが、それをただ認めるのは悔しい。正確には、悔しいと認めるのが悔しい。だからレオンは、ビバリが嫌いだった。
ビバリはまだ、ああでもないこうでもないと、自分のアイディアをしゃべっている。
──いい加減、黙れ、早乙女──
手の内を見せたくない、という発想がビバリにはないらしい。うんざりしつつ、知らず知らずのうちに、レオンはその話に惹きこまれていた。廊下でディスカッションなど端から見れば大迷惑だと分かっていても、白熱した議論は止まらない。本当に悔しいが、正直、楽しいのだ。
廊下で二人、顔をつきあわせてしゃべっていると、通りすがりの社員たちがちらちらとこちらを見ているのが分かる。
「だからさ、そうすると今度はこっちが問題で──」
「もういいだろ、あとは自分で考えろ」
あからさまな好奇の目に耐えきれず、レオンは話を打ち切った。
この同期入社の男と、レオンは事あるごとに比べられてきた。
優秀な若手社員のライバル同士、となれば、他の社員たちも面白がってけしかけてくる。
ビバリとは逆に、レオンの仕事ぶりは理論と数字の積み上げだ。一部のスキもない理論を持ちながら、わざとそのスキを残し、相手に安心を与える計算高さは、若いくせに可愛げがない、とも言われる。
ビバリとの成績争いは五分五分、と言いたいが、残念ながら上層部の評価はビバリが一歩上だ。
ビバリがにこにこと笑った。
「あー、つきあってくれてありがとな。おかげでまとまった気がする」
去っていくビバリを見ながら、レオンは少しだけため息をついた。
きっと、こうやってまとまった話を元に、来週ビバリはまた、憎たらしいプレゼンを展開するのだろう。
──負けるものか──
レオンは顔をあげると、自分の席へと戻った。ディスカッションで熱くなった頭に、ビバリの笑顔が浮かぶ。本当によくしゃべる、あの肉厚な唇の残像を、レオンは頭を振って追い出した。
同期のライバルとして、レオンはビバリが大嫌いだった。だから、あの笑顔が──無邪気なくせに、時々、男臭い色気が浮かぶあの整った顔が、実はかなり好みだ、ということをレオンは本当に認めたくなかった。
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