■花蕾(カライ)■


 アパートのドアを閉めた途端、冬貴は凪を勢い良く抱きしめ、唇を重ねた。凪も逆らわず、むしろ積極的に冬貴の首に腕を回してキスに応える。
「……っう……ん……っ」
 唾液が滴るのもかまわず、舌を絡めあう。
 玄関先で、靴も脱がず上着も脱がず、二人はただお互いを貪った。
 そのままたっぷり五分ほど経った頃。
 二人の唇はようやく離れた。
 上気した凪の瞳が、冬貴を見つめる。
 その瞳に誘われるように、冬貴の唇が再び凪に近づく。だが凪は冬貴の身体を押しとどめた。
「倉田くん、ちょっと落ち着いてっ……」
 冬貴の腕から抜け出すように、凪は身をよじった。
「とにかく、靴を脱いで、部屋に入ろう? ここじゃ寒いよ」
「凪さん、俺……っ」
 誤魔化しようのない欲情の色を浮かべる冬貴から顔をそらし、凪は真っ赤になって言った。
「ちょっとだけ待ってて。 ……シャワー、浴びてくるから……」

 ※※※※※

 付き合い始めて一年とちょっと。季節は間もなく春を迎えようとしていた。
 土曜の夜に待ち合わせをして、一緒に食事をして、どちらかのアパートに行く。それが、倉田冬貴(くらた ふゆき)と望月凪(もちづき なぎ)の週末の過ごし方だ。
 サラリーマンの冬貴とコックの凪とでは、共通の休みは日曜日だけ。土曜の夜は、二人きりで過ごせる貴重な時間だ。
 凪のアパートの部屋の中、冬貴はベッドに腰掛けたまま、テレビに目を向けていた。だが、その目はテレビの映像を冬貴の脳に伝えてはいない。
 冬貴の意識は、浴室から聞こえるシャワーの音の方に向いていた。
 つきあって一年以上経つというのに、時々どうしようもなく衝動を抑えられなくなる。凪ともっと一緒にいたい。週一回なんかじゃとても足りない。奥深くまで、ずっと凪と繋がっていたい。
 初めてセックスを知ったガキじゃあるまいし、と自嘲気味に思うこともあるが、この感情を抑えることはできなかった。現に、ついさっきも玄関先で自分の欲望のまま行動してしまった。凪より年下とは言え、いい年をして情けない。このままでは凪に呆れられてしまうのではないか。そんな不安が冬貴の頭を掠める。
 気持ちを振り払うように、冬貴は頭を振った。その時、ピンク色のものが視界にはいった。今まで気づかなかったが、テレビの横にバケツが置かれ、花が飾られている。何の花かは分からないが、木の枝についた花弁は鮮やかなピンク色で、花の中心部はより深い紅色をしている。
『この色って、まるで……』
 その時、ドアが開き凪が部屋にはいってきた。濡れて額に張り付いた髪の毛や、開襟パジャマの胸元から覗いて見える上気した肌が、どうしようもなく冬貴の劣情を誘う。
 冬貴は急いで、自分もシャワーを浴びるために浴室へと向かった。

 ※※※※※

 狭いシングルベッドの中。
 唇を重ね、舌を絡ませながら、もどかしい手つきでお互いのパジャマを脱がせる。
「……っふ……」
 胸の突起を爪弾くと、凪はその刺激だけでのけぞって吐息を漏らした。首筋に顔をうずめた時、ふと、石鹸の匂いに混じって甘い香りが冬貴の鼻腔をくすぐった。
「凪さん、シャンプー変えた?」
「え、変えてないけど……」
「なんか甘い匂いがする」
「ああ、桃の花の匂いじゃないかな」
 凪はテレビの脇のバケツを指した。
「へえ、あれ、桃なんだ」
「うん、きれいだったから、店で飾ってたのをもらってきたんだ……って、倉田くん!?」
 冬貴はいきなり起き上がり、凪の身体を強引に反転させた。うつ伏せになった凪の双丘を掴み、揉みしだくように力をこめる。
「…っん……やっ……」
 突然の冬貴の行動に、凪は上半身をひねって振り向き、咎めるような目を向けた。そんな凪の態度などおかまいなしに、冬貴は手触りのよい肌を撫で続ける。
「凪さんのお尻ってさ、桃って言うより林檎だよね。きゅっと締まってて触り心地がよくって」
「なに言ってるの……っ」
 冬貴の言葉に、凪は顔を赤くする。冬貴は凪の腰を強引に持ち上げ、膝を折り曲げさせた。電気をつけたままの明るい部屋の中、凪は腰だけを高く掲げる姿勢をとらされる。冬貴の手が、双丘を強引に左右に割った。
「や、やだよ、こんな格好……」
 だが、羞恥を含んだ抗議の声は、次の瞬間、悲鳴に変わった。
「ひっ……や、やだ……やめて……っ」
 凪の中心部に、生暖かいぬめりが走った。
「やめて、おねがい……っ」
 必死に抵抗するが、冬貴は凪の腰をしっかりと固定したまま、中心の蕾をくすぐるように舌を這わせる。
 そんな場所を舐められるのは、凪にとって初めての経験だった。羞恥のあまり、シーツを握りしめる指に力がこもり、骨が白く浮かび上がる。
 だが言葉とは裏腹に、凪のそこは緩み始め、赤い秘肉が見え隠れしてていた。そればかりか、前の部分も次第に硬さを持ち始め、先走りの蜜に濡れている。
「……凪さん、ココも感じるんだ……」
 上ずった冬貴の声が、後ろから聞こえる。恥ずかしさのあまり、凪は枕に顔を埋めて声を押し殺した。だが、えぐるように舌を差し込まれ、堪えきれない悲鳴が漏れる。
「ひ……やっ……」
 だが冬貴は、容赦せず、そこばかりを責め続ける
 ようやく冬貴が舌を離した頃には、凪の腰はがくがくと震え、腰を上げているのがやっとの状態だった。未知の責め苦からようやく解放された凪に、冬貴の言葉が追い討ちをかける。
「あの花を見たときにさ、凪さんのここにそっくりだって思ったんだ。まわりは薄いピンクなのに、真ん中は真っ赤で、すごくやらしい」
 囁くように言いながら、冬貴はもう一度、入り口の部分をぺろりと舐めた。その刺激だけで、凪の雄は触れられてもいないのにひくりと震える。
 もう、我慢できなかった。舌では届かない、奥の方が疼いてたまらない。舌ではない、もっと別のものが欲しい。
「倉田くん……おねがい……もう……」
 いれて、と消え入りそうな声で言う前に、凪のそこに熱く硬いものが押し当てられた。冬貴が背後から覆いかぶさり、凪の耳元で囁く。
「ごめん、もっと気持ちよくしてあげたいけど、俺、限界……っ」
 その声と同時に、凪の中に待ち望んだものが進入してきた。
「あ……っ……あぁっ……!」
 内壁を強く擦りあげられ、ずるりと抜かれる。その感覚に耐え切れず、凪の雄は、一度も触れられないままあっけなく弾けた。

 ※※※※※

 だるい身体を引きずりながら、凪はなんとかベッドの上で身を起こした。
 隣では冬貴が、満足そうな顔で眠っている。
 さんざん凪の身体を貪った冬貴の顔を、凪は愛しさ九割、ちょっと憎らしさ一割の気分で眺めた。
 凪もできればこのまま眠ってしまいたかったが、シャワーで中のものを流さないと、後々大変なことになる。
『やっぱりゴムつけたほうが、後始末は楽なんだよね。 それに安全だし……』
 ぼんやりとそんなことを考えつつ、中のものが溢れないように慎重に立ち上がる。
 浴室へと向かおうとした時、テレビ脇の桃の花が目に入った。ピンクの花弁を見た途端、先刻の冬貴の言葉が蘇る。
 ──真ん中は真っ赤で、すごくやらしい──
 反射的に、身体の奥が疼いた。生ぬるい液体が溢れ出し、太腿を伝い落ちる。
 凪は慌ててティッシュを箱から引き抜き、ぬめりを拭き取った。言葉を思い出しただけで感じるなんて、自分がとてつもない淫乱に思えて、恥ずかしさでいっぱいになる。
「ん……どうしたの……凪さん……?」
 その声に、凪は心臓が飛び上がるほど驚いた。
 振り向くと、冬貴が寝ぼけ眼でこちらを見ている。
「な、なんでもないよ!」
 いくらなんでも、こんな恥ずかしいところは見られたくない。凪は慌てて浴室に飛び込んだ。
 シャワーで奥まった部分を洗いながら、凪は心の中で毒気づいた。
『倉田くんの馬鹿……っ なんてこと言うんだよっ』

 来年も前坂亭では、桃の花が飾られるだろう。
 だが凪には、その花を直視できる自信はなかった。


END



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桃の節句記念SSです。
このネタは元々、Web拍手のお礼で連載中の「ジムと崇史の異文化コミュニケーション 〜ひなまつり編〜」として考えていたものでした。
でも、あまりにも読者が少ないので(笑)、急遽、SSに変更しました。
ひなまつりと言えば桃の節句です。桃といえば桃尻です。
でも凪さんは、キュートなアップルヒップなのv




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