■折り鶴■


 ある日の昼休み。
 刑事たちは自分の机で、ひと時の休息をとっていた。
 黒木の机だけが空いたままだ。同僚をかばって被弾した黒木は、まだ病室の中にいる。
 須田が袋から、何やらガサガサと取り出した。熱心に指を動かす様子に、安積が声をかけた。
「それは……折り紙か?」
「そうなんですよ、チョウさん」
 須田は嬉しそうに答えた。安積に気づいてもらえたのが嬉しいのだ。
「鶴を作ろうと思いましてね」
「ツル?」
 安積は首をかしげ、思い出したように言った。
「ああ、千羽鶴か」
 須田は、照れたように笑った。
「さすがに千羽は無理ですけどね。こういうのって、貰うと意外と嬉しいものなんですよ」
 器用な須田の指が、あっという間に一羽の鶴を折り上げる。心なしか、ふっくらとして、愛嬌のある鶴だ。
「上手いもんだな」
 安積は感心した。
「いえ、本当はね、こういうのは黒木が一番、上手いんですよ」
「黒木が?」
 あの無口な黒木が、黙々と折り紙を折る様子を安積は想像してみた。
「すごいんですよ。角なんかもう、ピシッとして、一分の狂いもない感じで。あれは投げたら人を殺せますね」
 須田の真面目な口調に、安積は思わず納得した。昔見た時代劇に、そんな技を使う殺し屋がいた気がする。
 向かいの席から、村雨が手を伸ばした。
「一枚、もらうぞ」
「俺も作ります!」
 すかさず、桜井も手を伸ばす。
 安積は少し驚いた。
「村雨、おまえ、折り紙なんかできるのか?」
「娘がいますからね。家で時々、一緒にやりますよ」
 安積も一枚、折り紙を手に取った。
 はるか昔、自分も娘と折り紙をした。どうやって折るんだったか──
 少しだけ苦い記憶をたどりながら、ソファに座り、安積は指を動かした。
「見てください!」
 桜井の得意げな声に、須田が驚きの声をあげた。
「すごいな、それ、亀か?」
「鶴と言えば、亀でしょう? なんかめでたい感じで」
 桜井の手には、緑色の小さな亀が乗っていた。
 千羽鶴に、亀は必要なのか?
 安積はそう思ったが、須田はただ純粋に、感心している。
 その時、部屋の入り口に人影が現れた。
「いつから刑事部屋は、幼稚園になったんだ?」
 青い制服を着た男が、呆れたように入ってきた。
「あ、速水さんも作りますか?」
 須田が折り紙を一枚、手に取った。
 速水が折り紙をするところなど、安積も見たことがない。だが、普段から万能だと豪語する速水のことだ、きっと器用に作るだろうな──
 そんな安積の予想は、あっさりと覆された。
「折り紙? そんなもの作ったことがない」
 安積は思わず、速水のほうを見上げた。
 速水はいつものように仏頂面をしている。別に、作れないことなど何とも思っていないようだ。
 安積は、自分の手元を見た。だいぶ完成に近づいている。十何年ぶりにしては、よくやったほうだろう。
 自分にすらできることが、万能なはずの速水にできないのがおかしくて、安積はこっそり笑った。
 速水は、それを見逃さなかった。
「おい、須田」
「はい?」
 速水の迫力に押され、須田が緊張した声で答える。
「作り方を教えろ」
「は、はい」
 速水は、黒木の椅子にどっかりと腰掛け、須田の手元を覗き込んだ。
 まったく、大人気ないやつだ──
 安積は笑いをかみ殺しながら、鶴を折り上げた。
 ちょっとくちばしが曲がっているが、十分、鶴に見える。安積は満足した。
 村雨の方を見ると、既に二羽目を折っていた。完成した鶴は、教本に載っている写真のようだ。良く言えば模範的、悪く言えば個性に欠ける。いかにも村雨らしい。
「できたぞ!」
 悪戦苦闘していた速水が、声をあげた。満足そうに、自分の鶴を見ている。
 できばえが気になり、安積は速水に近づいた。
「どうだ、ハンチョウ、なかなかのもんだろう」
 速水の手にある折り鶴は、かろうじて、鶴の形をしていた。羽根の折り目がずれ、あさっての方向を向いている。
 須田が隣で、苦笑している。
「速水。それだったら、俺のほうがまだマシだ」
 安積は、自分の鶴を見せた。
「くちばしが曲がっているじゃないか」
 速水の言葉に、安積はむっとした。
「羽根はまっすぐだ」
「そんな曲がったくちばしで、餌が取れるか」
「ゆがんだ羽根じゃあ、飛べないぞ」
 大人気ない口論に、須田がため息をついた。
「はいはい、糸でつなぎますから、貸してくださいね」
 須田は二人の手から鶴を取り上げた。針と糸を取り出し、器用につないでいく。
 安積と速水は、まだ、実りのない言い合いを続けている。
 その様子を見ないことにして、村雨は無表情で顔をそむけた。が、隣でせっせと折り紙を続けている桜井が目に入り、苦い顔をした。
「桜井。……亀は一匹でいい」
 
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 三羽ずつ繋がれた房が三本。てっぺんには一匹の亀が鎮座している。
 まるで、クリスマスツリーと星のようだ。
 病室で須田にそれを渡された黒木は、感嘆の声をあげた。
「俺にですか!?」
 嬉しそうな黒木の顔に、須田も笑う。
「みんなで作ったんだよ、千羽は無理だったけど」
「すごく嬉しいですよ! ありがとうございます!」
 あまり感情を表さない黒木が、嬉しそうに笑っている。
 作って良かった、と須田は思った。忙しい職場だからこそ、こういう見舞いはとても喜んでもらえる。黒木が少しでも元気になるのなら、警部補同士の気恥ずかしいいざこざを収めるのにちょっと苦労したことなど、なんでもない。
 黒木は、てっぺんの亀をつついた。
「これ、桜井でしょう?」
「やっぱり分かるか?」
「いかにも、あいつがやりそうですからね」
 黒木は嬉しそうに、鶴を指しながら、作り手を当てていく。
「これは須田さんでしょう? 村雨さんも作ってくれたんですね」
 黒木の指が止まった。
「あ! もしかして、係長も作ってくれたんですか!?」
 そうだよ、一生懸命、折ってくれたんだ。そう言おうとした須田は、思わず言葉を飲み込んだ。
 黒木の指は、鶴を二羽、指している。くちばしの曲がった鶴と、羽根があさってを向いた鶴だ。
「係長、二羽も折ってくれたんですね! 忙しいのに……」
 黒木は感動して、少し泣きそうな顔をしている。
 事実を言うべきか、言わざるべきか。
 須田は一瞬迷ったが、結局、黒木の幸せを優先することにした。嘘はつけないが、黙っていることはできる。
 黒木は嬉しそうに、二羽の鶴を眺めている。
 せめて、別々の糸にすればよかった──須田はそう思った。
 同じ糸で上下につないだせいで、何やら、申し訳なさが倍増だ。
 須田の表情に気づかず、黒木は心から嬉しそうに、仲良くつながっている二羽の鶴を眺めていた。


END


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テレビで、オリンピック選手を応援するために千羽鶴を作る、みたいなのを見て、ゴロクさんと一緒に思いついたネタです。ゴロクさんに了承をもらって、勢いで書いちゃいました。
不憫だなあ、黒木。がんばれ、黒木!
そして、とばっちりだなあ、須田さん。

ところで、安積班メンバーのお互いの呼び方なんですが
ちょっと原作とは変えています。ドラマの呼び方を少し混ぜたような感じです。
須田さん→安積さんは「チョウさん」。
須田さん以外→安積さんは「係長」。
村雨さん←→須田さんは呼び捨て。
あとは、年下→年上は「××さん」。年上→年下は呼び捨て。

村雨さん←→須田さんは基本タメ口で、時々、須田さん→村雨さんが微敬語です。
須田さんは、最初は村雨さんに敬語を使っていて、
村雨さんが「同じ階級なんだから、タメ口でいい」と言ったんだと思います。







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